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1952激闘、バルト海海戦2

 艦長室での事務仕事を切り上げて、直交代を確認する為に戦艦イタリアの艦橋に上がってきたピオキーノ大佐は、一瞬目を見開いていた。洋上を険しい目で睨みつけるマリーオ・ボンディーノ少将の姿が本艦艦橋で真っ先に見えていたからだ。

 短躯のボンディーノ少将は、一見すると不機嫌そうな顔つきで周囲の乗員達を見回していたのだが、見た目ほど機嫌が悪いわけではない事を付き合いが長くなったピオキーノ大佐は察し始めていた。


 居心地の悪そうな乗員達が盗み見る視線を遮るように、ピオキーノ大佐は戦隊司令官であるボンディーノ少将の後に立っていた。その気配を察した少将も振り返ると照れ隠しに表情を変えたのだが、僅かに口角が上がった他は物騒な顔つきのままだった。

 ピオキーノ大佐は、苦笑しながら直交代を告げる当直士官に頷いてみせると、ボンディーノ少将と共に周囲の様子を確認していた。



「やはり、ヴィットリオ・ヴェネトのことを思い出しますか」

 笑みを浮かべたピオキーノ大佐がからかうようにそう言うと、かつてヴィットリオ・ヴェネトの艦長を務めていたボンディーノ少将は憮然とした顔になって肩を竦めていた。

「別に懐かしくてここに来た訳ではないさ。それに本艦はヴィットリオ・ヴェネトとは随分と艦橋の機材配置も変わってしまっているからな……どうにも違和感を覚えてしまう」


 ボンディーノ少将が言うとおり、戦艦イタリアは奇妙な経緯を経ていたが、元々は第二次欧州大戦中に就役していたヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の一隻として計画、建造されていたものだった。

 ところが、当初インペロの名前で建造されていたイタリアは、開戦以後は損傷艦の修理に加えてより戦時中の優先順位が高い護衛艦艇の建造促進などの理由から工事が中断された状態で終戦の日を迎えていた。

 インペロ用として集積されていた機材物資の多くも、大戦を生き延びた僚艦の修理作業などに回されていたのだが、イタリア海軍は本艦の就役を諦めていたわけではなかった。ドイツを降したソ連海軍が、大戦終結後に戦艦の整備を再開している事が判明していたからだ。


 ソ連海軍が戦艦を整備していたのは彼らの主力艦隊が配置された北海、バルト海だけではなかった。地中海方面に進出しうる黒海艦隊においても、新造戦艦ソビエツカヤ・ウクライナの配備が確認されていたのだ。

 この有力なソビエツキー・ソユーズ級戦艦に加えて、黒海には戦艦に準ずる火力を有する巡洋戦艦格であるクロンシュタット級重巡洋艦も配備されていたから、黒海艦隊は無視できない戦力だった。

 これに対処する為に、国際連盟軍に参加して半ばその監視の元で再編制を行っていたイタリア海軍も戦艦戦力を刷新する必要があったのだ。戦艦イタリアの改装、というよりも再設計はこの方針に基づくものだった。



 本艦がかつてのファシスト党にちなむインペロという名前を捨て去ったのもこの時期だったが、名前の変更程には改設計作業は楽なものではなかった。

 今のイタリア海軍には戦艦の重要部分を作り変えるほどの予算も工期も無かったから、半完成ともいえるその形状を出来るだけ維持したままで最大限の戦力となるように要求されていたのだ。

 再就役した戦艦イタリアは、原型となったヴィットリオ・ヴェネト級の残存する2隻からは艦影に変化が相応に生じていた。

 短時間では改修も改造も難しかった主砲こそほぼ原型そのままだったが、船体は長船首楼から船尾に甲板を増設したことで平甲板配置となっていたし、艦橋構造物周囲に配置された対空兵装も一新されていた。


 船体構造物全体からすると目立たないが、船体奥深くの垂直装甲も増厚されていたのだが、必要な処理を施された350ミリもの厚板となる装甲板は国産ではなく純輸入品だった。

 戦火で荒廃したイタリア国内では戦艦にしか使い道の無い分厚い鋼板の製造、加工を行う設備が存在しなかった事が装甲板を態々輸入する事態を招いていたのだが、輸入されたのは装甲だけではなかった。



