表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
786/815

1952グアム島沖砲撃戦26

 闇の中を逃走しようとしていた米軍の飛行艇は、防空巡洋艦鈴谷によって撃墜されたらしい。中央指揮所に繋がる電話伝令がそう言ったのを、栗賀少佐は海面の彼方に見えた閃光の位置に視線を向けたままで聞いていた

 八雲を含めて何隻かの艦が対空砲火を放っていたが、結局最後は対空誘導噴進弾がとどめを刺したようだ。

 だが、僚艦熊野の沈没と石狩型からなる第9戦隊の後退によって、すでに日が落ちた中を南下し続けている分艦隊に編入された艦艇の中では、今や鈴谷は唯一残された対空誘導噴進弾搭載艦だったから分艦隊にとって余裕があったわけではなかった。


 だが、対空誘導噴進弾や高角砲の発砲による閃光が発する前から、八雲の通信室では近距離から大出力で行われていた無線通信を探知していた。他艦と情報を突き合わせて三角測量で発信源を特定するまでも無かった。米軍の飛行艇が撃墜前に日本艦隊の発見を報告していたのは間違いなかった。

 状況からして、おそらくは条件の悪い低空での無線発信となったはずだが、長距離無線を米艦隊が取りこぼす僥倖などを期待すべきでは無かった。既に米艦隊は北マリアナ諸島沖合で待ち構えていると考えるべきだろう。



 尤も艦隊の中で最終目的地であるグアム島の沖合まで密かに接近出来るのではないかと期待していたものは殆どいなかった筈だ。最終的には警戒している米艦隊の水上捜索電探で発見されるのは目に見えていたからだ。

 昨年度に同じ海域で行われた戦闘でも、米艦隊との夜間砲雷撃戦にもつれ込んだのだから、米軍も同様の事態は想定していた筈だった。結局今日の航空戦では日米双方に艦隊戦力に致命的な損害を与えることは出来なかったのだ。


 むしろ、早期に米軍に発見された事で覚悟を決めたものも多かったのではないか。八雲艦橋内でも、早々と配られた夜食となる戦闘糧食の握り飯に真剣な顔のままかぶりつく乗員が多かった。

 これから大規模夜戦が待ち構えているというのに、気負う事なく平常心を保っている乗員の様子に安堵した栗賀少佐は僅かな笑みを浮かべていたが、内心では不安も抱いていた。



 先程唐突に発生した夜間対空戦闘では、艦隊の前衛にいた駆逐戦隊や続航する八雲も対空射撃を行っていた。八雲の位置からでは射撃機会は短かったが、駆逐戦隊は高角砲射撃を行っていたはずだった。

 早々に艦隊から逃れるように飛び去った米軍飛行艇を撃墜したのは、鈴谷から放たれた対空誘導噴進弾だったのだが、前衛駆逐戦隊の対空火力が貧弱ということは無かったはずだった。


 駆逐戦隊は、第二次欧州大戦の戦訓から日本海軍が従来の水雷戦隊を再編成して誕生した部隊だった。地中海やバルト海などの狭い海域では、大規模な水雷戦隊の運用が難しかったからだ。

 第二次欧州大戦前後における完全編制の水雷戦隊では、旗艦である軽巡洋艦と駆逐隊3個から4個程度で編制されていた。駆逐隊はさらに駆逐艦4隻程度となるから、戦隊全力では20隻弱もの大兵力となり逆に動かし難かったようだ。


 再編成された駆逐戦隊の場合は、駆逐隊の編制は変わらないままで戦隊に編入される駆逐隊が2個程度になっていたから、大規模編制の水雷戦隊に対して所属艦の数では半分程にしかならなかった。

 ただし、第二次欧州大戦終結から7年経った今では、一線級の部隊では大戦開戦前に建造されたような旧式艦の廃艦や予備役編入という形の淘汰はほぼ終わっていた。

 大戦中に建造された護衛駆逐艦である松型も初期に建造された型式などは売却されたものも多かったから、第11分艦隊に編入された精鋭の2個駆逐戦隊は、いずれも長10センチ砲を両用砲として装備する太刀風型や橘型で構成されていたはずだった。


