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1952グアム島沖砲撃戦36

 本州からからはるか南方に存在する小笠原諸島の中でもさらに南部に位置する硫黄島には以前から航空基地が設けられていたが、対米開戦までは国際連盟から委託された委任統治領である南洋諸島に赴く為の中継点としてしか機能していなかった。

 南洋諸島への定期便も設定されていたが、日本政府の南洋諸島現地住民に対する経済、技術的な支援と比べて、現地への民間企業の進出は限定的だったから民間での需要自体が少なく、陸上機よりも初期設備投資が抑えられる飛行艇が投入されていた。

 そして飛行艇の場合は、滑走路が整備された硫黄島よりも小笠原諸島の中枢でより人口の多い父島を経由する便が設定されていたのだが、トラック諸島への核攻撃から始まった対米戦の中で、にわかに硫黄島は小笠原諸島の中でも戦局を左右する重要な拠点として整備が始められていた。



 硫黄島が注目され始めたのは、米軍が戦略爆撃の拠点としているマリアナ諸島と日本本土のほぼ中間点という絶好の位置に加えて、火山由来の険しい地形が連続する小笠原諸島の中では珍しく航空基地に適した平地が多かったからでもあったのだろう。

 日本本土の空襲に出撃するB-36を早期に発見する対空捜索レーダーを地上に配置するだけなら、近隣の父島や母島にも適地があった。実際に要塞地帯に指定された両島にはレーダー基地や防空基地が設けられていたが、滑走路は父島に連絡機や単発戦闘機がかろうじて運用可能なものがある程度だった。


 だから、航続距離の長いB-36の場合は、開戦以後は帝都から南方に伸びる伊豆諸島や小笠原諸島などの島嶼部を避けて手薄な方面から侵入を図る針路を取る事が多かった。

 島嶼部の陸上に配置されたレーダーでは索敵範囲が限られるから、米軍も情報を蓄積してその範囲を読み取っていたのだが、硫黄島の航空基地から離陸するレーダー哨戒機にはそのような韜晦針路は不可能だった。

 レーダー空中線の物理的な高さから索敵範囲は格段に広くなるし、高速で進出して索敵圏を移動させるのも容易だったからだ。米軍からすれば硫黄島基地は帝都を狙うB-36の前に立ちふさがった縦横無尽に動く壁のようなものだった。



 尤も硫黄島が係争地となったのは純粋な戦略上の観点だけとは言えないかもしれなかった。物理的な問題として、戦略爆撃を行うB-36や五二式重爆撃機などの一部の長距離機を除いた日米双方の航空戦力が有する航続距離の限界が、硫黄島を激戦区とした原因ともなっていたのだ。

 サイパン島に展開しているらしい米軍の奇妙な全翼爆撃機B-49や夜間戦闘機F-87だけではなく、日本空軍の五一式爆撃機にしても、航続距離が中途半端で直接米軍の戦略爆撃拠点となっているマリアナ諸島と日本本土間を往復するのは難しかった。


 単に増槽を備えて片道飛行をするなら支障なく行えるかもしれないが、大重量の爆弾を抱えた双発機程度が往復出来る程太平洋の戦場は狭くはなかったのだ。

 マリアナ諸島を狙った航空撃滅戦や日本本土防空の前哨陣地となる硫黄島は、結果的に激しい航空戦闘の対象となっていた。B-36のような貴重な大型機は日本本土への戦略爆撃に集中しているのだろうが、それ以外の米軍機は積極的に硫黄島を空襲していたからだ。



 そのような前哨陣地としての硫黄島の重要性は日本軍も重々承知していた。だから小笠原諸島の先にある離島という大兵力の展開、移動が困難な地勢にも関わらず出来る限りの防備が固められていたのだ。

 硫黄島は他の小笠原諸島と比べても港湾設備が貧弱だった。従来からの住民はごく僅かで、海上輸送の需要が少なかったことに加えて地形上も大規模な桟橋などを設けるのが難しいらしい。

