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1951フィリピン上陸戦38

 遂に道路が耐えきれずに崩壊したらしい。池部少佐は後続車両からの報告に、日付が変わったばかりなのにもう今日何度目か分からないほどにため息を付いて天を仰いでいた。


 戦車隊の動きが遅いのに苛立っているのか、道案内を務めている小田桐中尉の部下も一旦引き返していた。池部少佐は大隊長車から飛び下りると、単車に乗った機動旅団の下士官に手を上げて言った。

「いい馬だな。すまんが後ろに乗せてくれ。後続の機動歩兵が道を壊して立ち往生してしまったようだ。今すぐに事故現場を見に行きたい」


 機動旅団隊員は、一瞬戸惑っていたが、すぐに月明かりでも明瞭に分かる笑みを見せていた。

「夜間行軍中に大隊長殿が乗車を離れて良いんですか」

「君達同様に俺の手下も優秀なんでな。まさか、海岸から離れたこの辺に敗残兵が潜んではいないだろう」


 池部少佐は返事もそこそこに機動旅団隊員の後ろに跨っていた。当然だが単車は日本陸軍でも採用されている陸王ではなかった。

 機動旅団がどうやってルソン島に辿り着いたかは分からないが、おそらくは高高度を飛来する爆撃機に紛れて空挺降下したか、潜水艦から密かに上陸したのだろう。

 いずれの上陸手段にせよ余計な装備品は殆ど持ち込めなかった筈だった。そもそも機動旅団の隊員達は徒手空拳で敵地に潜入しても生き延びられる様に訓練を受けているらしい。



 陸王内燃機製の単車は、元を辿れば英国軍でも採用されているトライアンフ社に技術的な範をとっていた。今でもトライアンフ社と技術協定を結んでいる為か、民間でも広く使われている陸王製の単車はどことなく英国風のところがあった。

 それと比べると機動旅団の隊員がバギオ基地で鹵獲したという米軍の単車は荒々しさが感じられた。間近で聞くとエンジン音の迫力は四五式戦車のそれにも劣らないような気がする。

 無骨な形状の単車は、どう見ても英国や日本の片田舎に広がる素朴な自然に溶け込みそうな気配はなかった。その一方で砂漠や荒れ地も多いという広大な北米大陸で使用するには似つかわしい気がしていた。


 この単車は見た目通りに荒れ地には向いていると言えるが、乗り心地はやはりあまり良くなかった。どんな訓練を受けているのか、機動旅団の隊員は楽々と暴れ馬のような単車を操っていたが、池部少佐は必死になってしがみついていた。

 幸いな事に戦車一個中隊分の隊列を横目にしながらの移動距離はさほどでも無かった。行軍中は大隊本部と第一中隊を先行させて、機動歩兵中隊を第二、第三中隊の間に入れていたからだ。

 だが、単車を止めた機動旅団隊員と池部少佐は同時に大きなため息をついていた。



 坂道の傾斜が変化した箇所で、路肩が崩壊していた。機動歩兵中隊の先頭を走っていた一式半装軌装甲兵車が貧弱な規格の道路を自らの車体で破壊していたのだ。

 おそらくはエンジンの出力不足か、細長い履帯の摩擦力が低すぎて、大きくなっていた傾斜を一時的に越えられなくなっていたのだろう。しかも操縦手は単純に加速して速度で傾斜を乗り切ろうとしていた気配があった。


 傾斜が僅かな距離であればそれでも良かったかもしれないが、実際には下から仰ぎ見た時の見た目よりも傾斜路は長く、途中で減速が始まっていた。そこで落ち着いてギアを低速に入れればまだ話は変わっていたかもしれないが、操縦手はアクセルを踏み込んで履帯を空転させてしまっていた。

 そして推進力を失った装甲兵車は、10トン近くの自重に引き摺られて傾斜路を削り取りながら落ちていったのだ。

 池部少佐は崩れかけている傾斜路の状態を見て一瞬でそう推測していた。月明かりだけでは判別し難い部分もあったが、大筋では状況は間違ってはいないだろう。



 元々、半装軌車は路外走行能力を高める為に後輪を二重に装備した六輪式の自動貨車を原型として開発が進められていた。

 機動戦指向の九五式軽戦車に追随可能な自動貨車として開発された六輪自動貨車は、高価ながらも機械化部隊の段列などに重宝されたが、路外走行能力では装軌車両に対して不利だった。

