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1951ハワイ―キール9

 傀儡ドイツ軍と交戦する第9親衛戦車連隊を訪れたクラミン大佐の真意は、政治委員であるマルケロフ中佐には伺えなかった。以前連隊で中隊長を務めていた元同僚ともいえるクラミン大佐だったが、ソ連軍参謀本部付きという立場は重戦車連隊の前線勤務のそれとはかけ離れていたのだ。



 現在ソ連本国で行われているソ連軍の再編制作業を説明したクラミン大佐だったが、その説明には裏付けが不足していた。大祖国戦争中に拡大を続けていた過大な歩兵戦力の削減という部分はともかく、その代わりとなる全軍の機械化には膨大な数の重装備が必要だったのだ。

 この内戦車部隊に関してはマルケロフ中佐やイヴァーノヴィチ大佐もある程度は情報を得ていた。大祖国戦争中盤以降の主力戦車となっていた85ミリ砲搭載型T-34の正当な後継となる新型中戦車の開発と生産が進められていると聞いていたのだ。


 実際には大戦中にT-34の改良型として開発されながらも、ファシストドイツ軍の新型戦車の装甲を撃ち抜く火力向上が急務となったことから制式化を断念された試作車両を原型とするものらしい。

 だが、高い貫通能力を有する100ミリ砲を供えた新型中戦車といえども、戦車だけでは戦争はできなかった。大飯ぐらいの戦車部隊に機動を続けさせるには走破性の高い特殊なトラックなどで編成された補給部隊が必要だったし、歩兵が追随出来なければ戦車部隊は敵中で孤立してしまうだろう。



 これに対して、クラミン大佐は意外なところから説明を続けていた。ソ連に断りなく対日戦に突入した結果、欧州諸国をも敵に回した米国だったが、その戦況は捗捗しいものではないらしい。

 当初の期待に反して日本人たちが簡単に手を上げなかった為のようだが、欧州諸国の植民地を解放して回ったカリブ海でも危機が迫っているようだ。植民地奪還を狙う欧州諸国の艦隊などがカリブ海に接する南米大陸北東のギアナ周辺に集結し始めていたからだ。


 米国は中南米諸国、特に戦艦や空母などの大物を含む米国製兵器の購入先でもあるブラジルの動きに当初は期待していたらしい。南米の盟主を目指すブラジルの自尊心をくすぐってやれば、目と鼻の先のギアナに図々しく居座る旧大陸勢力に圧力をかけるのではないかと考えたのだ。

 もちろんブラジル単独では欧州諸国の強力な連合艦隊に対抗するのは難しかった。

 目覚ましい経済成長を背景に新鋭と言って良い米海軍のコネチカット級戦艦やエセックス級空母の準同型艦を購入したブラジル海軍でも、欧州諸国が全力でかかれば敗北は免れないだろう。艦隊主力を支える国力や海軍力が違いすぎるからだ。

 だが、米大西洋艦隊がカリブ海に展開するという状況では、ブラジル艦隊を背後にした欧州諸国の艦隊を牽制することは出来たのではないか。むしろ米国としてはブラジルが単独で欧州諸国を蹴散らして必要以上に対米発言力を有することまでは望んでいないと考えるべきかもしれなかった。



 しかし、ブラジルや他の中南米諸国は、彼らの目前で行われているカリブ海の戦闘にも中立を保っていた。中南米諸国の多くは前世紀から続く米国の政治介入で概ね親米政権が多かったものの、国民感情を無視して強引に成立した現地政府の基盤は貧弱で対外発言力は低かったからだ。

 それ以前にラテン系住民が多数を占める独立国家の首脳達は、単に地域の有力者である親分達が担ぎ上げられただけであり、長期的な政治展望などには欠けていたのだ。


 ブラジルの場合は更に国内の混乱もあったようだ。同国の支配者層で主流派である保守勢力のクーデター派による共和制成立後も根強く存在する帝政派の勢いが最近になって増しているという話もあるらしい。

 それ以前に欧州諸国寄りのアルゼンチンやペルー、チリなどを後背にするブラジルが南米大陸で積極的な行動を取るのは予想よりも難しいのではないか。



 クラミン大佐はそうした国際情勢を説明していったが、マルケロフ中佐とイヴァーノヴィチ大佐は呆けたような顔を見合わせていた。


 ―――そんな遥か彼方の中南米の政治事情が、傀儡ドイツ軍と戦う自分達と一体何の関係があるというのか……

 二人とも口には出さなかったものの同じような思いを抱いていたのだが、クラミン大佐はそんな二人の様子に笑みを見せる余裕があった。

 米国からすればこれまで面倒を見てきたつもりだった中南米諸国が頼りにならないことから、マッカーサー政権はこれまでの反共的とさえ言えた政策を転換してソ連にすり寄る姿勢を見せ始めているらしい。要はそれが言いたかったようだ。

