1952グアム島沖砲撃戦33
下士官搭乗員だった石井少尉が少尉に任官したのは開戦直前の事だった。兵学校卒の士官と、予備士官上がりや下士官から累進した特務士官を区別する海軍内部の制度は表向き無くなっていたが、現実にはその立場に代わりはなかった。
制度が法的に無くなったからと言って、兵学校卒の士官と、兵から累進した特務士官の扱いを隊内で同一とするのは無理があったのだ。
石井少尉が士官に昇進した頃はまだ平時であったから士官教育は短縮されない正規のものだったが、当時の少尉が積極的に士官に収まりたかった訳ではなかった。
単に所属していた航空隊に配属される士官が不足していた事と、内部昇進の推薦枠に空きが出るのを航空隊司令が嫌ったというだけの事だった。
士官搭乗員となれば、下士官の停限年齢を過ぎてもまだ操縦桿を握っていられる、そんな言葉に釣られて士官教育を受けたのだが、自分がそこまでして飛んでいたかったのか、石井少尉は最近は分からなくなっていた。
だが、第二次欧州大戦から下士官搭乗員としての戦歴を積み上げてきた石井少尉は、海空軍混成の特設航空隊に描き集められた下士官兵からは一目置かれる存在だった。
その御蔭で長時間の操縦訓練を行う合間に石井少尉の所にも事情通の下士官達から情報が集まっていた。
それによれば、この特設航空隊が編成された切欠として海軍内部に地中海におけるタービンライトの戦歴を覚えていたものがいたのは確かだが、空軍側からの売り込みもあったようだという話だった。
英国におけるヴィンディケーターの採用などもあって、これまで空軍内部では継子扱いだった五二式重爆撃機の制式化は目前だったのだが、その一方で派生型の扱いは微妙なものになっていた。
馬力不足を承知でセントーラスエンジンを取り敢えず搭載していた原型機のうち、空中指揮官型は既に試作機の段階から部隊配備を求める声が大きくなっていた。
特に長距離対空電探を備えた特設哨戒艦が日本本土近くで撃沈されてからは、その穴埋めにも空中指揮官機が要求されていた。その名の通り指揮官を乗せなくとも、早期に敵機の侵入を察知する為だ。
ただし、原型機から改造された空中指揮官機の仕様が踏襲されるとは限らなかった。実戦をくぐり抜けた原型機改造機で得られた戦訓を元に、装備する電探の配置や型式等を見直したものが制式生産型のジェットエンジン搭載機から改造されていく事になるようだ。
その補助に海軍の電探哨戒機も投入されるというが、同じく開発中のこの機体は五二式艦上哨戒機と機体構造の共通化が図られたものとなるようだった。
五二式重爆撃機と同じく中島飛行機が開発元であるこの新型艦上対潜哨戒機は、最初から単一の機体構造から派生型を開発するという計画であったようだ。
原型となる哨戒機型は二式艦上哨戒機東海の後継機として開発されていたというから、艦上機としては大柄でも搭載可能な機材の寸法などには制限が有るのではないか。
電探哨戒機も、六発の大型機である五二式重爆撃機と比べれば、搭載する電探の能力だけではなく機内の余剰作業空間に制限があるから、捜索範囲や指揮能力は劣るのだろう。
艦隊の哨戒範囲を拡大するのには十分だろうが、日本本土全域に対する電探哨戒の中核となるのは制式採用型の五二式重爆撃機を原型とする空中指揮官型となるはずだった。
その一方で電子戦闘型はそこ迄の必要性は認識されていなかった。やはり制式化される通常爆撃機仕様への電子兵装の追加搭載が決まったことで、高価な電子戦闘型を別に取得する事に疑問の目が向けられているようだった。
今回の電子戦闘型の実戦投入は、この派生型の開発に携わってきた実験部隊から海軍側に接触があったからでもあるらしい。そんな噂はそうした状況から出ていたようだ。
錯綜しがちな夜間洋上戦闘を、上空からの対水上電探による状況把握と電波妨害で支援する事で、この機体の価値を空軍の内外に示そうというのではないか。
