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1952グアム島沖砲撃戦22

 瑞鶴を中核とする輪形陣に帰り着いた垣花飛曹長は、眼下に広がる光景に暗然とした面持ちになっていた。既に後席の井出大尉が応答していた無線で大凡の状況は聞いていたのだが、実際に自分の目で見たことでようやく実感が湧いてきたのだ。



 垣花飛曹長達が対空誘導噴進弾を抱えた四四式艦上攻撃機で緊急発艦した時点では、瑞鶴とその僚艦である飛龍の2隻の空母は周辺の艦艇を従えて堂々と進軍していた。

 艦隊の総旗艦である鳥海すら次々と攻撃隊を発艦させていく空母の前では脇役を務めているように見えていた。


 今回の作戦で垣花飛曹長が所属する航空隊の母艦となった瑞鶴は、就役から既に10年程が過ぎていたが、その間に行われた幾度かの改装工事を受けて新鋭艦に並ぶ一線級の戦力で有り続けていた。

 大鳳型や改大鳳型と同じ様に、飛行甲板に埋め込まれて一体化した射出機や重量級の機体に対応する最新の着艦制動装置の更新に加えて、艦橋の反対側に斜め飛行甲板を設けて新鋭ジェット機の運用能力を獲得していたからだ。



 船体規模も大鳳型に匹敵する瑞鶴と比べると、高速の中型空母として就役した飛龍の艦影が少しばかり見劣りするのはやむを得なかった。今となっては船体と一体化していない飛行甲板前縁を支える支柱の並びも古めかしく見えるほどだ。

 蒼龍型の建造計画では、未完成の巡洋戦艦を改造した大型の天城型が主力艦攻撃用の艦上攻撃機を集中搭載するのに対して、高速の中型空母には威力は低いが精度が高い急降下爆撃機を搭載して敵空母を先制攻撃するという案もあったらしい。

 軍縮条約の制限内で行われる漸減邀撃作戦の一環としてそのような空母運用を明確に区切るという計画案があったようだが、実際には第二次欧州大戦で欧州に派遣された天城型も蒼龍型も航空隊の編成に大きな差異はなく、汎用的な戦力として使用されていた。


 軍縮条約の制限で建造された蒼龍型だったが、現在の飛龍では飛行甲板形状は就役時とは一変していた。瑞鶴同様に斜め飛行甲板を含めて航空艤装を一新していたからだ。

 斜め飛行甲板が考案された切欠は、商船改造空母としては唯一前線に投入された隼鷹型の左舷に拡大された待機所を転用するというものだったが、同型と蒼龍型の船体規模はほぼ同等で速力は蒼龍型の方が高かったから、斜め飛行甲板の運用に問題は無かった。

 第二次欧州大戦後に改造工事を受けた飛龍は、新鋭機の運用能力を持つ有力な空母に生まれ変わっていたが、元々中型空母故に格納庫容積はさほど広くはなく、搭載機数は制限されていた。



 日本海軍の空母は、第二次欧州大戦に前後して艦橋周りの基本的な形状にも変化が生じていた。

 翔鶴型までは艦橋構造物は独立したごく小さなものに抑えられていた。飛行甲板面積を確保する為と着艦機への影響を抑える為に、独立して設けられていた主ボイラーからの排気管は、飛行甲板下で大きく捻じ曲げられて海面に吹き付けられていたのだ。

 だが、この湾曲した煙突構造は排気効率の悪化や荒天時の海水流入という問題も抱えていた。そこで改造空母である隼鷹型からは、上部に伸ばされた煙突構造物と艦橋が一体化して重厚な上部構造物を形成するようになっていた。


 この一体化構造物は、船体から外舷側に張り出させる事で飛行甲板面積を最大限確保するようになっていた。

 それどころか、右舷側に張り出した艦橋構造物とつり合いを取る為に、左舷側には斜め飛行甲板の先端として後に使用された待機所まで張り出していたから、船体からは左右にそれぞれ大きな張り出しが設けられていたのだ。

 大鳳型以降も隼鷹型の艦橋構造物配置を踏襲していたから、海面に煙突を捻じ曲げた瑞鶴、飛龍は、他の6隻の空母と日本本土で合流して航行していた時は明瞭に区別が出来た。そのうえで船体長に大きな差があるものだから、この2隻はまるで別の家族に紛れ込んだ兄弟のようだった。



