1951西海岸沖対潜戦3
戦争の長期化は、合衆国政府の望むところではなかったはずだ。
別にハワイの原住民はもちろん、戦慣れした日本人共が相手だって我が合衆国が敗北するとは思えない。どう逆立ちしたって日本人のエンペラーや旧大陸の王様達がホワイトハウス前やニューヨークで戦勝パレードを行うのは無理だろう。
経済力、工業力、そして技術力のどれをとっても我が合衆国が負けるはずはない、筈だ。それに俺達は日本本土を一方的に戦略爆撃出来る状況が整っているが、カリブ海に浮かぶ島々を制圧し終えた今では、旧大陸も日本人も合衆国に直接手をかける手段はないのだ。
第一、仮に俺達海軍が全員アーリントンにある墓の下にスクラップになった艦ごと送られたとしても、太平洋と大西洋を越えて連中が合衆国民1億人が住む北米を占領出来るはずがない。
まぁ、本当にそんなことになれば、連中が上陸する前に真っ先にお情けで中立国扱いをしてやっているカナダが叩き潰されるだろうが……
もしも合衆国政府、というよりもマッカーサー大統領に読み違えがあったとすれば、日本人や旧大陸の連中の感情だとか野蛮さを勘違いしてしまったことじゃないか。
誰だって、洋上に出ている艦隊の半分を緒戦で吹き飛ばされれば、日本人だって大人しく手を上げると考えるだろう。しかも、日本艦隊を原子核兵器という全くの新兵器で吹き飛ばした陸軍航空隊は、その直後に連中の首都近くの街を警告を兼ねて焼き尽くしたのだ。
ところが、日本人共は戦略爆撃に耐える一方で核攻撃がどれほど人道に反したものかというプロパガンダを世界中にばら撒いたらしい。原子核兵器とやらが起爆した時に人体がどうなるのか、そのむごたらしい写真が中立国やら日本人の同盟国に一斉に回されたらしい。
一体連中がどうしてそんな情報を持っていたのかは知らないが、このプロパガンダは大成功だったようだ。中立国経由での情報は合衆国内では殆ど出回らなかったが、旧大陸の連中は一斉に宣戦布告してきたのだ。
まぁそのおかげでカリブ海が合衆国に解放されて平和になったのはいいことだったが、このカリブ海に吸い取られた合衆国軍の戦力がどれだけになるかを考えると、海軍作戦本部の連中も頭が痛い事だろう。
それに陸軍航空隊は戦争長期化を受けて既存機の増産を始めているらしいが、海軍の場合は大混乱だった。大体ルーズベルト政権の頃から我が海軍の艦政は少しおかしかったんじゃないかと思うのだが……
ルーズベルト政権当時は巡洋艦の大量建造が行われる一方で、航続距離の短い駆逐艦の建造数は最小限に抑えられていた。当時の我が合衆国は旧大陸の連中が北米に手を出さない様に中立を保っていたから、見栄えがよく抑止力になる戦艦や巡洋艦さえあれば良いのだ、ということだったらしい。
実は戦争中だったソ連向けの商船に随伴する護衛戦力の需要というものは当時もあったのだが、そんな長距離船団に随伴できるのは航続距離に余裕のある巡洋艦だけだったようだ。
流石にドイツ人が狂っていても合衆国まで相手にする度胸は無かったらしく、合衆国の船団が襲われたという話は聞いたことが無かった。
ところがルーズベルト政権がまさかの大統領の病死で終わってしまうと、一挙に海軍は冷や飯を食う羽目になった。巡洋艦はこれ以上建造する必要はないからと大きく予算を削られたし、それより安い駆逐艦もルーズベルト政権以下の試作のような数しか建造させてもらえなかった。
パイロット上がりだからなのか、カーチス大統領は空しか見てなかったに違いない。カーチス政権時代の合衆国の国防方針は海軍を無視したようなものだったからだ。
いざとなれば重爆撃機を飛ばして、その後に海兵隊を投入するぞと言って脅してやればいいというカーチス大統領が言う安上がりで済む国防論にも一理あった。勿論予算を削減された海軍内部ではおおっぴらには言えなかったが。
