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1951マニラ平原機動戦11

 マーロー大尉がM4軽戦車から持ち出してマレル少尉に渡してきたのは、トンプソンサブマシンガンだった。

 トンプソンサブマシンガンは、旧大陸の塹壕戦を横目で見ていた米国人が立ち上げた企業が30年ほど前に元々軍用銃として開発したものだったらしいが、実際には陸軍は当初は見向きもしなかった。


 結局装備更新に充てる予算の無い当時の陸軍が採用することはなく、民間などに販売されたサブマシンガンは警察や、それと敵対する犯罪組織が主に使っていたようだ。

 多弾数のドラム型弾倉による発射持続時間などが市街地での短距離戦闘が多い彼らに好まれたのだろうが、軍用として使用するには拳銃弾の短射程や複雑な機関部の重量に加えて、価格の高さも採用を阻害していたのだ。


 正規の軍用銃としては、海軍の継子扱いの海兵隊が若干数を購入していた程度だったらしいが、ようやく最近になって陸軍も戦車兵や後方部隊の自衛戦闘用に国産のサブマシンガンを限定採用し始めていた。

 尤も陸軍の採用は、トンプソンサブマシンガンも販売開始から時間が経ってある程度価格が下がったためではないかという噂もあった。皮肉なことに犯罪組織に広まって生産量が増加したことで予算に乏しい陸軍が購入出来るようになったのだろう。


 だが、フルサイズの小銃ほどではなかったにしても、重厚な木製の肩付けストックに加えて左手用のフォアグリップまで付いているトンプソンサブマシンガンは大柄な銃だった。

 車内に収容されていたものは、トンプソンサブマシンガンの特徴的なドラム型弾倉ではなくシンプルな箱型弾倉を装備していたのだが、それでも軽戦車の狭苦しい車内に収めるのは難しいのではないか。

 野戦運用される後方部隊ならばともかく、一発でも余分の砲弾を持ち込みたい戦車部隊がこんな大柄の銃を持ち込むのは不条理だった。



 実は戦車兵などからはもっと小柄なサブマシンガンや、トンプソンサブマシンガンの簡易化が要求されていたらしい。同じ拳銃弾を使用しながらも、塹壕戦などの野戦運用ではなく、もっと簡易で軽量なものを求めていたようだが、やはり陸軍の予算不足から要望は立ち消えになっていたようだ。

 中には勝手にフォアグリップ辺りを切り落として、自作でバレルを短くしてしまった部隊もあるらしいが、高い発射速度のおかげで反動が大きい同銃の無理な改造は、更に取り扱いを難しくさせていたのではないか。


 もしかすると、マーロー大尉達は戦闘前に狭い車内からかさばるトンプソンサブマシンガンを外に出したかっただけかもしれない、そう考えてからマレル少尉はすぐに首を振っていた。

 自分達が無理やり連れてこられたようなものだから、あまりに疑った視線で見ているのかもしれない。装備品を喪失していたマレル少尉達にとって、使い慣れてはいなくともサブマシンガンの追加はありがたいのも確かだった。

 マレル少尉は手にしたトンプソンサブマシンガンを少銃を失った兵に預けると、早くも走り出したM4軽戦車に続こうとしていた。火力を戦車が担当するなら自分たち歩兵は彼らに追随するしかないからだ。



 だが、マレル少尉の決意はすぐに崩れ去っていった。M4軽戦車の機動力はやはり高かった。しかも蓋を開けてみればマーロー大尉達の方でもデサント兵との連携に慣れていた様子は無かった。M4軽戦車は、少尉達を置き去りにして早々と日本軍の物資集積所の奥深くに突進して行ってしまったのだ。

 あるいは、海上輸送中に失われたという第1騎兵師団付き歩兵連隊の兵達は、デサント兵としての訓練で戦車に追随する能力も高かったのかも知れない。それをマーロー大尉達は基準として考えてしまったのだろう。

 そのような技量も経験もないマレル少尉達は、連続して機動するM4軽戦車隊から早々にはぐれてしまっていた。突撃する軽戦車の姿を見失ってしまったのだ。


 マレル少尉達が行軍の疲労で動きが鈍っていたのは事実だったが、戦車隊に追随出来なかったのには他の理由もあった。少尉達が足を踏み込んだ日本軍の物資集積所は奇妙な空間だった。人の背丈よりも高い鉄の箱が一面に並べられていたのだ。