 その名の通りこの島では硫黄が取れる上に南洋特有の若干の産物もあったようだが、定期便を頻繁に往復させる程のものではなかったのだろう。

 だから、開戦以後に軍は既存の湾岸設備を拡張させる一方で、輸送船の方で輸送量の問題を強引に解決していた。海岸線に自ら座礁させる特型輸送艦や二等輸送艦をこの方面に集中投入していたのだ。


 第二次欧州大戦において幾度か行われた大規模上陸戦の主力となった各種揚陸艦艇だったが、当分上陸戦の機会が無さそうであったから予備艦から現役に復帰した揚陸艦艇が輸送に投入されていたようだった。

 揚陸艦艇としては大型である特型輸送艦の形状は、船首扉を閉じてしまえば通常の貨物船とほとんど変わらないものだったが、輸送効率は排水量の割には低かった。

 座礁と離岸に適した砂浜を選択しているとはいえ、この形状の揚陸艦艇が自ら座礁させる際に船底に生じる荷重は膨大なものだった。これに耐える為に、座礁式の揚陸艦艇は少なくない重量を底部構造の補強に費やしていたのだ。

 いわば通常の船舶が浮力という天然の力で自らを支えているのに対して、陸に上がった座礁式の揚陸艦は積載物を含む全ての荷重を自らの構造のみで耐えなければならなかったのだ。


 この種の艦艇では浮力に頼れない事で別の問題も引き起こしていた。排水量に見合った量の貨物を積み込んでしまった場合、喫水線が沈み込んで海岸線まで辿り着く前に沖合で座礁してしまうのだ。

 だから着岸の時間は干潮差を考慮して計画するしかないし、喫水線を浅く保つように揚陸時の積載量も限られていた。米軍も硫黄島の特殊な事情を察したのか、何度か輸送艦の座礁時を狙って襲撃する事もあったようだ。


 日本本土から硫黄島がさほど距離が無いために輸送効率の悪い座礁式輸送艦による強引なピストン輸送も許容されていたのだが、開戦以後急速にあらゆる輸送にコンテナという鉄箱が出現した後は多少は事情が変わっていた。

 緊急性が低い補給物資などは、設備を増強された父島の港湾部にコンテナで輸送された後に、父島と硫黄島間の限られた航路を往復する輸送艦にコンテナだけを載せ替えて運ばれる事も増えていたようだ。



 そのように強引に設定された補給線だったが、硫黄島の防衛体制は空海陸の三軍共同で段階的な強化が推し進められていた。特型輸送艦は座礁揚陸を前提としても戦車一個中隊の輸送能力があったが、もちろん離島である硫黄島に有力な戦車隊を配備するわけではなかった。

 実際には硫黄島基地の主力装備と言えるのは、機械化された工兵部隊だった。通常編制の設営隊に、重装備の工兵隊を増強して航空基地機能の維持を行っていたのだ。

 一部の工兵車両は一世代前の中戦車を原型とした重量級の車両だったから、戦車輸送艦でなければ簡単に輸送する事は出来なかっただろう。だから特型輸送艦の投入で一挙にまとまった数の機械化工兵部隊が硫黄島に輸送されていたのだ。


 それに加えて硫黄島には対空戦闘部隊も増強されていたから、工兵隊の土木量は米軍の攻撃を受けた後の航空基地復旧工事や拡張工事が無ければ、対空部隊の築城に投入されていた。

 数々の偽装陣地は対空部隊の移動用を兼ねていた。予想外の位置に移動して襲撃の度に異なる位置から猛射を米軍機に加えるのだ。



 対空戦闘部隊自体も貴重な輸送量を割いて補強されていた。牽引式や固定式の対空機銃だけではなく、貴重な自走高射砲も配置されていたのだが、やはりこの対空車両も中戦車並の重量級車両だった。

 機械化された機動部隊に随伴して敵前で補給を行う四八式装甲運搬車を原型とした五〇式自走高射砲は、陸軍の制式兵器であるにも関わらず、海軍の兵器を組み合わせたものと言えた。