そして、カーチス大統領を制して強い合衆国を作るぞと言って政権をとったマッカーサー大統領だったが、海軍の建造計画に独自性を発揮する程には大統領になってから時間は経っていなかった。
何の話だったか……そうくるくる変わる大統領の国防方針に巻き込まれて我が合衆国海軍の戦時建造計画は混乱しているという話だ。前々から建造していた戦艦辺りはともかく、戦時中にはどんな船を建造すれば良いのかよく分からんのじゃないか。
開戦後にまともに建造が始まったのは不足している駆逐艦、このブレナムのような護衛艦、それに意外なことに外航用の貨物船だった。
合衆国は、その広い国土の中で何でも作れるし、何でも取れる。コーヒー豆のように赤道近くじゃないと作れない農作物は別だが、国内では油も鉱物もあるのだ。
だから外航船といっても中南米を行き来するくらいのものだった。それで国内運送の北米沿岸や五大湖の水運は発展したものの、外航船は乏しい、らしい。
それに大恐慌時代に旧大陸やアジア人達は俺達を貿易網から締め出しやがった。一緒に貧乏になるのは御免被るというわけだろうが、合衆国の経済規模は大きいのだから、フィリピンと本土があればどうにかなってしまったんだろう。
だが、平時の貨物量では戦時輸送には到底足りない。本土じゃそれで貨物船と護衛艦が急速建造されているというわけだ。
しかし、今はケネディ中尉の兄貴に与えられるという船を当てようとしているのだった。彼はグアム沖の「英雄」なのだ。いくらピカピカの新鋭艦であってもブレナムのような護衛駆逐艦に乗り込ませるとは思えない。
つまり新造艦の可能性はほとんど無いということだ。見栄えの良さから言えば新鋭駆逐艦で構成された水雷部隊の司令官という可能性はあるものの、彼は新聞によれば航空巡洋艦の飛行長から艦長代理を経て艦長になったというから元々飛行機乗りの筈だ。水雷部隊というのはちょっと似合わないだろう。
だとすれば思い当たる可能性は一つしかない。俺は少しばかり白けた顔でケネディ中尉に向き直って言った。
「主計長の兄貴なら、空母の艦長しかないんじゃないか。飛行科士官に普通の巡洋艦に乗ってもらうわけには……いやまだ無事なアーカム級に乗ってもらえばいいのかね」
俺はそう言ったが、ケネディ中尉はまるで友達に秘密を明かす子供のように顔を近づけながら言った。いや多分演技なのだろうが、これで中尉に好感を抱くやつは多いだろう。茶目っ気のある青い目はどこか引き込まれそうな魅力があった。
「実はグアム沖の戦訓を受けて、海軍でも高速で大型の空母を改造するという案があるらしいのです。おそらく兄はそこの計画に回されるんじゃないかと……」
「高速空母ねぇ……」
俺は脳裏に合衆国海軍が保有する空母を思い浮かべた。未完成の戦艦を改造したコロラド級は鈍足だったし、ワスプやエセックス級は速力は高いが中型空母でしか無い。
最新鋭のアンティータム級やプリンストン級も、ボルチモア級重巡洋艦やクリーブランド級軽巡洋艦を設計ベースにしたというから、結局これらもワスプ級に連なる高速中型空母の系譜なのだろう。
となると残るはヨークタウン級しか残っていない。旧大陸戦争が始まった頃に建造されたヨークタウン級に加えて、アンティータム級と同時期に建造されたボノム・リシャール級も改ヨークタウン級と言われているくらいだから、この辺をベースにした設計となるのだろうか。
そう考えはしたものの、どこかしっくり来なかった。そもそもこの戦争で大型空母は何をしているのだろう。太平洋艦隊に配属されているボノム・リシャール級は確かグアム沖には出動していなかったはずだ。
そこで俺は考えるのをやめた。どこか引っ掛る物はあるのだが、俺は航海科であってこれまで飛行機とは縁のない勤務ばかりだった。多分これからもないだろう。つまり空母のことなど考えるだけ無駄だ。
その代わりに俺は少しばかり気になっていたことをいい機会とばかりに聞いていた。
