1952グアム島沖砲撃戦37
南下して米艦隊と交戦を開始した日本艦隊に呼応する形で長駆グアム島を襲撃するはずだった空軍航空隊の主力は、小笠原諸島沖に出現した新たな米艦隊の攻撃に振り返られていた。
新たに発見された艦隊の中核となっているのは、硫黄島を空襲した米軍機の母艦と思われる航空巡洋艦だったが、特徴的な艦影は以前日本本土近海に現れたものに間違いなかった。
それは損傷したアラスカ級大型巡洋艦を改造した艦であるようだったから、過去に発生した戦闘の経緯などからして同型艦が存在するとは思えなかったのだ。
航空隊の判断は、B-36の爆撃と同時に行われた先の防空戦闘同様に囮の艦隊に振り回されているようにも思えるが、現実的に言って航空隊が当初計画されていた作戦通りにマリアナ諸島に向かうのは不可能だった。
硫黄島基地は復旧工事の最中で、初期の作戦計画通りにマリアナ諸島への中継地として使用するのは難しかったからだが、爆撃痕の埋め戻しや転圧などで滑走路の復旧から始めているから、最低限でも緊急着陸地としては使用出来るとの確約は硫黄島基地から得ていた。
今回の艦隊攻撃は以前のような航空隊の独断専行では無かった。上級司令部である航空総軍司令部は、前回の轍を踏まないように爆撃隊を援護する戦闘機隊も同時に出撃させていたのだ。
航続距離が足りずに艦隊攻撃後に本土まで帰還出来なくなった多くの戦闘機は硫黄島に着陸するはめになるだろうが、その程度の収容能力はその頃には復旧しているはずだった。
その一方で、大沢少佐達の編隊だけは初期の作戦計画に基づいて硫黄島経由でグアム島に向けて出撃する事となった。もちろん編隊単独で防備が固められたグアム島の昼間に強襲をかけるのは自殺行為だったから、夜間爆撃を行う事となっていたのだ。
航空隊主力の代わりに、交戦中の艦隊を囮として大沢少佐達はグアム島に突入しなければならないといっても良かっただろう。それほど爆弾倉に収められた機材はグアム島に送り届けなければならない代物だったのだ。
日本空軍の主力攻撃機である五一式爆撃機は汎用性の高い機体だった。機体寸法に比して爆弾倉は大きく、既存兵装の大半を装備可能だった。それに空気抵抗の増大に目をつぶれば主翼下にも爆弾を懸架出来るから、搭載量はこれまでの双発爆撃機と比べてもかなり多かった。
要はジェットエンジンという大出力エンジンの実用化が搭載量の飛躍的な上昇を可能としていたのだ。
ただし、高速爆撃による航空撃滅戦を好む日本空軍では、通常は搭載量一杯まで兵装を積み込む事は少なかった。爆弾倉内部も嵩張るが軽量な集束爆弾などが詰め込まれる事が多かった。
目標が脆弱な航空機であれば、威力の大きい大型爆弾を少数放り込むよりも、軽量な子爆弾を広い範囲にばら撒いて焼き尽くす集束爆弾の方が有利だったからだ。
野戦で使用するには子爆弾の威力が心もとないとも言える集束爆弾は、元々航空撃滅戦の為に開発された機材だった。研究の結果、野外で露出する人馬や航空機の外皮程度ならば子爆弾の威力でも十分損傷を与えられるようになっていたのだ。
機材の整備や点検、新たな飛行計画の立案などで忙しかったから大沢少佐は出撃を見送れなかったが、逆に大型航空巡洋艦に向かって勇躍出撃していった航空隊主力は、集束爆弾ではなく対艦攻撃用の大型爆弾か噴進弾を抱えていったはずだ。
装甲を有する目標に対しては最初にその装甲を貫通しなければ十分な損害は与えられないし、僅かな損害が致命傷となる航空機と違って、乗員による損害復旧作業が行われる艦艇は生半可な打撃では沈めることは出来なかった為だ。
だが、大沢少佐達の編隊に積み込まれた五一式爆撃機の爆弾倉に積み込まれたのはそのどちらでもなかった。それどころか攻撃兵器ですら無かったのだが、大沢少佐達の機上作業に変わりはなかった。通常の爆撃と同様に機材を投下すればいいだけ、と聞いていたからだ。
