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1951マニラ平原機動戦21

 近代的な戦車戦としては恐ろしい程に至近距離で発生した戦闘だった。第二次欧州大戦で行われた市街戦でもこれ程の混戦にはならなかったのではないか。ベルガー大尉はコンテナを挟んで撃ち合おうとしている敵味方の戦車を見つめながらそう考えていた。

 双方が目となる歩兵を欠いていた事と、音を複雑に反射、吸収するコンテナが配置された迷路での戦闘という特殊な状況が、遭遇した時点ですでに至近距離という奇妙な戦場を作り上げていたのだ。



 ところが、同じ環境に放り込まれたとしても、満米戦車隊による射撃の結果は大きく異なっていた。既にベルガー大尉が乗り込む中隊長車が敵戦車1両を擱座させていたのだが、中隊全車両の発砲はその直後に行われていた。

 コンテナを挟んだ敵味方の戦車が発砲したタイミングはベルガー大尉の感覚ではほぼ揃っていた。しかも距離が近いものだから、次の瞬間すでに着弾が発生していたのだ。


 結果からすると、おそらくは一式中戦車乙型から放たれた全ての主砲弾は敵戦車に届くことはなかった。

 ごく薄いとはいえコンテナ側面を構成する鉄板に着弾した乙型の75ミリ成形炸薬弾は、着弾と同時か反対側の側面に突き刺さった瞬間に信管を作動させていたからだ。


 勿論、コンテナ内部で発生した現象は一瞬の出来事だったからベルガー大尉も肉眼で確認出来たわけではないが、着弾の衝撃で信管が作動した成形炸薬弾はその場で炸裂して爆薬の力で鋭い金属流を形成させていたはずだった。

 この超高速の金属流が適切な箇所に命中すれば敵戦車の分厚い装甲を食い破れる筈だったが、炸薬の爆轟によって成形された金属流の長さは、砲弾の口径に依存していた。言ってみれば金属流の原料となるライナーは砲弾直径を越えて広がることは出来ないし、金属流となるには適切な厚みもあるからだ。

 それに空気中で金属流が維持出来る距離にも限度があった。その結果、目標に対して適切な位置で弾頭が作動しないと、何もない空間上で金属流が発生して、目標には金属流の名残である僅かなスラグがこびりつくだけで終わってしまうのだ。



 成形炸薬弾を構成する効果は以前より知られていたが、兵器として大々的に使用されたのは第二次欧州大戦が始めてであり、同時にその対策も早くも取られ始めていた。

 第二次欧州大戦終盤に広まっていたドイツ軍のパンツァーファウストなどの歩兵が携行可能となる簡易な対戦車兵器に対抗するために、市街地などに突入するソ連軍戦車の中には金網を周囲に張り巡らせる車輌が確認されていたのだ。

 どうもこの金網は制式化されたようなものではなく、単にベットスプリングを無造作に砲塔にくくりつけた戦車もあったという話だった。

 ドイツ軍が対戦車ライフル対策として砲塔周囲などに張り巡らせていた薄板のシェルツェンも結果的にこうした効果があったらしいが、要は成形炸薬弾の信管を適切な距離から離して作動させれば防御効果があるということなのだろう。


 第二次欧州大戦で応急的に据え付けられたベットスプリングなどや本来の用途ではないシェルツェンでは、それなりに高速の野砲砲弾の成形炸薬弾に防御効果があったかどうかは分からないが、薄板とはいえコンテナ左右の側壁は信管を誤作動させる効果はあったようだ。

 見事な角度で傾斜した敵戦車の砲塔前面装甲は徹甲弾を想定したものだったようだが、コンテナ表面や裏面で作動した信管は、成形炸薬弾が形成した金属流を何もない空間に撒き散らしただけで終わっていた。

 当初から対戦車戦闘を想定したために装填していた成形炸薬弾が仇となってしまった形だった。



 効果が無かった一式中戦車乙型の成形炸薬弾に対して、敵戦車から放たれた高速の徹甲弾は、一瞬の内にコンテナ側壁の薄板を安々と貫いていた。乙型の成形炸薬弾がコンテナ内部で炸裂した時には、既にコンテナを突き抜けて着弾していたのではないか。


 状況からして敵戦車から放たれたのは、無垢の徹甲弾である可能性が高かった。小口径の高初速砲という特性を活かす為だ。

 そもそも成形炸薬弾を敵戦車が搭載している可能性は低かった。内部に充填された炸薬が作り出す金属流の超高速で敵装甲をえぐり取る成形炸薬弾は原理的に弾速にほぼ依存しないから、高初速砲から放っても利点はさほどないし、小口径砲弾では装填できる炸薬量が少ないからだ。


 更に高速を狙って比重の高い弾芯を軽金属の弾殻で覆った高速徹甲弾などを使用した可能性は否定できないが、こうした高初速の特殊な徹甲弾は、貴重な重金属を豊富に使用する上に加工も難しいから製造費用が高かった。

