1951ハワイ―キール6
ハワイ王国を訪れていたバーク少将は、民政部長官室の贅を凝らした内装が急に色褪せていくような奇妙な感覚を覚えていた。米軍にとって緒戦で輝かしい戦果を上げたことになっているはずの核攻撃に関する負の側面を知らされたような気がしていたからだ。
演習を目的とすると宣伝しながら、日本海軍は戦艦群を含む有力な艦隊をトラック諸島に集結させていた。第二次欧州大戦前にバーク少将達米海軍が警戒していた当時の日本海軍旗艦である長門を含む有力な艦隊だった。
長門型は16インチ砲8門とこれに対応した装甲を有するものと考えられていたが、これに対抗可能な米海軍の16インチ砲艦であるレキシントン級は装甲の弱体な巡洋戦艦であり、それ以前に巡洋戦艦であるレキシントン級は日本海軍の金剛型巡洋戦艦に対応しなければならなかった。
実際には長門型や英海軍のネルソン級などの16インチ砲戦艦はテネシー級以前の14インチ砲戦艦で対抗しなければならなかったはずだ。実際米海軍部内ではそうした想定の研究も行われていたのだ。
もしもコロラド級が空母に改装されずに16インチ砲戦艦として就役していれば米海軍にも余裕があったかもしれないが、軍縮条約はコロラド級の3,4番艦と建造途上にあったより強力なサウス・ダコタ級戦艦6隻の廃棄を迫っていたのだ。
米海軍が長門型戦艦の動向を警戒していたのも当然だったが、2発の核爆弾は、これを一撃で壊滅させていた。
従来の艦隊決戦であれば信じがたい程の戦果だったが、日本は核攻撃による惨禍を過剰に宣伝し、諸外国もこれに同調していった。新兵器である核攻撃の威力と戦略爆撃を見せつけて短期間で日本を降伏させるという米国の戦略はこの時点で齟齬を生じさせていたのだ。
ただし、これにより米国が一方的に不利とはならなかった。日本本土への戦略爆撃は被害を出しながらも継続していたし、宣戦布告してきた欧州諸国がカリブ海に保有する植民地を解放していった事で、米国の勢力圏はむしろ短時間のうちに拡大していったからだ。
陸軍航空隊による核攻撃という奇襲効果を最大限活かすために、開戦時期は米軍内部でも知らされているものは少なかった。ところが戦域の拡大は軍中央が当初予想していた以上に急速に進んでいた。
海軍もその為に開戦以後に多くの出師準備作業を慌ただしく行う必要があったのだが、開戦から一年近くたった今ではようやく戦時建造艦などの用意も行われようとしていた。
おそらく事情は海兵隊も同様の筈だった。ハワイに移駐してきた第1海兵師団が核攻撃の余波で使い物にならないとすれば、本国からの増援と入れ替えるしかないのではないか。開戦から新規に志願した兵達を受け入れられれば、消耗した部隊も生まれ変わるはずだ。
だが、ウィロビー長官はバーク少将の考えを即座に否定した。陸軍、海兵隊を問わずに連隊程度の大規模な増援はこれ以上期待しないほうがいいだろう。そう突き放すように長官は言った。
バーク少将には納得し難かった。先頃フィリピンに送られて大規模な機動戦を行ったという陸軍の騎兵師団は、開戦以後に移送されていた筈だった。
開戦直前にフィリピンの治安戦に投入されるという建前の元に移送されていた陸軍、海兵隊合計3個師団の後詰めだったのだから、動員は実質的に開戦以後のことだったのではないか。
師団司令部や連隊長などの機密に触れる資格のある高級将校だけに開戦時期を知らせていた可能性はあるが、戦略単位である師団の動員を密かに行えたとは思えなかった。各師団の末端兵卒まで含めると関係する人間の数が多すぎるからだ。
ところが、バーク少将の疑問に対するウィロビー長官の答えはあっさりとしたものだった。
「第1騎兵師団が短時間で動員出来たのは、単に彼らが騎兵科ばかりで編成されて平時から充足率が高かったからだ。それに師団の主力装備とも言える軽戦車は輸送時の重量が軽いから、兵站への負担も軽かった。
