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1951西海岸沖対潜戦2

 我がブレナムを含むタコマ級護衛駆逐艦の速力は、とても合衆国海軍が建造した駆逐艦とは思えないほど低かった。自分で落とした爆雷を踏みつけかねないほど足が遅い理由ははっきりしている。エンジンの性能が低いからだ。

 身も蓋もないが、こんなことを隠してもしょうがない。ブレナムの機関室を覗いても、艦隊型駆逐艦で見慣れた蒸気タービンや、戦艦や空母のターボ発電機が奏でるあの素晴らしき高音は聞こえてこない。

 かと言って潜水艦の様なディーゼルエンジンでもないし、機関室にはちゃんとボイラーも備わっている。つまり、タコマ級の機関室に収まっている主機は、ボイラーで沸かした蒸気タービンを往復動させてクランク軸を回す蒸気レシプロエンジンということだ。


 勿論、合衆国の造船所ならもっと効率の良い立派な蒸気タービンだって作れる。これまでやったことはないが、ディーゼルエンジンでもやろうと思えば駆逐艦の機関室に詰め込めるだろう。それなのに何故大昔から使われ続ける蒸気レシプロエンジンなんて骨董品を軍艦に積もうと思ったのか。

 俺も答えを海軍の偉いさんから聞いたわけじゃないが、要するに次々と量産しては片っ端から沈められてもおかしくないタコマ級護衛駆逐艦には、高度なエンジンは勿体ないと思われたんだろう。



 蒸気タービンの回転数は恐ろしく高いが、こいつでそのままプロペラを回したら早過ぎて海中をかき回すだけで終わっちまう。だから蒸気タービンは歯車の化け物である減速機を通して、超高速で力のない回転を、低速で力のある回転に変換してからプロペラシャフトに渡すのだ。

 俺も実習で機械加工の1つや2つ行ったことがあるし、巡洋艦の艦内工場だって見たことがあるが、工作員によれば歯車を作るってのは意外に難しいもの、らしい。

 勿論減速機の歯車はちっぽけな艦内工場で自作出来るようなものではない。きっと減速機を作っている工場というのはチリひとつ落ちていないし、高度な専用機が並んでいるのだろうが、それでも硬度の高い素材を削っていくのは一苦労に違いない。

 蒸気レシプロエンジンをタコマ級に搭載したのは、きっと海軍にとっても苦肉の策に違いないだろう。性能には劣るが、こいつはタービン程には工作時間は必要ないし、運転も商船でこのエンジンの操作に慣れた乗員を徴用出来るからだ。

 ただし、その背後には高度なエンジンを護衛艦に回せるほどの余裕がないという事実も隠されているのだろう。ディーゼルエンジンや蒸気タービンはもっと立派な軍艦に持っていかれてしまうからだ。

 斯くして護衛駆逐艦には蒸気レシプロエンジンが搭載された。タコマ級と同様に合衆国本土の造船所では貨物船も次々と就役しているが、そっちも生産性だけは良い蒸気レシプロエンジンを積んでいると言う話だ。



 何にせよ護衛駆逐艦の機関出力の低さ、というよりもは効率の低さは隠しようもない。お情けで海軍はタコマ級に蒸気レシプロエンジンを二基積んでくれたから二軸を回せるのだが、最大戦速でもその速力は20ノットを越えるか越えないかといったところだ。

 この速度では、もし相手が高速の客船が相手だったら楽々と追い抜かれてしまうだろう。タコマ級護衛駆逐艦は「駆逐艦」と名乗っている癖に魚雷を積んでいないが、この速度では最初から諦めているのも道理だった。相手が鈍足の戦艦でも、魚雷発射点に辿り着く前に逃げられてしまうだろうからだ。


 おそらくタコマ級護衛駆逐艦の設計者は、護衛対象の輸送船より少しばかり早ければそれで護衛艦の速度は十分だと勘違いしているのだろう。貨物を満載にした輸送船の速度は、10ノットかそこらだった。千トン級の護衛艦がその倍も出れば、一見すると船団護衛には十分に見えてしまうのだ。