 あるいは、装甲の強度や特性には劣ったとしても、効率は劣るが薄板の多重配置を行えば同等の防御力を国産技術だけで戦艦に施す事自体は不可能ではなかったかもしれなかった。

 実際原型となったヴィットリオ・ヴェネト級の垂直装甲は被帽破壊用途を兼ねた70ミリの浸炭鋼と280ミリの装甲板で構成されていたのだが、第二次欧州大戦中に急速に進化した電子装備は、イタリア国産ですべてを賄う事は到底出来なかった。

 対水上、対空レーダーだけではなく、主砲のみならず各対空火器の管制まで高速、高精度で行う日本製の47式射撃指揮装置こそがこのイタリアをヴィットリオ・ヴェネト級から進化させた肝であると艦長であるピオキーノ大佐は考えていたのだ。


 その一方で電子兵装の充実は兵装の変更よりも艦橋内部の配置を大きく変えていた。巨大な測距儀が削減された事で外観はむしろスマートになっていたのだが、電子機材が満載された艦橋内部は狭苦しくなっていた。

 もしかすると、戦艦に乗るのが初めての新兵達よりも、ヴィットリオ・ヴェネトを率いて大戦で活躍したボンディーノ少将の方がイタリア艦橋の配置に違和感を抱いているのかもしれなかった。



 国名を背負った戦艦イタリアだったが、ローマの艦隊司令部からの評価はまだ然程高くはなかった。新たに配属された乗員達を乗せて再就役したばかりであるし、本艦に搭載されている電子兵装はイタリア海軍に新たに採用されたものばかりなので、その信頼性にも疑問が抱かれているようだった。

 連日のように戦艦イタリアが訓練航海を続けているのもそれが理由だった。イタリア海軍はソ連新鋭戦艦に対抗可能な戦艦戦力の実用化を一日でも早く望んでいたからだ。

 本来であれば、戦艦イタリアの慣熟がそれ程切羽詰まった事態とはならないはずだったが、当初の予定と違って太平洋で日米が始めた戦争が遥か彼方地中海にまで大きな影響を及ぼそうとしていたのだ。


 国際連盟軍の戦略構想において、地中海方面はソ連海軍にとっても第2戦線と認識しているのであろうと予想しており、イタリア海軍はその初期対応に当たるものとされていた。

 大拡張された白海・バルト海運河によって、ソ連海軍の北方艦隊とバルト海艦隊は実質的に一体化して運用されていた。首都モスクワと米国とを繋ぐ通商港も北方艦隊の守備範囲に集中していたから、ソ連海軍も北方に戦力を集中していたようだった。

 その北方艦隊には鹵獲した独海軍の未完成艦を改造したアルハンゲリスクと新鋭のソビエツキー・ソユーズ級からなる計3隻の新造戦艦だけではなく、実質的に軽空母と言える航空巡洋艦を含む相当数の大型艦が配備されていたのだ。



 だが、元々ドイツ製の42センチという巨砲を搭載したアルハンゲリスク級がソ連で建造を再開されているのを確認した事で、国際連盟側も戦艦戦力の刷新を図っていた。

 戦艦イタリアや英海軍の戦艦ヴァンガードなどが当初計画よりも強化された姿で就役したのもその一環であったが、国際連盟軍はそれ以外にも大きな戦力を有していた。


 大戦終結後も日本海軍は遣欧艦隊の組織を維持していた。太平洋で日米が衝突している今でも英スカパフロー泊地に留まっているのは、信濃型戦艦2隻と護衛の駆逐艦部隊だった。

 数は少ないが、国際連盟軍は信濃型であれば、新鋭ソビエツキーソユーズ級戦艦とも互角に戦えると考えているようだった。

 それに旧式戦艦の多くを南米諸国や新興独立国などに譲渡、売却した後も、英国海軍は相当数の戦艦部隊を維持していた。速力が低いネルソン級や新鋭艦としては火力が低いキングジョージ5世級などは些か扱いづらい点があったとしても、未だに無視できない戦力なのではないか。



 国際連盟軍が想定する本格的な対ソ連戦計画においては、バルト海かノール岬を越えて北方から進出してくるであろうソ連北方艦隊には、スカパフロー泊地の日本海軍遣欧艦隊と英海軍本国艦隊主力が対処するとなっていた。