 広大な北米大陸から何でも取れるという米国は金持ちの国らしいが、工具鋼などに多用されるタングステンなどの貴金属を湯水のように使える程とは思えなかった。

 それに米戦車が最後に交戦した四四式軽装甲車は特殊な徹甲弾を使うまでもない相手だったから、おそらく装填してあったのは通常の徹甲弾だったはずだ。


 無論、相手がコンテナの薄板なら徹甲弾の種類など何を選んで結果は同じだった。

 波板形状のコンテナ側壁はシェルツェンの様に貫通時に砲弾の存速を低下させると共に弾道を傾斜させる効果を発揮させていたはずだが、対戦車ライフル弾程度ならばともかく、小口径とはいえ戦車砲弾の大重量では大した影響は無かった。

 何が入っているのか分からないコンテナの中身ごとあっさりと貫いた敵戦車の砲弾は、一式中戦車乙型の車体に命中して側面の薄い装甲を貫いていた。被弾したのは車体後部のエンジン部分だった。



 満米双方の砲弾が交差した次の瞬間、お互いが盾としたコンテナが白く膨れ上がった気がした。貫通弾はともかく、成形炸薬弾が内部で炸裂した事で扉が閉められていたコンテナの内圧が高まっていたのだろう。

 可燃物でも入っていたのか、蝶番を吹き飛ばす勢いで勝手に開けられた扉からは勢いよくどす黒い煙が吐き出されていた。


 だが、効果は派手だったものの、損害は大きくは無かった。敵戦車隊の損害は出会い頭にベルガー大尉達が擱座させた1両から増えていなかったし、コンテナ越しの射撃で無力化された一式中戦車乙型もエンジンが被弾して慌てて戦車兵達が脱出しようとしている1両だけだった。

 コンテナ越しに無茶苦茶に射撃したせいかと思ったが、乙型の中隊がほぼ一斉に射撃を行っていたのに対して、そもそも敵戦車隊で発砲した戦車の数が少なかった様子だった。


 ようやく転車場を回りきろうとしていたベルガー大尉は、その理由に気がついていた。敵戦車は恐ろしい程長い砲身を持っていた。薬莢内の装薬量と形状さえ適切なら高い初速を発揮するはずだったが、その一方で細長い砲身は狭隘な市街地などでは破損の可能性が高かった。

 そして市街地以上に狭苦しいコンテナ迷宮ではその長槍を完全に持て余しているのではないかとベルガー大尉は見切っていた。

 敵戦車は左側面をコンテナに近づけて前進していたらしい。そのせいで砲口をコンテナ側面に向けられる余裕がなかった車輌も少なくなかった様なのだ。おかげでコンテナによって成形炸薬弾を無力化された後続車の多くは被弾を逃れていたのだろう。



 砲身をコンテナ側壁につかえさせていた敵戦車は、砲身と車体を震わせながら前後進を繰り返してコンテナと距離を取ろうとしていた。米軍戦車は、変速装置の構造からその場で転回する超信地旋回が出来ないらしいという情報は本当だったようだ。

 ベルガー大尉はこのすきをつくように無線機を再度とっていた。

「後続車は現位置での射撃を中止、中隊長に続いて前進して旋回、至近距離でしとめろ。各車次弾通常徹甲弾に切り替え」


 コンテナで成形炸薬弾が阻害されるのが分かった上に、この至近距離なら砲弾の種類を問わずに野砲弾道でもかなりの貫通距離がある筈だった。相手が超重戦車でもない限り、何処に当たっても致命傷となるのではないか。

 まるで柵の中で戦う闘犬の試合のようだったが、ここには勝利を認めて相手と引き離してくれる審判はいなかった。



 無線でベルガー大尉が命令を言い終わる前に装填完了を告げる声が聞こえた。素早く停止を命じるが早いか、マイヤー曹長は2射目を放っていた。

 ベルガー大尉が命令を下す前に装填していたからか、2射目も成形炸薬弾だった。先頭の中隊長車からは敵戦車は丸見えだったから、中空のコンテナを盾にされるおそれはなかったのだ。


 その一方でこの位置からではコンテナの代わりに擱座した敵戦車隊の先頭車が邪魔になっていた。マイヤー曹長は2両目以降の敵戦車を狙っていたのだが、コンテナ側壁に砲口を接するように砲塔を向けていた敵戦車隊はほぼ一列に並んでいた。

 もしも満米の戦車が逆であれば高い貫通力に期待してそのまま発砲していたかもしれないが、先程のコンテナで成形炸薬弾が無害化されたのを見て焦っていたせいか、マイヤー曹長の照準はずれていた。