 だが、それは何も無しに輸送船の周りを護衛艦がいられればの話だ。護衛艦が低速で困るのは何も爆雷で自爆する恐れだけではない。実際には護衛駆逐艦は、船団護衛中も輸送船を放り出して全速で駆け出さなければならない場合も多いのだ。


 例えば、一旦速力を上げて船団前方に出て聴音しては船団に追い抜かれ、また駆け出しては前に出るといった行動を潜水艦を警戒している時は取ることがあるのだ。低速でないとソナーはまともに使えないからだ。

 ソナーが聴音出来る速度は精々10ノットだから、高速の輸送船なら船団に張り付きながら聴音するのは難しいだろう。

 あるいは、一旦見つけた敵潜水艦を遠くに追い払って無害化してから船団を追いかける事もあるのだが、いずれの場合にせよ1ノットでも早ければそれだけ早く船団に追いついて無防備な船団の守りにつくことができるのだ。

 艦隊型駆逐艦の様に高速の敵戦艦に雷撃しようと思わなかったとしても、船団護衛でも速度はそれだけで武器にもなり得るんだが、量産性ばかりを考えてタコマ級を設計した奴は護衛戦闘のことは知らなかったんじゃないか。



 こんな軍艦のふりをした商船のようなものに好き好んで乗りたがる奴はいないだろう。実際、我がブレナム乗組の士官の中でアナポリス出の正規将校なのは航海長である俺の他は艦長しかいないのだ。砲術長は下士官から士官に累進した爺さんだったし、他の士官も大学から志願した予備士官ばかりだった。

 尤もブレナムの艦長であるペッパー少佐だってもう結構な歳だった。ペッパー少佐とアナポリスが同期の中には大佐の階級になっている士官も少なくない筈だ。もしかすると将官だっているかもしれない。

 俺とは階級は一つしか違わないが、親子程とまでは言わないものの歳は離れている。下士官上がりの砲術長と大して違わないんじゃないか。少佐がアナポリス出なのに余計に年を食っている理由は誰も知らない。

 実は我が海軍では佐官で昇進していくのは難しくない、と言われている。大尉の俺が、つまりはアナポリスの席次も悪い俺のようなものが少佐に昇進するのにはハードルがあるのだが、少佐になってしまえば中佐、大佐に上がるのは難しくないというわけだ。


 普通なら階級が上がるほど昇進は難しくなっていくはずだが、こいつにはカラクリがある。

 我が海軍では、といういうよりもルーズベルト大統領時代よりこっち巡洋艦以上の大型艦ばかりを建造していたものだから、中佐を充てるべき駆逐艦クラスの艦長と、大佐を充てるべき戦艦、巡洋艦クラスの艦長ポストに大きな数の差異が無くなってしまったのだ。

 陸軍なら一人の連隊長が大佐だとすると、普通はその下には三人くらいの少佐あたりがなれる大隊長のポストがあるんだが、我が海軍はそうではなかったということだ。つまり、少佐のまま昇進していないペッパー少佐の階級は少し変だということだ。

 まぁその理由は病気だとか、少佐ポストに空きがなかったとか、そういうことなんだろう。単にペッパー少佐が俺のように無能だったから、という考えは虚しくなるだけだからしないでおこう。



 他のブレナムの乗組員で多いのは、商船乗員だと海軍の予備士官になるという規則を唐突に海軍省に思い出されてしまった運の悪い商船の船員だ。

 そう言えばそんな法律もあった気がするが、米国が本格的に予備士官などというものを招集するのは久々の事だったから、黴が生えかけた法律でも埃を払って表に出されていたようだ。ちなみに商船船員でも下っ端は士官ではなく下士官兵にされている。

 尤も片っ端から本当に商船の船員を海軍に引っ張っていては肝心の輸送船に乗り込む奴が居なくなってしまう。護衛艦ばかりが海上に居ても意味がないからだ。

 商船の船員ではない下士官兵は、派手な艦艇乗り込みではなくて早くも海軍志願を後悔し始めているものばかりだ。

 文字通り、海のものとも山のものともつかない志願兵達に比べれば商船の船員達の方が船に慣れているだけ遥かにマシだろう。たとえ彼らが大砲の一つも今までの人生で撃ったことが無かったとしてもだ。