 カリブ海の権益を守るためには、欧州諸国の戦力を彼らの本国に引きつける必要がある。そこで、第9親衛戦車連隊が巻き込まれているこの地域紛争の激化を望んでいる、そういう事のようだった。

 海外の植民地奪還を狙う欧州諸国にしても、自分達の本国の間近で行われている紛争が拡大されれば植民地どころではなくなるだろうというのだ。



 勿論、ソ連がこれまでの冷え切っていたソ米間の外交関係を忘れてマッカーサー政権の言いなりになる覚えはないはずだが、それなり以上の見返りがあるなら話は別だった。

 尤も、大祖国戦争中とは異なり米国人自身が太平洋やカリブ海で自分達の戦争を行っているということは、米国自体の生産能力をソ連に割り当てるのは難しいだろう。


 それに大祖国戦争においては終盤の一時期までソ連と英日は友好関係にあるとは言えないにも関わらず直接交戦することはなかった。

 だから中立国米国からソ連への通商路は無視されていたのだが、あまり積極的には見えないにしても、英日デンマーク軍団とソ連軍が交戦している以上ソ米間の航路も遮断される可能性が高かった。

 英本土の眼の前を通過しなければならないバルト海経由は勿論だが、北方のバレンツ海を経由する航路も無事な通過は期待出来ないだろう。


 ソ米間の航路を維持する為には、船団に大規模な護衛艦艇をつける必要があった。場合によっては、通商破壊戦のみを行う敵潜水艦隊の妨害だけではなく、英国本国艦隊の封鎖を突破しなければならないからだ。

 或いは事前に敵艦隊の行動を察知して回避するかだが、どちらにせよ哨戒範囲の広い空母や戦闘能力の高い戦艦などの大型艦を含む有力な護衛艦艇が必要だった。


 この戦争では米国自体が当事者となっているのだから、大型で航続距離の長い艦艇ばかりを船団護衛に抽出するのは不可能だろう。彼らも前線の兵力には四苦八苦しているはずだ。

 そうなると米国がソ連に提供出来るのは、船便で送り込む実物が最小限で済む技術供与か、将来的な見返り、ソ連に有利な通商条約の締結といったところになるのではないか。

 ソ連軍上層部は、これで米国の支援を取り付けて全軍の機械化という一大事業を完遂させる腹積もりのようだった。



 マルケロフ中佐は絶句していた。預かり知らぬ所で勝手に自分達の運命が弄ばれようとしていたからだ。膨大な富が揺れ動く国家間で取引が行われている前では、幾人もの将兵の命も如何様にもされてしまうらしい。

 その思いはイヴァーノヴィチ大佐も同じだったらしい。死んでいった部下達のことを思い出していたのか、イヴァーノヴィチ大佐は感情を無理に抑えた低い声でいった。

「つまり、米国の目が欧州に向くまでは地球の反対側で起きている大戦争とは無縁の単なる紛争で抑えておきたいからここに増援を寄越さなかったというのか……」


 だが、イヴァーノヴィチ大佐の鋭い視線もクラミン大佐の韜晦には通用しなかった。

「誤解しないでいただきたい。我々が米国の思惑を知らされたのはそれほど前の話ではありません。我々が欲しいのは、完全なる大義名分です」


 怪訝そうな顔になった二人に、クラミン大佐は話を続けていた。

「南部ドイツでは帝国主義者が支援するファシスト政権が続いていましたが、この北部ドイツにおいても立ち遅れていた我々の側のドイツが建国されることになりました。

 ドイツ農民戦争以来この地に根付いていた社会主義的な革命政権ということになりましょう」

 また話が全く変わっていた上に自分でも話の内容に全く信じていない様子のクラミン大佐に、話題そのものに興味の無さそうなイヴァーノヴィチ大佐に代わって呆れたような顔のマルケロフ中佐が言った。


