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1951マニラ平原機動戦24

 ベルガー大尉率いる戦車中隊に配備された一式中戦車乙型は、大半が何処かしらを損傷させていた。その件で大隊長であるジャムツェ少佐に呼び出されていた大尉は困惑した顔で中隊に割り当てられていた野営地に戻っていた。



 先日の戦闘ではコンテナ越しに高初速の徹甲弾で撃ち抜かれた車両も少なくなかった。第二次欧州大戦開戦前に計画されていた一式中戦車の装甲が現在においては相対的に弱体となっていたことは否めないが、単に砲口を接する程の至近距離で戦闘を行ったからだろう。

 意外なことに榴弾片で傷ついた戦車も少なくなかった。戦闘中にはベルガー大尉も気が付かなかったのだが、敵戦車隊の中には車体長程もある小口径高所速砲を備えたものだけではなく、短砲身の榴弾砲を装備した戦車も含まれていたのだ。

 ただし、運が良かったのか榴弾の直撃を受けた戦車は無かった。既に製造元である日本軍では二世代前の一式中戦車とはいえ、榴弾砲の弾片だけでは撃破は難しかった。それに敵戦車に搭載されていたのはさほど大口径の榴弾ではなかったのだ。


 戦闘終了後に落ち着いて確認した所、米軍の戦車はM4軽戦車の派生型であることが判明していた。第二次欧州大戦中に制式化されていたM3軽戦車の発展形として開発されていたM4軽戦車は、早くも派生型が開発されていたらしい。

 最初に中隊長車に撃破された敵戦車からベルガー大尉が推測したとおり、M4軽戦車の大部分は長砲身の45ミリ砲を使用していたのだが、意外な事にこの砲は米軍が開発したものではなく、しかも随分前に設計されたものだった。

 これを最初に気がついたのは、比較的砲塔部の損傷が少かった敵戦車を戦闘直後に見聞していたマイヤー曹長だったが、曹長はその時すぐにベルガー大尉を呼び寄せていた。



 至近距離で射弾を外してコンテナ群を損壊させていたマイヤー曹長は、それまでは随分と殊勝な態度だったのだが、敵戦車の砲塔から突き出した顔には古参下士官らしいふてぶてしいさが戻っていた。

 むしろ忌々しそうな様子でマイヤー曹長はベルガー大尉に言った。

「大尉殿、この砲はヤンキー製の刻印が打たれていますが、元々はイワン共のものですぜ」

 呆気にとられてベルガー大尉も車内に首を突っ込んでみたが、どうにも理解が追いつかなかった。確かに砲尾周りの設計は既視感があったが、ソ連製と断言できる程ではなかった。


「ソ連の戦車砲にこんな凄いものがあったかな……」

 首を傾げたベルガー大尉に、マイヤー曹長は苦々しい顔を向けていた。

「確か対戦車砲としては大戦の半ば辺りから使われていたはずですが、戦車砲となっているのは見たことがないです。ですがこれは確かにイワンの70口径位もある45ミリ砲ですよ」

 そう言ってマイヤー曹長は砲塔内から未使用の砲弾を差し出していた。その砲弾に記載されたマーキングは英語のものだったが、確かに東部戦線で見慣れたソ連製の45ミリ砲弾の形状だった。


 ベルガー大尉は曖昧な顔で頷いていた。長砲身高初速砲は対戦車能力は高い筈だが、榴弾威力は低い筈だった。45ミリ砲ならば歩兵大隊や連隊などが使用する歩兵砲との弾薬共通性を狙って採用されていたのかもしれないが、それでは高初速砲の特性を十分に活かすことは出来なかったのではないか。

 その一方で大尉が東部戦線に従軍していた時期は、大抵ソ連に攻め込んでいたドイツ軍が逆に押し返されていた。

 そのような状況で攻勢に出るソ連軍としては、戦車だけではなくまばらな防御陣地に立て籠もったドイツ軍歩兵部隊の陣地なども相手にしなければならなかったのだから、汎用性の低い小口径高初速砲は戦車砲としては好まれなかったのだろう。



 結局あの戦車は米軍の軽戦車にソ連製の主砲を装備したもののようだった。ただし文字面から受ける印象とは違って、継ぎ接ぎされた出来合いの物とは思えなかった。装甲は兎も角、火砲の威力は無視できないからだ。

 大戦中にドイツ軍が行っていた対戦車砲の調査内容をベルガー大尉は思い出していたが、確かこの砲は主戦闘距離ではパンターやティーガーなどの重量級のドイツ軍戦車の正面装甲を貫通する能力は無かったが、それ以前の戦車なら脅威となるはずだった。