 だが、垣花飛曹長達が帰り着いた輪形陣の中核には、飛龍の姿はあったがその兄貴分であったはずの瑞鶴の姿は見えなかった。それどころか、飛龍を取り囲む輪形陣自体が一回り小さくなっていた。

 旗艦である鳥海は無事であるようだったが、重巡洋艦らしき大型艦の中には未だに甲板上から火災による灰色の煙を引きながら僚艦を追いかけている姿も散見されていた。


 飛龍は着艦作業を継続していた。その護衛につく周囲の艦艇も輪形陣を保ったまま飛龍と間隔を保って高速での航行を強いられていた。各艦の甲板上を流れる合成風力は相当のものになるから、消火活動にあたっている応急員達にはかなりの障害になっているのではないか。

 それならば損傷艦は損害復旧に専念させれば良さそうなものだが、出撃時から明らかに輪形陣を構成する護衛艦艇の数は減少しているようだから、損傷艦も戦列に留めざるを得なかったのだろう。

 翔鶴型の1番艦である翔鶴が沈んだのは昨年のことだったが、その海域はここからそれほど離れていなかったはずだ。同じ海域といっても良い場所で、今度は海底に沈む翔鶴に呼び寄せられたように2番艦である瑞鶴が撃沈されていたのだった。



 ―――姿が見えない護衛艦艇は自分達が阻止できなかった米軍機によってやられてしまったのだろうか……

 着艦を命じられた飛龍の飛行甲板が空くまでの着艦待機で輪形陣の上空を旋回している最中だった。意気消沈した垣花飛曹長はそう考えて周囲を見渡していたのだが、その視線がふと止まっていた。白い線が走っている海面の上に黒い点が動いているのが見えていた。

 距離があるからよくわからないが、おそらく垣花飛曹長達と同じように他の航空戦隊に配属された航空隊が上空で待機しているのだろう。そうなるとその直下に他の3つの輪形陣が存在しているはずだが、そこからは飛龍の護衛艦のように煙が上がっている様子は伺えなかった。


 それを見る限り他の輪形陣が被った損害はさほど大きくは無いようだった。それに飛龍上空で旋回を続けているうちに後方に何箇所か煙を吐いているものが見えていた。

 どうやら損傷艦の全てが輪形陣に留まっているわけではないらしい。対空戦闘が不可能なほど損傷した護衛艦艇はその場に留まっているのではないか。撃沈された瑞鶴などの溺者救助にあたっている艦もあるはずだから、最初の印象ほど輪形陣を構成する艦艇の損害は大きくないのかもしれない。



 友軍艦の観察をしている間に気が散っていたらしい。気流の乱れがあったのか手元が暴れる気配に慌てて垣花飛曹長は操縦桿を握り直していた。四四式艦攻もいくらか高度を落としていたから、ゆっくりとエンジン出力を上げて高度を上げていた。

 それまで黙っていた井手大尉の声が聞こえたのは、垣花飛曹長が高度を確保して操縦桿を中立に戻した時だった。散漫になっていた事を叱責されるのかと覚悟したが、単に垣花飛曹長と同じように状況を確認していただけだった。


 無線でどこかと連絡をとっていた井手大尉は、淡々とした口調でいった。

「やはり損害はこの輪形陣に集中しているらしい。他に損傷した空母もあるようだが、撃沈されたのは瑞鶴だけのようだ……

 沈没したのはもっと離れた海域らしく、溺者救助にあたっている駆逐隊はまだ本隊に復帰していないようだから、脱出した乗員の中に航空隊の生き残りがどれだけいるかは分からんようだ」


 垣花飛曹長は陰鬱な顔になっていた。井手大尉が通信を行っていたのは使用していた無線機からすると先に飛龍に降りた航空隊の僚機のようだから、情報の確度は高そうだった。

「米軍は艦隊旗艦……鳥海を狙い撃ちしたということでしょうか……」

 単に第11分艦隊内の戦力価値という点ではこの輪形陣が一番低かったはずだった。

 戦艦の代わりに重巡洋艦が配置されているのはともかく、艦橋構造物周りの配置から新鋭の大鳳型や瑞鳳型ではなく、共に僚艦を失った瑞鶴と飛龍をかき集めた航空戦隊を中核としていることは上空からでも観測出来たかもしれなかった。

