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1952グアム島沖砲撃戦9

 日本海軍の予想よりも帝都を襲った米空母機動部隊の規模は大きかった。急接近する筑波型の対水上レーダーは、周辺の護衛艦艇と艦隊中心部を航行する3隻の大型艦と思われる反応を検知していたらしい。

 護衛艦艇の中にも他よりも顕著な反応があったが、これは米海軍で数多く就役していた巡洋艦のものと思われていた。第二次欧州大戦に参戦せずに中立を宣言していたにも関わらず、米海軍は1940年代前半に数多くの1万トン級重、軽巡洋艦を建造していたのだ。



 第16戦隊の司令官は、速力を落とすべきかこの時点では迷っていたようだ。標的である敵空母が目前にいる一方で、最大の障害となるのは護衛部隊の巡洋艦であろうからだ。

 明瞭だったらしい対水上レーダーの反応からすると、護衛部隊の規模は目前の艦隊を追尾するために急遽針路を変更した第16戦隊と後続の駆逐隊を合わせたものに匹敵する程の規模だった。


 相手が建造数の多いクリーブランド級軽巡洋艦かボルチモア級重巡洋艦であれば個艦性能では最新鋭の筑波型の方が有利なはずだが、その差異は小さかった。

 お互いの戦術機動等でひっくり返されてもおかしくはない性能差に加えてほぼ同等の戦力比ということは、一度速力を落として本格的な交戦を開始してしまえば、その戦闘から抜け出せなくなる可能性が高かった。



 敵空母に強引に進むべきかそれとも護衛部隊をまずは撃破すべきか、そう迷っていた戦隊司令官だったが、その逡巡を嘲笑うように敵艦隊の方が先手を取って動き始めていた。

 その時点では、敵艦隊の速力はさほど高くはなかった。おそらくは西進して帰還機を収容した米空母が反転して増速する途上だったのだろう。だから、第16戦隊の先頭艦の見張り所からは、外縁の護衛部隊越しにこちらに背を向ける空母の飛行甲板が見え隠れしていたらしい。

 あるいは、このまま空母敵機動部隊を砲撃で沈められるかもしれない。そんな期待を持っていたものもいたかもしれないが、実際には追撃が予想通りに進んでいたのはそこまでだった。


 最初に敵艦隊中心部に配置されていた艦艇が反転を始めていたらしい。その頃になって敵艦隊中央の1隻は水上戦闘艦であると報告が上がっていた。艦尾に長大な砲身が突き出された砲塔が確認されたのだ。

 艦尾に配置された砲塔は大小1基ずつと報告されていた。実際には主砲塔と高角砲が1基ずつ配置されているのだろう。このような重厚な配置は米海軍の重巡洋艦以上の艦艇における特徴だった。

 飛行甲板の形状によって空母は艦橋容量や通信能力を制限されるから、指揮能力の高い重巡洋艦以上が旗艦となっているのか、無線通信などの機能を分担させているのかもしれなかった。



 相手が重巡洋艦以上でも1隻なら筑波型2隻で何とか対処出来るかもしれないが、護衛部隊と同時にかかられると戦況は格段に不利となるだろう。第16戦隊司令官はその時点でもそう判断していたようだが、実際には日本海軍にとって更に厳しい状況だった。

 違和感を最初に覚えたのは見張り員だった筈だ。敵艦隊は空母を逃がそうとしていた。護衛部隊の一部を随伴させて空母には前進を継続させつつ、水上戦闘艦は反転して第16戦隊を迎撃しようとしていたのだ。

 だが、それまで空母としか見えなかった1隻の敵艦が反転しようとしていた。艦尾に砲塔を抱えたもう1隻に遅れてこちらに側面を見せようとしていたのだ。


 それを目撃した見張り員は唖然としたことだろう。角度のせいかそれまで空母の舷側に寄った薄い艦橋とばかり思っていた敵艦の上部機造物は、側面を見せた事で印象を一変させていたからだ。

 他艦と重なり合ってそう見えていた訳ではなかった。反転した敵艦中央部のもう1隻は、艦尾に飛行甲板を持つ一方で、重厚な艦橋構造物の前方には大口径砲の砲塔を2基も備えていた。