 硬芯徹甲弾などの特殊弾頭を使えば重量級戦車でも損傷を与えられるかもしれないし、砲弾の進歩が今も続いているならパンター戦車の装甲でも貫通される可能性はあるだろう。

 三号や四号戦車相当の戦力でしか無い一式中戦車の装甲では、中途半端な距離を保ってもこの砲には耐えられなかったのではないか。


 その一方で強力な砲を搭載したと言っても相手は軽戦車でしかないから、一式中戦車乙型の75ミリ野砲弾道砲に耐える力はなかった。向こうが距離をとったとしても、こちらには存速に関わりない成形炸薬弾もあるからだ。

 あのコンテナ迷宮での戦闘は、満米双方とも意図しない形で相手を食い破れる火砲を備えた状態で殴り合っていたのだ。



 ―――結局、米軍は何故あんな戦車を後方に送り込んできたのだろうか……

 単に国際連盟軍に混乱を招く為だけに長駆侵攻してきたのだとすれば、正面の戦力を残した米軍には余力がまだあるという事だろうか、ベルガー大尉はそう考えていた。


 ベルガー大尉達満州共和国軍以上に米軍の損害は大きかった。

 戦車隊の規模はやはり同等だったから双方一個中隊の戦車隊が至近距離で撃ち合っていた。敵戦車隊は、ベルガー大尉達と交戦する以前に、野戦憲兵隊の四四式軽装甲車隊と交戦していたのだが、その時の損害はさほど大きくなかったようだ。


 被害を分けたのはやはり火砲の規模だった。敵戦車の高初速砲は、一式中戦車に命中すると薄紙の様に安々と装甲を貫いていたのだが、それが逆に貫通箇所以外の損害を低下させていたのだ。

 例えば最初にコンテナ越しに撃破された一式中戦車などは、側面から貫通した敵弾が車体後部の機関室側面装甲を貫いて補機を破壊しながら反対側まで突き抜けていたのだが、弾頭が小さいものだから付随被害は小さかったようだった。

 さらに脱出した戦車兵が消火に努めたものだから、その後回収された戦車は機関部から破壊された補機を交換するだけで最低限の稼働状態に修理できると判定されていた程だった。



 これに対して炸薬量の大きな成形炸薬弾が車体や砲塔に命中した敵戦車は、もれなく車内に高速の金属流が入り込んでいたのだが、それよりも通常の貫通弾が命中した場合は更に悲惨だった。

 成形炸薬弾の金属流は命中箇所の直後を突き抜けるから、幸か不幸か乗員の被害は装甲板の真後ろにいた一人で済んでいる場合もあったのだが、一式中戦車乙型の徹甲弾が命中した場合は、車内は炸裂した弾頭の破片と砕け散った装甲片に襲われるからだ。


 一式中戦車乙型の主砲は元々野砲を戦車砲に再設計したものだった。砲尾周りや駐退復座機の構造は戦車砲化に伴って変更された箇所が少なくなかったのだが、ドイツ軍の場合と違って砲弾は共通性が持たされていた。

 しかも、日本軍が装備する75ミリ砲の発砲回数は戦車砲よりも大戦中盤まで師団砲として多用されていた野砲の方が圧倒的に多かったものだから、生産数は榴弾の方がはるかに多く、徹甲弾も無垢の金属で構成された弾ではなく正確には徹甲榴弾が使用されていた。


 海上で戦艦が使用する徹甲弾の様に貫通後に炸裂する徹甲榴弾は、無垢の徹甲弾や硬芯徹甲弾よりも貫通距離が小さくなる為に重装甲化が進んだ戦車に対抗できないとして第二次欧州大戦終戦前後には使用される機会も減っていた。

 だが、今回のように混戦となった近距離戦闘では軽戦車の装甲を貫けない程では無かったし、完全貫通時の損害は通常の徹甲弾よりも大きかったのだ。



 満米双方の戦車というハードウェアの損害は戦闘が終了してみれば同程度だったのだが、人員の損害は米軍の方が大きかった。米戦車兵の中には車内で吹き飛ばされた同僚達の姿を間近で見て精神に異常を生じさせたものもいたようだ。

 だが、捕虜達の中には一式中戦車から姿を見せたベルガー大尉達を見て奇妙に納得した様子のものもいた。白人ばかりの彼らは、やはり日本軍にはドイツ人が協力しているのだと考えていたようだ。

