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1952グアム島沖砲撃戦43

 一連の作戦で連合艦隊が被った損害は予想以上に大きかった。連合艦隊司令部の会議室内で配られた資料で改めてそのことを確認した荘口中将は、思わず眉をしかめていた。


 グアム島に向けて出撃した第11分艦隊は、投入可能な連合艦隊の有力艦をかき集めた大兵力だったのだが、米艦隊の堅陣を突き崩してグアム島に辿り着くことは叶わなかったのだ。

 しかも、空母瑞鶴と巡洋艦熊野はマリアナ諸島の沖合で沈んで帰らなかった。旧式の設計思想で建造された重巡洋艦を強引に防空巡洋艦に改造した熊野はともかく、第二次欧州大戦を生き延びた瑞鶴の喪失によって、翔鶴型は永遠に連合艦隊から消え去っていたのだった。


 損害は沈められた艦だけではなかった。出撃した艦の多くが何らかの損害を被っていた。連合艦隊所属艦の中には作戦前から損害復旧工事などで分艦隊に参加出来なかった艦もあったから、しばらくは修理工事どころかその予定を立てるだけで大変な作業になるだろう。

 船渠の空きが来るまで待機し続ける損傷艦も多いだろうし、予想される復旧修理期間の長さからすれば、大破した戦艦播磨などは即廃艦とまでは言わないが、戦列に復帰するまでに時間がかかりすぎて戦時中は損害復旧を断念することになるのではないか。



 ただし、一応は日本軍の作戦全体で見れば戦略目的は達成されたと言えるだろう。グアム島のB-36は大多数を駐機所で撃破した事がその後の航空偵察で確認されていたからだ。

 空軍の司令部偵察機が撮影した写真を入手した兵部省の動きは素早かった。報道機関に大々的にその写真を公開して国民向けの世論誘導を始めていたのだ。


 正規軍人の思考ではなかった。兵部省に出向している内務省や企画院の官僚が主導しているのではないかと荘口中将は考えていた。第二次欧州大戦における独宣伝省などの情報を収集分析していたのは企画院の筈だった。

 国内宣伝の効果は明らかだった。本土近海に接近した米空母部隊に翻弄されて帝都への大規模空襲を許した事で世論は軍を非難する傾向にあったのだが、B-36が躯を晒す写真一枚で掌を返して一斉に軍を称賛するようになっていたのだ。


 熱しやすい世論と違って、統合参謀部は冷静だった。これだけの損害を与えたとしてもおそらくはグアム島の爆撃機部隊はそう遠くないうちに再建されるだろうと判断していたのだ。

 開戦から2年で米国内の航空機生産体制は急速に大規模化していると予想されていた。場合によってはB-36だけでは無く、その後継か改良型と目されるジェットエンジン搭載機も太平洋戦線に投入されることになるのではないか。


 勿論、日本空軍も黙って米軍の再建を許すつもりはなかった。奇襲的なグアム島への航空撃滅戦を継続しつつ、海軍航空隊と共にこの時間的な猶予を活かして部隊の錬成に努めていた。

 それに、陸軍によってルソン島西岸も制圧されつつあったから、シナ海を通過して日本本土に運び込まれてくる膨大な物資が戦時生産体制を支えるようになっていた。



 だが、この僅かな猶予を日本本土にもたらした手段は公開されていなかった。兵部省から公開された報道写真などでも巧みにぼかされていたから、我が海軍の戦艦群による艦砲射撃や、空母搭載機による爆撃と考えたものも多いのではないか。

 ―――事前に情報がなければ、潜水艦による対地攻撃と気がつくものは少ないだろう……

 荘口中将は、そう考えながらもため息をついていた。


 今回の作戦は奇策の類だった。予め空軍の爆撃機で爆弾状の筐体に無線機と電源を詰め込んだ電波発振用の標識弾を投下し、そこから発振される電波めがけて海軍の潜水艦から射出された噴進弾が飛んでいったのだった。

 しかし、爆撃機から投下されて舗装されているかもしれないグアム島の駐機所に落着した時点で相当な衝撃が筐体に伝わるはずだから、脆弱な電子機器である標識弾内部の機材が機能するかは分からなかった。