 駆逐艦隊の旗艦として配置された尾瀬型軽巡洋艦は、対潜兵装を強化した嚮導駆逐艦に近い性質のものだったが、それでも主砲は長10センチ連装砲4基と大戦中に防空任務に活躍した秋月型駆逐艦に匹敵する対空火力を有していた。

 隷下の2個駆逐隊と合わせれば、駆逐戦隊の対空火力は第二次欧州大戦中の基準であれば有力なものであったはずだが、精度の高い射撃指揮用電探によって管制された長10センチ砲でも、夜間の遠距離対空戦闘はまだ荷が重かったようだ。



 ―――これからの戦闘では対空射撃も誘導弾を使用するのが当たり前になってくるのかもしれない……

 栗賀少佐は僅かに苦々しさを感じながらそう考えていた。日中の対空戦闘では、八雲は主砲、高角砲共に射撃を行っていたものの、その成果は散々なものだったからだ。


 高高度を悠々と航過するB-36のような機体に関しては、高角砲では射高が不足していた。大仰角で射撃を行えばB-36が飛行していた高度にまで届くのだが、その場合は敵機が射撃艦の直上を飛行していなければ効果は薄かった。

 単純に考えて砲身を持ち上げて大仰角で射撃を行うということは、高度を上げることに砲弾が得たエネルギーの大半を消費することだから、射撃艦から見た時に水平方向の射撃範囲は狭まるからだ。


 高角砲の射撃は、目標が着弾時に飛行しているはずの空域を推測して、その空域にどれだけ濃密な砲弾を送り込めるかにかかっていた。炸裂する砲弾の破片によって生じる危害半径で敵機を包み込む為だ。

 信管に指定された秒時は、照準を行った空域までの計算上の飛翔時間によって定まるし、砲口を向ける仰角や方位角も同様に狙っている敵機の未来予測位置によって計算されていた。

 だが、照準がどれだけ正しくとも、その照準に送り込まれる砲弾の数、というよりも炸裂によって生じる破片密度が低ければ、いくら照準が正しかったとしても、十分な損害を与えられなかったり、危害半径をすり抜けられてしまうのだ。



 その点では、巡洋艦の主砲となる6インチ級を越える大口径砲は、高高度を飛行する相手には対空戦闘を目的として開発されていた高角砲よりも有力な対空射撃を行えるかもしれなかった。

 第二次欧州大戦中は、当時の栗賀少佐が所属していたドイツ軍では機動性の高い長10センチ高角砲が有力な対空砲として恐れられていたのだが、皮肉なことにそのドイツ軍が実戦投入の先鞭をつけた対艦誘導兵器体系によって、今度は機動性が低くとも射高の高い対空兵装が求められるようになっていたのだ。

 ただし、大口径砲の対空火力に制限があるのもまた事実だった。


 この八雲の主砲塔は8インチの連装砲塔だったが、米海軍だけではなく日本海軍でも第二次欧州大戦中に就役を始めた石鎚型から既に三連装砲塔を重巡洋艦でも採用していた。

 長砲身の8インチ砲を備えた石鎚型や最新鋭の筑波型の主砲塔は、技術進歩によって機械化が進んだことから装填や砲塔旋回の速度が高められていたが、それでも多連装の大口径砲であるだけに長10センチ砲の連装砲塔と比べると機動性に格段の差があった。


 だが、対空砲として大口径砲が不利なのは、高速の敵機に懐に侵入された場合に限られてきているのではないか。栗賀少佐はそう考え始めていた。

 確かに、第二次欧州大戦でドイツ空軍が行っていたような単発の軽快な攻撃機や戦闘爆撃機による襲撃であれば長10センチ砲や大、中口径機銃による中低高度への絶え間ない対空射撃が有効だったが、B-36による誘導爆弾攻撃に関しては単純に射程や射高が足りないのだ。

 そもそも第二次欧州大戦中ですら噴進弾による対地兵装の長射程化によって対空機関砲の大口径化などが進んでいたのだ。



 これまで射程の長い大口径砲による対空射撃がさほど顧みられなかったのは、いくつかの理由があった。

 大口径砲は装填速度が遅いから高速の敵機に対する射撃機会は限られてくるし、砲塔の旋回速度や仰俯角速度も対水上射撃には十分でも空中を跳ね回る高速の敵機には対応出来るようなものではなかった。