 それに戦車隊に随伴する機動歩兵用の車両ならある程度の装甲も必要だった。自らの火力や装甲で積極的に敵を撃破する事までは求められないものの、榴弾砲破片程度で撃破されるようでは、戦車戦に巻き込まれれば一瞬で戦力を失ってしまうからだ。


 その一方で戦車と同様の完全装軌の車両は、装輪式に比べて高価だった。単純な取得価格もそうだが、大重量を支える履帯や懸架装置などの足回りが他に転用できないから民生技術への派生も難しかった。

 特に一式半装軌装甲兵車の開発が進められていた当時は、一式中戦車で採用されたクリスティ式や三式中戦車以降のトーションバー式といった新技術が懸架装置に積極的に取り入れられ始めた時期だった。

 大威力化した搭載砲の運用には車体の安定化が求められるし、不整地の高速走行には柔軟に地形に追随する必要があった。そんないくつもの矛盾の釣り合いを取らなければならない戦車用の懸架装置は、安定した動作を求められる土木工作機械用とはかけ離れていったのだ。


 一式半装軌装甲兵車は、そうした矛盾に安価な方法で折り合いをつけた車両だとも言えた。技術的には、六輪自動貨車の二重後輪の間を履帯でつないだものであったからだ。

 或いは、転向装置に従来の自動車用のものを転用する事で費用を抑えたものとも言える。後輪の懸架装置も従来採用されていた外装式のシーソー式だったから、後の車体底部に装備されたトーションバーなどと比べれば整備も容易だった。


 同時期の日本陸軍では半装軌方式の性能への疑問から、完全装軌式の一式装軌装甲兵車も採用されていたのだが、第七師団の機動歩兵連隊などの戦車師団や機動歩兵師団の捜索連隊内の装甲車中隊などへの限定的な配備に留まっていた。

 それに対して一式半装軌装甲兵車の最終的な生産数は当初の想定よりも遥かに多かった。日本陸軍だけではなく、国際連盟軍に参加した他国軍に売却、供与された車両も少なくなかったからだ。

 それに装軌式の一式装甲兵車の派生型が銃塔を備えた偵察車両型などに限られるのに対して、一式半装軌装甲兵車は各種火砲を備えたものや通信指揮車両など多岐に渡って派生型が存在していた。



 だが、生産費用の低さが一式半装軌装甲兵車の大量生産と派生型の開発を促していたのは事実だったが、それは全軍の機械化には貢献していたものの、戦車隊に追随する機動歩兵には力不足だったと池部少佐は感じていた。

 単なる速度性能だけではなかった。池部少佐は、北アフリカ戦線で恐ろしいほどの傾斜をものともせずに敵陣に向かって上り詰めていくチャーチル歩兵戦車と、二本の足で坂道を駆け上がっていく歩兵に置き去りにされる一式半装軌装甲兵車の姿を目撃していた。


 それまで国際連盟軍内部でさえ鈍足と軽視されていたチャーチル歩兵戦車の思いがけない機動力を発見した瞬間だった。ある戦車の機動力とは、単に最高速度から導き出されるようなものでは無かったのだ。性能諸元には表れにくい路外走行性能の高さもある意味で機動力なのだ。

 既に日本陸軍は、次期主力装甲兵車を四八式装甲運搬車を原型としたものと定めていたのだが、生産済みの一式半装軌装甲兵車の数は多く、これからしばらくも同車が使われ続けるのは間違いなかった。四八式装甲兵車もまた高価な完全装軌式の車両であったからだ。


 ―――しかし、四五式戦車に追随するには一式半装軌装甲兵車の走行性能ではもう難しいだろう。

 池部少佐は坂の下に転げ落ちた一式半装軌装甲兵車を見つめながらそう考えていた。



 少佐の姿に気がついたのか、歩兵中隊の中隊長が慌てた様子で自分の足で坂を駆け上がってきていた。まだ若い大尉だった。前の大戦ではせいぜい終戦間際に小隊長だった位だろう。

「申し訳ありません。幸い運転手も無事でしたので、すぐにもう一度上がらせます」

 中隊長に頷きながらも、池部少佐は視線を単車から降りた機動旅団隊員に向けていた。

「君ならこの状態でも上がれるか」


 僅かな起伏によって生じている陰影が波を打っているように見える坂道を見下ろしながら、首を傾げて隊員は言った。

「単車なら急傾斜の箇所を蛇行したりすれば何とか、と言ったところですかね。四五式戦車の馬力なら上がれるんじゃないですか。戦車が上がったあとは馬車も使えなくなって現地の人間からは恨まれると思いますがね。