出来れば騎兵師団付きの歩兵連隊だけでも民政部の権限でハワイにとどめておきたかったのだが……返す返すも歩兵連隊がハワイ沖で日本軍に沈められたのは残念な事だった。
おそらく第1騎兵師団に続くフィリピンへの大規模な増派は、この戦局が大きく動かない限り無いのではないか。失っても惜しくはない戦車のみの補充ならあり得るかもしれないが……
本国では第1騎兵師団歩兵連隊が洋上で失われたことを問題する声も大きいらしい。実際にはフィリピン駐留部隊やグアム島の陸軍航空隊も少なくない損害を出しているのだが、連隊規模の将兵が一挙に失われた衝撃は大きかったようだ」
ウィロビー長官の言い様にバーク少将は眉をしかめていた。ハワイ近海の海上護衛は本来太平洋艦隊の管轄であったからだ。開戦時期を知らされていなかった海軍は、海戦以後に慌てて海上護衛戦闘の陣容を整えなければならなかったから、船団護衛部隊は手薄であったのだ。
しかも、海軍部内ではこれまでまともに海上護衛戦闘の研究は行われていなかった。近代的な装備を手に入れた後の米海軍が投入された戦場は中南米諸国への政治介入などに限られていたからだ。
第一次、第二次欧州大戦において主にドイツ軍が通商破壊戦を実施していたという事実は知識としてはあったが、米海軍に所属する多くの士官にとって船団護衛が自分達の任務だという実感があるわけではなかった。
対日戦の想定も、ミッドウェー島の支援の元で長大な航続距離の主力艦隊を日本本土近くまで接近させて小笠原諸島周辺で艦隊決戦に及ぶというもので、今のようにフィリピンを保持したままで太平洋を跨ぐ補給線を長期間設定するという事態は戦争計画の前提になかったのだ。
だが、いま米本土では急速に輸送船や船団護衛艦の建造が進められている筈だった。日本人に出来て米国に出来ない事があるとは思えなかった。いずれ護送船団は完全に機能していくはずだし、同様に予備役の招集と師団の再編成も半年もすれば進んでいるのではないか。
やはりウィロビー長官の考えは悲観的すぎる気がしていたのだが、バーク少将のそんな考えを見透かしたかのように長官は淡々と続けた。
「おそらく、本国ではしばらくの間は太平洋方面はマニラ要塞での長期耐久とグアム島からの戦略爆撃に専念しようとするだろう。この方面の補給は主にグアム島に集中するのではないか……
マック……マッカーサー大統領としてはフィリピン防衛にも注目しているのではないかと思うのだが、大西洋方面では事態が急変しているようだ。
どうも英仏を中核とした連合部隊が南米ギアナに集結しているらしい。ギアナは解放されたカリブ海植民地を北方に望む位置にあるから、彼らは植民地の奪還を狙っているのではないか。
ギアナの連合部隊は、陸上戦力は不明だが戦艦や空母を含む有力な艦隊が確認されているらしい。海軍も大西洋のルイジアナ級の他にパナマ運河を通れる戦艦を回航せよと言ってこなかったかね。解放されたカリブ海旧植民地を抜かれた場合、パナマ運河を狙われる可能性もあるからな」
バーク少将が渋々うなずくと、ウィロビー長官はため息をついていた。
「実はマリアナの第2海兵師団に戦力を抽出した大西洋方面の第3海兵師団だが、現在プエルトリコで彼ら自身も再編成に入っているらしい。これ以上は第3海兵師団から太平洋方面に戦力を抽出する余裕はないと考えたほうが良いだろう。
解放したカリブ海の旧植民地の防衛は、海兵隊から見れば一旦は陸軍に譲った形になるのだが、大西洋では陸軍の予備兵力、後詰めとして海兵師団を捉えているようだ。おそらく海兵隊の新兵も補充兵として第3海兵師団に回されるのではないかな」
―――そういう、ことか……
バーク少将はため息をついていた。マッカーサー大統領個人の思惑はともかく、東海岸の政治家たちにとって、太平洋の彼方よりも目前のカリブ海に浮かぶ島々を勢力圏として保持するほうが重要なのだろう。