 黄色人種の日本人に負けたと認めるのは自尊心が許さないのだが、同じ白人のドイツ人なら納得できるという考えらしい。


 ベルガー大尉は捕虜達の心情を知って複雑な気分になっていた。彼らは貴重な情報源として日本本土の捕虜収容所に送られるという噂だったが、前の大戦でドイツ人を打ち負かした国際連盟軍の中核に日本人がいた事は米国ではどう捉えているのか気になっていた。

 それ以前に、彼らはベルガー大尉達が日本軍ではなく、ドイツ系満州人という扱いだということにも気がついていなかった様子だった。



 色々と妙なことを思い出していたせいか、上の空で中隊の元に帰ってきたベルガー大尉を怪訝そうな顔のマイヤー曹長が待ち構えていた。

 そのマイヤー曹長は油染みていた作業着を着ていた。人数も技量も足りない整備兵を手伝って一式中戦車の修理作業を行っていたからだ。曹長の油で汚れた顔を見ながらベルガー大尉は面白くもなさそうな顔で言った。

「良い話と悪い話を大隊長から聞いてきた。曹長はどっちから聞きたい」

 マイヤー曹長は首をすくめていた。

「大尉殿からそうやって聞かされた話で本当に良い話だったことなんて、前の戦争が終わるって話だけでしたがね」

 そう言っておどけるマイヤー曹長をつまらなそうな顔で一瞥すると、修理作業を続けている中隊員達に視線を移しながらベルガー大尉は続けた。


「満州本国からの補充は来ない。欠員が出た車輌には乗車を撃破されて暇になったものを乗せるしかない。ドイツ系と満人とうまくクルーを調整しなきゃならん」

「それが悪い話ですか……まぁそれはそうなんでしょうがね。テムジン師団以外の戦車兵は満州人には少ないでしょうしな」

 昔のモンゴル人の英雄だというテムジンの愛称を付けられた第10独立混成師団は、戦車連隊を含む機械化された部隊だったが、最前線に投入され続けて兵力を抽出する余裕は無かった。むしろベルガー大尉達の方が補充として師団に配属される可能性の方が高かった。


「取り敢えず新しい組を作るにしても動かせる戦車を増やさない事には訓練もままなりませんな」

 だが、達観した様子のマイヤー曹長にベルガー大尉は続けていった。

「いや、もう修理作業は打ち切りだ。むしろしてはいかんそうだ」


 また怪訝そうな顔になったマイヤー曹長に、ベルガー大尉は淡々と言った。

「日本軍の技術者が、被弾した一式中戦車乙型の交戦記録を例のM4軽戦車と一緒に調べたいそうだ。日本から補充を運んで来る戦車揚陸艦がリンガエン湾に到着するそうだから、稼働する戦車で動かない一式中戦車とM4軽戦車を牽引して海岸まで移送することになった」

「その話をもう少し前に聞いていれば足回りや機関部だけ修理を急がせたんですがね……あの米軍戦車まで牽引するなら何度か海岸まで往復しなきゃならんですよ」

「本当に足りなければ日本軍の戦車回収車位は出てくるだろう」

 マイヤー曹長は眉をしかめていたが、ベルガー大尉はどことなく投げやりだった。


「それが良い話ですか……しかし、それだと自分達は馬無しですか」

「いや……我が中隊は三式中戦車に装備転換する事になった。どのみちどの組も三式で再訓練だよ」

 装備が刷新されるというのにどこか浮かない顔のベルガー大尉に、マイヤー曹長が首を傾げていた。大尉は曹長に苦笑しながら続けた。

「一式中戦車と米軍戦車を持ち帰る日本軍の戦車輸送艦は、新品の四五式戦車を輸送してくるそうだ。俺達の三式はその新品戦車に乗り換えた日本軍の中古品が玉突きで与えられるそうだ」


 ベルガー大尉が妙な顔になっていた理由を察したマイヤー曹長は、一瞬眉をしかめたがすぐに茶目っ気のある顔になっていた。

「さっさと日本人に一式中戦車を押し付けて、混乱している間にその新品戦車を俺達でかっぱらってしまいましょうか。少なくとも米軍に違いは分りゃしませんよ」


 ベルガー大尉はマイヤー曹長の冗談に取り合わずに米軍が立てこもるマニラ要塞が存在する筈の内陸部に視線を向けていた。自分達が交戦している間に回廊を保持していた残りの師団規模の米軍部隊もその方向に後退していったらしい。

 軽戦車ですらあんな砲を搭載しているということは、確かに自分達がこの戦場で本格的に投入されるなら、確かにマイヤー曹長の言ったとおりに三式中戦車でも危うい気がし始めていた。

一式中戦車改(乙型)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkmb.html

一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html

M4軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m4ltk.html

四四式軽装甲車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/44rsvl.html

三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html

四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45tk.html

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