 並べられた箱には扉が設けられていた。簡易な倉庫なのかもしれないが、スラム街によくある掘っ立て小屋のような家程の鉄箱が人っ子一人いない場所に並べられている姿は不気味だった。


 最初のうちはマレル少尉も気が付かなかったのだが、やけに走りやすい事に気がついて地面をよく見ると、鉄箱が置かれていた土地自体も奇妙な場所だった。

 雑草が繁殖して地面が見えない所もあったが、ただの野原とは思えなかった。一度機械的に整形された跡があったからだ。植生が疎らなのは、整地した箇所とそうでない箇所があるからだろう。


 滑走路や陣地を構築する様にブルドーザーなどで一斉に整地作業を行ったのだろうが、その目的は鉄箱を平らに置くことだけだった。だから大雑把に整地したのみで工兵部隊は立ち去っていたのではないか。

 よくは知らないが日本軍の機械化された工兵部隊が米軍以上に充実しているとは思えなかった。既に日本軍はルソン島内部の航空基地を占拠しているから、飛行場を整備する部隊を短時間物資集積所の整地に転用したのだろう。



 実のところ、歩兵部隊を置き去りにしたM4軽戦車の気配が物資集積所の中で完全に途切れていたわけでは無かった。すでに日本軍の機甲部隊と接敵したのか、山砲の重々しい発砲音だけではなく高初速砲特有の甲高い発砲音も鳴り響いていたからだ。

 だが、発砲音は聞こえるものの、正確な方向は分からなかった。大音量も周囲の鉄箱に反響して聞こえていたからだ。


 迷路の様に見える鉄箱の間を彷徨いながらくぐり抜けている間に、マレル少尉はマーロー大尉達が自分達歩兵部隊を無視して機動する理由にもようやく気がついていた。

 箱の寸法は少尉達の背丈よりも高かった。本当にこれが簡易な倉庫なら中で立って作業しなければならないからだろう。だが、戦車の展望塔から身を乗り出したときの視界よりは低い位置に鉄箱の天井はあるはずだ。

 M4軽戦車は、軽戦車と言っても全周旋回砲塔を有するから、車長用展望塔の高さは中戦車と大きくは変わらなかった。だからマーロー大尉の視野からはこの鉄箱を越えた視界が得られているはずだった。大尉はいつまでも追随してこない歩兵部隊にやきもきしているのではないか。


 それならマレル少尉達も展望塔から身を乗り出す戦車長の姿を鉄箱越しに見つけられてもおかしくない筈だが、戦闘中の戦車車長がのんびりと長時間無防備に頭を晒すとは思え無かった。

 結局はどこにいるかわからない戦車から一瞬見える頭を探す余裕は少尉達にはなかったのだが、その間にも戦闘音は大きくなっていた。反響音はくぐもっていたが、M4軽戦車の二種類以外の砲声も聞こえ始めていたのだ。



 軽戦車隊との交戦に集中しているのか、不思議と日本軍には遭遇しなかったが、どこまでも続くような鉄箱の間を進みながらマレル少尉は下手に戦闘音が聞こえるだけに焦っていた。

 そんな憔悴した様子のマレル少尉に声をかけてきたのは、傍らのドラゴ一等兵だった。


 実質は小隊規模だったが、少尉が率いる中隊はひと塊になって進んでいた。分隊規模となる元の小隊単位で援護と前進する組を分けていたが、小隊間の距離は近かった。

 こんな状況では、丸見えの鉄箱の上に乗らない限りすぐに友軍を見失ってしまいそうだったから、中隊全員を指揮官であるマレル少尉の見える範囲においておかないと不安だったのだ。