 もしも投下された全ての標識弾が作動していなければ、危険を犯して浮上した潜水艦から放たれた誘導噴進弾はグアム島上空で迷走するところだっただろう。


 幸いな事に噴進弾によってB-36はその多くが撃破されていた。そのこと自体は写真で確認されていたが、実際にどのように噴進弾が命中していったのかを確認したものはいなかった。

 写真偵察と同時に、司令部偵察機に搭載された機材によって標識弾から発振される電波が途絶えていたことも確認していた。ただし、それは黎明を狙って司令部偵察機が飛来した時点で無線が途絶えていたというだけの話だった。


 標識弾から電波が発振された事は投下した直後の爆撃機から確認されていたし、周囲の状況からして標識弾が落着後に想定どおりに機能していた可能性は高いが、いつの時点で機能を失ったのかは分からなかった。

 最初の着弾で噴進弾が標識弾を直撃して破壊していたのかもしれないし、周囲に着弾する噴進弾の破片が高速で飛び散る下で運良く最後まで生き延びたのかもしれない。

 それに詰め込まれた電源は容量が然程大きくはないはずだったから、単に司令部偵察機が飛来した時点では電圧が落ちて電波発振が止まっていただけかもしれなかった。

 グアム島の防空体制を考慮して司令部偵察機は一航過で偵察を終了していたから、電波発振の出力が微弱であれば逆探に捉えられなかった可能性も高かった。



 航空総軍を代表する荘口中将の立場で言えば、最良となるのは、誘導を終えた標識弾が最後に着弾した噴進弾によって破壊されている事だった。標識弾が爆弾状とはいえ、破壊されてしまえば噴進弾の破片や、なによりもB-36の残骸に紛れて廃棄されてしまうだろうからだ。

 米軍もこの状況ではグアム航空基地の復旧を優先するだろうから、残骸の調査に時間をかける余裕はなく、B-36の残骸とまとめて金属塵扱いにするのではないか。

 逆に最後まで破壊されずに標識弾が米軍に捕獲されてしまう方が問題だった。標識弾の構造はそれ程複雑なものではないし、自爆装置を組み込むような余裕もなかった。電源が落ちていたとしても、手練の技術者であれば空中線の形状を見れば発振電波の諸元など容易に把握できるのではないか。


 そもそも仮に標識弾が破壊されていたとしても、今度は噴進弾の方を調査されるかもしれない。次々と同じ箇所に命中したとすれば、自分が米軍関係者なら最初に噴進弾の方に秘密があると考えるだろうからだ。

 潜水艦から発射された噴進弾の数からすれば、不発弾や着弾の衝撃で誘導部分が完全に破壊されずに調査可能な状態で残されたものがあってもおかしくないだろう。

 ところが、噴進弾の弾頭をいくら調べても、電波源に向かうだけの誘導装置があるだけだ。そして着弾地点には電波源は存在しない。そうなれば標識弾そのものが無かったとしても米軍の誰かがからくりに気がつくはずだった。



 ―――この攻撃手段は、上手く行っても精々が後1度か2度、下手をすれば標識弾を分析されて妨害装置を今にも米軍が作っているかもしれないのだ……

 連合艦隊司令部の会議室でそう考えて荘口中将は首を振っていた。そもそも帝都大空襲の報復を世論から強要されたという状態がなければ空海軍による共同作戦の実施自体が難しかった筈だ。

 第一、硫黄島基地が中継点として万全に機能するのであれば、標識弾投下後に噴進弾攻撃などという胡乱げな方法を取らずとも、直接空軍機でグアム島を叩けるはずだった。


 将来的な技術開発方針という意味では、標識弾による電波誘導ではなく、潜水艦や航空機から発射された噴進弾自体による自立誘導技術を確立すべきだった。

 それがどんなものになっていくのかは荘口中将にも分からなかった。それに会議の議題は遠い未来の技術開発ではなく、近い将来における戦略方針だった。


 一通りの戦況確認を終えた各軍からの出席者の顔に浮かんでいるのは弛緩したものが多かった。取り敢えずの方針としては、当分は硫黄島基地の維持とそれを足がかりとした空軍機による航空撃滅戦の継続以外考えられなかったからだろう。

 グアム島の基地再整備を遅らせるためだが、同時に噴進弾攻撃を終えて一旦帰還した潜水艦隊による再出撃も計画されていた。派手な噴進弾攻撃ではなく、地道な通商破壊戦を継続する為だった。

