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1952グアム島沖砲撃戦42

 延々と数値を確認する作業に嫌気が差したウイリー大尉は、それまで目にしていた書類を主計科事務室の卓上に放り投げていた。書類に記載されていた数字が散々なものだったからだ。

 その勢いで書類の束が崩れかけていたが、その程度の事で顔を上げた事務室内の主計科員は居なかった。士官も下士官も損害の報告や員数の合わない書類と格闘して死屍累々といった様子だったからだ。



 航空巡洋艦に改造されたグアンタナモの主計科事務室は、原型通りの大型巡洋艦として就役した頃から殆ど変更されていなかったらしい。だからなのか、改装工事でも手を加えられなかった事務室は就役期間の割に薄汚れている様子だった。

 ただし、グアンタナモ主計科の仕事量は改造工事後は激増していた。純粋な水上戦闘艦のそれに加えて、軽空母一隻分に相当する航空隊の事務手続きが増えていたからだ。

 アーカム級航空巡洋艦の主計科を経験して航空関係にも精通しているウイリー大尉を艦長であるケネディ大佐自ら引き抜いてきたのもそれが原因だったのだろう。本来であれば空母には空母ならではの航空機材の調達や管理の事務仕事があったからだ。


 開戦直後のグアム島を巡る戦闘で第3主砲塔を含む船体後部を半壊させたグアンタナモは、大雑把に言えば損傷部分を切り欠いた代わりに飛行甲板や格納庫などの空母として必要な部分を強引に押し込めて航空巡洋艦に改造されていた。

 グアンタナモ改造後の外観は艦橋を境に前後でひどく印象が異なる奇妙なものだったが、艦内の人事や事務はそれ以上に混乱していた。単純に考えても、主砲火力で3分の2に相当する砲術科員が残っているのに、軽空母並みの航空要員や消耗品が追加して積み込まれていたからだ。


 しかも、早期の戦列復帰を要求されたグアンタナモは工期を優先して改造工事が行われたものだから、航空艤装や整備機材の使い勝手は純粋な空母には劣るし、倉庫配置なども適切とは言い難かった。

 後部の空母部分は本来の上甲板上に巨大な構造物が追加される形状だったのだが、その中身は大半がかさばる航空機の格納庫に割り当てられていたから、艦内容積は見た目ほどには余裕がなかったのだ。


 強引な改造計画の歪みは、乗員配置にも影響を及ぼしていた。兵装が減少した分の乗員減よりも航空科増員の方が多かったにも関わらず、居住区画は原型のままだったからだ。

 乗員追加で居住性は明らかに悪化していたから、消耗品が増大したにも関わらず大幅な増員が認められなかった主計科などは、乗員一人あたりの仕事量は、著しく増えていた。



 ―――だが、しばらくは航空隊も開店休業だな……

 卓上においたままの書類を斜め読みしたウイリー大尉はそう結論付けていた。

 日本本土空襲後に一旦ミッドウェーまで交代して補給を受けていたグアンタナモは、日本艦隊出撃の方を受けて急遽出撃していたのだが、強引な出撃の代償は大きかった。グアンタナモ航空隊の戦力は、本土帰還後に要求しなければならない消耗品の数からも著しく低下しているのが一目瞭然だからだ。

 それに、グアンタナモと違ってまだ修理工事が長引いてドック入りしていたハイキャッスルなどアーカム級航空巡洋艦搭載の航空隊から駆り出された部隊は流石に原隊に返さなければならないから、グアンタナモ固有の航空隊が戦力を回復するには長い時間が掛かりそうだった。


 わずか一撃の硫黄島への攻勢で大半を使い果たした爆弾類は消耗品だから当然だが、グアンタナモ航空隊の残存稼働機も減少していた。

 それに日本軍機の爆撃で飛行甲板にも無視できない損害が生じているものだから、本国に帰還して大規模な修理工事を行わなければ発着艦作業自体が不可能だった。原隊に戻る航空隊の搭乗員達も自分達の機体で帰還することは出来そうもなかった。

 ただし、グアンタナモ自体の損傷はそれ程のものでは無かった。後部の空母部分は日本軍機の爆弾で半壊していたが、水上戦闘艦としての機能は弾薬が乏しいことを除けば殆ど無事だったからだ。



