表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
692/814

1951フィリピン上陸戦32

 最初に始まったのは、ルソン島北部に点在する米陸軍航空隊の航空基地に対する集中した空襲だった。それまでにも日本軍の航空撃滅戦が行われていたのだが、今回は戦闘機、しかも航続距離の短いジェット戦闘機までもが爆撃機に随伴していたのだ。

 航空撃滅戦によって戦力を消耗させていたバギオ以北の米陸軍航空基地は、これでとどめを刺されたのか次々と無力化されていった。



 日本軍機の航続距離から判断すると、ルソン島北部に飛来した戦闘機は台湾島からではなくアパリから発進したものと考えるのが自然だった。つまり早くもアパリは日本軍によって基地化が進められたということだろう。

 ただし、まだアパリの基地機能は限定的なものに過ぎない筈だった。本格的な基地化が行われているのであれば、戦闘機ばかりか爆撃機も進出している筈だが、日本軍の高速爆撃機は爆弾を放り投げると、戦果確認もそこそこにいつもの様に早々と引き上げていたからだ。


 それに、皮肉なことに日本軍の戦闘機が飛来したところで実害は殆ど無かった。アパリが占領された今、日本軍に接近しすぎているツゲガラオやラオアグなどは既に航空隊を後方に退避させていたからだ。

 ホロ島占領によって生じた一時の混乱から脱した米陸軍航空隊は、組織的な前線への戦闘機の集中と、輸送機などの脆弱な機体の退避を計画的に進めていたのだ。

 バギオなどでは待機していた戦闘機同士の戦闘があったらしいが、損害は不明だった。それに日本軍の戦闘機は搭載量に余裕が無いのか、米軍機のように爆装して戦闘爆撃機として運用されるのも稀らしい。

 だから戦闘機隊によって地上部隊が被害を受ける可能性も低かったのだ。


 ただし、これでルソン島北部の基地機能が喪失していたのも事実だった。日本軍機による航空撃滅戦は巧みなものだった。地上で待機する列線を一挙に焼き払うために特殊な焼夷爆弾が投下されるらしいし、航空基地自体の使用に制限をかけようというのか、滑走路攻撃にも特色があるようだった。

 爆弾自体は、おそらくはある種の徹甲爆弾だった。焼夷爆弾の場合は、内部に子弾を搭載してそれを一挙に広い範囲にばら撒くらしいが、徹甲爆弾はその重量そのものが武器なのだから、構造そのものはむしろ単純だった。


 厄介なのは信管の構成だった。投下された徹甲爆弾は、その重量でもって地面に深く突き刺さって落下跡を残すのだが、その後の起爆には時間差があった。取り付けられているのは着発時に作動する時限式の信管であるらしいのだ。

 地面に突き刺さった後に即起爆して滑走路に大穴を空ける爆弾は、むしろ対処は容易だった。単に穴を土砂で埋め戻して整地すれば応急的な復旧作業は完了するからだ。

 むしろただ穴だけを残して起爆していなかった爆弾の方がある意味では厄介だった。それが不発弾なのか、それとも大遅延式の時限信管がただ機能する時を待ち受けているだけなのか、それを安全に判定する手段が存在しなかったからだ。

 実際に不発弾と判断した基地隊が接近した際に運悪く信管が作動して損害が出たという噂も一部では流れていたのだが、一見すると白人に見えるドラゴ二等兵の前で、正々堂々と戦えない有色人種らしい意地の悪さだと言い捨てる将兵からその噂を聞いた時には辟易していた。



 海岸線に陣地を構築していた第24歩兵連隊にも、この影響が出ていた。リンガエン湾からほど近いバギオなどへの空襲は、一時的にその機能を奪うことで上陸作戦を敢行する準備だと思われていたからだ。

 そして、緊張して湾口を見つめる将兵達の前に、ゆっくりと日本軍がその姿を見せていた。


 最初に空爆が開始されていた。航空撃滅戦ではなく、等々日本軍の爆弾が直接米陸軍将兵の頭上に落とされたのだ。ただし、本命は爆撃よりも艦砲射撃の方だった。海上の彼方からどろどろという砲声が聞こえると共に、海岸線近くに落下した巨弾が陣地を吹き飛ばしていたのだ。

 だが、その時点でも多くの海岸陣地は、接近する上陸船団に照準を向け続けていた。日本軍の爆撃や艦砲射撃はまばらで、リンガエン湾奥の広い範囲に展開していた米軍陣地帯の全域を制圧するには火力が足りなかったのだ。



