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1951フィリピン上陸戦45

 本来の飛行計画では、ホロ島では二式貨物輸送機はエンジンを停止させる予定はなかった。荷下ろしの邪魔にはなるが、同機の貨物扉は胴体後部に設けられていたし、可変ピッチプロペラを制御すればプロペラはただ周りの空気をかき混ぜるだけで、機体後方に大きな流れが生じることはないはずだった。

 エンジンを停止させないのは、機体に掛かる負荷を抑えて不調を起こさないためだった。前進根拠地でしかないホロ島の航空基地に進出した部隊には大型四発機の整備能力が期待出来なかったのだ。



 二式貨物輸送機は、いつ爆撃を受けるかもわからない現在のホロ島のように敵航空機の行動圏内に踏み込んで建設される前線基地に投入されるような機体ではなかった。

 デム曹長は、後方拠点からこうした前線基地への戦術輸送には一〇〇式輸送機のような戦術輸送機を投入すべきで、本来は後方拠点間を結ぶ二式貨物輸送機を貧弱な滑走路しか無いはずの前線に派遣するのは、もっと状況が落ち着いてからにするべきだったのではないかと考えていた。


 予想に反してホロ島の滑走路は高規格で再整備が行われていたのだが、それは双発の高速ジェット爆撃機を前線基地で運用するための限定的なものだった。それならばやはり輸送も双発の一〇〇式輸送機で行うのがふさわしいのではないか。

 軽快で小回りの効く一〇〇式輸送機は、現在ホロ島に駐機しているジェット爆撃機の先祖とも言える旧世代の双発高速爆撃機である九七式重爆撃機を原型としているからだ。

 おそらく二式貨物輸送機よりも格段に操縦性の良い一〇〇式輸送機であれば延長工事が行われ始めたばかりで規格が貧弱な箇所を使用するまでもなく離着陸が可能だろう。

 それに意地の悪い言い方をすれば貴重な大型機である二式貨物輸送機よりも生産数の多い一〇〇式輸送機の方が最前線で躊躇なく使い潰せるとも言えるのではないか。


 滑走路の規格だけではなく、前線基地では整備能力もあまり期待することは出来そうになかった。最前線では予備部品も途絶えがちになるし、長期的に機材の寿命を確保するよりも、前線を維持するために出撃可能な機数を揃える様になっていくからだ。

 平時においては躊躇されるが、強引に出撃機を増やすために、長期修理を行えばまだ飛行可能な損傷機から部品を剥ぎ取る共食い整備を行うことも珍しくなかった。明日の2機よりも、今日確実に飛べる1機を求めるようになっていくからだ。

 だが、近視眼的とそれをあざ笑うような余裕はデム曹長にはなかった。曹長自身も元戦闘機乗りだったからわかるのだが、今日の1機を確保しなければ、明日の2機を整備する前に撃破されてしまうかもしれない程の状況が最前線では発生しうるのだ。



 幸いなことに二式貨物輸送機の航続距離は長かったから、過積載もいいところで国際連盟軍の後方拠点となっているコタキナバルから出発してホロ島までたどり着いた後も、荷役作業を終えて即離陸すれば楽々コタキナバルまで燃料補給無しに引き返せるはずだった。

 原型となった一式重爆撃機と比べても二式貨物輸送機の燃料搭載量は大きくは増大していないはずだが、防御機銃座などの余計な重量や空気抵抗が削減されているから航続距離が延長されていたのだろう。

 あるいは、まばらに後方に整備された拠点間を結ぶには、単にこの程度の航続距離がなければ使い物にならなかったのかもしれない。


 二式輸送機に搭載されているエンジンはそうした長時間、長距離の飛行中に稼働し続けていられる程信頼性の高いエンジンだったから、冷却空気の取り入れが難しい地上でも、アイドリング状態で最低限まで回転数を絞ればある程度運転を継続できる筈だった。

 その飛行計画を前提として二式輸送機は十分な燃料を残したままホロ島にたどり着けていた。幸いなことに往路では天候も良かったが、場合によっては悪天候や敵哨戒機の目を逃れる為に進路変更することもあり得るから、あらかじめ余裕を持って燃料を搭載していたのだ。