 無線機のマイクを握りしめながら展望塔から頭を出していたベルガー大尉は、中戦車の発砲炎で顔をなぶられていた。一瞬で砲口から火炎が花のように広がっていたのだが、同時に飛び出した砲弾の軌道は野砲弾道といえども肉眼で追いかけられるようなものではなかった。

 だが、確かにベルガー大尉は発射された砲弾の軌道を読み取っていた。しかも、敵戦車隊のシルエットと砲弾の軌道が微妙にずれているのにもすぐに気がついていたのだ。

 戦闘で興奮したベルガー大尉の感覚が刹那の瞬間を読み取っていたのかもしれない。あるいは単なる幻覚だったのかもしれないが、2射目が外れたのは事実だった。



 マイヤー曹長の照準は、盾となっている擱座した敵戦車を意識する余り敵戦車隊の右側に過剰に修正されていたのだろう。

 後方で無様に車体を前後進させながら向きを変えようとしていた敵戦車の車体後部に赤熱が生じていた。砲弾が命中したのかもしれないが、おそらくはかすっただけだったのだろう。実際、成形炸薬弾の炸裂は生じなかったから信管を作動させる程の衝撃は生じなかったものと思われる。

「砲手、この距離で外すな、まだ呆けるには早いぞ。再装填急げ」

 苛立たしげにベルガー大尉はそういったのだが、次の瞬間唐突に轟音と共に走った衝撃で車内に押し戻されていた。


 車体を揺るがす程の衝撃が中隊長車を襲っていた。衝撃波は右側から生じていたが、同時に破片も飛び散っていた。

 車長席に放り投げられたベルガー大尉は、唖然として展望塔の開かれたままだった扉を見上げていたが、ついさっきまで大尉の頭があったと思われる位置を高速で飛び去った大きな破片に顔を青くさせていた。



 衝撃が収まったのを確認して恐る恐るベルガー大尉が頭を上げると、周囲の光景は一変していた。ベルガー大尉から見て右側に並んでいたコンテナ群が一掃されて残骸と化していたからだ。中には中身をむき出しにして炎上し続けているコンテナもあった。

 ―――弾薬を満載していたコンテナに当ててしまった、のか……

 ベルガー大尉はまだ青い顔になっていた。


 おそらくマイヤー曹長が放った成形炸薬弾は、敵戦車の機関部あたりをかすって弾道を捻じ曲げられながらコンテナの一つに着弾していたのだろう。そして先程の後続車が放ったものと同じようにコンテナ側面で信管を作動させて金属流を内部に放っていたのだ。

 しかもそのコンテナに収まっていたのは単なる可燃物である糧食や被服の類ではなかった。恐ろしいことに本来は温度の管理など適切な処置を施されるべき弾薬を詰め込んだコンテナまで一緒くたに集積所に放り込まれていたのだ。



 ―――これは弾薬をこんな所に放置していた兵站部の責任だろう。

 そうやって内心で正当化していたベルガー大尉は、我に返って敵戦車隊の方に振り返っていた。

 状況は混沌としていた。破損したコンテナ群を回り切る前だった後続車は、一旦停止していたが目に見える損害はなかった。おそらくコンテナ群や敵戦車隊が盾になっていたのだろう。

 ベルガー大尉の中隊長車も擦過傷のような傷跡はあったが、損害は車外装備品のみで車内の要員に被害は出ていなかった。


 成形炸薬弾の金属流で誘爆させてしまった砲弾は、コンテナの中では弾頭を上にして保管されていたのではないか。

 だから誘爆した際の衝撃は大部分がコンテナ天蓋を吹き飛ばして上部に逃げていったのだろう。危うくベルガー大尉の頭部に突き刺さるところだった破片は、誘爆の衝撃で飛散したコンテナ側面の残骸かなにかだったのかもしれない。



 砲弾の誘爆による影響をもっとも近くで受けていたのは敵戦車隊の方だったが、それでも破壊された戦車は一見する限りでは見えなかった。

 衝撃では停止しなかったのか、エンジン音も途絶えてはいなかった。今停止しているのは単に乗員が驚愕しているからだろう。それでも今なら敵戦車のすきをつけそうだった。


「戦車前進。敵戦車の方が軽そうだ。この戦車で押し出すぞ」

 咄嗟にベルガー大尉が命じた直後に中隊長車は加速を開始していた。これ以上ここでのべつ幕なしに撃ち合っていては敵戦車よりも何が入っているのかわからない周囲のコンテナの方が危険そうだった。

 迷宮を構成する壁としか思っていなかったコンテナの群れに、ベルガー大尉は得体のしれない怪物でも潜んでいるように感じていた。

一式中戦車改(乙型)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkmb.html

M4軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m4ltk.html

四四式軽装甲車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/44rsvl.html

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― 新着の感想 ―
うーん、この世界の後の世の人たちはゲームでこの戦闘を意識したステージで戦えるのは楽しそうですね。
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