表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
730/817

1951マニラ平原機動戦3

 先頭のM4軽戦車の砲塔に据え付けられた手すりを覗き込んでいたマレル少尉に向かって、いつの間にか砲塔から半身を突き出していた将校が胡散臭そうな表情を浮かべながら言った。

「第24歩兵連隊から派遣されてきたという歩兵中隊は貴様らか」


 慌ててマレル少尉が申告すると、その将校は怪訝そうな顔をしたまま続けた。

「俺は第1騎兵師団第3騎兵連隊第1大隊第2中隊中隊長のマーロー大尉だ。マレル少尉だったな。君達の中隊は何処にいる。我々は歩兵中隊を要望したのだぞ」

 横柄な態度で一方的にまくしたてるマーロー大尉に反感を覚えつつも、マレル少尉は背後で手持ち無沙汰にしていた兵達を示しながら言った。

「これが野戦病院で療養中のものを除いた我が中隊の総員です」



 マーロー大尉は怪訝そうな顔で中隊員の様子を伺っていた。二人の将校を眺める中隊下士官兵の顔に浮かんでいる表情は十人十色だった。

 鉄道で運び込まれたばかりの身奇麗な軽戦車や大尉達戦車兵を挑戦的な目で睨みつけているものもいれば、マレル少尉の様に間近で見る戦車に興味深そうな顔のものもいた。それに新顔の士官が自分達を再び戦場に連れて行くのではないかという不安感を覚えているものも少なくなかった。

 だが、大部分の下士官兵は、これまでの戦闘を経て感情が抜け落ちたような顔をマーロー大尉に向けていた。中には野戦病院から追い出された「軽傷者」も含まれていたが、包帯の間から覗く瞳は冷ややかにマーロー大尉とマレル少尉のやり取りを見つめていた。


 下士官兵達の無遠慮な目に晒されたマーロー大尉は一瞬気圧された様子だったが、直ぐに眉をしかめながら言った。

「海岸の戦闘はそれほど厳しかったのか……まぁ良い。この数でも何とかなるだろう」

 自分に言い聞かせているような声に、マレル少尉は不安を覚えていた。



「歩兵中隊を要望したとはどういうことでしょうか。ご覧のとおり我が隊……いえ、我が第24歩兵連隊は補充を待っている状態です。何かのお役に立てるとは思えませんが……それともサンメリーダ村内での警備か何かの……」

 マレル少尉は下手に出たつもりだったが、マーロー大尉は怪訝そうな顔を浮かべただけだった。

「まさか、少尉は何も聞いていなかったのか。臨時で君達は我が隊に配属される。本来であれば師団内の歩兵連隊から指定された中隊が配属されるのだが……残念だが何時も我が隊と組んでいた部隊は、ハワイ沖合で卑怯な日本人達の潜水艦に兵員輸送船ごと沈められてしまったのだ……」

 マーロー大尉は次第に沈痛な表情になっていったが、マレル少尉は不安そうな顔になっていった。

「あの……それは我々もこの軽戦車について行けということでしょうか」


 有色人種連隊である第24歩兵連隊は陸軍内部でも傍流の部隊だった。上級部隊である第24歩兵師団の編成も然程以前の事では無かったから、軽戦車どころか有事の際に歩兵師団に配属される事になっている中戦車大隊との協同訓練もおざなりにされていた。

 師団の補給隊などが使用する車両は機動部隊に引き抜かれていたから、連隊が使用できる兵員移動用の車両も無く、リンガエン湾からサンメリーダ村までも歩き通していたのだから、高機動の軽戦車に追随することなど不可能だった。

 砲塔に取り付けられた手すりから視線をそらしながらマレル少尉はそう説明したのだが、マーロー大尉は即座に返していた。


「安心しろ。君達はこのM4軽戦車に分乗すれば良いのだ。諸君等は栄光あるタンクデサント兵の一員となるのだ」

 M4軽戦車に据え付けられた手すりを見つけた時から半ば予想していた事態だったのだが、マレル少尉は思わずしかめっ面になっていた。



 士官学校で、ソ連が多用する戦車の上に歩兵を乗せるタンクデサント戦術に関してはマレル少尉も聞いていた。タンクデサントとは戦車挺身とでも言う意味になるが、その名の通り単に歩兵の移動手段として戦車に乗り込むわけではなかった。