カリブ海に新たに投入されるのは海兵隊だけではないはずだ。むしろマッカーサー大統領の古巣である陸軍の方が主力となるのではないか。
ろくな戦力も無かったはずのカリブ海植民地を速攻で奪取するには軽装備の海兵隊の方が向いていたのだろうが、艦隊の支援を受けた欧州諸国の正規軍を相手にするなら重装備の陸軍正規師団のほうが防戦には向いているだろう。
おそらく本格的な戦闘となれば、欧州諸国は寄り合い所帯でも艦隊戦力を集中して運用するはずだ。高速空母による陽動攻撃ぐらいはあるかもしれないが、大型艦の火力を前面に押し出して孤立した島嶼部に集中して来るはずだ。
戦艦による艦砲射撃の前では、陸上部隊による半端な反撃など思いもよらないだろう。防御側は粘り強く抵抗して味方艦隊の救援を待つしかないのだが、そうした戦闘では海兵隊よりも陸軍の方が適しているのではないか。
しかし、大西洋への戦力偏重は陸上部隊だけではなく太平洋艦隊の編成にも大きな影響を及ぼす筈だった。モンタナ級の後期建造艦であるルイジアナ級や新造のユナイテッドステーツ級戦艦を除けば、米海軍に就役している艦艇はパナマ運河を通過可能である事を前提として設計されているからだ。
戦略的な機動性を確保するための措置だったが、裏を返せば前線から容易に他方面に戦力を抽出される可能性もあるのだ。
アジア艦隊はともかく、ただでさえ最低限でしかない船団護衛部隊を除くと、ミッドウェー島やサンディエゴなどで待機している太平洋艦隊所属艦もカリブ海防衛に引き抜かれるかもしれなかった。
―――回航されたばかりのユナイテッドステーツも早いうちにミッドウェー島まで進出させた方がいいかもしれない……
大西洋艦隊に編入されている戦艦はルイジアナ級と呼ばれてはいるが、実際には同級2隻はパナマ運河を通過させる為に無理をした船体構造で問題を抱えていたモンタナ級戦艦を設計変更したものだった。
パナマ運河の通過を断念して船体付加物を追加して防御を強化したこの米海軍最強戦艦を大西洋艦隊に配備するのと引き換えに、太平洋艦隊には最新鋭のユナイテッドステーツ級戦艦が配備されるはずだったが、2番艦は設計変更によって就役が遅れていた。
1番艦のユナイテッドステーツも太平洋に回航されたばかりでサンディエゴ沖で訓練航海を続けている状態だったから完全な戦力化はまだ半ばだったが、習熟訓練を切り上げてミッドウェー島まで船団護衛を兼ねつつ回航するべきかもしれなかった。
太平洋艦隊内の配置を考え始めたバーク少将に、ウィロビー長官は冷ややかな視線を向けながら言った。
「実は国務省の方で妙な動きがあるようだ。大西洋……というよりも欧州諸国を牽制する為にソ連との関係を見直してかの国に援助するという案らしい。
今のドイツ内で勃発している紛争を拡大する形でソ連が限定攻勢をかければ、本土が危険に晒された欧州諸国はカリブ海から撤退するのではないか。そう考えているようだ」
そう聞いたバーク少将は、ふともう5年以上も前の第二次欧州大戦中の事を思い出していた。当時の少将は軍事顧問としてソ連に渡って輸出された米国製装備の指導にあたっていたのだ。
もしかすると、当時知り合ったソ連海軍の者たちも遠く離れた戦場に投入されることになるかもしれなかった。
感慨にふけっているバーク少将と違って、ウィロビー長官はどことなく忌々しい表情を浮かべていた。だが、少将が長官の表情の意味に気がついたのは、ずっと後のことだった。
レキシントン級巡洋戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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