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1951西海岸沖対潜戦5

 ブレナムのソナーはまだ十分な聴音が出来ていなかった。海上で生じている船団の混乱が海面下にも影響してソナー係の仕事も思うに進められていなかったのだろう。

 それに敵潜水艦を探知するにはそもそも現在ブレナムが航行している位置からでは難しかった。これまで生じた2隻の損害は船団針路から右舷側に生じていたのだが、ブレナムは船団の左舷側を航行していたからだ。


 合衆国本土西海岸から出港して中継点であるハワイに向かっていた船団は、ほぼ西に船首を向けていた。潜水艦の襲撃に備えて針路を変更させる之字運動はまだ行っていなかった。

 まだハワイにまで達していない東太平洋まで日本軍が攻めてくるとは誰も考えていなかったから、ハワイまでの航海は集団行動に慣れていない商船の乗員達にとって船団を構築させる訓練のようなもの、のはずだった。

 船団が之字運動による一斉回頭を行うのは、ハワイ到着直前に訓練として事前に船団指揮船からの通告が行われてからの後の予定となっていた。そして、ブレナムに総員戦闘配置が掛けられるのも船団が一斉に向きを変える壮大な光景を迎えるときのはずだったのだ。


 もちろんハワイ出港後はそこまで安穏とはしていられないだろう。日本人がグアム近海のマリアナ諸島まで逆襲に出てきたのは記憶に新しかったから、そこはもう戦地であると考えたほうが良さそうだ。

 ハワイからグアム、グアムから最終目的地であるフィリピンと西進するに従って緊張感が高まり、之字運動の頻度も上がるはずだった。護衛艦艇の数は変わらないが、寄港地ごとに船団を構成する輸送船の数は減っていくから、相対的な護衛艦艇の守備範囲は狭まることになる。

 それに護衛戦力は俺達だけではない。グアムやフィリピン近海では海陸軍航空隊による対潜哨戒も行われるのではないか。日本海軍が太平洋に有していたトラック諸島の根拠地は撃滅していたが、奴らの潜水艦がフィリピン近海に出没する可能性は高かったのだ。



 だが、そんな俺達の予定はすべて狂っていた。日本軍の潜水艦は海軍の予想よりも遥かに東に展開していた。西海岸を出港した船団は元々ハワイやミッドウェー行きに設定された商業航路上にあったが、まさか本土近辺まで日本軍が危険を犯して潜水艦隊を派遣しているとは思わなかったのだ。

 あるいは東洋人の日本海軍ではなく、旧大陸の英国海軍がわざわざ地球を半周してこんな所まで俺達を殺しに来たという方があり得る気がする。なにせ彼奴等は未だに合衆国を自分たちの植民地だと勘違いしている時代錯誤な連中だという噂だ。


 尤もこの潜水艦に乗り込んでいるのが日本人だろうが英国人だろうが俺達の敵には変わりないし、俺達が何をすべきなのかも変わりはない。

 その頃になって船団の向こう側で何度か爆発が生じている気配が生じていた。また誰かがやられたのかと一瞬身構えてしまったが、それは俺の勘違いだった。

 意外なことに勘違いを正してくれたのは、これまで騒音しか報告してこなかったソナーだった。ブレナム右舷側で投下された爆雷が浅深度で起爆しているというのだ。


 確かに爆発によって水柱が生じているようだったが、その大きさは距離を考慮しても立て続けに2隻の輸送船を沈めた雷撃によるものと比べるとずっと小さかった。

 爆雷に装填された炸薬量が魚雷よりも少ないこともあるが、海中深く沈んでから起爆するために海面近くで生じる爆圧が低くなるためだろう。海中で生じる爆発の残滓が海面に現れるだけともいえるが、海中の大圧力に耐えている潜水艦にはそれで十分、なはずだ。

 おそらくブレナム同様に船団の右舷側を守っていた同型艦でもあるナッチェスが敵潜水艦の制圧を開始したのだろう。状況からすると敵潜水艦はニ度も船団に魚雷を放っていた。それで逃げ出す機会も失っていたんじゃないか。



 流石に護衛艦が爆雷を放り投げて潜水艦を制圧し始めると、船団を構成する輸送船の乗組員達も落ち着いてきたのか隊内無線は段々と静かになっていた。その隙を逃さないようにして護衛艦隊旗艦が強い調子で隊内無線の原則使用禁止を今更の様に言った。