「北部ドイツ建国と言いますが、国を作れる程の国民はいるんですかねぇ。ファシストによる最後の悪あがきで、この辺りは殆ど無人地域になってしまっているんですよ」

「おかげで普段から兵隊どもがウォッカを飲み過ぎて暴れても、戦車砲をぶっ放して轟音をたてても、履帯で道路をこねくり回しても誰も文句は言わん戦車の天国だったぞ。

 俺に言わせればな、ニェーメツ共がどうなろうと知ったことか。あいつら全員魔女の婆さんの窯に打ち込んでやればいいんだ」

 話に割り込んできたドイツ人嫌いのイヴァーノヴィチ大佐には取り合わずに、クラミン大佐は視線をマルケロフ中佐に向けながら続けた。

「人口密度はたしかに低いですが、全人口500万人は居たはずです。それに組織的な移民も既に開始されていますから、国家を構成するに足りる数の国民は確保できますよ」


「移民ですと。どこからこんな所に人が来るんです」

 国民が国家を作るのではなく、国が国民を確保するという言葉に鼻白みながらも怪訝そうな顔のマルケロフ中佐に、クラミン大佐は数を数えるように指を折りながら言った。

「まずはドイツ人を指導するロシア人官僚ですな。それに戦時中にファシストに協力した罪一等を減じられた中央アジアやコーカサス地方の民族主義者も新たに設けられる集団農場の労働者として移住してきます。

 ああ、それに彼らを指導する官僚や警察官も家族を帯同してきますよ」



 イヴァーノヴィチ大佐と再び顔を見合わせていたマルケロフ中佐は眉をしかめていた。辻褄合わせ、というよりも数合わせの様な「国民」だった。

 要は大祖国戦争中の裏切り者を最前線であるこの地域に閉じ込めようというのだろう。更にいなくなったドイツ人の代わりの労働者とするのだから、ソ連本国にとっての北ドイツとは天井の無い監獄の様なものではないか。


 ―――それともシベリアの監獄に送り込んで凍死させられるよりはましなのだろうか……

 何故かマルケロフ中佐はロシア皇室が逃げ込んだ先のシベリア地方の事を思い出していた。帝国時代に流刑地であったシベリア地方に反逆者を追い立てるわけには行かないのだろうが、北ドイツという国がまともな国になるとは思えなかった。



 マルケロフ中佐の思いなど無視してクラミン大佐は言った。

「何時までも占領地帯というわけには行きませんので、北ドイツ政府は樹立と同時に駐留軍の正当化に必要なソ連との相互防衛条約を締結する予定です。

 また早々に「国内」に侵入した勢力、傀儡ドイツ軍の撃退をソ連に要請することになるでしょう。これでソ連軍が大規模な行動を起こす大義名分は完璧なものとなります」


 不機嫌そうなイヴァーノヴィチ大佐は、クラミン大佐の言葉を遮っていた。

「軍の……いや、党の意向は理解した。それで、党は我が連隊に何を求めているのだ」

 鋭い視線を向けられたクラミン大佐は、真剣な顔になるとイヴァーノヴィチ大佐に向き直って言った。

「あと幾ばくかの時間稼ぎをお願いしたい。第9親衛戦車連隊を含む現在交戦中の部隊は、後方のキール市街地に立てこもって防衛に専念してもらいたいのです」


 マルケロフ中佐は、視線を幕舎を構成する布切れの向こうにあるキール市街地に向けていた。市街地と言っても残留している民間人はほとんど居ないし、戦後は荒れ放題だった筈だ。

「防戦に務めるは良いが、損害はどれ程許容されるのだ。現状の戦力では大して長期間は支えきれんぞ……」

「任意で市街地は放棄して構いませんが、最低でも河口南岸の……ラーボエからメンケベルクまでの線は確保してもらいたいというのが参謀本部の見解です」


 死守を命じられるものと思っていたのだが、予想と異なる答えに戸惑って、マルケロフ中佐とイヴァーノヴィチ大佐はクラミン大佐の顔をまじまじと見つめていた。地図を指差していたクラミン大佐は更に続けた。

「別に資本主義者の言いなりになる必要はありませんよ。参謀本部としても、どのみち全軍の再編制作業が終わらない限り全欧州の解放に乗り出すには時期尚早と考えていますから。

 欧州を刺激するのは海軍の仕事です。今大規模な陸上作戦を行わないのであれば、いつでも取り返せるキール運河など不要です。河口さえ抑えておけば、運河の遮断などいつでも出来るのですから……」



 自信満々に言うクラミン大佐に、マルケロフ中佐はため息をついていた。結局、連隊の試練はまだ続きそうだった。

コネチカット級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbconnecticut.html

ワスプ級空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvwasp.html

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