実験部隊や中島飛行機の中には、ある種の焦りがあるようだった。五二式重爆撃機は日本本土を焼き尽くす勢いで迫る米軍のB-36に匹敵する巨人機ではあったが、日本帝国の国力からしてB-36よりも最終的な生産数は少なくなる筈だった。
同型機となる英空軍のヴィンディケーターを加えても、その数が大きく伸びることはないだろう。
同機が英次期主力爆撃機が就役するまでの繋ぎであるという事を除いても、大威力の核兵器を運用するのが前提となる英空軍の重爆撃機も、もはや前大戦の様に典型的な戦略爆撃を行う意図はないからだった。
B-36による戦略爆撃は日本本土に大きな損害を与えていたが、先日唐突に行われた米艦載機部隊の襲来時を除けば防空司令部は混乱すること無くその都度冷静に米爆撃機隊の迎撃を行っていた。
確かに工業地帯や市街地への被害は無視できないが、戦略爆撃の目的であろう国際連盟側の戦意は低下していなかった。企画院を中心とした政府機関では、第二次欧州大戦の戦訓などを分析して国内外それぞれに向けて行われる適切な宣伝工作を行っていたからだ。
英空軍の激しい爆撃を受けていた第二次欧州大戦中のドイツに倣った巧みな宣伝によって、かつて唱えられていた銃後を狙う戦略爆撃の効果は発揮されていないということになるだろう。
それに防空網に絡み取られて撃墜されるB-36の消耗は相当数に達するはずだった。日本空軍の主力機であるジェットエンジン双発の五一式爆撃機などと比べてもB-36は相当に高価なはずだ。
逆に言えば、同様の機体である五二式重爆撃機で米本土を直接爆撃出来たとしても、その損害に日英が耐えられるとは思えなかった。
言ってみれば、通常の爆撃機型に電子兵装が追加されたのも少しでも高価な機体を生き延びさせる為だったのだろうが、その措置が更に機体価格を上昇させて装備機数を制限する結果にも繋がっているようだった。
空軍が五二式重爆撃機をB-36などとどのように運用の差異を出していくつもりなのかは分からないが、派生型の多さは機体規模からなる機内空間余裕に加えて、全体の生産数を少しでも伸ばすためでもあったのだろう。
石井少尉は、下士官達から聞き込んだ海空軍を取り巻く複雑な事情で自分がこんなところでこんな機体を操縦する事を奇妙に考えていた。背後から慌ただしい気配が伝わってきた時もそう考えていた。
どうやら状況に変化が現れ始めているらしく、石井少尉も威儀を正していた。操縦席は搭乗員達の夜間視力を考慮して照明が切られていたが、仕切りが設けられた後部席は電探表示面などの機材を操作する偵察員達の為に最低限の照明が着けられていたのだが、そこから僅かに光が漏れていたのだ。
無意識のうちに眉をしかめながら石井少尉は海面に目を向けていたのだが、淡く光る海面に動きはなかった。南下する日本艦隊と北上する米艦隊は斜行しながら接近していた。
両軍とも大型艦を中心とする単縦陣の他に、軽快艦艇からなる複数の単縦陣を構築して複雑な艦隊機動に挑もうとしているようだが、今のところ海面に僅かに見える白く伸びる航跡はまっすぐに伸びていた。どのみちこの高度からでは夜間に目視で艦隊の行動を正確に把握するのは困難だった。
海面の気配を探ろうとしていた石井少尉の雰囲気を察したのか、操縦席の後ろから無遠慮な声がかかっていた。空軍の特設航空隊を率いている篠岡大佐だった。
「こちらから彼我の相対位置は下の艦隊に伝送しているが、第17戦隊が先制攻撃をかけるつもりのようだな」
石井少尉が慌てて無理やり体を捻って振り返ると、操縦席後部の航法員席に座っていた篠岡大佐が輝度を絞った電探表示面を指し示していた。どうやら後部席に繋がる対水上電探と同じ画面らしいが、薄暗い事を除いても石井少尉には画面上に蛇がのたくっているようにしか見えなかった。
