1952グアム島沖砲撃戦24
喧騒と機械音に満ちた飛龍の格納庫内部に立錐の隙間もなく詰め込まれた四四式艦攻には、胴体下部に重量感のある見慣れない兵装が搭載されようとしていた。
複数の整備兵が注意深く胴体中央部のもっとも頑丈な懸架位置に固定しようとしていたし、吊り具も大重量用の物が使われていたから、相当の重量があるのは間違いなかった。
格納庫に降りるエレベーターの上に愛機と共にいた垣花飛曹長は首を傾げていた。飛龍搭載機も同じ航空隊の僚機であるが、翼が設けられたその兵装は航空隊では見慣れないものだったからだ。
全体的な印象としては、ややずんぐりとはしているものの、先程の戦闘で射耗した対空誘導噴進弾の構造と類似しているような気がしていた。弾体の最後部に配置された小型の翼構造は、明らかに動翼だったからだ。
―――飛龍にだけ新型の噴進弾が詰め込まれていたのだろうか……
呆けていた垣花飛曹長は、エレベーターが停止した警告音に我に返っていた。再び愛機を移動させようと翼後部の強度部材付近に手をかけたのだが、その前に一人の整備下士官に乱暴に遮られていた。
唖然とする垣花飛曹長に、邪魔だと言わんばかりの態度で苛立たしげな顔を向けた下士官は、格納庫壁面の階段を指差すと返事も待たずに手慣れた様子で四四式艦攻の移動作業に取り掛かっていた。
格納庫の階段には垣花飛曹長を手招きしているものがいた。薄暗い格納庫内を主翼下に潜り込んだりして苦労しながら近づくと、飛龍に乗艦していた航空隊の同僚操縦員の顔が見えていた。
航空隊の乗員達は、乗り込んでいた母艦に関わりなく搭乗員待機室に集合を命じられているらしい。おそらく着艦したばかりで飛行甲板を移動中だった垣花飛曹長だけがその指示を聞き逃していたのだろう。
尤も集合を命じられた理由は分からなかった。その搭乗員も詳細は知らないらしい。
慌てて二人で飛び込んだ搭乗員待機室はひどく狭かった。部屋の面積は飛龍搭載機の全搭乗員を収容できるはずだったが、何かを説明している士官の前に、爆弾らしき物体の模型が置かれていたからだ。
室内には既に搭乗員で溢れていた。しかも皆が装具を解かないままだったから、すぐにでも出撃しそうな雰囲気だった。
異様だったのは雰囲気だけではなかった。搭乗員達を前にして説明を行っている士官は陸軍の佐官だった。一見するとおっとりとした殿様といった雰囲気だったが、周囲の殺気立った搭乗員からは完全に浮いていた。
ただし、士官搭乗員も少なくない海軍の搭乗員に囲まれているにも関わらず物怖じした様子はなく、淡々とした口調で説明を続けていた。どうやら陸軍少佐が手にしている模型の技術的な説明らしい。
説明を聞いている搭乗員の反応は分かれていた。垣花飛曹長の様に唖然としているか、既知の話として聞き流しているかだ。飛龍乗り込みだった筈の後者の表情を浮かべた下士官搭乗員を捕まえて、垣花飛曹長は小声で事情を聞き出していた。
やはり説明に立っているのは陸軍の士官だった。矢坂という陸軍少佐は元々は陸軍航空本部付で航空兵装の研究開発に従事していたらしい。おそらく今は兵部省直轄の技術研究所に出向している形になっているのだろう。
第二次欧州大戦中の統合参謀部設立が切欠だったのか、大戦中から海陸軍の共同開発などが盛んに行われていたから、陸軍少佐が開発に携わっていた兵装を海軍機が使用してもおかしくはなかったのだ。
共同開発が開始された当初は、軍種どころか航空隊と艦隊間などの派閥争いなどから、各部署がこれまで独自に研究を行っていた技術成果の出し惜しみなども見られたようだが、噴進弾や誘導技術などの先端技術に関しては、一部はシベリアでの多国籍共同開発まで行われていたようだった。
矢坂少佐もそうした共同研究開発を行っていたのだろう。今では特異なものを除けば軍事関係でも汎用性の高い技術開発は兵部省直轄で集約して行われているから、海陸空軍の技術将校や軍属が同じ部署で勤務しているという話だった。
だが、三軍共同の統合部隊と言っても、通常は研究機関や上級司令部などの後方勤務者に限られる筈だった。最前線に展開する戦闘艦に司令部連絡将校でもない陸軍の技術将校が派遣されてくるというのは異例だろう。