 これに対して地中海方面ではイタリア海軍が主力となる想定だったが、第二次欧州大戦の損害とその後のコンテ・ディ・カブール級売却などでイタリア海軍の戦艦はヴィットリオ・ヴェネト級2隻と改装中のイタリアの計3隻のみとなっていた。

 巡洋艦以下の軽快艦艇も旧式化や戦没で疲弊していたし、地中海東部に位置するイタリア以外の国際連盟加盟諸国の海軍力も貧弱だった。

 日米戦が勃発した頃に国際連盟軍が地中海方面に展開可能だった初動戦力は、ヴィットリオ・ヴェネト級2隻とほぼ第二次欧州大戦のままの姿で旧式化したイタリア海軍の軽快艦艇群、それにバルカン半島諸国からかき集めてもようやく一個駆逐隊程度の戦力程度でしかなかったのではないか。


 バルト海方面と比べて地中海方面は対ソ戦力比で不利だったが、実際には地中海の外から増援が望めるという話だった。イタリア海軍を主力とする国際連盟軍地中海艦隊を支援する為に、ソ連北方艦隊に対処する以外の英海軍艦に加えて、フランス海軍も東進して決戦に加入する、筈だったからだ。

 英海軍はバルト海方面に日本艦隊と共に出撃してもなおキングジョージ5世級やネルソン級を何隻かは後詰として地中海に派遣する余裕がある筈だった。それに仏独海軍も虎の子と言える戦艦をそれぞれ一隻を保有していた。



 この2隻は奇妙な経緯で両海軍に渡っていたのだが、元々は同じビスマルク級戦艦だった。第二次欧州大戦中のマルタ島沖海戦で損傷してタラントに取り残されていたテルピッツは、紆余曲折を経て英国で復旧工事を受けていた。

 既に独本国では戦艦主砲を再生産する能力が無くなっていた事から、主砲塔は英海軍の旧式砲を積んだらしい。それが理由でもないのだろうが、独海軍唯一の戦艦となったテルピッツは実質的に英海軍本国艦隊に編入されていた。


 主砲を一新したのはかつてのビスマルクも同様だった。ビスマルクの場合は、寄港していたブレストから出港することも叶わずに講和条約の条件でフランスに引き渡されていたのだ。

 一方でビスマルクを正式に編入したフランス海軍は、戦時中の激戦で全ての戦艦を失っていた。フランスの場合は、国際連盟内での面目を保つ為に有力な戦艦の保有を願っていたようだった。

 その結果、アルザスと改名されたビスマルクは、より強力な主砲に換装されていた。大雑把に言えば、ヴィシーフランス海軍で運用されたリシュリュー級戦艦の4連装砲塔2基分を左右に分割して連装砲塔4基分としたもののようだ。

 主砲の口径はビスマルク級と同じ38センチ砲だったが、装薬の改善などで初速などは原型よりも有力という話だった。国際連盟軍の計画では、英海軍と共にこのアルザスも地中海方面に進出してイタリア艦隊の後詰となるはずだった。



 今の所、アルザスはフランス海軍唯一の戦艦だった。戦利艦、それもいささか怪しげな手段で手に入れたドイツ製戦艦に対してはフランス海軍上層部では不満の声もあるという噂だった。

 おそらく、フランス海軍としてはリシュリュー級を発展させた自軍のドクトリンに合致する新鋭戦艦の取得を期待しているのだろうが、フランス国内の混沌とした政治事情が大規模な予算を必要とする戦艦の建造を妨げているのではないか。


 ―――フランスの国内事情、か……

 戦隊司令官と艦長の前で慌ただしく直交代を行うイタリア乗員達の動きを見守りながら、ピオキーノ大佐は内心苦々しい思いを抱いていた。

 アルザスの代わりとなる新鋭戦艦をいつまでもフランス海軍が建造できていないのと同じ理由が、戦艦イタリアの就役、習熟に関わる期間の短縮を強いていたとピオキーノ大佐は考えていたのだった。

イタリア級戦艦(改ヴィットリオヴェネト級)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbitaliana.html

ソビエツキーソユーズ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsovyetskiysoyuz.html

アルハンゲリスク級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbarkhangelsk.html

クロンシュタット級重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cakronstadt.html

リーリャ・リトヴァク級軽航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cllydialitvyak.html

ヴァンガード級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbvanguard.html

信濃型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbsinano.html

ビスマルク級戦艦テルピッツの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbtirpitz.html

戦艦アルザスの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbalsace.html

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