表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
794/814

1952グアム島沖砲撃戦34

 水上戦闘は、第17戦隊が行った噴進弾による先制攻撃で幕を開けていたのだが、石井少尉は第17戦隊が装備している噴進弾に関しては概略しか知らなかった。

 噴進弾といっても艦上攻撃機で運用される無誘導の噴進弾などとは違っていた。その兵装も従来の魚雷にも匹敵する大型噴進弾だったが、第17戦隊が運用する噴進弾は遥かに規模が大きかった。

 その噴進弾は、元々複座や三座の水上偵察機を発艦させる為に使用されていた射出機を使用する大型噴進弾だったのだ。


 第17戦隊が運用する噴進弾は艦上からの誘導が可能だったが、その弾頭はさらに自走式の誘導装置を有していた。2段式の誘導方式となったのは、噴進弾の頭部に収まっているのが魚雷だったからだ。

 魚雷の誘導方式は対潜哨戒機部隊でも機動爆雷として使用しているものだった。水中の騒音源に常に弾頭を正対させるように動翼が自動で動くというものだが、原理的に音源を識別出来ないという厄介な特徴も有していた。


 2段式の誘導という面倒な方式をとったのも、要するに友軍艦に対する誤射の危険性を無視できない機動爆雷を、敵艦しかいない海域まで安全に放り込むためのものらしい。

 第17戦隊による先制攻撃は、本格的な水上戦闘が開始される前に敵艦隊を牽制したり削ぐという目的よりも、どのみち近距離の砲撃戦では誤射を恐れて使えないからという事情もあったのではないか。



 最初に噴進弾発射の閃光が走ったのは単縦陣の先頭を行く旗艦のようだった。

 上空の石井少尉が乗り込んでいる電子戦闘型五二式重爆撃機の支援を受けている日本艦隊は、無線封止状態で敵艦隊に向けて接近していたのだが、噴進弾発射の直前に電探の発振を開始していた。

 おそらくその状態で噴進弾を旗艦が発射することが後続艦への攻撃開始指示を兼ねていたのだろう。単縦陣の先頭から次々と閃光が発生していたからだ。

 夜間視力低下を恐れて石井少尉が海面から視線を逸らす前に、更に2箇所に分かれて閃光が発生していた。第17戦隊を構成する後続の巡洋艦によるものだろう。


 闇夜に走ったものだから幻惑されていたのだが、発射艦を照らし出していた閃光が発生していたのは一瞬のことだった。噴進弾を駆動させているのは航空機に搭載されるジェットエンジンではなくいわゆるロケット弾だったからだろう。

 爆発によって生じる圧力を後方に向けて飛ぶという噴進弾の加速は鋭かった。しかも母艦に据えられた火薬式の射出機によって初期速度まで与えられていたから、最終的な飛翔速度は音速に近いのではないか。

 海面高度なら轟音も聞こえていたかもしれないが、唸るようなセントーラスのエンジン音を突き破って石井少尉の耳に聞こえるほどの音量ではなかったようだ。


 海面に束の間生じた閃光は、勢いよく敵艦に向けて伸びていったのだが、海面で生じている閃光の大きさには差異があるようだった。

 首を傾げた石井少尉に聞かせたかったわけではないだろうが、対水上電探の表示面を睨みつけていた篠岡大佐が感心したような声で言った。

「17戦隊はおごるじゃないか。八雲は1発づつの発射だが、利根と筑摩は一気に4発を同時発射したようだ」


 その声に石井少尉は思わず感嘆の声を上げていた。先程の感覚は誤りではなかったようだ。利根型は噴進弾の同時発射数を増やすために射出機の数自体を増備していたのだろう。

 長大な主翼を持つ水上機ならば、飛行甲板での取り回しを考えれば射出機の数は大型巡洋艦でも2基が限界だろうが、揚力ではなく制御翼としての動翼しか持たない細長い噴進弾であれば支障なく運用出来るという判断だったのではないか。


 尤も、元々は自分も水上機乗りだった石井少尉は射出機の増大は同時発射数、つまり打撃力を拡大するためだけに行われたとは思えなかった。水上機ほどではないにしても、それに匹敵する重量の大柄な噴進弾を射出機に据え付けて再発射を行うには相当な作業量になるだろうからだ。