そのよほどの事が、模型で示した新兵器であるらしい。試作や実験自体は第二次欧州大戦中には始まっていたらしいが、今回は飛龍など一部の艦にのみ積み込まれて従来兵装と比較検討を行う予定だったようだ。
―――技術本部では技術開発方針に関してためらいがあるのだろうか。
どうにも煮詰らない方針に、垣花飛曹長は首を傾げていた。おそらく陸軍の技術将校を飛龍に乗艦させるという事は、航空隊への教育もまだ進んでいなかったのではないか。
飛龍には攻撃隊2波分に匹敵する量の新兵器が積み込まれていたらしい。重量や操作法等の制限から搭載機は今のところ四四式艦攻に限られるようだが、実用化が進めば搭載量の大きいジェット戦闘機での運用も視野に入れられているらしい。
大出力のジェット戦闘機は余剰出力が大きいから、単に搭載量だけで言えば爆装時の重量は往時の急降下爆撃機等を凌駕していた。
攻撃隊に航続距離の短いジェット戦闘機を編入する場合は増槽を装備することが多いし、四四式艦戦二型のように胴体中央部に重量物を懸架できない場合は搭載が制限されるだろうが、誘導装置回りの軽量化や低コスト化が進めば、より軽量で両翼下に搭載可能な程度の物を想定しているのだろう。
ただし、単座の戦闘機は、爆装時でも攻撃機と比べれば動作は軽快であるものの、攻撃機としての運用には制限があった。
爆撃用の照準器が備わっていなければ正確な照準は不可能だったし、搭乗員が操縦に専念しなければならない単座機では、後席の偵察員に誘導や爆撃照準作業を分担させるのも不可能だったからだ。
矢坂少佐が説明している新兵器で単座機での運用も視野に入れられているのは、画期的な誘導装置によって照準操作が単純化されているからだ。
ついさっきの空戦で垣花飛曹長達が投弾した対空誘導噴進弾は、後席の井出大尉が操作を行っていた。噴進弾の速度は高いが、それでも接近するB-36に命中するか、虚しく敵機の脇を航過するまではそれなりの時間偵察員は操縦作業に専念せざるを得なかったのだ。
ところが、この新兵器は誘導の際に操作を行う必要はないらしい。従来型の誘導装置は発射母機からの無線操作が不可欠だったが、この新兵器は弾体内部に詰め込まれた機械が勝手に自分で動翼を操縦するというのだ。
あの膨れた胴体の中に小人でも詰まっているのだろうか。垣花飛曹長はそんな馬鹿なことを考えたのだが、誘導装置は熱源を追いかけるという機能を持っているらしい。
技術的な説明は下士官搭乗員でしかない垣花飛曹長にはよく分からなかったが、要は弾体の先端に取り付けられた電子機器で熱源からの赤外線を探知すると、その強弱を電気信号に変更して動翼を一番熱い場所に向かうように操作していくようだ。
その振る舞いからこの新兵器は自動吸着弾とも言われているという話だった。従来型の対空誘導噴進弾や、高高度から投下される米軍の誘導爆弾のように母機が延々と誘導を続けることなく、投弾後即座に退避が可能だったからだ。
説明を聞きながらも垣花飛曹長は首を傾げることになった。矢坂少佐の説明が本当なら画期的な新兵器となるはずだが、そんなに優れた性能を持っているならば、わざわざ比較実験を行わなければならないのが奇妙な気がしていた。
もっと大々的な開発方針で量産体制を確立した上で全航空隊に配布してもおかしくはないのではないか。
そんな様子に気がついたのか、あるいは単に後から入室したくせに隣のものと私語を交わしていた下士官搭乗員が目立っただけなのか、説明を一旦終えた矢坂少佐は垣花飛曹長の方を見ながら質問はあるかと聞いていた。
指名されたに等しい垣花飛曹長は、慌てて愛想笑いを浮かべると、ためらいながらも言った。
「その……仕組みのことはよく分からんかったのですが、要はその新型は勝手にB公に向かって当たってくれる、ということでしょうか……」
垣花飛曹長がそう言った途端に、室内は当惑とも嘲笑とも言い難い微妙な雰囲気が漂っていた。飛龍乗組の士官搭乗員の中には殺気だった目で今にも垣花飛曹長を殴りつけそうなものもいたほどだった。
自分の言葉が与えた思いもよらなかった影響に垣花飛曹長は狼狽えていたが、矢坂少佐は何事か考え込む様子で言葉を選びながら言った。
