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1952グアム島沖砲撃戦19

 昨今の日本海軍では、利根型や大淀型などの大型の対艦誘導噴進弾を装備した軽巡洋艦を打撃巡洋艦と俗称するものが出てきていた。

 対空誘導噴進弾を装備した一部の改造防空巡洋艦や、実験艦であった八雲がそう呼ばれないのは、利根型、大淀型の軽巡洋艦がかつて対米艦隊決戦において投入される予定だった重雷装艦の流れをくむものと認識されているから、らしい。



 栗賀少佐は当時のことは知らないが、重雷装艦とは第一次欧州大戦に前後して就役していた嚮導駆逐艦としての性質が強い旧式軽巡洋艦を改造したものだった。

 廃艦間際の旧式艦だったというから、大規模な改造を行ったわけではなかった。砲兵装の大部分を撤去して捻出した空間に、当時の主力対艦兵器である魚雷発射管を集中搭載したのが重雷装艦の正体だった。


 主力艦保有比において不利であった軍縮条約下の日本海軍は、米太平洋艦隊が来襲した際の作戦を念入りに計画していた。打撃力に特化した重雷装艦もこの作戦計画に当て嵌められたものだったようだ。

 当時の日本海軍は、航続距離の長い飛行艇などを用いて米艦隊を発見した後に、陸上基地から発進した攻撃機や駆逐艦、巡洋艦などの水雷部隊による雷撃で敵戦力を削ぐことで、主力艦同士の艦隊決戦を有利に展開しようとしていたのだ。

 重雷装艦は、この作戦案の中で巡洋艦以下の水雷部隊による襲撃に投入される予定だったようだ。魚雷発射管の集中搭載によって40射線もの雷撃が可能だったというから、使い所を間違えなければ凄まじい威力を発揮していたのではないか。



 しかし、重雷装艦に改造された軽巡洋艦は、第二次欧州大戦でも実戦投入されることなく、旧式化によって何年も前に廃艦になっていた。

 そもそも五千トン程度の水雷戦隊指揮用軽巡洋艦に、左右舷合計40射線もの魚雷発射管を搭載したことで、重雷装艦の甲板は足の踏み場もないほどに混み合って実用性は低かったのではないか。


 当時計画された日本海軍の艦隊決戦構想は、現実を無視した極端なものと言わざるを得なかった。重雷装艦やその主兵装であった魚雷の兵器としての性能が問題だったのではない。それ以前の想定状況が栗賀少佐には不自然なものに見えていたのだ。



 圧倒的な数の米太平洋艦隊が日本を目指して進撃するという事態の想定そのものが現実的ではなかった。今の戦争がそうであるように、欧州諸国とも政治的な対立を抱える米国は、大西洋にも戦力を残さざるを得なかったからだ。

 むしろ、政治的、経済的な米国の中心地である東海岸を防衛する大西洋艦隊の方が米海軍にとっては重要とも言えた。

 緒戦で日本海軍の旧式戦艦群を核兵器で一蹴するという暴挙を持ってしても米海軍が太平洋方面で日本艦隊を圧倒できない理由は、戦術や兵備面での不備に加えてそのあたりにもありそうだった。


 それに1935年の軍縮条約改正によって日本海軍はその保有枠を増大させていた。それ以後は対米戦力比には余裕が出ていたはずだから、今となっては重雷装艦による雷撃にどれだけに期待がかけられていたのかは分からなかった。

 単に陳腐化した旧式艦の再利用案であった可能性もあるが、当時を知る日本海軍士官に今の利根型や大淀型の印象を重雷装艦に重ねさせる程のものはあったようだ。

 あるいは、単に噴進弾の搭載で打撃力のみを向上させた利根型の性格をかつての重雷装艦になぞらえさせただけなのかもしれない。八雲の斜め前方で輪形陣を構成している2隻の利根型の後ろ姿を見ながら、栗賀少佐はそう考えていた。


 利根型軽巡洋艦の防空火力は、八雲型と比べても低かった。利根型の就役時は標準的なものだったと言えるが、40口径の連装5インチ高角砲4基は質、量ともに自衛火力にしかならなかった。

 それに対して、信頼性はともかく実験艦として最新兵装が搭載されていた八雲の対空兵装は、ドイツ海軍のアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦プリンツ・オイゲンと呼ばれていた時期から一新されていた。