 今後は護衛艦隊の旗艦とその命令で動いている護衛艦艇に隊内無線の使用を限定するというのだ。例外となるのは船団の指揮船だけだった。旗艦からの通信が一旦途絶えると、次に船団指揮船が通信を行っていた。


 再度の通信錯綜か無線傍受を恐れているのか、船団指揮船からの指示は簡潔なものだった。やはり船団の基本方針は退避だった。護衛艦隊主力と船団の大半は、ナッチェスが敵潜水艦を制圧している間に西へ西へと航行を続けるのだ。

 この場に留まるのは、爆雷で敵潜水艦を牽制し続けている船団右舷側のナッチェスと、兵員輸送船から放り出された溺者の救助船に指名された客船に限られていた。


 隊内無線の大混乱があったにも関わらず船団指揮官は冷静だった。多くの兵達が海面に投げ出されているにも関わらず、船団自体の安全を優先していたからだ。

 非情なようだが、船団は被害を被った輸送船を無視して航行を続けるしかなかった。ここで多くの船が留まって悠長に救助を行っていれば更なる損害が生じてしまうからだろう。おそらく沈んだのが兵員輸送船でなければ救助船が海上に停止することすらなかったはずだ。



 敵潜水艦による襲撃で短時間で二隻もの輸送船を失ったのは痛手だったが、船団を西に逃せればこれ以上の損害は防げるはずだった。少なくともこの敵潜水艦からはそうなるはずだ。

 ナッチェスによる制圧によって敵潜水艦を沈められなくとも、その自由な行動を制限し続ければいいのだ。潜水艦の水中での速度はたかが知れているから、後先考えずに爆雷を叩き込んで制圧し続ければ、敵潜水艦を沈められなくともこの海域に釘付けには出来るはずだ。


 船団の航行速度は遅いが、敵潜水艦の視界外に去る事ができれば、当分の安全は保てるはずだった。浮上して船団に追いつこうにも、船団の位置を把握していなければ難しいだろう。

 前の旧大陸での戦争では、ドイツの潜水艦が一隻でも船団を見つけると、仲間を呼んで大勢で船団を襲撃していたというが、今回は襲撃前に不審な電波を発見したという報告はなかったから、短時間の間に大勢の敵潜水艦に囲まれるとは思えなかった。

 もちろん、船団が退避する間はナッチェスが敵潜水艦の頭を抑え続けて通信の隙すら与えないようにしなければならないだろう。

 それに、英国人や日本人の大型潜水艦がそれ程多いとも思えないから、奴らにとって見れば、根拠地から遠すぎて効率の悪い狩場である合衆国西海岸沖に集団で潜水艦を派遣すること自体が考えづらくもあった



 だが、俺の考えはまだ楽観的に過ぎたものだった。凶報を最初に言い出したのはナッチェスだった。

 その時、ナッチェスは船団の向こう側で爆雷を放り込んだ後に、聴音姿勢に入った筈だった。ソナーが正常に聞こえるのは低速で航行して自分からの雑音を下げているときだけだったが、不発でない限り必ず海面下で爆発する爆雷の炸裂音もソナーを阻害するからだ。

 だから爆雷を投下した護衛艦艇は、起爆の瞬間にソナーを切って、爆発の大音響が海面下である程度落ち着いてから再度ソナーを使い出すのが常識的な使い方だった。


 海面下の敵潜水艦がその間にどう動くかは分からなかった。結局最後は対潜戦闘は艦長たちの読み合いになる、らしいと俺は聞いていた。

 ただし、この読み合いを有利に進めるには条件がある。相手の事をどれだけ理解しているかということだ。相手が右に避けるか、左に避けるか、あるいは深く沈みこもうとするのか、敵艦長の判断を予測し、相手の艦艇の性能を当てはめて考えてみるのだ。

 そう考えると、俺達は最初から不利だった。このルールはフェアじゃなかったのだ。ナッチェスからの悲鳴の様な報告がそれを俺達に教えてくれたのだがその時はもう遅かった。


 一度は失探したはずの敵潜水艦は、意外な行動をとっていた。ナッチェスから投下された爆雷を右か左か急転舵を行って避けるのではなく、おそらくはナッチェスが真っ直ぐに接近してくる様子から爆雷投下のタイミングを読み切ると、敵潜水艦の艦長は急速に前進していたのだ。