 ところが、二式輸送機はデム曹長が見守る前で次々とエンジンを停止させていた。動力を切っていたのはマレー人の機関士だった。その機関士と組んでデム曹長が飛行したのは今回が初めてだった。

 機関士はエアアジアが購入した中古の一〇〇式輸送機を改造した旅客機で飛行経験を積んでいたというが、双発の一〇〇式輸送機と四発の二式では機関士の仕事量には格段の差が生じるのではないか。


 単にエンジンが倍になるだけではない。双発なら片側のエンジンが不調となっても調整するのは残りの片翼側一基で済むが、四発機の場合は四基のエンジン全ての出力調整までこなさなければならないのだ。

 アイドリング時にも危険はあった。回転数は落とせるものの、高速で飛行しているときと違って勝手に冷却空気が飛び込んでくることはなくなるから、出力と回転数に加えて潤滑油温度なども厳格に管理しなければ下手をすると焼付きを起こしてしまうからだ。

 飛行計画は事前に全搭乗員に説明されていたはずだったが、始めての四発機に舞い上がっていたのか、機関士は細部まで確認していなかったのかもしれない。あるいは、単に着陸して安堵して全て忘れてしまったかだ。



 最初に声を上げたのは、恐ろしく苛立った顔になったデム曹長ではなかった。曹長とは反対側の右舷側エンジンに視線を向けていた副操縦士がエンジンが停止していると言ったのだ。

 しかし、デム曹長と違って副操縦士は単に自分が見たままを報告しているだけで声に緊張感はなかった。副操縦士も機関士と同じく一〇〇式輸送機の操縦経験しかないらしいが、ホロ島までの飛行中に何度か操縦桿を渡した限りでは大きな問題は無かった。

 尤も同じ日本製の輸送機、しかも原型が爆撃機というところまで同じなのだから、操縦性に大きな差異がある方が問題だった。むしろ一〇〇式輸送機では何度も機長を務めていたというから、ドイツ空軍では下士官でしか無かったデム曹長が機長を務めることに不満そうな顔をしていた方が懸念事項だった。


 険しい顔になると、デム曹長は何故エンジンを停止させたのかと硬い口調で言いながら機関士に振り返っていた。副操縦士の声でようやく飛行計画をわずかでも思い出していたのか、機関士の顔は一瞬で青ざめていた。

 怪訝そうにデム曹長の様に振り返った副操縦士も、機関士の顔色を見てようやく事態の深刻さを理解したらしい。険しい顔のデム曹長と縮こまっている機関士の顔色を相互に窺っていた。



 惨めな彼らの様子を見ている間にデム曹長は怒鳴りつけようとする気を無くしていた。別に怒りが収まってきたわけではない。単に保身のためだ。

 いつの間にか機内には生暖かい風が入り込んでいた。操縦席の剣呑な雰囲気を知らずに貨物室勤務の搭乗員が二式貨物輸送機の主翼後方に設けられている大きな貨物扉を開放していたのだろう。


 土臭い空気の匂いが何故かデム曹長の記憶を呼び覚ましていた。エアアジアに入社する際に、ある友人から聞いた話を思い出していたのだ。友人の顔と名前も不思議と思い出せないのに、その話の内容だけは明確に覚えていた。

 アジア人に対しては、あまり多くの前で叱責しないほうが良いらしい。それが正当なものであったとしても恥辱を受けたと感じるから、らしい。しかも公衆の目前で恥をかかされた行為は、単に個人の恥ではなく、家族や一族の恥と捉えられる場合もあるらしいというのだ。

 同じアジア人同士ならどうかは知らないが、どう見ても他民族のデム曹長からの叱責はマレー人全体への侮辱と取られるかもしれなかった。


 それだけではない。今は機長を勤めるデム曹長の方が上級者なのは明らかだったが、エアアジアが文字通りアジア人化していけば初期の社員である彼らが現地人幹部に登用されて立場が逆転する可能性もあった。