 ドラゴ二等兵達が収容されていた塹壕の前に接近してくるのは、ただの貨物船に見えた。だが、日本軍は小さな貨物船に偽装した戦車揚陸艦を建造しているという情報があった。

 そのような揚陸艦は特殊な船首構造を有しており、自ら海岸に乗り上げて船内に収容した戦車を陸揚げする構造であるらしい。おそらく日本軍はそうした揚陸艦を一斉に海岸に投入するつもりなのだろう。


 だが、第24歩兵連隊指揮下の各部隊には対戦車火力が不足していた。海岸線での戦闘は不向きと判断された事で、大口径砲を装備する対戦車部隊の配備が消極的にしか行われていなかったからだ。

 だから、戦車揚陸艦の側面を抜けてもっと小型の揚陸艇が姿を見せた事で、奇妙な事だが機関銃しか装備していないドラゴ二等兵たちは安堵のため息をついていた。とりあえず自分たちの射撃でも効果の有りそうな敵が接近してきていたからだ。

 直ぐに射撃用意の命令が出ていた。重機関銃に取り付いていた銃手や装填手が操作する機械音が聞こえると、次第に陣地内に緊張が走っていた。ドラゴ二等兵も小銃のボルトを引いて初弾を装填して待ち受けていた。


 だが、つかの間の安堵は早計だった。揚陸艇に置き去りにされた貨物船が一斉に火を吹いていたのだ。友軍の数少ない砲が反撃を始めたのかと誤認して歓声を上げる兵士もいたが、直ぐにそうではない事が分かっていた。

 貨物船が吹き出したのは、ただの白煙ではなかった。火事にも見える煙を突き抜けるようにして何かが上空を通過していた。そしてドラゴ二等兵達の後ろに展開していた陣地に落下した何かが、やはり一斉に爆発していたのだ。


 ―――ロケット弾、なのか……

 そんなつぶやきが聞こえたが、もしかするとドラゴ二等兵自身の言葉だったのかもしれなかった。接近していたのは貨物船に偽装していた戦車揚陸艦などではなかった。偽装していたのは確かだったが、実際には貨物船でも戦車揚陸艦でもなく、ロケット弾を満載した戦闘艦だったのだ。



 直撃弾はなかったが、ドラゴ二等兵達の陣地に走った衝撃は精神的にも物理的にも大きかった。陣地の後方を見ていた兵が、大きく地面がえぐられているといったが、それも納得できる程のものだった。

 ただし、ドラゴ二等兵達の陣地に物理的な損害は生じていなかった。同じ壕にいたマレル少尉は、兵達を安心させる為か日本軍の射撃精度は高くないようだと言った。

 むしろ射撃精度を補うための大量発射だったのかもしれないが、散布界自体が陣地群を外れているのだから、米軍が被った損害は小さかった。


 だが、少尉が言い終わる前に再度彼方の貨物船上で白煙が上がっていた。貨物船を追い抜かすように接近する揚陸艇の姿を覆い隠す様に行われたロケット弾攻撃は、一回では終わらなかったのだ。

 その後も次々とドラゴ二等兵達がこもる陣地の近くで爆発が発生していたが、恐慌状態に陥った彼らは、回数を数えるのも忘れていた。

 永遠に続くかと思われた爆発と振動は唐突に終わっていたが、それに気がついた兵達が頭を上げた頃には、周辺を耕すように行われたロケット弾攻撃に代わって、海岸線近くに接近していた小型艇から戦車砲のような高初速砲による狙いすましたような射撃が始まっていた。



 ロケット弾攻撃が終わるのも当然だった。既に日本人達が乗り込んだ揚陸艇は海岸線に乗りあげようとしていたのだが、彼らを洋上で阻止できるかもしれなかった連隊の支援火器は、いずれも日本人が実際にリンガエン湾に足を下ろすその瞬間まで大部分が沈黙していた。

 あるものはロケット弾の弾幕に制圧されて射撃機会を得ることが出来ていなかったし、更に運が悪いものは射撃壕に直撃を受けて操作員ごと吹き飛ばされてしまっていた。


 立ち直った米軍による防御射撃が始まった時には戦機を逸していた。海岸線を埋め尽くすように展開していた揚陸艇は、着岸と同時に嫌になるほど素早い動きで展開する日本兵達を吐き出していた。