「なぁ主計長、「英雄」が身内……兄弟にいるってのはどんな感じなんだい」
自慢じゃないが有名人など一人も一族内にいない俺には、こうして新聞に載るような家族がいるという感覚が掴めなかった。当のケネディ中尉は、急に俺がこんなことを言ったせいか一瞬怪訝そうな顔をしたが、直ぐに金髪をかき上げて皮肉げな笑みを見せていた。
「大変でしたよ。皆が兄のサインを欲しがるものでね。少しばかり気になっていた女の子まで輝いた目で言ってきたときは、こっそりと自分で兄のサインを真似て書いて渡しましたけどね。結局デートには誘えなかったのですが……
もっと大変だったのは家族、もとい兄弟の方でしたがね。姉の中には海軍省の仕事をしている者がいるのでそっちは何もありませんでしたが、下の兄の政治活動を手伝っている妹は知り合いからサインをせがまれて辟易してましたがね。
問題児は下の兄と弟でしたよ。下の兄は上院議員に当選したばかりなのに、議員を辞職して俺も軍隊に志願すると言い出して困りましたよ。弟も大学に入ったばかりなのを放り投げようとして、二人共親父から雷を落とされてました。
困りましたよ。兄が英雄だと、お前だけ志願して狡いと下の兄と弟から恨まれるんですからね。親父は姉も海軍省勤務なんだから、男兄弟が二人も軍に行けば十分だろうと考えてるんですよ」
冗談めかしてケネディ中尉は言ったが、俺は兄弟が議員だと自然に話す中尉に少しばかり鼻白んでいた。やっぱり彼のような上流階級はこんなところには似合わないんじゃないか。
俺は苦笑しながら新聞を放り投げていた。貧乏人には貧乏人の、金持ちには金持ちの苦労があるんだろうが、中流階級を絵に描いたような俺にはそのどちらも理解できないのだ。
俺達が士官室に鳴り響く嫌な音を聞いたのはその直後だった。ひどく喧しく、耳に痛い程のベルの音色、そして少し遅れてざわめき。
「また訓練か、少しはぐっすり眠らせて欲しいぜ」
誰が言っているのか、そんな不平の声が下士官兵食堂から聞こえてきたが、俺とケネディ中尉は訝しげな顔を見合わせていた。こんな時間に総員戦闘配置を掛ける予定はなかった筈だった。
ブレナムが護衛している船団の次の寄港地はハワイだった。占領下のハワイでは既存の港を大拡張して後方兵站地とする途中だと聞いていた。それにハワイの原住民を手懐ける為にもいくらかの物資がハワイで降ろされるのだ。
一部の貨物船は従来太平洋航路の中継点として整備されていたミッドウェーに向かうが、そちらの護衛は西海岸から船団に随伴している護衛部隊ではなく、ミッドウェーに駐留する部隊が行う筈だった。
ハワイで何隻かを切り離した船団が次に向かうのは、日本本土に戦略爆撃を行っている陸軍航空隊が根拠地としているグアムだった。
グアムでは荷下ろししなきゃならない大飯ぐらいの陸軍航空隊への補給物資が大量にあるのだが、護衛艦隊と何隻かの貨物船は給油を終えたら荷役中の貨物船を放って直ぐにグアムを発たなければならなかった。
西海岸から出発して寄港地で数を減らしていった船団の最終目的地はフィリピンだった。
しかも、ルソン島東端のレガスピ港で残りの貨物を降ろすと、また急いで引き返さなければならなかった。ブレナムを含む護衛艦隊は、空の貨物船を回収してグアムで再度船団を守りながらハワイまで連れ帰らなければならないのだ。
言い換えれば、鈍足の貨物船に之字運動をさせることで更に航行速度を下げた船団にとって、この西海岸からハワイまでの間は、いわば訓練期間のようなものだった。
船団指揮官による抜き打ちの訓練なのだろうか、どことなく違和感を感じながらも立ち上がった俺達の耳に、スピーカーからの絶叫と、彼方からの爆発音がほぼ同時に聞こえていた。
それは船団の触雷を告げる爆発音と訓練ではない事を連呼する伝令の声だった。
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