 利根型や後続する噴進弾搭載艦がどれほどの予備弾を抱えているかはわからないが、一部の艦隊型駆逐艦に搭載されている予備魚雷を洋上で装填するよりも再発射準備作業は困難なのではないか。

 そんな危険な作業を何度も行うくらいならば少ない発射回数で同時発射を行ってしまおうという想定なのだろう。



 噴進弾発射直後の第17戦隊では今も再発射準備作業が行われているのであろうが、変化はそれよりも早く発生していた。

 上空の電子戦闘型からの電波妨害は既に開始されていたが、眩い光の発生で米艦隊も第17戦隊による噴進弾の発射をその直後に察知しているはずだった。仮に対空電探で捉えられなかったとしても、唐突に発生した閃光を見落とすほど米海軍の見張り員の練度は低くはないだろう。

 噴進弾の閃光は米艦隊に向けて伸びていたが、その先にある米艦隊に動きはしばらく見えなかった。動揺することなく、米艦隊の単縦陣は針路を保って日本艦隊に向けて前進しているように見えていた。

 動きが見えたのは噴進弾がその行程の半ばまで過ぎた頃だった。一斉に米艦隊も閃光を発していたのだ。


 米艦隊に生じた閃光は噴進弾のそれと違って動かなかった。高角砲を使用した対空射撃によるものだったからだ。発砲炎を残した砲弾は次々と闇夜に消えていったが、数秒後には空中で幾つもの火花が散っていた。

 ―――砲弾が、炸裂したのか……

 距離や高度があるから自分達に向けられたものではないということは分かっていたが、米艦隊によって空中で発生する砲弾の炸裂は見ていて気持ちの良いものではなかった。



 対空砲火を放つ米艦隊の規模は日本艦隊よりも大きいようだった。2個水雷戦隊を有する日本艦隊と隻数はさほど変わらないのかもしれないが、米海軍は巡洋艦の保有数が多いから複数の高角砲を装備する有力な大型艦の数が多かったのだ。

 高角砲弾が炸裂する範囲は広かった。昼間の航空戦でどれほどの友軍機が被害を受けたのかはわからないが、このような対空砲火の下では相当数が撃墜されていたとしてもおかしくはない気がしていた。


 そして、火花が散る空域で一際大きな火炎が発生していた。高角砲弾の炸裂で高速で飛散する破片が、第17戦隊から発射された噴進弾を捉えたのではないか。

 射出機を使用するほどの大型噴進弾だから、速度が高くとも対空砲火に捉えられて撃破される可能性は高いだろう。そう考えて石井少尉は眉をしかめたのだが、次々と同じような光が発生するのに首を傾げていた。

 ――米軍の対空砲火は、あれほど正確に噴進弾を撃墜することが可能なものなのだろうか……


 第17戦隊から発射された噴進弾が実際に何発なのかはわからないが、あれではその全てが撃墜された事になるのではないか。そう石井少尉が考えたところで、電探表示面を睨みつけたままだった篠岡大佐が言った。

「空中の反応が消えた……だが、これでは無事に着水したかどうかはわからんな」

「着水……ですか」

 石井少尉は不思議そうな声で言ったが、篠岡大佐は淡々とした様子で返していた。

「何だ、操縦員は知らなかったのか。あの噴進弾は要は音響追尾式の魚雷を高速で運搬するためのものだが、目標海域で魚雷を安全に投下するために急減速しなければならんから、態々逆噴射用のロケットモーターまで積み込んでいるんだ。

 それに着水した魚雷がまともに動くかどうかも敵艦に実際に命中するまでよくわからんそうだから、あまり効率が良い兵器とは言えんのじゃないかな」

 篠岡大佐からすれば古巣となる海軍への批判とも聞こえる内容だったが、それほど大佐に気負った様子はなかった。単に事実を並べていただけのようだ。



 海面では未だに米艦隊による対空射撃が継続していた。電子戦闘型からの観測ではすべての噴進弾の反応が消えていたようだが、米艦隊からは確認できないのだろう。

 あるいは単に不安にかられてのことかもしれない。活火山のような対空射撃の迫力は凄まじかったが、米艦隊にとっては自位置の暴露にもつながっていた。


 次に発生したのは巨大な水柱の発生だった。星あかりと周囲の対空射撃の閃光を浴びて不気味に輝く水柱が唐突に発生していたのだ。

 これにより米艦隊に混乱が発生していた。対空射撃が止むどころか激しさを増していた。上空からではよく分からないが、米艦に生じている閃光が激しさを増しているのではないか。