 ドイツ海軍大型艦の特徴とも言えるスタビライザー付きの対空艤装はすべて撤去されていた。高射装置や探照灯に至るまで装備されていた三軸式のスタビライザーは頻繁に故障する厄介者だったからだ。



 日本海軍の重巡洋艦八雲となった後の対空火力は、若干の機銃を除くと片舷四基、計16門の10センチ高角砲というものだったから、単純に高角砲の門数だけでも利根型の倍となっていた。

 これは日本海軍が第二次欧州大戦中に投入した長10センチ砲と呼称する砲と同型のものだったが、八雲の場合は開戦前から一部の高角砲塔が試験用に換装されていた。


 この新型砲塔は内部機構が刷新されていた。砲身も命数が長いものに変えられていたが、これは大戦中から発射機会の多い防空駆逐艦向けに生産が開始された改良型だったらしい。実際に八雲で試験が行われていたのは装填、装弾機構と砲側照準機能だった。

 そのうち装填機能は大幅な機械化がなされていた。既に各砲塔は外部からのサーボ機構による操作も可能だったから、装弾さえ継続出来れば四七式射撃指揮装置からの電気的な信号だけで無人化された砲塔を遠隔操作することも可能だった。


 八雲にこの新型砲塔が搭載されたのは、この省力化された射撃機構の実験が目的だったのだろうが、それと矛盾するように新型砲塔には砲側での照準に用いる射撃指揮用の電探も装備されていた。

 電探は小型のもので、精度は高いが探知可能な角度は狭かった。予め捜索電探や目視で敵位置を捉えていなければ、素早い照準動作は不可能だろう。ただし、円錐走査方式による自動追尾も可能だから、砲塔から外部を視認できない状況でも電探だけで照準が完結する、らしい。



 長10センチ砲の新型砲塔は、八雲に先行搭載されたものはまだ実験段階のものだった。今ではこの型式の砲塔を搭載した艦艇も出始めているが、八雲の高角砲全てがこれに換装されなかったのは、当初実験的に製造された砲塔の数が少なかった事に加えて、従来砲塔との比較を行う為だった。

 だが、開戦に伴って八雲は何度も実験ではなく実戦に投入されていた。新型砲塔では発射速度も異なってくるから、実戦における取り扱いに困った八雲では四七式射撃指揮装置の特性を活かして、複数の射撃指揮装置で新旧砲塔の射撃値を使い分けていた。

 大雑把にいえば、八雲はそれぞれ4基の新旧長10センチ砲で対空火力を構成することになるのだが、もちろんこれは過渡的な不条理なものに過ぎなかった。確かに戦闘の様相によっては分火を行うこともありうるが、最初から統一射撃を制限されているのは場合によっては問題となるかもしれない。


 それに対空戦闘中でも四七式射撃指揮装置を使用するのは高角砲だけとは限らなかった。四七式射撃指揮装置の応答性と精度からすれば、八雲主砲である8インチ砲でも対空射撃が可能だったからだ。

 射撃指揮装置の数や配置によっては、どの装置でどの砲の管制を行うのか判断に迷う事態も発生するのではないか。


 その一方で八雲が搭載する8インチ砲は、利根型の6.1インチ砲と比べると発射速度や砲塔の旋回速度などで対空砲としての実用性には1段劣るのは否めなかった。

 ところが、より対空射撃に向いていると思われる6.1インチ砲搭載の利根型は、主砲射撃管制は就役時から基本的に変化していないから、刻一刻と状況が変わる対空射撃向けでは無いという戦隊内部における装備の矛盾点を抱えていた。



 長砲身8インチ砲と四七式射撃指揮装置を兼ね備えた一部の重巡洋艦を除くと、第11分艦隊に与えられた高角砲の実用射程より遠距離における対空火力としては対空誘導噴進弾があるのだが、新兵器である対空誘導噴進弾を備えた艦艇はまだ日本海軍にも少なかった。


 日本海軍は、先の第二次欧州大戦時に防空戦闘に特化した防空巡洋艦を建造していた。当時最新の対空捜索電探や数多くの高角砲を備えているだけではなく、実用試験中の中央指揮所の機能を取り入れて艦隊単位の対空戦闘指揮を取る機能が与えられていた。