 独立したばかりのマラヤ連邦で航空会社の搭乗員として就職出来た時点で、現地人の中では上位に位置する一族の一員であるのは間違いないからだ。彼らが幹部になる頃にはデム曹長はどこかに飛び出しているかもしれないが、彼らの機嫌を損ねてもいいことはなさそうだった。

 機関士を叱責するのは同じマレー人の副操縦士か、帰還後にエアアジアから徴用されているマレー人の上司にでも任せればいいだろう。デム曹長はそういい加減に考え始めていた。



 むりやり曖昧な表情を浮かべると、デム曹長は機関士と副操縦士に停止させてしまったエンジンの点検作業を任せて、既に慌ただしく荷下ろしが始まった貨物扉から機外に出ていた。

 フィリピン人だか日本人だか分からない兵達は既に汗だくになっていた。二式貨物輸送機は、ホロ島に進出した航空隊向けにジェットエンジンなどの予備部品やエンジン本体を運んできていた。

 当然重量物も多いが、尾輪式の二式輸送機は空中姿勢と違って地上姿勢では大きく尾翼が下がるから、貨物室床面も水平ではなく後方に下がっていた。そのせいで手作業も多い積み下ろし作業は大仕事になってしまうのだ。


 操縦席から出てきたデム曹長に目もくれずに作業を行っている彼らをかき分けながら地上に降り立ったが、勝手がわからずに曹長は途方に暮れていた。四基のエンジンを短時間で支障なく再始動させるためには地上部隊の支援が必要不可欠だったのだ。

 このような大型機の支援を彼らが十分にこなせるとは思えないが、駐機所に来るまでに見えたレシプロエンジン機の機数からすれば、エンジン起動車の一両や二両はあるだろう。ただし、規格が二式貨物輸送機と合うかどうかは分からないから、調整が必要だった。



 しばらくすると、まごついているデム曹長に向かって声がかかられていた。良くは分からないが、知り合いがいたらしい。これ幸いと曹長は振り返ろうとしていた。誰だか知らないが、この基地の整備部隊に渡りをつけることくらいは出来るだろうと考えたのだ。

 だが、振り返ったデム曹長の顔は一瞬で凍りついていた。確かに彼らの顔は見たことがあったのだが、あまり有り難い記憶ではなかった。


「やっぱり曹長だったな。久しぶりじゃねぇか。どこかで見たような傷があったと思ったぜ。この機体は俺達が上空からばかすかと大砲を撃ってた奴なんだな。あの大砲はどこに行ったんだ。いや、それより曹長、あんたその制服はどうしたんだよ」

 のべつ幕なしに喋っている男の顔には見覚えがあった。確かマラヤ連邦で会ったリーといかいう一時期この二式貨物輸送機の搭乗員を務めていた男だった。その後ろには同じく同乗していたシンや、他の者たちの顔も見えていた。

 だが、それ以上にデム曹長は敵地上空に進出して一体何の効果があったのか分からない、それ以前に誰と戦っていたのかも分からなかった戦闘のことを思い出していた。

 まだ五年も経ってはいなかったが、確かにあの時もこの二式貨物輸送機で上空から彼らを支援するために高射砲を撃ち込んでいたのだ。


 ―――とびきりに面倒くさい奴らと会っちまった気がするぞ……

 彼らは明らかにエアアジアの裏の顔と結びついていた。デム曹長は引きつった愛想笑いを浮かべていた。ただでさえマレー人の経験不足の搭乗員を抱えているのだから、これ以上の問題は御免だったのだ。


 そんなデム曹長の戸惑いに気がついた様子もなく、集団の中心にいた小柄な女がにやにやと何が楽しいのか笑みを浮かべていた。よく考えれば戦闘部隊に女がいること自体がおかしいのだが、デム曹長はそんな事に気がつく余裕も失っていた。

「おや、誰かと思ったらマレーの雇われ操縦士さんだったっけかね。それじゃ僕たちを早く乗せてくれないかな。次の戦場が待ってるんだ」

 ひどく現実を無視したような呑気な言葉だったが、デム曹長は何か更なる厄介事を押し付けられそうな気がしていた。

二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html

一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html

九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html

一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbb.html

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