そのために大沢少佐達は華々しい艦隊攻撃に向かった航空隊主力に随伴することも出来ずに、敵レーダーに怯えながら、現在となっては些か頼りにならなくなってきた夜闇だけを味方としてグアム島に乗り込んでいたのだ。
爆弾倉に詰め込まれた機材の行方を考えていた大沢少佐は、変化に気がついて逆探の表示面に視線を向けていた。五一式の機首方向に新たな反応が確認されていたのだ。
慎重に逆探を操作した大沢少佐は、すぐに操縦員に指示を出していた。更に少佐が偵察員席のスイッチを捻ると、一瞬だけ五一式の翼端灯が点灯していた。それが合図となって編隊は緩やかに高度を落としていった。
逆探に捉えられていたのは、グアム島に配置されているという米軍の対空レーダーの反応だった。ただし、その時点では反応は僅かなものだったから、編隊の存在は探知されていない筈だった。
高度を落とし切る前に、操縦員が燃料コックを機内燃料タンクに切り替えると、翼下に懸架していた増槽の接続が外されていた。僅かな音を立てて翼下を離れた増槽は落下していったが、その動きは軽やかだった。
海面高度で行うには危険な為、増槽の切り離しはグアム島の米軍レーダー波を感知して降下を開始し始めた直後に行うと定めていたのだが、増槽の中身は殆ど空だった。
往路分の燃料は増槽で賄う計画だったが、投下位置もほぼ計画通りだった。それに対して機内燃料は殆ど消費されていなかった。復路分に取っておく分を除いても、燃料消費の激しい低空飛行を連続して行う余裕は残されていた。
高度を下げていくにつれて逆探の反応は減衰していった。そして海面近くまで降下する前に反応は完全に消えていた。米軍レーダー覆域の下に潜り込むことに成功していたらしい。
だが、レーダー波の観測には十分な時間をかけていた。既にグアム島、というよりも敵レーダー基地の位置は正確に把握していたのだ。
降下したことで五一式編隊は加速していたから、接近することですぐにレーダー波は再探知されるだろうが、今度は飛行高度が低いから海面の反応に相当な距離まで紛れることも出来るのではないか。
だが、逆探の表示面から視線をそらした大沢少佐は、太平洋の穏やかな海面に今日ばかりは眉をしかめていた。この鏡面の様な海面の状況では、レーダー波は何の支障もなく遠距離まで飛びそうだった。
ただし、そのおかげで飛行姿勢も安定していた。今回は大沢少佐も振り返って僚機の姿を確認していた。気象状況が良好なおかげで海面近くまで降下したにも関わらず続航する編隊僚機の姿はいずれも安定していた。これならグアム島まで安全に接近出来そうだった。
予想通り、短時間のうちにレーダー波が再探知されていた。米軍航空基地が集中しているグアム島北部は起伏の少ない地形だったが、米軍も少しでも高い位置にレーダーの空中線を設置していたから、海面高度でも相当な距離までレーダー覆域に収めているのだろう。
既に五一式爆撃機に隠れ場所は無かった。少しでも早く目標に辿り着くほかなかったのだが、大沢少佐は視線を再び海面に向けていた。鏡面のようだった海面にわずかに色彩が生じていたのだ。
おそらく海面の変化をこの距離で確認出来たのは先頭の大沢少佐の機体だけだった。少佐の機体を先頭とする編隊は海面近くを飛行していたから、後方に噴出されるジェットエンジンの排気と気流の乱れで海面にも航跡を引いているはずだから、海面の変化も航跡に紛れてしまっているはずだ。
グアム島上空に敵哨戒機が存在せずに、上空からなら一目瞭然であろう海面の航跡が発見されないことを祈るのみだが、大沢少佐が乗り込む先頭機から前方の視界はまだ航跡に汚される前の姿を保っていた。
ところが、そこに白いものが交じるようになっていた。グアム島に反射された波が入り混じって白く濁っているのだろう。それを確認した大沢少佐は、逆探の反応を再度確認していた。