 錯綜した状況になる対空戦闘の場合は、友軍艦の状況を的確に把握してどの艦を輪形陣に配置するのかが重要だった。敵機は輪形陣に空いた穴から突入を図るからだ。

 その為に、対空戦闘に限り艦隊の指揮を防空巡洋艦に座乗する戦隊司令官に委ねるという画期的な方法が当時の日本海軍で取られるようになったらしい。


 しかし、この画期的な防空戦闘指揮能力は防空巡洋艦の第二世代とも言える米代型から備わった能力だった。

 日本海軍が初めて建造した防空巡洋艦である石狩型は、5千トン級の船体に長10センチ砲をバランス良く配置した有力な対空戦闘艦だったが、その対空火力は雷装を備えた汎用性のある駆逐艦である秋月型数隻分と大差ないと考えられてしまっていた。

 そこで石狩型の後続となる米代型では、一挙に1万トン級に船体を拡大して出来た余裕で対空火力と指揮能力を両立させていたのだろう。



 だが、八雲を含む第17戦隊が配置された輪形陣の中には、対空戦闘の要となる筈の米代型防空巡洋艦の姿は見えなかった。開戦以来発生している修理艦と新鋭艦艇の不足が、第11分艦隊が構成する輪形陣の均質化を阻害していたのだ。


 第11分艦隊には8隻もの正規空母が集中配置されていた。

 そのうち6隻は第二次欧州大戦終盤から戦後にかけて就役した新鋭の大鳳型と改大鳳型とも呼ばれる瑞鳳型であり、空母2隻と直掩駆逐隊からなる航空戦隊と、それぞれ米代型2隻、戦艦2隻からなる戦隊を中心とする3つの均質的な輪形陣を構築していた。


 第17戦隊が配置されているのは、残りの瑞鶴、飛龍で構成された輪形陣だった。

 発着艦で頻繁に風向きに針路を変えることから、本来なら艦隊の運動が容易な性能の揃った同型艦で航空戦隊を構築すべきなのだが、僚艦を失ったこの2隻の空母で今は航空戦隊が組まれていたのだ。

 それにこの輪形陣には戦艦も配属されていなかった。残りの3つの輪形陣にはそれぞれ大和型、常陸型、磐城型からなる戦艦戦隊が配属されていたのだが、第17戦隊と共に輪形陣を構築しているのは重巡洋艦が最大の戦闘艦だった。


 対空戦闘で最も影響を及ぼすのは、第二次欧州大戦中から活躍していた米代型も輪形陣から欠けていた事だった。第11分艦隊には残存する6隻全ての米代型が参加していたのだが、これらは全て残り3つの輪形陣の中核で対空戦闘の指揮をとっていたのだ。

 その代わりとなる防空巡洋艦が輪形陣に加わっていた。最上型大型軽巡洋艦から改造された鈴谷型だった。



 主に空母機動部隊の直掩についていた利根型とは異なり、最上型は度々地中海で発生した夜戦に投入されて損耗していった。そこで第二次欧州大戦後に残存した最上型の2隻、鈴谷と熊野は不足する空母機動部隊の防空中枢を担う為に防空巡洋艦への改装工事の対象となっていたのだ。

 主砲塔の撤去や高角砲の増設に加えて艦橋構造物の拡大も行われていたのだが、それでも当初からこの目的で建造された米代型と比べると、大規模な艦隊の対空戦闘指揮を担うには指揮管制能力は不足と評されているようだった。


 最後の輪形陣の中には、2隻の改造防空巡洋艦に加えて第11分艦隊の旗艦である鳥海も含まれていた。

 地中海での戦闘で大きな損害を被った後に行われた改装工事で、鳥海は兵装を減じて艦隊司令部施設を増強していた。情報が集約される中央指揮所も艦隊指揮用の大規模なものが設けられていたから、この輪形陣における対空戦闘の統率は直接鳥海から行うつもりらしい。


 ―――あるいは、左近允中将は貴重な対空誘導噴進弾を手元に置いておきたかったのだろうか……

 そう考えながら栗賀少佐は、八雲の艦橋からかろうじて視認出来る鈴谷と熊野の後ろ姿を双眼鏡で探していた。そこには貴重な対空誘導噴進弾の発射機がそびえている筈だった。

八雲型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cayakumo.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

蒼龍型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsouryuu.html

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

大鳳型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvtaiho.html

瑞鳳型空母(改大鳳型)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvzuiho.html

石狩型防空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clisikari.html

米代型防空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clyonesiro.html

鈴谷型防空巡洋艦改装型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clsuzuyakai.html

高雄型重巡洋艦鳥海の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cachokai1943.html

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