 クリーブランド級軽巡洋艦と同時期に米海軍が建造していたアーカム級航空巡洋艦が敵艦隊に混じっていたのかと考えたものもいたようだが、反転時に明瞭に確認された艦橋構造物は、船体中央部に配置された戦艦級の大柄なものだった。

 アーカム級の艦橋構造物は空母に準じて舷側に寄せられた薄いものだったから特徴は一致していなかった。



 第16戦隊の幹部達が判断に迷っている間にも事態は急速に推移していた。側面を見せた敵艦隊中央に配置された2隻の大型艦は、他の護衛艦艇の準備が整わない間に早くも発砲を開始していたからだ。

 見張り員の証言によれば、敵艦の中央部が火災を起こしたかのように真っ赤に光っていた、らしい。この時点での相対距離を考慮しても長射程の大口径砲によるものであることは明らかだった。

 風が強かったのか、敵艦中央部に束の間に生じた砲煙は短時間で吹き散らされていた。そして砲煙が見えなくなる頃にようやく着弾が発生していた。


 初弾によって発生した水柱は、未だに敵艦隊に向けて突進していた第16戦隊、その先頭を行く筑波の更に前方で発生していた。着弾点は大きくずれていた。筑波を狙ったのか、後続艦を狙ったのかも分からなかった。測距も測角も誤差が大きかったのだろう。

 ただし、発生した水柱は高かった。筑波型の長砲身8インチ砲から放たれた砲弾よりも明らかに大威力の砲だった。しかも、2隻の敵艦によって2箇所に生じた水柱の規模は同等だった。


 第16戦隊は、自らの有効射程に踏み込む遙か前方で敵大型艦2隻に頭を抑えられていた。極めて不利な状況だった。敵大型艦に接近したところで、筑波型重巡洋艦には石鎚型以前が備えていたような大威力の雷装など存在しないのだから、逆転を図ることも出来なかった。

 いくら筑波型の命中精度が高かったとしても、相手の装甲を貫けない砲弾では意味がなかった。そして残りの敵護衛部隊は、頭を抑えられた第16戦隊を包囲するように機動を開始したことで状況は決していた。



 結局、第16戦隊は大きな損害を出して撤退していた。2隻の筑波型は辛うじて沈まなかったものの、長期間の修理工事を必要とされる実質的に大破判定を受ける損傷を被っており、随伴していた駆逐隊も半壊していた。

 第16戦隊が撤退できたのも、おそらくは敵艦隊の指揮官が日本軍の殲滅よりも自分たちの撤退を優先していたからだろう。第16戦隊が米艦隊を追尾することが出来なくなった時点で、彼らの戦闘目的は達成されていたのだ。

 この第16戦隊による撤退が開始されたことで、この日に起こった一連の戦闘は終結していた。次の日の夜が明ける頃に、未だに煙を上げていた帝都にすごすごと帰還した2隻の筑波型の傷ついた姿は、日本軍関係者を更に意気消沈させていた。


 第16戦隊が遭遇した、そして関東上空に戦闘機隊を放った片割れと思われるのは、アラスカ級大型巡洋艦を原型とする航空巡洋艦と思われると報告が上がったのはそれからしばらくしてからだった。

 戦闘中に撮影された敵艦の特徴がもう1隻のアラスカ級と部分的に一致していたらしい。アーカム級航空巡洋艦のように艦尾を飛行甲板としたものの、2基6門の12インチ砲は巡洋艦が対抗するには難しい程の大威力砲だった。



 これは典型的な巡洋戦艦の使い方だと言えた。戦艦を相手にするには火力、装甲ともに不足しているものの、速力の優位で不利な戦場から脱出出来る一方で、今回のように相手が巡洋艦であれば一方的に戦闘を進める事が可能なのだ。

 新世代の巡洋戦艦ともいえるアラスカ級大型巡洋艦と高速空母の組み合わせは、本土近海における防備にとって大きな障害となる可能性があった。


 それに今回の様な大規模なものでないとしても、アラスカ級を改造したのであろう航空巡洋艦であれば、単艦でも同様の作戦に投入される可能性があるのではないか。小規模ながら航空戦力と高い水上戦闘能力を持つ艦艇が本土近海に神出鬼没に現れる事を日本軍関係者は恐怖していたのだ。

