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1951フィリピン上陸戦42

 沖合いの小島を回り込むと、申し訳程度の市街地に囲まれてホロ島を東西に走る滑走路にすぐに正対していた。デム曹長が操縦する二式貨物輸送機は無事滑走路に滑り込んでいたのだが、機長席に伝わる振動は大きかった。



 四発爆撃機を原型とする大型の二式輸送機を離着陸出来る程の滑走路を維持出来ている点は評価できるが、このホロ島の航空基地としての機能は限定的なものでしか無いらしい。

 そう考えながらもデム曹長は操縦桿を振動で取られないように強く握りしめていたのだが、ある地点を通過した瞬間に振動とエンジン音が顕著に変化していた。


 機体に走る振動が劇的に収まっていた。着陸から時間が経って速度が低下したのかと思って周囲の光景を確認したのだが、機長席の側面窓を流れていく木々の姿からすると速度は振動が激変するほどには落ちていなかった。

 ホロ島には米軍機の空襲が散発的に行われているというから、着陸直後に修復途上の爆撃跡に踏み込んでしまったのかと思ったのだが、それとは様子が違う気がしていた。



 デム曹長が振動が変わった理由に思い至ったのは、実際に滑走路が尽きて駐機場や管制塔らしき櫓などが見えた頃だった。

 米領深く踏み込んだ野戦飛行場というから、てっきり旧式ながら頑丈なレシプロエンジン戦闘機が展開している程度だろうと勝手に思っていたのだが、実際に駐機場に並んでいたのは、日本軍が第二次欧州大戦終結直後に採用したジェットエンジン搭載機の四六式戦闘機だった。


 制式化から5年が過ぎた四六式戦闘機はやや旧式化していたが、大口径のファン付きエンジンの為かジェット戦闘機の割に航続距離は長く、その特異な先尾翼機形状にも関わらず俊敏な機体だと聞いていた。

 先の第二次欧州大戦中の制式化は間に合わなかった形だが、実戦に投入されたドイツ軍のジェット戦闘機であるMe262の実態を間近で見てよく知っていたデム曹長は、四六式戦闘機はおそらく日本本土で技術的な慣熟を図っていたのだろうと考えていた。

 実戦投入を急がれた為もあったのだろうが、Me262など初期のジェット戦闘機は高い速度性能を持つ一方で、恐ろしい程にエンジン周りの信頼性が低かったのだ。


 巧みに偽装していた為か、上空からでは駐機場の詳細は分からなかったのだが、待機している四六式戦闘機の数は多かった。

 中にはプロペラを機首に構えるレシプロエンジン戦闘機を収容した掩体もあったが、ジェット戦闘機と並んでいるという事は純粋な戦闘機ではなく戦闘爆撃機として運用されている機体かもしれなかった。

 更に数が少ないのはジェット爆撃機だったが、掩体の配置のせいか制式化したばかりだという五一式爆撃機か旧式の四五式爆撃機なのか、機種までは分からなかった。

 新旧の区別には実際には大差はなかったのかもしれない。この方面に日本空軍のジェット爆撃機が存在しているという時点で、米軍には大きな脅威と映っているのではないか。



 ただし、掩体や駐機所には二式輸送機のような大型四発機の姿は見えなかった。少数の双発ジェット爆撃機を除けば迎撃機としてのジェット戦闘機がこのホロ島航空基地の主力であるらしい。

 無理もなかった。このスールー海の中央付近にあるホロ島の航空基地が独立派の皮をかぶった日本軍に占領されたのは最近のことだったからだ。ただし、これは不自然な形態でもあった。


 日本軍の双発爆撃機は高速で対艦攻撃能力が高いというが、機体の規模からすれば航続距離には限界があるはずだった。勿論爆撃機に戦闘機隊を随伴させれば、部隊としての航続距離はさらに低下するだろう。

 対する米軍の主力はフィリピン諸島の首都とも言えるルソン島に集中していたが、ホロ島とルソン島の間には海峡を挟んだサマール島の他に、レイテ島、パナイ島などの米軍から見れば前衛となる拠点が存在していた。