単にグアム島までの針路を確認するためではなかった。接近した事で精度が増した逆探の表示を確認して、島内の目的地を正確に把握しようとしていたのだ。
既に逆探の反応は単一のものではなくなっていた。島内に設置された複数のレーダーを観測して反応を分離できる距離まで接近していたのだ。
大沢少佐は細かな針路の変更を操縦員に指示していた。もう針路を韜晦するつもりは無かった。高速で目標上空を航過して全てを済ませる予定だった。下手に回避して速度を落とすよりも、その速度を利して米軍が反応する前に離脱するのだ。
いつもならこんな強引な手段は取れなかった。通常爆弾ならばともかく、こんな低空を高速飛行中に集束爆弾を投弾すれば、子爆弾が分離する前に地面に落着してしまうからだ。
通常爆弾でも信管が作動するかどうか怪しい高度だったが、今回は投下物の強度と機能からこの手法が取られていたのだ。
そこで唐突に機内通話装置から呆れたような声にならない声が聞こえていた。爆撃手の声に大沢少佐が顔を上げると、機首の先にあるグアム島の方に光が見えてきていた。
既にレーダー覆域には踏み込んでいたから、大沢少佐も探照灯で照らし出されるのは密かに危惧していたのだが、見えてきたのはそのような剣呑な光ではなかった。
眩いばかりの光は上空に向けられる探照灯のそれに酷似していたが、光線は地上に向けられていた。それにもかかわらず高所に設置されているらしい探照灯は光量が大きすぎるものだから、地面に反射してグアム島上空まで明るく照らし出していたのだ。
米軍はあまりに灯火管制に無頓着だったが、滅多にない夜間爆撃に備えるよりも、作業効率を重視した為と考えるのが自然だった。あの地面に向けられた探照灯は作業員の手元を照らし出すためのものと考えるべきなのだろう。
今日の艦隊戦ではB-36による対艦攻撃もかなり実施されていたらしい。当然損害も出ているはずだから、明日の再出撃に向けて修理作業が行われているのではないか。
あの灯火の下では、夜を徹してB-36爆撃機の整備と点検、そして爆弾搭載作業が行われているのだろう。彼らが出撃するとすれば、目標は昨日の戦闘では雌雄を決しきれなかった日本艦隊になる筈だった。
大沢少佐は思わずため息をついていた。米軍のやる事は何事にも大雑把な印象が強いが、その背景にはいずれも合理的な理由が見え隠れしていた。
ただし、そこには日本軍がつけ込むすきも隠れていた。結局、最後はその照明に五一式爆撃機は機首を向けていた。
海面に視線を向けると、乱れた海面の白波はますます強さを増していた。そして一瞬黒い海岸が見えると、あっという間に海岸線を踏み越えて五一式爆撃機はグアム島上空に進入していた。
目的地であるB-36の駐機場まではもう指呼の間だった。既に針路を指示する必要は無くなっていた。グアム島はさほど大きな島ではないし、これまでの写真撮影などから標的となる駐機場の場所も判明していた。そして駐機場の場所は、探照灯で照らし出されている箇所と一致していた。
それまで目視見張りに専念していた爆撃手が忙しく声を出していた。先程までの単調な海上飛行から一転して目まぐるしく地形が変わる中で、既に五一式爆撃機の操縦は爆撃手に委ねられていた。投弾までもう少しだった。
五一式爆撃機/イングリッシュ・エレクトリック キャンベラJ型の設定は下記アドレスで公開中です。
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グアンタナモ級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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