 いや、落ちこぼればかりがかき集められたようなこのブレナムの乗員にも例外がいないわけじゃない。俺は、いつまでも頭に入ってこない書類を適当に片付けると、士官室テーブルの片隅においてあった新聞を取り上げていた。

 仕事をさぼっているような姿だったかもしれないが、俺にとっては運悪くその瞬間に士官室に入ってきた奴がいた。大学、それも東海岸の有名私立大学からわざわざ志願して来たケネディ中尉だった。

 俺と同じ様に書類仕事でも片付けようとしたのかもしれない。慌てて俺はしかめっ面をしていたが、ケネディ中尉は何食わぬ顔をして僅かに微笑みながら挨拶しただけだった。


 ブレナムの主計長という仕事は、ケネディ中尉には分不相応だという気がしていた。もちろん仕事の方が遥かに格下という意味で、だ。ケネディ中尉自身は予備役将校課程の出身だったが、彼は選びぬかれたエリート一族の出身だった。

 一応航海長で正規の士官である俺のほうが上官になるのだが、アナポリスを下から数えたほうがはるかに早い成績でなんとか卒業した俺は、どうしてもケネディ中尉の前では気後れしてしまうのだ。



 大学出の予備役将校といっても、やはりペッパー少佐以下のブレナム乗組士官団の中ではケネディ中尉は浮いてしまうだろう。まるで掃き溜めに鶴がいるようなものだ。彼一人がエリートだというわけじゃない。ケネディ家は我が海軍内でも最近急に名前が知られていたのだ。

 何日か前に西海岸を出港した時に積み込まれてから何度も読み返されたのだろう新聞にもその証拠が載せられていた。やはり、もう何度も乗員たちから言われているのかもしれないが、俺は新聞を開きながら無遠慮な声で尋ねていた。

「よう、主計長。君の兄貴のことが載ってるぜ。大したものじゃないか。無事に持ち帰ったアーカム級航空巡洋艦ハイキャッスル艦長に就任、巡洋艦の艦長としては我が海軍で最年少であるときたか」


 もうこのやり取りにも飽き飽きしているはずだが、ケネディ中尉は首をすくめて見せただけだった。エリートさんがやると俳優みたいに様になるもんだと俺は妙な所で感心したものだ。

「ハイキャッスルのことなら、無事とは言い難いようですよ。兄が言うには、あの巡洋艦はグアム島沖で相当叩かれて残骸同様だったらしいですから。だから飛行長から正式に艦長になったとしても、実際には修理監督になったようなものだとか。

 ただ……」


 そこで一旦ケネディ中尉は口を閉じると、周りに視線をやっていた。もちろんブレナムの狭苦しい士官室に隠れる場所はないし、配膳口の向こうでコックが聞き耳を立てている気配もない。

 中尉の態度はいかにもわざとらしかったが、それに吊られるように俺も芝居がかかった様子になっていた。要するにこれも乗員同士の暇つぶしというわけだ。

 ブレナムを含む護送船団は西海岸とハワイ、ミッドウェーを結ぶ航路の中間点に達していたが、こんなところまで日本人共が襲ってくるとは到底思えなかった。

 日本軍の襲撃は今や我軍の物資集積地となっているハワイからグアムへの航路、そしてグアムから最前線であるフィリピンに到着する航路の順に激しくなる。

 だから最終的にそれぞれの目的地に達して数を減らしつつも、最後にはフィリピンに向かうこの護送船団にとって、ハワイまでは訓練期間の延長のようなものだった。


「兄が言うには、ハイキャッスルの修理が終わる前に別の艦に移っているのではないかという話です。というよりも、ハイキャッスルの修理期間が当初の予想よりも長くなるものだから、兄に限らず乗員を稼働艦に転属させるのでしょう」


 ありそうな話だった。今や御老体まで艦長にしてしまう世の中だ。いくらケネディ中尉の兄貴が飛行機乗りだったとしても、何時までも修理が終わらない艦に乗せておくような余裕は今の米海軍にはないのだ。

 だが、そうなると転属先はどうなるのか、俺は少しばかり推理を働かせることにしていた。どのみち当直交代まではもう少しあるのだ。

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

タコマ級護衛駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/detacoma.html

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