 リンガエン湾からの撤退中に傷ついたM3中戦車やM6重戦車の上に白人兵達が鈴なりになって移動していたのをマレル少尉達も目撃していたのだが、その様に単に便乗するだけの場合はタンクデサントとは認識されなかった。

 正式なタンクデサント戦術は、乗り込む歩兵と戦車隊との関係は密接なものだった。第1騎兵師団でも師団内の歩兵連隊を宛てていたようだ。歩兵は戦車に乗り込むだけではなく、周囲を警戒して視界の限られる戦車の目となる必要があるからだ。


 だが、タンクデサント戦術は見た目以上に歩兵隊に練度が求められた。おそらく単に戦車に乗り込んで目となるだけならマレル少尉達も即席のタンクデサント兵になれるだろうが、戦闘の際の連携は難しいだろう。

 戦車が火力を発揮する際は、タンクデサント兵は素早く下車して周辺を警戒しながら戦車に追随しなければならないが、高速で移動する軽戦車に追いつけないくらいならまだ良いが、間近で慣れない戦車の動きを読み切れずに轢かれてしまうものも出るのではないか。



 装備面でも通常の歩兵部隊であるマレル少尉達はタンクデサントに適しているとは思えなかった。遠距離火力を同乗する戦車の火砲に期待出来る一方で、タンクデサント兵は近接火力を期待されていたからだ。

 先の欧州大戦末期においては、戦車の死角から兵一人の膂力で運搬可能なほど簡易な対戦車兵器も多用されていたらしい。交戦域を進軍中のタンクデサント兵は、そうした小癪な対戦車兵を早期に発見して発射前に始末する能力が求められていたのだ。

 だからソ連軍のタンクデサント兵などは射程や威力には劣っても発射速度の高いサブマシンガンを装備するものが多く、それを真似た第1騎兵師団の歩兵連隊も取り回しがしやすい米国製サブマシンガンの装備率が高かったようだ。


 ところが、マレル少尉達が手にしていた装備は、旧式化したボルトアクション式の小銃だけだった。各分隊長や士官には短いカービン銃が支給されるはずだったが、実際には中隊に残存する戦闘員のほぼ全員がフルサイズの小銃しか持っていなかった。

 海岸線や内陸部のロザリオの攻防戦で支給されていた小銃を喪失した兵も多かったが、サンメリーダ村に集積されていた小銃を新たに支給されたことで一応の定数は揃えられていた。


 本来指揮官などにはカービン銃かサブマシンガンなどが支給されるはずだったのだが、制式化から間もないセミオート射撃の可能なカービンは需要が多く、また小銃との弾薬の共通性もないことから、装備面だけは早急に行われた第24歩兵連隊の再編成ではまとめて小銃のみが渡されていたのだ。

 小銃弾はサブマシンガンで使用する拳銃弾どころか、カービン用の短弾薬と比べても威力は大きく、実用射程も一キロ近くもあった。この長射程は元々歩兵部隊で野砲に対抗する意図もあったためだが、実際には歩兵部隊の決戦距離はもっと短かった。



 歩兵部隊同士の戦闘は、野戦であれば3百メートル程の距離で行われることが多いが、サブマシンガンの拳銃弾はこの距離でも不適格だった。銃弾そのものはそこまで飛翔するとしても、初速が遅いから銃弾が低伸せずに着弾点と狙点は大きくずれる筈だった。

 その一方で、フルサイズの小銃弾を発射する小銃は銃身が長く銃床を含めた寸法が大きく、車輌や家屋内などの狭隘な箇所における取り回しが難しいという問題があった。だから大口径砲の支援が受けられるタンクデサント兵は射程や威力を犠牲にしてもサブマシンガンを多用するのだろう。

 単純に実用射程だけを考慮すれば、マレル少尉達フルサイズの小銃を手にした歩兵と軽戦車では、それぞれが得意とする距離が重なり合ってしまうから部隊として共同する意味が薄いのだ。