 俺が操縦手なら半装軌では諦めますね。日が上がって地面が乾きだしたら行けるかもしれませんが……」

 下士官兵でしかない機動旅団の隊員に対して中隊長は鋭い視線を向けたが、池部少佐は鷹揚に頷いていた。

「俺も同じ意見だ。ここまで耕しては一個中隊分の装甲兵車を通過させるのは不可能だ」


「あの……戦車で牽引する事はできないでしょうか……兵や装具をおろして身軽になればあるいは……」

 中隊長の懇願するような声を無視して池部少佐は隊員に尋ねていた。

「攻撃発起点まで後どのくらいだ」

「この坂を越えてしばらくしたらバギオからロザリオに向かう街道の合流点です。あとは南下するだけですな。ここが最後の障害だったのですが」

 足で大雑把な地図を地面に描いている隊員の様子を見ながら池部少佐は決断した。

「四五式戦車で牽引する様な時間はないな。後続の工兵隊が到着して道路を直すまで一式半装軌装甲兵車で坂を越えるのは諦めよう」

 そもそも完全装軌の装甲兵車ならこの程度の登攀は容易だっただろう、その一言を隠して池部少佐は言うと、間近で停車していた第一中隊の最後尾車両に合図をしながら中隊長に向き直っていた。


「装甲兵車はここにおいておく、君は急いで中隊の兵を掌握して徒歩でこの坂を上がらせろ。銃、弾薬以外の、装具や糧食の類は車内に置いておけ。それが終わったら君は俺の戦車に乗れ。

 ああ、後続の中隊長に通信を送れ。第二中隊は歩兵が坂を上がり次第装甲兵車を避けて何とか坂を上がって第一中隊に追随しろ。ただし、これ以上道路を壊すのは避けて慎重に行え。払暁までの攻撃発起点進出に間に合わなくとも構わん。後は中隊長判断で戦闘に加入せよ。

 第三中隊は装甲兵車隊と共に坂下で待機して工兵隊到着を待つこと」

 池部少佐は、後半を合図に気がついて走ってきた第一中隊の車長に言っていた。車長は納得した様子で素早く復唱すると自分の戦車から隊内無線を送るべく戻っていたが歩兵中隊長は目を白黒させていた。



「あの、ここから徒歩行軍に切り替えるという事でしょうか……」

 にやにやと笑う機動旅団隊員を横目に、池部少佐は苛立たしげに首を振った。

「君達は戦車の上に乗るんだ。第一中隊に大隊本部を加えた四五式戦車が登坂を終えているから、歩兵分隊が一両づつの戦車に跨がればいいんだ。中隊本部から自分の分隊番号順に各車に乗せろ。急げ」


 今度こそ慌てた様子で中隊長は駆け出しそうになったが、池部少佐は手で止めていた。

「ちょっと待て、君の中隊は擲弾筒を残しているな」

 池部少佐の言う事が理解しきれないまま中隊長は頷いていた。日本陸軍では歩兵分隊の火力の根幹を軽機関銃か擲弾筒に置いていたのだが、機動歩兵化した歩兵部隊では車上からの射撃が難しい擲弾筒分隊を廃して、小隊内全てを軽機関銃分隊とする例も少なくなかったのだ。

 だが、第二師団の機動歩兵化はやはり中途半端なものだったから、擲弾筒分隊の廃止までは至っていなかったのだろう。池部少佐は満足そうに頷きながらも言った。

「擲弾筒は予備弾薬も含めて全部上げろ。単車に乗った機動旅団に擲弾筒は弾薬毎預けるんだ」


 要領を得ないまま部下の元に駆け下りた中隊長を見送りながらも、機動旅団の隊員は嫌そうな顔になっていた。

「単車から擲弾筒を撃つんですか。俺のような元騎兵には荷が重いですな。文字通りの意味も込みですが……単車に弾まで載せるんですか」

「俺を後ろに乗せられたんだから、擲弾筒と弾薬位は軽いだろう。それに命中しなくてもいいんだ。出来るだけ広い範囲から弾をばら撒いてこちらの支援火力を欺瞞するんだ。おそらく艦砲射撃は早々に終わってしまうだろうからな……」


 隊員は辟易とした顔になりながらも言った。

「少佐殿が満州の連中と知り合いと言うのは本当のようですな。その手のはったりはまるで馬賊のようですよ」

 池部少佐は一瞬呆気に取られてから、どう解釈すればいいか分からずにただ苦笑していた。

一式半装軌装甲兵車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01ht.html

四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45tk.html

九五式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/95tkl.html

一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html

三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html

一式装甲兵車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01ifv.html

四八式装甲兵車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/48apc.html

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