「残念ながらB-36のエンジン排気を追尾するのは難しいでしょう。ジェットエンジンの高温排気ならともかく、空冷エンジンの発熱量では照準装置の視野内に追跡対象を追い続ける事は難しいでしょうから……
ですが、米国はB-36のジェット化を進めているという未確認情報も存在します。近い将来、対空兵装にもこの技術は応用できるかもしれません」
どうも話が妙だった。前提からして何かを間違えていたのかもしれない。呆けたような顔になった垣花飛曹長を見かねたのか、最初から室内にいた井出大尉が言った。
「飛曹長は着艦したばかりで状況を把握していません。つまり、この兵装が対艦兵装で、我々が防空戦闘から攻勢転移を行うということをです」
ようやく状況を察し始めた垣花飛曹長は、勝手に勘違いしていた自分を恥じるように頭を下げていた。
戦闘当初は防御に徹するという左近允中将の定めた第11分艦隊の基本方針が頭にあったものだから、てっきり飛龍で行われている出撃準備も再度の防空戦闘に対するものと先走ってしまっていたのだ。
だが、冷静に考えれば米陸軍航空隊のB-36がこの艦隊に再攻撃を仕掛けてくるまでには時間がかかるはずだった。B-36の基地があるグアム島まではまだ距離があったし、あれ程の巨人機を着陸させて補充、点検の後に出撃させるまでには艦隊航空隊よりも格段に手間がかかるからだ。
飛龍を中心とする輪形陣のどこかにいるはずの鳥海に座乗した左近允中将は、このB-36の再出撃までに要する時間差を利用して敵空母機動部隊への攻撃開始を決意していたようだ。
どうやらこの熱源誘導の対艦爆弾に関しては事前に左近允中将にも概略が説明されていたらしい。だから新兵器を試験搭載した飛龍にまとめて航空隊の四四式艦攻が着艦を命じられていたようだ。
意地の悪い考え方をすれば、米軍の再攻撃によって今度は防御の低下した飛龍が撃沈される可能性もあるのだから、その前に新兵器を使い切ってしまうつもりなのだろう。
―――それほどこの新兵器は期待されているのだろうか……
垣花飛曹長は先程の勘違いによる気恥ずかしさと、ようやく対艦攻撃を行うという高揚感が入り混じった複雑な気持ちを抱えていたのだが、今度は井出大尉が飛曹長の興奮に冷水を浴びせるように淡々とした口調で質問をしていた。
「少佐の説明で分からなかった点があります。この自動吸着爆弾の熱源感知ですが、投弾する際に誘導装置にどの艦を狙うのか事前に設定することは可能でしょうか。また誘導装置が自動で標的を設定する場合、熱源を判定することは可能なのでしょうか。
つまり、この爆弾はどうやって敵艦を見分けるのか、ということなのですが……」
今度も事前に情報を得ていたのか、飛龍乗り込みの何人かの搭乗員がため息をついていた。諦観したようなその奇妙な様子に垣花飛曹長が首を傾げていると、矢坂少佐は苦笑いを浮かべながらいった。
「将来的には高精度化によって探知した熱源の分離、すなわち探知目標の絞り込みも可能となると考えていますが、現状ではこの誘導装置は海面上に生じた赤外線の差異を検出する機能しか有していません。
戦術面から言えば、自動吸着爆弾は敵艦の艦種を識別できないということになります。単に探知した中で最大の熱源に向かって行くだけですし、仮に洋上で火災が生じた際はその熱源を追いかけていくことになるでしょう。
繰り返しますが、この自動吸着爆弾を使用する場合は大規模な編隊を組んでの一斉投弾は不可能です。敵艦隊輪形陣に向けて、出来るだけ広い範囲で高高度から投弾するのが確率の点から言ってもふさわしい運用法となるでしょう。
開発班の海軍士官によれば、この自動吸着爆弾で敵艦隊の広い範囲に損害を与えた後、既存の対艦大型噴進弾でとどめを刺していくのが常道になるのではないかということでした」
集中攻撃で敵大型艦を撃沈することを想定していたこれまでの対艦攻撃とは全く異なる使用法に、垣花飛曹長搭乗員達は思わず顔を見合わせてしまっていた。
飛龍から困惑した彼らが発艦するまで時間は残されていなかった。
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