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1951フィリピン上陸戦41

 今度こそ第24歩兵連隊はサンメリーダ村への道を辿っていた。


 第24歩兵連隊の兵達が肩を落としてただ歩き続ける街道には、時たま米陸軍の戦車やトラックも彼らを追い抜いて走っていた。後方から重車両が接近する振動が響く度に、兵たちは期待に満ちた目で振り返るのだが、便乗を試みる彼らの希望はその度に虚しく打ち砕かれていた。

 車両の多くは満載状態だった。トラックだけでは無い。無骨な戦車の上にも鈴なりになった兵達が埋め尽くしていたのだが、中には破孔を生じさせている戦車まであった。

 どうやって動いているのか分からないが、2輪1組になった懸架装置が脱落した戦車などは流石に疲れ切った兵達の中にも乗車させてくれと言い出すものは少なかった。


 車両の上に跨っているのは白人兵ばかりだった。ロザリオ防衛戦で負傷した中には第24歩兵連隊の黒人兵達も多かった筈だが、海岸線での水際防御から連戦してきた彼らは、殆ど自力での移動が求められていた。

 元々車両を使っているのは機動反撃部隊として日本軍上陸前から編成されていた部隊だったから、合流した第24歩兵連隊の将兵の移送は等閑に付されていたのだが、理由はそれだけではなかった。積極的か消極的かは相手によるが、黒人兵を好き好んで自分達の車両に乗せたがる白人は少なかったのだ。


 ―――あのボイド少尉が生き残ってくれていれば話は別だったのだろうか……

 ロザリオまで後退した時の様に再びジャクソン二等兵に肩を貸しながら歩き続けるドラゴ二等兵は、他の兵達と違って車両に乗せてもらおうとは思わなかった。もうドラゴ二等兵の顔からは全ての感情が抜け落ちてしまっていたのだった。



 ロザリオでの戦闘が始まった当初は、意外なことに機動反撃部隊に編入された練度の高い部隊よりも、海岸での戦闘を経験したばかりの第24歩兵連隊の兵達の方が冷静なほどだった。短時間でも密度の高い実戦経験が将兵個人の勘を磨いていたのだろう。

 日本軍の攻撃に先んじて行われた攻勢準備射撃は、着弾時の衝撃の大きさや間隔からしておそらく海岸近くから撃ち込んでくる艦砲射撃だった。その威力は大きく、一撃で立派な家屋も掘っ立て小屋も区別なく倒壊していたのだが、逆に言えば損害はその程度のものだった。

 上陸作戦時に行われていたロケット弾による一斉射撃のような迫力は欠けていたし、広範囲の部隊を制圧する力も無かった。各隊は急拵えといえども陣地内に収容されていたからだ。

 むしろ、海岸線での戦闘を経験したものからすれば、短時間で打ち切られた攻勢準備射撃は呆気なさすら感じられるものだった。それどころか夜を徹しての作業に疲れ切っていた兵達の多くは着弾の直前まで眠りこけていたのだ。


 払暁前後の敵襲は事前に予想されていた。ドラゴ二等兵達が移動してきた海岸方向から、夜を徹して土木工事を行う槌音が聞こえていたのだ。

 単に兵士達の安眠を妨害するために出された騒音とは思えなかった。夜間作業の為に用意されていたのだろう照明まで確認されていたからだ。これが小手先の妨害工作だとすればあまりに演出が凝りすぎているだろう。

 もはや間違いはなかった。日本軍は機動反撃部隊の移動を妨げた道路の崩壊箇所を補修して内陸部に攻勢をかけようとしているのだ。



 上陸した晩くらいゆっくりすればいいのに、日本人達は呆れる程に旺盛な攻撃意欲を持っているようだった。ドラゴ二等兵などは、やはり日本人は新聞屋が喚き立てているような蛮族なのだろうかと辟易しながらも、自分達の壕を市街地の僅かな土地を見つけて掘り出していた。

 装備を車両で持ち出していた機動反撃部隊と違って、命からがら逃げ出して来ていた第24歩兵連隊の兵達には築城機材が不足していた。背嚢ごとスコップを投棄した兵が多かったのだ。