 新鋭艦で多連装対空機銃座の代わりに装備され始めていた8センチ高角砲と、火砲の射撃管制に使用される四七式射撃指揮装置を陸上兵器化したものと言っても良いからだった。


 真空管を使わない電子式の計算機は、自動化された高い精度の対空射撃が可能だった。しかも五〇式自走高射砲には大掛かりな自動装填装置まで組み込んだものだから、米軍機にとっては大きな脅威となっているようだ。

 むしろ自動化された分だけ減らされた要員で自動装填装置への装弾を行うのに時間がかかったり、弾薬消費の激しさに主計官が青い顔をしていると言う話も尽きなかった。


 皮肉な事に、本土で行われているB-36による高高度からの爆撃に対しては、五〇式自走高射砲が装備する8センチ砲では射高が足りないとされて評価が低かった。

 だから本土の要塞地帯では、自走化を断念してより大口径砲と高射装置を組み合わせた化け物のような高角砲が固定配置されているようだが、捜索電探を逃れる為に硫黄島に低空で侵入する米軍機に咄嗟射撃を行うには、自動化された自走高射砲は猛威を奮っているようだ。



 硫黄島では日米共に大きな損害を蒙りながら航空戦を断続的に続けていたが、今朝はそこに新手が加わったらしい。混乱していたのか当初の硫黄島からの連絡は要領を得ないものも多かったが、襲撃してきたのが単発機である事は間違いなかったようだ。

 B-36のような大型機を除いて、米軍機の航続距離は比較的短い傾向にあるようだった。だからこれまで硫黄島に出現した形跡のない単発機の出現に、航空隊の要員達は色めき立っていた。この新手の正体に心当たりがあるものが多かったからだ。


 早朝に行われた空襲で、硫黄島の基地機能は実際に大きな損害を得ていたらしい。予想外の方位から予想外の敵機に空襲を受けたからだろう。敵機は小笠原諸島の哨戒圏をすり抜けるように東方から侵入したというから、低空飛行を連続していたのではないか。

 ただし、機械化工兵部隊の集中投入によって最低限の基地機能は空襲後早々に回復していた。当初の予定通りに移動してくる航空隊の五一式爆撃機を次から次へと受け入れて補給整備を行うような余裕は無いが、少数機の離着陸は可能になっていたようだ。



 硫黄島からは損害復旧工事の合間をぬうようにして索敵機が飛び立っていた。小笠原の陸上哨戒基地や、本土から発進したレーダー捜索機の支援を受けた索敵機は、午前中の早い段階で第2の米艦隊を発見していた。

 多くのものが予想していた通り、それは米海軍の大型航空巡洋艦を主力とした艦隊、つまりは今回のグアム島への攻勢作戦に関する全ての発端となった艦隊だった。


 今の時点では推測でしかないが、グアム島への攻勢作戦を察知した米海軍は、直接防衛の為にマリアナ諸島沖に主力艦隊を配置する一方で、例の本土空襲以後後退させていた第2の艦隊で日本軍攻勢軸の側面を突く機動を企図していたのだろう。

 航空巡洋艦を主力とした艦隊は、先の戦闘で日本海軍の重巡洋艦群を蹴散らして後退していったが、その損害は無視出来るものでは無かったはずだ。だから米本土か少なくともハワイ、ミッドウェーのどちらかで整備を行っていた部隊が急遽出撃してきたのではないか。


 発見された時点で、第2の米艦隊は日本軍の哨戒圏深くに入り込んでいた。航続距離に劣る単発機で硫黄島基地に低空で侵入する為に、母艦をかなり接近させなければならなかったのだろう。

 日本本土から発進する航空隊の作戦目標は、この時点で変更されていた。急遽対地兵装を対艦兵装に換装した航空隊主力は、航空巡洋艦を主力とする艦隊を目標として出撃していたのだった。

五一式爆撃機/イングリッシュ・エレクトリック キャンベラJ型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/51lb.html

五二式重爆撃機/ホーカー・シドレー ヴィンディケイターの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/52hb.html

特1号型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsttoku1.html

二等輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji.html

三式装甲作業車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03cve.html

四八式装甲運搬車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/48apc.html

グアンタナモ級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfguantanamo.html

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