 ドラゴ一等兵も小隊の指揮班にいたのだが、他の小隊の移動を援護している間にいつの間にか彼は鉄箱の1つに取り付いていた。

「こいつの中身は何なんですかね……」

 興味本位の様なドラゴ一等兵の言葉に、マレル少尉は思わず知ったことかと喚きかけたが、一等兵の顔は思わず少尉が口を閉じてしまう位には真剣なものだった。


 返事が帰ってくるとは最初から期待していなかったのか、ドラゴ一等兵は無言のまま無造作に銃床を振り下ろしていた。

 ドラゴ一等兵が狙っていたのは、鉄箱の扉だった。扉には鍵らしきものがかけられていたが、本格的なものではなかった。盗難防止というよりも不用意に開閉しないことを目的としたものなのだろう。



 その頃になると小隊の兵士達も集まっていた。他の小隊の兵たちは少し離れた所で移動の命令が出ない事に不思議そうな顔をしていたが、ドラゴ一等兵の様子を見て次第に彼らも集まってきた。

 何度か銃床を振り下ろすと、ようやく鍵が壊されていた。ドラゴ一等兵に周りの兵たちが手を貸すと、思ったよりもスムーズに鉄箱の扉が開かれていた。


 箱はやはり倉庫だった。内部の様子からすると、壁面は薄い構造のようだ。わざわざ外板が波板形状になっているのが不思議だったのだが、強度を確保するためのものだったのかも知れない。

 構造的にはそれで強度を確保したのかもしれないが、弾除けにはなりそうもなかった。低速の榴弾なら表面の鉄板で信管が作動するかもしれないが、高初速の戦車砲どころか少銃弾でも安々と撃ち抜きそうだった。


 尤もこの箱の中身では、大重量の戦車砲弾ではなく少銃弾なら箱の内部で停止してしまうかもしれなかった。鉄箱の内部には所狭しと大量の重そうな袋が詰め込まれていたからだ。

 まるで米本土で見た商店の倉庫のようだったが、ドラゴ一等兵は無造作に手前の袋に銃剣を突き立てていた。

「小麦……いやコメ、か」

 袋からさらさらとこぼれ落ちた粉末の欠片をつまみ上げマレル少尉は、周囲に並ぶ鉄箱を見回していた。周りの箱全てにコメが詰め込まれているとすれば、この島に上陸した日本人にとって何人、そして何日分の食料に相当するのだろうかと考えたのだ。



 だが、ドラゴ一等兵はもっと即物的な考え方をしていた。

「少尉殿。食料なら基本的に燃えるはずです。片っ端からこの箱を開けて中身に火をつけて回りましょう」

 マレル少尉は普段は無口なドラゴ一等兵の進言に唖然としていた。周りの下士官兵も首を傾げながら、どこかで聞こえる砲声と二人のやり取りを見守っていた。


 このまま砲声の方向に向かうべきだとマレル少尉は思ったが、ドラゴ一等兵の視線は無視できない強さを持っていた。

「だが……ここで放火なんてしていれば、永遠に戦車隊には追いつけないぞ。それに火が大きくなれば日本人もうろついている我々の存在に気がつくはずだ」

 敗残兵をかき集めただけのこの中隊の現状では、勢いの良い戦車隊の尻馬に乗る以外まともな戦闘ができるとは思えない。そう考えながらマレル少尉は言ったのだが、ドラゴ一等兵の考えは違っていた。



 彼方の砲声を聞き流しながら、ドラゴ一等兵は言葉を選びながらも強い調子で言った。

「この調子ではいつ戦車隊と合流できるか分かりません。現状では、我々は迷子になっているだけで、戦車隊の援護という与えられた任務を果たせていません。

 ですが、この補給物資の山に火をつければ、日本人の尻にも火をつけられるはずです。少なくとも、奴らを慌てさせることができれば、戦車隊への圧力は下がるはずです。

 どう言えばいいのか……ここで騒ぎを起こせば、間接的に戦車隊の援護につながるはずです。少なくともここで迷子になっているだけよりもはましだと思うのですが……

 それに走り回りながら火をつけていけば、しばらくは日本人たちも俺たちを見つけられないんじゃないでしょうか……」


 ドラゴ一等兵の強い視線を前にして、混乱したマレル少尉はその目を見つめ返すしかなかった。

M4軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m4ltk.html

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― 新着の感想 ―
みんな大好き『粉塵爆発』は起こりそうにないですね( ´∀`)
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