 筑波型との交戦記録を見る限りでは、アラスカ級に対抗するために、ただでさえ緒戦の損害で激減していた戦艦を常に用意するか、損害覚悟で水雷戦隊程度の戦力を集中投入するしかないと考えられたのだ。


 日本海軍は、改造アラスカ級航空巡洋艦の印象を薄める為か、修理改装中の尾張と陸奥の国内外向けの宣伝を戦闘後に盛んに行っていた。より強力な姿で前線に復帰すると言う事を事更に広げる為だろう。

 特に尾張は、偶然なのだろうが改造アラスカ級とほぼ同様に後部甲板を飛行甲板にした航空戦艦というべき特異な姿になっていた。素人目には強力そうな姿の尾張を宣伝の為に使おうとしていたのだろう。


 尤も、終始航空総軍司令部で混沌とした状況を見守っていた荘口中将は、この戦闘が単にそうした個々の兵器の性能や特性によって生じたものとは思えなかった。

 米海軍が投入したのがアラスカ級と航空巡洋艦ではなく、例えばレキシントン級と空母の組み合わせでも同じ事が起こった筈だった。



 荘口中将は、開戦直後の戦闘で損傷した尾張が何故航空戦艦に改造されたのかを海軍関係者から聞いていた。航空総軍に出入りする航空隊の士官であった為か、彼は航空戦艦という胡乱げなものには懐疑的だった。

 航空戦艦や航空巡洋艦の様に木に竹を継ぎ足したような一種の万能艦は一時期の流行りに過ぎなかった。あるいは、特定分野の技術のみが発展した際に生じる徒花と言っても良いだろうというのだ。


 そう言われてみると、第二次欧州大戦前に流行った爆撃機の高速化による戦闘機無用論や、戦車部隊を中核とした機動戦理論にも似たようなところがあるかもしれない。

 結局、戦闘機も全金属製となって高速化した事で爆撃機は相対的に脆弱になったし、戦時増産態勢が支えた大規模火力戦の前では機動戦の出る幕は無かった。

 水上戦闘艦と空母の合の子である航空戦艦や航空巡洋艦も、単に戦艦なり巡洋艦なりと空母を分けて建造した方がそれぞれの特性を活かせるのではないか。


 尾張が航空戦艦に改装されているのは、実際には後部の第3主砲塔の完全修復が難しかったからであるらしい。

 戦時中の修理期間短縮の要求から航空戦艦として改装されているものの、本当に尾張に価値があるのであれば、平時であれば時間をかけて建造時の姿で復旧されていたのではないかと航空隊の士官は言っていた。

 案外、今回の改造アラスカ級も似たような経緯で改造されていたのかもしれなかった。



 荘口中将は、今回の戦闘における日本軍の失態は、固有の兵器の性能などではなく組織上、運用上の問題であると考えていた。

 連合艦隊隷下の航空隊は、指揮系統が曖昧であった事を盾にして独断専行で出撃していたが、これを統制する権限は航空総軍にはなかった。

 航空総軍にも失態はあった。本来海軍所属である特設哨戒艦の特性を把握しないまま単艦で危険な海域に送り込んでむざむざと沈めてしまったのが、最初の蹉跌となっていたからだ。


 それに、注意深く見ると今回の作戦は偶然、というよりも運不運の要素が強かったのではないか。

 日本近海に敵潜を近づけてしまったのは日本海軍の失態だったが、旭光丸が撃沈された海域は、重点的に対潜哨戒機による警戒が行われていた空域から外れていた。

 その点では護衛もつけずにほぼ非武装の特設哨戒艦を放り出した空海軍の指揮に問題はあったが、いくら哨戒空域から外れていたとはいえ、こんな日本本土に近い海域に常時展開出来るほど米海軍潜水艦隊に余裕があるとは思えなかった。


 ―――特設哨戒艦の強力なレーダー波を探知して接近してきた可能性はあるが、そもそも最初に生じた敵潜の戦果が偶然に頼ったものではないか……

 荘口中将以外にもそう考えていたものはいたはずだが、帝都を焼かれた事で恐慌状態となった政府機関に彼らに耳を貸すものはいなくなっていた。

筑波型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/catukuba.html

グアンタナモ級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfguantanamo.html

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html

尾張型航空戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbowari.html

長門型戦艦陸奥の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbmutu.html

レキシントン級巡洋戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ccrexington.html


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