 しかも、海岸線に降り立ったのは生身の兵士だけではなかった。ドラゴ二等兵が誤認していた貨物船より一回り小さく、どちらかという兵士達だけを載せた揚陸艇と見分けがつかないような大型の揚陸艇もいつの間にか海岸に乗り上げていた。

 揚陸艇から兵士達が降り立ったことで洋上の小型艇からの支援射撃は停止していたが、それに代わって大型揚陸艇からは恐ろしいほどに大きな戦車が降り立っていた。


 海岸に降ろされた船首の道板を通過した日本軍の戦車の数は大型揚陸艇毎に1両か2両程度だったのだが、砂浜を幅の広い履帯で踏みしめるようにしてゆっくりと前進する迫力は凄まじかった。

 意外なほど日本軍の戦車が速度を落としていたのは、戦車からの視界が悪いから、下手をすると米軍の陣地に向けてて殺到している味方の兵士達をひきかねないからなのだろう。

 積極的に兵士達の盾となるように前方に展開していたわけではなかったのかもしれないが、日本軍の戦車はこの戦場で大きな価値を示していた。生き残った第24歩兵連隊の貴重な重火器ばかりか、各小隊、分隊の支援火器や中機関銃などまでもが一斉に動き出した戦車に向けられていたからだ。



 戦車への射撃の集中は戦術的な動きではなかった。それは、轟音を上げて振動と共に自分達に向けて接近する数十トンもの鉄塊に対する半ば本能的な動きだった。

 だが、連隊本部の砲中隊に配備された大口径の歩兵砲や、数少ない高初速の対戦車砲ならばともかく、中機関銃や重機関銃は戦車相手には無力だった。そして、本来中機関銃などが向けられるべき無防備な日本軍の兵士達は、戦車に火力が集中した間に小銃の決戦距離まで接近していたのだ。


 機関銃から放たれる小銃弾などを物ともせずにぶ厚い装甲で跳ね返しながら接近していた日本軍の戦車は、猛獣がたかる蝿を追い払うように、ドラゴ二等兵達の近くの陣地に向けて無造作に発砲していた。

 狙い澄まされた射撃だった。その戦車が静止して射撃をしたのは一瞬だったのだが、それ以前から象の鼻のように長い砲身が突き出された砲塔は旋回を続けていた。

 狙われた塹壕の兵士達にしてみれば死神に睨まれていたような心持ちだったのだろう。それは重火器中隊か中隊本部の射撃班が配置されていた塹壕だった。盛んに曳光弾が含まれた大口径の重機関銃か何かを射撃していたものだから、戦車からも目についたのだろう。


 戦車が発砲する直前に塹壕からの射撃は停止していた。それと同時に、班長の下士官が制止するのを振り払って兵士達が塹壕から飛び出して逃げ出そうとしたのだが、結局彼らも逃げ切れなかった。

 発射されたのは一発だけだった。重機関銃の射撃班が立てこもる程度の壕にはその程度で十分だと判断したのだろうが、その判断は正しかった。一キロ先の戦車を狙い撃つ低伸弾道の戦車砲を向けるには近すぎるほどだったからだ。

 感覚的には射撃と同時に起爆した榴弾は、壕一つを重機関銃ごと吹き飛ばすのにとどまらず、逃げ出した兵士達の背中まで高速で散らばった弾片で切り裂いていた。


 ドラゴ二等兵達もその凄惨な光景を安穏と眺められていたわけではなかった。壊滅した射撃班の姿は、すぐ近くに迫っている自分達の姿そのものだったからだ。

 その後は混戦となった。自分達が戦っていたのか、逃げ出していたのかも分からなかった。確かなのは、敵戦車や艦砲の射撃が行われる度に、黒い肌の男達が手足や、命を奪われていったということだけだった。



 そして海岸線での抵抗を断念した第24歩兵連隊は、半ば潰走状態になりながらも撤退を開始していたのだが、連隊が日本軍を海岸で釘付けにしている間に来援するはずだった友軍の戦車は、どこにも見当たらなかった。

 殿として残った部隊のおかげなのか、あるいは彼らなりの思惑があったのか、日本軍の積極的な追撃がなかったことだけが救いだったが、ドラゴ二等兵達一兵士にはそれを喜ぶ余裕もなかった。

 既に日も落ちかけていたが、海岸線から鬱蒼と茂る灌木の影を隠れ蓑のようにして撤退していた彼らの前に、再び戦車が姿を表していたのだった。

戦時標準規格船一型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji.html

大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html

駆逐艇の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/abkaro.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