 それにホロ島から僅か数百キロの箇所には巨大なミンダナオ島が控えていたから、グアム方面からの米軍の補給路はそうした島々を盾に出来るルソン島東端のレガスピ港で荷を積み替えての鉄路か、海岸線沿いの航路を使用しているのではないか。


 日本軍機の戦闘行動半径は、ルソン島近くの海域まで含まれてはいるから、潜在的にはホロ島から米軍の補給路に圧迫をかけることは可能であるものの、実際には連続した作戦行動は難しかった。

 大量の燃料を消費するジェット機では、行動半径の先端でいつ航行するか分からない敵船を長時間待ち続けることは出来なかったからだ。しかもルソン島までの航路上に存在する島を避けて飛行すれば、航続距離の限界に達するのではないか。


 フィリピン諸島の人口密度はさほど高くないというから、もし航路上に敵船がいなくとも爆撃するような代替地はないだろう。

 つまり、予め索敵を行わなければ貴重な対艦兵器を何も無い海上に捨てるだけになってしまう事になるのだろうが、補給線の先端であるホロ島でそのような贅沢な戦い方ができるとは思えなかった。


 破天荒な手段で奪取したホロ島は、敵中深く斬り込んだ日本軍の最前線基地だった。米軍からすれば厄介で予想外の敵襲だっただろうが、日本軍にとっても補給路の維持は困難だったろう。

 それに、米軍機による逆襲も無視できなかった。実際にミンダナオ島あたりからと思われる散発的な米軍機の反撃も既に受けていると聞いていた。主力機が掩体で防護されているのも米軍機の爆撃対策だったのだ。

 長期的なホロ島航空基地の維持を決意するのであれば、定期的な補給船の往来に加えて大型機の展開も必要不可欠だった。レーダーを積んだ哨戒機や、デム曹長が操縦する二式輸送機のような輸送手段に加えて、後方から送り込まれる補給船の上空援護を行う機体も用意する必要があるのではないか。



 そして滑走路の規格が異なるのはその辺りが理由なのだろう。当初はホロ島に初期に上陸した戦力、物資だけでやり繰りしていたのだが、後方からジェット機が送り込まれる段になって滑走路の再整備が必要となったと思われる。

 米領フィリピンの統治体制がどんなものだったのかは隣国と言っても良いマラヤ連邦を拠点としていたデム曹長も詳しくは知らないが、こんな辺境の離島に高規格の滑走路を整備する程余裕があるとは思えなかった。普段は軽快な単発レシプロエンジンの連絡機程度しか飛来しなかったのではないか。

 勿論支援設備もごく貧弱なものでしかなかったはずだ。下手をすれば、周辺の木々を伐採しただけの荒れ地同然の場所に風向きを知る為の吹き流しがある程度だったのかもしれない。


 だが、大戦中に比べれば信頼性が格段に向上したとはいえ、繊細なジェット機を運用するのはそんな急造の飛行場では不可能だった。おそらく占領時期からすると、上陸当初からジェット機の展開に備えて土木機械が投入されていたのだろう。

 最低でも地面をならすドーザープレートと転圧機による整地くらいは行われたはずだ。舗装に関しては、資材がなければどうにもならないのだから分からない。工事中でも限定的な運用を強いられていたのだろうことを考慮すれば乾燥期間が必要な舗装は断念されたと考えるべきだろう。


 そのジェット機展開に備えた滑走路の高規格化工事が一段落してから、ようやく大型機用に滑走路の延長工事が行われたのではないか。

 振動が顕著に異なるのも当然だった。おそらくは、滑走路の延長工事は、立木の伐採や岩石の撤去といった基礎的な工事が開始されて間もないのだろう。つまり、ようやく滑走路の形になったばかりと考えるべきだった。

 要するに、根本の部分だけが共通化された全く別の滑走路がホロ島には存在していると考えるべきかもしれなかった。ジェット機を運用するための高規格の滑走路と、工事中の大型機を受け入れるための延長部分だった。