 硫黄島周辺海域の戦闘は、グアンタナモにとって悪夢の様な一日だった。

 その日、太平洋方面の戦域はおおよそ3つに分かれていた。グアム島に向かって侵攻する日本艦隊とそれを迎撃するアジア艦隊主力、グアム島近海から発射されたという日本軍のロケット弾攻撃と対潜戦、そしてグアンタナモ率いる任務部隊による硫黄島襲撃だった。


 主力艦隊同士の戦闘は昼間の航空戦から始まって夜間の砲撃戦にまでもつれ込んだが、概ね引き分けといった結果になったらしい。

 戦闘の詳細までは明らかとなっていないが、アジア艦隊では戦艦ジョージアが沈められたものの、新鋭ユナイテッドステーツが少なくとも日本軍の戦艦一隻を大破させていたらしい。

 混乱した状況では追撃までは叶わなかったものの、日本艦隊は翌日も必死の航空援護を受けながら這々の体で彼らの本土に引き上げざるを得なかったから、戦略的にはマリアナ諸島周辺の制海権を維持したアジア艦隊の勝利と言って良かったのではないか。


 だが、その間にグアム島を予想外の災厄が襲っていた。その日に限って恐ろしい程正確に日本軍のロケット攻撃が行われていたからだ。

 ロケット弾は翌日の攻撃に備えて整備されていたB-36に次々と命中していたらしい。アジア艦隊に侵攻を阻止された日本艦隊の撤退を許したのも、B-36が翌日に再出撃出来なかったからではないか。


 日本軍の攻勢開始で出港出来ずに船団ごとグアム島に留め置かれていた護衛部隊が急遽出撃して敵潜水艦の撃破を報告していたが、護衛部隊側にもかなりの損害が出ているようだから、公言はしなかったがウイリー大尉は戦果は割引いて判断すべきと考えていた。

 しかも、護衛部隊の脱落によって貨物船の多くがフィリピンやハワイへの航行が出来なくなってグアム島に更に滞留しているようだったから、太平洋の補給線はしばらく混乱しそうだった。



 ―――あるいは、日本軍の狙いはこの混乱そのものにあったのだろうか……

 ウイリー大尉は放り投げた書類に投げやりにサインを書き込みながらそう考えていた。

 コネチカット級戦艦のジョージアが沈められたものの、今回の戦闘では大型艦よりも駆逐艦級艦艇の損害が大きかった。グアム島の護衛駆逐艦はその仕上げのようなものだった。

 グアム島沖で潜水艦にやられた分は除くとしても、日本軍機の爆撃による損傷は大半が駆逐艦に生じていたのだ。


 贔屓目などではなく、戦闘に投入された米軍の航空攻撃も強力なものだった。

 アジア艦隊に配属された空母の搭載機は戦闘機が多かったから、対艦攻撃の主力とはなれなかったのだが、その代わりにグアム島から出撃したB-36は、自らの損害と引き換えに大威力の誘導爆弾で日本軍の大型空母を沈める戦果を上げていた。

 夜間に行われたグアム島へのロケット弾攻撃とそれによる混乱がなければ、翌日もB-36が出撃して戦果を拡張できたのではないか。


 それに対して、日本艦隊に随伴する空母部隊や硫黄島周辺海域における陸上機からの攻撃は、言ってみればB-36とは全く逆に、500ポンドか1000ポンド程度の汎用爆弾が使われていた。

 しかも、狙われたのは大型艦ばかりではなく、集中を欠くように艦隊全体に向けて行われていた。中型爆弾である上に落下高度も中途半端なものだったから、グアンタナモ飛行甲板の様に重要区画外の脆弱な箇所はともかく、分厚い装甲で覆われた大型艦の機関部や砲塔は直撃弾でも耐え抜いていた。

 この任務部隊に限っても、グアンタナモだけではなく護衛のクリーブランド級軽巡洋艦2隻の爆弾が命中した甲板には艤装品の残骸が転がって消火の痕が醜く残されていたが、航行能力には支障なしとの報告が来ていた。

 やはりマリアナ諸島沖のアジア艦隊主力も航空攻撃だけで撃沈された大型艦は無かったようだった。巡洋艦以上の艦艇で沈んだのは日本艦隊との夜間戦闘によるもののようだ。



 しかし、巡洋艦以下の装甲らしい装甲を持たない駆逐艦にとってはこの程度の爆弾でも大きな脅威となっていた。グアンタナモ率いるこの任務部隊でも貴重な新鋭駆逐艦2隻が沈められていたが、アジア艦隊主力の損害はそれ以上だった。