 しかも、その速度はかなり早いらしい。早くもナッチェスは再度の攻撃は不可能だと泣き言のような無線を送っていた。船団退避の時間を稼ぐどころではなかった。爆雷を投下するために一時的に北に船首を向けていたナッチェスを尻目に、敵潜水艦は既に船団の下に潜り込んでいたのだ。



 隊内無線は、結局短時間で再度の錯綜状態に陥っていた。次々と輸送船が報告を上げていたのだ。どの報告も自分の真下を潜水艦が通り過ぎたというものだったが、部下の下士官と共に報告を上げた輸送船の位置をプロットしていた俺はすぐに音を上げていた。

 隊内無線がすぐに飽和していた上に、真面目に輸送船の報告を受け取ると、敵潜水艦の速度は20ノット近くになってしまうのだ。各輸送船の乗組員達は自らの恐怖で敵潜水艦の影を見てしまっているのに違いなかった。いくら何でも潜水艦がこんな速度で走り回れるはずないじゃないか。


 だが、俺達が途中まで進めていたプロットを一瞥した艦長は、海図を横目で見ながらブレナムを急回頭させて引き続きソナーにプロット位置方向に集中するように命じた。

 俺は目を白黒させていた。艦長の指示した新針路は中途半端なものだった。船首はほぼ真南に向けられていた。船団は西海岸とハワイを結ぶ大圏航路上にほぼあったから、双方の針路は僅かに直角からずれて離れていくものだった。


 俺に限らず怪訝そうな顔の乗員を無視しながら艦長は機関室とつながる伝令に向けていった。

「機関長に釜圧を上げておけと伝えろ。最大戦速即時待機だ。いや、機関一杯の用意だ……本艦は敵潜水艦の頭を抑える」

 その時の俺は艦長の言う頭が敵潜水艦の頭上のことだと思っていたのだが、実際には違っていた。艦長は敵潜水艦の進路方向を読み取るつもりだったのだが、俺はそれよりも気になっていたことを言った。

「あの、旗艦からは本艦に追撃の命令はありませんが」

 艦長は、ジロリと俺の顔を見たがすぐに視線を反らすと不機嫌そうな表情のまま言った。

「この状態じゃ隊内無線は使えんし、無線封止は続いている。発光信号を送れ。これよりブレナムは敵潜水艦の制圧を試みる、とな。返信はいらん。この程度の判断も出来んようでは、護衛艦隊旗艦の命令を聞く必要もない」



 もしかして、この人は能力じゃなくていざという時に顕になる性格が災いして出世出来なかったんじゃないか、俺はそう考えていたのだが、ソナーからの報告がすぐに聞こえていた。

 ソナーから推定距離と方位の報告を機械的にプロットしていた俺は愕然としていた。輸送船の船員達は間違えちゃいなかった。ソナーの報告を信じれば、敵潜水艦は確かに20ノット近くを出していた。

 冗談じゃなかった。これはタコマ級の最高速力に匹敵するのだ。ナッチェスの制圧が失敗する筈だった。タコマ級に搭載された対潜兵装の爆雷は後方に放り込むことしかできないのだから、爆雷を奴らの鼻先に落とすには運良く敵潜水艦の前方に位置していなければならないのだ。


 俺ははっとして今のブレナムの位置取りに気がついていた。まさにブレナムの針路は敵潜水艦の将来位置に邂逅するものだったのだ。海図上のプロットを一瞥した艦長は、即座にソナーの引き上げと機関最大、爆雷投下準備を同時に命じていた。

 その頃になって旗艦がかしゃかしゃと発光信号を送っていたが誰も気にしてはいなかった。ブレナムは爆雷の投下位置に向かって、自らの機関音で耳をふさいだま走り出していたのだから。


 だが、俺がプロットしていた敵潜水艦の位置には、ブレナムの機関室が全力でレシプロエンジンを回してもぎりぎりで追いつけそうに無かった。初期の位置が悪かったのか、そう考えていた俺の耳に急に大きくなっていた振動と騒音を通して艦長がつぶやくように言ったのが聞こえた。

「この船では奴らに追いつけない」

 そしてブレナムから放たれた爆雷は全て外れた。

タコマ級護衛駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/detacoma.html

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 水中20ノット弱だと、もうほとんど魚雷並みですね。たしかナチスドイツは既にデコイを開発していたはず。小沢さとる先生の漫画が懐かしい。 [一言] シチリア海峡のあたりからリアルタイムで…
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