階級は高いが、篠岡大佐はこの機の機長ではなかった。空軍で五二式重爆撃機の各派生型の開発試験を行っていた実験航空隊の幹部だった。下士官達の噂によれば、実験航空隊から海軍にこの機を売り込んできた張本人が篠岡大佐だったらしい。
石井少尉にしてみれば篠岡大佐はやり辛い相手だった。階級や立場が離れている事もあるが、元々篠岡大佐は海軍航空隊からの移籍組だったからだ。
この機体の機長は後部席に陣取る海軍の将校だったが、海軍にこの機体を貸し出した形になる空軍からの便乗者として篠岡大佐は強引に乗り込んでいた。
流石に指揮官がいる後部席に空軍の高級将校が相席するのは遠慮したのか、操縦席の方にある航法員席の機材で監視だけを行っていたのだが、自分の一挙手一投足を見張られているようで石井少尉は気を張っていた。
しかも開発部門に長く勤務していた篠岡大佐は、一式陸攻や四六式哨戒機に詰め込まれた対潜機材の開発にも携わっていたようだから、石井少尉の原隊である対潜哨戒機部隊の動向にも詳しかった。
開発部隊にいた篠岡大佐が海軍時代に石井少尉の直属上官となったことはないが、妙にこの男の前だと全て見透かされた気分になっていた。あるいは単に教員の前に立たされている問題児の気分だったのかもしれない。
第17戦隊は、改装された航空巡洋艦などで構成された部隊の筈だった。正面に体を戻しながらその構成艦を石井少尉は思い出そうとしていた。
―――確か水上機用の射出機を噴進弾の発射機に転用していたのではなかったか……
元水上機乗りだったから、それだけは覚えていたのだが、石井少尉が詳細な記憶を呼び覚ます前に海面に閃光が走っていた。
最初は海面の一点だけが輝いていた。不自然な光だった。夜戦時に使用される照明弾のような激しい光だったからだが、その光に照らし出されて巡洋艦の姿が見えていた。全ての主砲塔を艦橋前に集約させた特徴的な姿は、利根型軽巡洋艦のもので間違い無かった。
閃光を発していたのは後部甲板だった。航空艤装を集約させた利根型軽巡洋艦の後部甲板は、水上機の搭載を終えた後はのっぺりとした空間が空けられていただけのはずだったが、束の間の閃光に照らし出された後部甲板には複雑な陰影が生じていた。
―――噴進弾発射艦に改造されたことで、利根型は後部甲板にも相当の変更があったのだろうか……
一瞬そんな事を考えた石井少尉だったが、慌てて視線を海面から逸らそうとしていた。今のは利根型軽巡洋艦を主力とする第17戦隊による噴進弾射撃の開始に間違いなかった。確か第17戦隊は複数の巡洋艦で構成されていたから、次は本格的な射撃が開始されるはずだった。
だが、石井少尉の判断は遅すぎた。少尉が視線をそらす前に次々と海面に閃光が走っていた。最初に光ったのは敵艦隊に最も近い単縦陣の先導艦だった。上空から見ると、星あかりの薄い光だけが届いていた海面が一瞬の間は真昼のように輝いていたのだ。
この時、日本海軍の単縦陣は3列で構成されていたのだが、第17戦隊を構成する3隻の巡洋艦の更に後方には水雷戦隊らしい群れが付き従っていた。それに隣接するように走っている一本の単縦陣も、やはり大型の巡洋艦に先導された水雷戦隊のようだった。
そうなると、2本の単縦陣に挟まれるようにやや遅れて航行している短い単縦陣が6隻の戦艦が構成するものなのだろう。左近允中将は戦艦のみで単縦陣を構成することで貴重な大型巡洋艦の遊兵化を防ぐつもりなのではないか。
石井少尉の視点では、噴進弾の発砲炎に照らし出された3本の単縦陣はその構成まで一目瞭然になっていたが、視点を海面まで降ろした場合は状況の把握は容易ではないはずだった。
敵艦隊から見た場合、閃光を発した第17戦隊の位置が暴露したのは間違いないだろうが、その後方に隠蔽された主力艦群を目視で正確に確認するのは難しいのではないか。それほど噴進弾の発射で生じた閃光は激しいものであるように石井少尉には思えていた。
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