 噴進弾を放った大型の伊号潜水艦と入れ違いに既に従来型の潜水艦は何隻かが米軍の航路上に進出して哨戒を開始しているようだった。



 問題は長期的な戦力の回復だった。今回の戦闘では、空軍の損害は想定内だったが、本格的な攻勢作戦を行うには連合艦隊の一線級艦艇は不足していた。

 特に、遠距離まで進出する場合に制空権を確保するのに必要不可欠な空母が不足していた。今回とうとう瑞鶴が沈められていたし、状況からして中型空母の飛龍はもう最前線で運用するには力不足のようだったからだ。

 戦備方針の違いからか、米海軍の空母戦力は貧弱と言えるものだったが、米軍は巧みに地上基地から展開する陸軍航空隊と艦隊を組み合わせて運用していたから、米空母一隻辺りの搭載機数の大小はこの場合然程大きな問題とはなっていなかった。


 連合艦隊は、修理工事の進捗推進に加えて開戦以後進められてきた予備艦の再就役や、二線級とみなされていた艦の改修を同時並行で行おうとしていたのだが、主力艦がその辺りに予備艦として都合よく転がっている筈もなかった。

 第二次欧州大戦では、船団護衛用に建造された海防空母でも航空艤装を充実させれば当時の新鋭機を何とか運用出来たから、遣欧艦隊の補助戦力として投入していた。

 しかし、航空艤装を強化しても単純な飛行甲板長が不足しているものだから、今となっては海防空母でジェットエンジン機や新型の大型対潜哨戒機などを運用するのは難しかった。

 海防空母ではターボプロップエンジンに換装した四四式艦上戦闘機二型で手一杯となるだろうから、現実的には対地攻撃や回転翼機を用いた艦隊周辺の対潜警戒など補助的な任務しか与えられないのではないか。



 連合艦隊では、窮余の策として練習空母として一線を離れていた天城と船団護衛に駆り出されていた隼鷹型を空母部隊である第二艦隊に復帰させようと計画していた。

 この2型3隻はいずれも改造空母だったが、共通しているのはそのくらいでその出自も性能もかけ離れていた。天城は元々巡洋戦艦として建造されていたものだったが、隼鷹と飛鷹は高速豪華客船の成れの果てだったのだ。

 隼鷹型は第二次欧州大戦中に改造された為に航空艤装は比較的充実していたが、商船からの改造だから被弾時の防御には不安があるし、蒼龍型と同程度となる搭載能力は大鳳型や改大鳳型が就役した後は見劣りするものでしかなかった。


 空母としての機能は翔鶴型以降の正規空母に劣る3隻の空母だったが、それでも航空戦隊に必要な最低限の機能はあった。

 練習空母として最新鋭空母を擬して運用されていた天城は一応斜め甲板や射出機を備えていた。発着艦訓練には必要ない格納庫内の艤装は旧式化していたが、装備を刷新すれば最前線での運用は可能と判定されていたのだろう。

 大鳳型同様に煙突構造と一体化した艦橋構造物を有する隼鷹型も角度は低いものの斜め甲板などは備えていたから、最低限の工事でジェットエンジン機の運用能力を獲得する事は出来るだろう。


 それに艦隊航空戦力はそれだけではなかった。純粋な空母ではなく、空母と戦艦の合の子と言っても良い航空戦艦尾張が緒戦で受けた損害からの復旧を兼ねた改造工事を終えて習熟訓練に入っていた。

 尾張と戦列を組む陸奥や新造戦艦である水戸、美濃も再就役、就役後の訓練期間を終える頃だった。



 今回の作戦で傷ついた艦艇の修理工事が終われば、連合艦隊の戦力は一応の数に達する筈だった。だが戦力の回復は米軍側も同じく進めている事だろう。問題はどちらの側が先に戦力を整える事が出来るか、そしてその戦力をどこに向けるかという問題になって来るのではないか。

 ―――そこに我が空軍はどれだけ関与できるのだろうか……

 荘口中将は海軍の参謀達の説明を聞きながらそう考えていた。

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

鈴谷型防空巡洋艦改装型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clsuzuyakai.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html

隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html

浦賀型海防空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvuraga.html

四四式艦上戦闘機二型(烈風改)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a7mod.html

天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html

大鳳型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvtaiho.html

瑞鳳型空母(改大鳳型)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvzuiho.html

尾張型航空戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbowari.html

長門型戦艦陸奥(改装後)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbmutu.html

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