 それ以前に、分厚い装甲を貫くことに特化した戦艦主砲は、艦によっては対空戦闘に用いられる時限信管を備えた榴弾が存在しないものもあった。戦艦が使用するのは、通常は対艦戦闘、さらに言えば対戦艦用に開発された徹甲弾に限られていたからだ。

 徹甲弾といっても、装甲を貫いた後に敵艦内部で頑丈な弾体を炸裂させる最低限の炸薬を充填されている陸軍で言うところの徹甲榴弾となるが、そもそも何百ミリもある装甲を貫くのを前提として開発された頑丈な構造の砲弾ばかりだった。

 日本海軍の従来型徹甲弾も、相手が装甲を持たない艦種であれば、信管が作動する前にあっさりと船体そのものに大穴を開けて向こう側で起爆してしまうような代物だった。


 時限信管を取り付けられる対空戦闘や艦砲射撃に使用可能な榴弾が日本海軍の戦艦などに一般的に配備され始めたのも、第二次欧州大戦開戦直前の頃だったらしい。

 それに通常弾とよばれる榴弾は対空戦闘に特化したものではなく、本来は対地射撃や軽快艦艇など装甲がうすい艦艇などの上部構造物を薙ぎ払うといった使用目的も想定された汎用的なものだった。


 問題は砲弾や砲塔だけにあるわけではなかった。従来の主砲射撃管制に使用される方位盤や射撃盤は計算速度が遅く、対空射撃には精々が限定的な能力を持つ程度だった。

 そんな状態で無理に従来の戦艦主砲などが対空射撃を行っても高速の敵機に命中はおぼつかないし、それどころかその凄まじい主砲による爆風で甲板上の高角砲の射撃にも悪影響を及ぼしてしまっていたのではないか。



 しかし、栗賀少佐は八雲で試験が行われていた四七式射撃指揮装置の採用や、近接対空兵装を含めた砲塔化、更には目標の限定といった様々な要因によって今まで以上に大口径砲による対空射撃は実用性と必要性の双方が増していると実感していた。

 計算機能が電気化された四七式射撃指揮装置は、従来であれば高射装置程度でしかないコンパクトな筐体で方位盤と射撃盤の機能が統合されていたが、同時に内部の計算回路を切り替えることで、対水上、対空戦闘のどちらも高精度で射撃管制が可能だった。

 原理的には計算に使用する補正値が代わるだけの話だから、大口径砲の対空射撃もこれにより電探の補助を受けた高速照準が可能となったと言えるのではないか。


 対空戦闘における照準が射撃指揮装置の一新で可能になったとしても、大口径砲を搭載した砲塔重量による旋回速度などの機動性欠如という問題はいかんともしがたいが、照準の為に行う旋回角が僅かで済む遠距離射撃で比較的機動性の低い重爆撃機を標的とするのであれば一定の効果は望めるのではないか。

 それに軍縮条約の制限下で建造された磐城型や、機材や基本設計にその影響が残されていた常陸型は、排水量を抑えるために米海軍の新鋭戦艦同様主砲と高角砲に砲兵装が限られていたのだが、それはむしろ例外だった。


 軍縮条約の制限を完全に離れた大和型以降の大型化した日本戦艦には副砲が復活していた。しかも長門型以前のように船体側面の砲郭甲板に単装砲を並べるのではなく、巡洋艦主砲に匹敵する重厚な砲塔に収容されていた。

 副砲を搭載した本来の用途は、他国海軍のように軽快艦艇の撃退などが目的のはずだった。結果的に列強海軍に外洋型駆逐艦の整備を促した日本海軍の特型駆逐艦のように、当時は軽快艦艇の大型化が進んでいたからだ。


 だが、結果的に見れば砲塔化によって主砲に頼ることなく大口径砲の対空射撃が可能な副砲が装備されていたといえるはずだった。

八雲型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cayakumo.html

鈴谷型防空巡洋艦改装型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clsuzuyakai.html

石狩型防空巡洋艦改装型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clisikarikai.html

尾瀬型対潜嚮導巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cloze.html

太刀風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddtatikaze.html

橘型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddtachibana.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html

筑波型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/catukuba.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