 しかも、なけなしの機材やロザリオから逃げ去った住民が残した僅かな道具をかき集めて作業を始めた途端に、彼らは再配置を命じられていた。


 移動を命じられたのは第24歩兵連隊の兵達だけではなかった。バギオから撤退したボイド少尉達航空隊の要員も同時に、部隊主力を援護する側面防御に回されていた。

 彼らが配置されたのはバギオに通じる北方の街道だった。実はそちらの方向でも何度か夜空を無粋に貫く光束が確認されていたらしいのだ。


 ただし、あからさまに土木工事の槌音を立てている海岸方向とは異なり、正体は不明だった。バギオに通じる街道から直接日本軍が上陸した海岸に通じる道は地図には無かったからだ。

 目撃した兵によれば明らかに光束は人工物によるものだったようだが、ボイド少尉達を追いかけてバギオから撤退している友軍から発せられたものという可能性も無視できなかった。そこで友軍相打つ事態を避ける為にも、ボイド少尉達一度そちらの街道を通過して来た兵が再配置されたようだった。


 ボイド少尉によれば、彼らが通過してきた街道から海岸方面に分岐する道も実際にはいくつかあったらしい。大縮尺の地図には記載されない程の小道か、途中の集落で道が途絶えるのかもしれなかった。

 海岸方面からの部隊とは別に日本軍の迂回部隊があったとしても、その規模は小さいだろう。そんな裏道を辿って大部隊が長距離夜間行軍を行えるはずもないからだ。

 仮に遅れてボイド少尉達を追いかけてきた友軍ではなかったとしても、遠距離行軍で疲労困憊した少数の部隊であれば第24歩兵連隊の敗残兵でも持ちこたえられるだろうと機動反撃部隊の指揮官は判断したのだろう。



 短時間の艦砲射撃が終了した直後、予想通り海岸に通じる街道を伝って日本軍の攻勢が開始されていたのだが、やはり支援砲撃は中途半端だった。

 ロザリオ市街地は半壊していたものの、混乱しながらも砲撃を生き延びた機動反撃部隊の歩兵達は家屋の残骸を盾にするように布陣していたし、それは戦車隊も同様だった。

 日本軍の攻勢も戦車を先頭に押し立てていたのだが、戦闘は待ち構えていた米軍側が有利だった。日本軍はロザリオ市街地に突入するまでは修復した街道を縦隊で接近するしかなかったが、米軍の戦車隊は既にロザリオ市街地に広く布陣していたし、射界の妨げとなる地物の整理もある程度終えていたからだ。


 実際に初期の戦闘ではロザリオに接近してくる日本軍戦車の何両かは撃破していたのだが、今になってみると部隊主力側面に布陣していたドラゴ二等兵からは距離があって正体は判然としなかったが、あれは日本軍の先鋒を務める軽戦車でしかなかったのかもしれないと考え始めていた。

 距離のせいで寸法は分からないが、海岸線で見た戦車と比べると鋭角で機敏な印象を与える戦車だったからだ。それに機動反撃部隊の指揮官の判断は誤っていた。



 戦線の破局は唐突に訪れていた。ドラゴ二等兵達が配置されていた陣地側面、北方から新手の日本軍が急襲して来たのだ。バギオから撤退してきた友軍でもなければ、少人数の歩兵部隊でもなかった。M6重戦車にも匹敵するような大型の戦車が突進してきたのだ。

 最初に攻勢を仕掛けてきたものと同じく、やはり海岸線で見た戦車ではなかった。恐ろしく長く、そして太い砲身を突き出した戦車は、急接近しながら発砲を開始していた。

 坂道を駆け上がってくる日本軍の主力と違って、バギオからの街道を南下してくる戦車隊は、傾斜がないために速度を出していた。そして射程に入ったのか、急停止した次の瞬間に狙いすました射撃を行っていた。


 南下して来た日本軍の戦車は、野砲を積むのが一杯の軽戦車などではなかった。接近してくる速度は早いが、大口径の火砲を備えた重戦車であるのは間違いないだろう。

 初弾の標的はロザリオ側面に布陣していたドラゴ二等兵達ではなかった。狙いすました射撃は、海岸線から接近する日本軍に痛撃を加えていたM6重戦車とM3中戦車だった。

 南下してくる日本軍戦車隊の射撃は恐ろしく正確だった。事前に入念に偵察していたのか、急停止直後にも関わらず日本軍戦車の射撃は次々と米軍戦車の無防備な側面に命中していた。