 ―――連中、機銃まで撃ちだしたのか……

 石井少尉は困惑しながらそう判断していた。米艦隊は潜水艦による雷撃とでも判断したのではないか。おそらくは機銃弾は空中ではなく俯角を持って水中に撃ち込まれているのだろう。

 それまで整然と前進していた米艦隊の針路にも乱れが生じ始めているようだが、その影響を正確に判断するには観測がまだ不足していた。



 だが、いつまで待っても次の水柱は発生しなかった。日本艦隊から見て手前側単縦陣の一隻に魚雷は命中していたようだが、発生した水柱は1つだけだった。

 噴進弾で飛ばされた魚雷がどの程度の寸法のものか詳しくは知らないが、炸薬量が少ない航空魚雷同様のものであれば水中防御が充実した戦艦が相手だと致命傷とはならないだろう。

 水柱が発生した艦は脱落して単縦陣に乱れが生じていたが、米艦隊の進撃は続いていた。

 第17戦隊が実際に何発同時に発射したかは不明だが、後続艦が1発だけでも利根型2隻分を合わせれば9発ということになる。自動で誘導される機動爆雷を使用したにしては、9射線で命中弾1発は少な過ぎる気がしていた。


 ―――やはり着水前に撃墜された噴進弾があったのか、それとも噴進弾で敵艦近くにまで飛ばすという方法そのものが無茶だったのだろうか。

 そこまで考えてから石井少尉は首を振っていた。一搭乗員でしかない自分が考えることでは無かったというよりも、ここでは結論を下すことは出来なかった。


 対潜哨戒機部隊で何度か貴重な機動爆雷を使用していた石井少尉は、音響誘導式は使いどころが難しい事を知っていた。聴音機の性能なのか、機動爆雷の速度を上げると誘導が不可能になるし、海面近くでは雑音が多くなって迷走する事も多かった。

 訓練弾が迷走する様子を見てきた石井少尉は、単に敵艦隊の航行速度が速すぎて誘導自体が出来なかった可能性も無視できないと考えていたのだ。



 射線数に対して命中弾は少なかったが、彼我の将兵で正確に状況を把握していたのは上空の電子戦闘型だけだった。第17戦隊には早くも第2射を行う為の観測結果が送信されていたが、その前に敵艦隊にまた動きが生じていた。

 魚雷命中を示す水柱の発生が結局一箇所のみであった事を確認したのか、ようやく米艦隊による対空射撃が停止していたのだが、それはつかの間の静寂だった。


 その間も対水上電探による探知は続いていたのだが、米艦隊も電波妨害をくぐり抜けて電探観測を行っていたようだ。対空射撃よりも力強い発砲炎が発生していたからだ。

 対空射撃ではなく、それは米艦隊による戦艦主砲射撃だった。おそらくこれへの反撃は第17戦隊の噴進弾の第2射攻撃と日本戦艦の主砲射撃によるものとなるだろう。



 本格的な戦闘の開始に石井少尉は気を張り詰めていたが、篠岡大佐は怪訝そうな声を上げていた。

「米戦艦の配列が奇妙だな。てっきり昼間に確認されたという大型戦艦が旗艦として1番艦に位置すると思ったのだが、反応からすると単縦陣の後ろ側にいるようだ」

 振り返った石井少尉には、やはり電探表示面は蛇が何匹か走っているようにしか見えなかったが、そう言われると蛇の頭の様に膨れ上がった大きな反応は後ろに位置するような気がしていた。


 首を傾げた石井少尉に篠岡大佐は淡々とした口調で続けた。

「おそらく艦隊司令官は大型戦艦に大和型をぶつけようとしていたようだが、このままどちらも舵を切って同航戦となると、相手にする艦によっては砲撃戦には不利になるかもしれん」

 予言のような篠岡大佐の声に石井少尉は困惑したままだった。

五二式重爆撃機/ホーカー・シドレー ヴィンディケイターの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/52hb.html

八雲型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cayakumo.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

ユナイテッドステーツ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbunitedstates.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