 これは危険な上に変則的なやり方だった。本来二式貨物輸送機の開発時に想定されていた任務は、整備された後方航空基地間の輸送を行うといったものだった筈だが、この滑走路は同機種にとっては最低限の機能しか持ち合わせてはいないのではないか。

 先の第二次欧州大戦中にデム曹長が二式貨物輸送機の姿を見たことが少なかったのは、同機種が大型の高価な機体であったということよりも、後方で使用する機体であるために、前線の戦闘機乗りだったデム曹長には縁がなかったからでもあったはずだ。

 二式貨物輸送機ではなく、今ホロ島航空基地に駐機しているジェット爆撃機と同様の高速双発爆撃機である九七式爆撃機を原型とする百式輸送機は、デム曹長にも見慣れた機体だったのだ。


 ―――あるいは、日本軍、もとい国際連盟軍といえども最前線ではこんなものということなのだろうか……

 デム曹長は、いつの間にか現れた車両の誘導に従って二式貨物輸送機を地上走行させながら奇妙な感覚を覚えていた。



 開戦当初、米国はハワイ王国と日本帝国の2カ国に宣戦を布告していたのだが、国際世論への宣伝の不味さなどから欧州諸国やそれに影響されたアジア新興国などが続々と逆に米国に宣戦布告していた。

 太平洋のみならず大西洋のカリブ海や、挙げ句の果てにはドイツ国内では北ドイツに駐留するソ連軍との交戦まで発生するという混沌とした事態が次々と発生していた。


 早くも世界大戦などという不吉な言葉が報道関係者の間で囁かれ始めていたが、皮肉な事に動きがないのは、先の第二次欧州大戦同様に、双方が長年の対峙の間に堅甲な要塞地帯を構築した為に、お互いに機動の余地を無くしてしまったシベリアーロシア帝国とソ連との国境地帯位のものだった。

 この状況を受けて、各戦線を整理し参戦国の戦力を有効活用するのを目的として国際連盟軍が再編成されていた。第二次欧州大戦と比べても参戦国が格段に大きかったからだ。



 ただし、参戦国の中には海外派遣可能な戦力を保有しない国も少なくなかった。アジア圏の新独立国は、国軍と言っても旧宗主国から供与された小火器で武装する国境警備隊程度の戦力しかない国が多かったのだ。

 本来はマラヤ連邦もそうした国の一つの筈だった。一応戦艦マラヤが海軍に所属していることになっていたのだが、このクイーン・エリザベス級戦艦の所属は複雑な経緯を辿っていた。

 元々は、第一次欧州大戦時に当時の英領マラヤからの献金で建造された為にこう命名されていたのだが、クイーン・エリザベス級戦艦は第二次欧州大戦当時は旧式化が顕著だった。

 大戦終結後に新鋭艦を維持するために英国本国から暇を出されたマラヤは、新独立国となったマラヤ連邦に送られたのだが、見方を変えれば旧式艦を押し付けられたようなものだった。

 それにマラヤ連邦が訓練された現地人の乗員を一中一夜で用意できるはずも無いのだから、戦艦マラヤ乗員の多くは英国海軍所属のまま教官扱いになっているものや出向者ばかりで、実質的には未だに英領で英海軍の根拠地となっているシンガポールに停泊する練習艦のようなものだった。


 その戦艦マラヤも英連邦の一員という建前でサラワク王国の旧ウォースパイトであるクチン等と共に英海軍太平洋艦隊に編入されていたのだが、デム曹長達も似たような経緯で国際連盟軍に参加することになっていた。

 マラヤ連邦に本拠地を置く英国資本の航空会社であるエアアジアは、装備ごと人員を同国軍に徴用されていたからだった。

二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html

四六式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/46f.html

四五式爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45lb.html

五一式爆撃機/イングリッシュ・エレクトリック キャンベラJ型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/51lb.html

九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html

一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html

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