 あれ程米兵達を安堵させ、その士気を鼓舞していた小山のような重戦車は、一度被弾して貫通されると自らの腹の中に抱えた砲弾を次々と誘爆させる危険物に早変わりしていた。



 日本軍が戦車隊を集中的に狙っている為にドラゴ二等兵達はその間無視された状態だったが、急接近しては停車する度に死を振りまく日本軍の重戦車相手に恐慌状態に陥っていた。そのまま標的にされなかった所でいずれは蹂躙されるだろうからだ。

 第一彼らが米軍戦車隊に向けて放つ砲弾は必ずドラゴ二等兵達を超越していたのだから、照準が僅かにずれただけで急ごしらえの陣地など吹き飛ばされていただろう。


 米軍戦車隊も最初は混乱していたものの、一方的に撃破されていたわけではなかった。隊長車からの通信でもあったのか、ドラゴ二等兵達の近くに布陣していた戦車が一斉に陣地を抜け出して動き出していたのだ。

 その場で日本軍を迎撃するには砲塔だけを北方に旋回させれば良さそうなものだったが、海岸線方向には射界を確保していたものの、北方から接近する敵を捉えるには陣地変換するしか無かったのだろう。



 予想外のことが起こったのはこの時だった。既にドラゴ二等兵達の前線は崩壊していた。戦車を盾にするようにロザリオ市街地に入り込もうとしていた歩兵達と、陣地転換しようとする戦車の動線が交差していた。

 日本軍の戦車が接近と停止を滑らかに繰り返していたのに対して、米軍戦車隊の動きはどことなくぎこちなかった。ドラゴ二等兵は知らなかったが、トラックから機構を流用した操向装置の関係から、米軍の戦車はその場で左右の履帯を逆回転させる超信地旋回などが出来なかったのだ。

 片側の履帯のみを停止させる事が出来ないものだから、左右に車体の向きを変えるには前後進させるしか無く、既存米軍戦車は日本軍戦車に対して小回りが利かなかったのだ。

 しかも、分厚い装甲の隙間から覗くしか無い戦車の外部視認性は劣悪だった。予想外の方向から接近する日本軍戦車に対応することを急ぐあまり、戦車兵達は周囲の歩兵達の動きを確認していなかったのだろう。


 そしてドラゴ二等兵の近くを移動していたはずのボイド少尉達の姿が一瞬で消え去っていた。呆気にとられたドラゴ二等兵の眼の前を斜行しながらM6重戦車が過ぎ去っていった。

 一団となって行動していた航空隊の整備隊員達は友軍戦車によって轢断されていた。M6重戦車の60トンもの重量が彼らの命を僅かな間で奪っていった。おそらくは誰も意識することもないまま死んでいったのだろう。



 その後の戦闘がどうなったかは記憶が曖昧だった。市街地に引き返したドラゴ二等兵達は、ボイド少尉を殺した友軍戦車の抵抗に期待して戦車の後ろを追いかけてくる敵兵の狙撃を開始していた。

 日本軍は軽機関銃ばかりではなく、小銃の火力も高かった。引き金を引くたびに槓桿の操作無しで再装填される自動小銃らしい。だが、歩兵の決戦距離においては大差が生じることはない、はずだった。

 それを信じてドラゴ二等兵は小銃を連射していたが、どれくらい時間が経ったのか、周囲の音が変わっていることに気がついていた。砲撃は間遠になっていた。

 既にロザリオ攻防戦の焦点は移動していた。どうやら第24歩兵連隊の敗残兵たちには十分な連絡がなかったらしい。



 そして再び第24歩兵連隊は後退を開始していたのだが、ドラゴ二等兵はふと匂いを感じて歩く足を止めていた。それは海岸やロザリオで何度も嗅いだ匂いだった。

 ―――雨が来るのか……

 すぐにスコールが街道に立ち尽くすドラゴ二等兵を襲っていたが、傍らのジャクソン二等兵は身動き一つしなくなっていた。つかの間の死臭は雨に流されていった。

 頬を流れるものが雨粒なのか、あるいは幾度目かの戦死者を看取ったことの悲しみの涙なのか、ドラゴ二等兵にはそれすら分からなくなっていた。

M6重戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m6htk.html

M3中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/m3mtk.html

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