 そんな部隊を米軍が優先して狙うということは、無線通信の量などから事前に艦隊旗艦の位置を割り出されてしまったのではないか、そう垣花飛曹長は考えていたのだ。



 だが、後席からは井手大尉が困惑する気配が僅かに漂ってきたものの、すぐに否定的な声が聞こえていた。

「その可能性は低いと思う。何度か艦隊上空には接触機が飛来していたが、その度に撃退されていたから無線発振の量から艦隊旗艦を特定されるほど長時間観測出来たとは思えない。

 基地化が進んだグアムなら無線傍受用の設備が充実しているから、艦隊の位置ぐらいは把握されていたかもしれないが、観測点が少ないから正確に座標を特定するのは難しかったはずだ」


 井手大尉はペアを組んで長い垣花飛曹長が困惑しているのに気がついたのか、やや口調を和らげていた。

「フィリピン諸島にも米軍の根拠地は存在しているが、あっちは陸軍や空軍の爆撃機などでこっぴどくやられているからとりあえずは無視していいだろう。

 逆に東側のウェーク島やミッドウェー島には大規模な傍受施設は存在していなかったはずだ。どちらも島の面積自体が小さいから開戦以後に建設された可能性も低いだろう。

 そうなると米軍が無線傍受に利用できるとすれば、グアム島以外では近傍の北マリアナ諸島に位置するサイパン島やテニアン島ということになるが、仮にこのどちらかに無線設備が充実した基地が存在していたとしても、今度は我が艦隊との相対的な角度が問題となる。

 第11分艦隊は硫黄島基地などと連携するために概ね小笠原諸島に沿って南下する針路をとっていた。つまりグアム島からみても、サイパン島からみても同じような角度になるから、三角測量の要領で個艦を識別できるほどの精度で観測するのは不可能だったはずだ」



 脳裏に海図を思い浮かべた垣花飛曹長は井手大尉が言った意味をようやく理解していたが、おずおずと反論していた。

「ですが……観測点は必ずしも地上だけとは限らないでしょう。艦隊周辺に敵潜水艦が存在している可能性は無視できないのではないですか。今回の作戦では艦隊の航行速度を重視して対潜戦闘用の海防空母は編入していませんし、航空隊の艦上対潜哨戒機も数が足りているとは言えません……」

 垣花飛曹長は、そもそも今回のグアム島攻撃作戦の切欠となった帝都空襲時に日本本土近海まで接近していた敵潜水艦の存在を思い浮かべていた。開戦から2年が過ぎて米海軍の潜水艦の行動も活発になってきている気配があったのだ。


 今度は井手大尉も言葉を選ぶように言った。

「確かに我が方の艦隊針路は奇をてらったものではないから、周辺海域に敵潜水艦が伏在している可能性は無視できないな……」


 自分で言い出したことなのに、垣花飛曹長は息を呑んで視線を海面に向けていた。自分達が降りようとしている飛龍に今にも雷撃の白い線が走っていきそうな気がしていたのだが、井手大尉の方は大して気にした様子もなく続けた。

「潜水艦は艦橋が低いからどのみち無線傍受には向いていないよ。瑞鶴が集中して狙われたのは、単に我々の発艦に手間取ってこの輪形陣が北方に突出していたか、対空誘導噴進弾を積んだ艦艇が多かったから優先目標となっただけではないか。

 どうもB-36編隊からは我々のように対空誘導噴進弾を搭載した機体の方が脅威となっているようだから、艦隊の場合も……」



 唐突に言葉を切った井手大尉に、操縦席の垣花飛曹長が無理に振り返ってみると、大尉は無線に手を伸ばしていた。

「我々が着艦する番のようだ。飛龍は瑞鶴よりも飛行甲板はずっと狭いし、飛行甲板の角度も小さい。気を付けて降りてくれ」

 後席から見えないことを承知で頷きながら、垣花飛曹長は着艦動作に集中しようとしていた。

四四式艦上攻撃機流星の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/b7n.html

蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

高雄型重巡洋艦鳥海の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cachokai1943.html

大鳳型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvtaiho.html

瑞鳳型空母(改大鳳型)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvzuiho.html

天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html

隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html

鈴谷型防空巡洋艦改装型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clsuzuyakai.html


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