 だが、マーロー大尉は装備面には無頓着だった。単にマレル少尉達は戦車隊の目となれば良いと考えているらしい。それが以前からの考えなのか、単に臨時編成の出来合いタンクデサント兵に大きくは期待していないだけなのかはよく分からなかった。

 マーロー大尉が乗り込むM4軽戦車の備砲は、68口径という恐ろしい長さの45ミリ砲だった。あまり聞いたことのない口径だったが、やはり原型となっているのはソ連製の砲らしい。

 初期生産型が搭載していたのは46口径という常識的な長さの砲だったのだが、第二次欧州大戦終盤における戦車開発競争の中で軽戦車に満足な対戦車能力を与えるために長砲身型が開発されていたようだ。


 それどころか、実のところはM4軽戦車の長砲身型、M4A1は、砲塔すらソ連製のものだった。もちろん実際にソ連国内で製造されたものではないのだが、設計開発は試作段階で計画中止となったソ連軍の次期主力軽戦車の更に発展型の砲塔を小改良したもの、であるらしい。

 皮肉な事に、そのソ連軍の次期主力軽戦車は、M3軽戦車の大量供与によってソ連軍軽戦車の需要が満たされた事によって計画が中止されていたようだ。ソ連国産軽戦車に取って代わっていたM3軽戦車の発展型であるM4A1軽戦車が、逆にソ連次期主力軽戦車の設計を流用した砲塔を搭載していたのだ。

 そのせいかどうかは分からないが、傾斜した1枚装甲を持つM4軽戦車の砲塔は、無骨な車体と比べて洗練されているように見えていた。それに角張った形状は、支援型であるM4A2の丸みを帯びた砲塔の形状とも大きく違って見えていた。


 M4A2軽戦車の主砲は、やはりA1型の超長砲身とは正反対となる短砲身の山砲を改造したものだった。山岳地における火力支援を行う為に開発された山砲は、軽量の上にいざとなれば分解して兵士が背に担いで運搬する事ができた。

 野砲や野戦榴弾砲の機動性が高速走行に耐えうる砲車の構造強化という形で進歩していったのに対して、山砲の場合は分解性が重要な要素だった。砲自体の強度はさほど重要ではなかった。山岳地に持ち込めるほどの量の砲弾では砲身などに負荷の掛かる連続射撃など最初から不可能だからだ。

 もちろん多数の部品に分解出来れば部品単位の重量は低く抑えられるが、組み立てる際の手間は増えるし、運搬に必要な兵士の数も増えてしまうから、山砲の設計には野砲や榴弾砲などとはまた異なるバランス感覚が重要だった。



 だが、単純な火砲としての性能は山砲は他と比べると見劣りしていた。

 元々高所で使用されるから、射程は大して要求されないからだが、その代わりに現状の米軍でほそぼそと使用されている現行の山砲は、口径は75ミリと大きいから、榴弾威力は野砲に匹敵するか砲弾弾殻の強度を下げられる分だけ炸薬量は大きかった。

 おそらく支援型のM4A2にこの砲が搭載されたのも、この榴弾威力の大きさを評価されての事だろう。そもそも長砲身の野砲はもちろんだが、短砲身の榴弾砲でも軽量級のM4軽戦車に乗せることは不可能だったのだろう。

 山砲を原型にしたとはいえ、車載型は相応に構造が変化している筈だった。砲車との連結はもちろんだが、可搬性を追求した分解の必要もないから、構造強度は車載型の方が上ではないか。


 M4A2の主砲は、山砲を原型とする以上は初速の低さは隠しようも無かった。ソ連製の超長砲身を備えたM4A1とM4A2はあまりに性格が極端な車両だった。そこに更に小銃装備の自分達がタンクデサント兵として乗り込むというのは更に和を崩すのではないか。

 このちぐはぐな部隊がどこを目指すのか、マレル少尉はそれを考え続けていた。

M4軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m4ltk.html

M3中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m3mtk.html

M6重戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m6htk.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