 マリアナ諸島沖合に展開していたアジア艦隊は、日本艦隊との夜間戦闘もあってか半数近くの駆逐艦が撃沈されていたようだったから、グアム島から出撃した護衛駆逐艦を合わせると、米海軍は一日で20隻近くの駆逐艦を失ったことになるのではないか。


 対空火力を効果的に発揮する為に配置が固定された輪形陣を厳密に保っている場合はともかく、軽快艦艇ならばその機動力で爆撃をかわせるのではないかともウイリー大尉は考えてしまうのだが、今回の戦闘では日本軍の爆弾は逃げた先に向かってくるという声もあった。

 直接戦闘中にウイリー大尉が爆弾が機動する所を見たわけではないが、グアンタナモの見張り員からもそんな報告が上がっていたのだ。


 その報告があり得ないとはウイリー大尉にも言えなかった。開戦以後に再確認されていたのだが、科学技術に優れた英国や敗戦国のドイツの技術を入手した日本軍の兵器類は決して米軍に劣るものではなかったからだ。

 そもそもB-36が使用している対艦誘導爆弾の技術体系はソ連を経由したドイツ由来のものだったから、現物どころか技術資料や開発に携わっていたドイツ人技術者などを日本人達も入手していたと考えるのが自然だった。

 そう考えてみると、航空戦でB-36を襲ったという日本艦隊の対空ロケットも、最初から高高度から投下される誘導爆弾対策として開発されていたものだったのではないか。



 尤も、いくら機構が目新しいとしても、空母搭載機で2000ポンド級の大型爆弾を高高度から投弾するのは難しいだろう。それが結果的に中途半端な威力の誘導爆弾で駆逐艦に被害が集中する結果になったのかもしれない。

 日本軍が投入した対艦爆弾の誘導方式にはまだ不明な点が多かった。これから調査を行わなければならないだろうが、その結果次第で米軍でも対抗手段が見つかるかもしれなかった。


 明らかだったのは、現在の米海軍では2線級の旧式艦や護衛駆逐艦を含めても稼働駆逐艦の数が減少しているということだった。撃沈はされなくとも、グアンタナモのように損傷を負って戦列から離れた艦も多かったからだ。

 大西洋艦隊から太平洋側へ駆逐艦部隊を回航するにしても、主力艦の護衛任務には今まで以上に効率の悪い巡洋艦部隊を回さざるを得ないだろう。


 船団護衛部隊向けの護衛駆逐艦は、ようやく本土で続々と就役しているらしいが、海事委員会が建造計画を主導していたタコマ級護衛駆逐艦は商船規格を流用した急造艦だから正規の駆逐艦と同等に扱う事は出来なかった。

 新鋭駆逐艦も建造そのものは行われている筈だが、工数が多く短時間での就役は難しいだろう。



 その一方で、短時間の内に大きな損害を被ったものの、陸軍航空隊の重爆撃機部隊再建は難しくないのではないか。地上の駐機場で整備中に破壊されたという事は、日本上空で撃墜された場合と違って防空壕に退避した大部分の乗員は生き延びている筈だからだ。

 本土ではB-36やその改良型であるジェットエンジン機が増産されているというから、短時間の内に本土の工場から引き出されたばかりの新造機で部隊は再建されるのだろう。


 ―――やはりネックを解決するには海上輸送を安定化させるしか無い、ということか……

 潜水艦対策で大型哨戒機が必要となった結果、大型空母であるボノム・リシャール級なども船団護衛に投入されていたのだが、この分では航空巡洋艦も貨物船のお守りに駆り出されるかもしれなかった。


 うんざりとそう考えながら次の書類をめくっていたウイリー大尉の手が止まっていた。航空隊に関する連絡が紛れていたらしい。強引に修理中の航空巡洋艦からかき集めていた航空隊要員だったが、ハワイで合流したラクーンの部隊のみはこのままグアンタナモに転属となるらしい。

 グアム島沖合でラクーンが沈められたという枠外の情報に、ウイリー大尉は眉をひそめていた。予想以上に戦況は悪化しているのかもしれなかった。

グアンタナモ級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfguantanamo.html

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

コネチカット級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbconnecticut.html

ユナイテッドステーツ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbunitedstates.html

タコマ級護衛駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/detacoma.html

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― 新着の感想 ―
マッカーサーが親分なら、そろそろ『皇居に核爆弾落とせば終わりじゃね?』と言い出しそうな気もするんですけど。 ラクーン爆沈はフィリピン方面の秘密作戦の為に用意した核兵器が原因だったとしても、それで終わり…
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