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1951フィリピン上陸戦25

 特設砲艦のコンテナに敷き詰められた噴進弾は、既存の噴進弾に対して外観上の特徴があった。推進機関であるロケットを詰め込んだ細長い筒状の本体に対して、異様なほど弾頭の寸法が大きかったのだ。

 原設計では、このようにつり合いが取れない程の形状ではなかった。元々は爆撃機などの敵大型機を一撃で撃墜する為に、戦闘機に搭載する空対空噴進弾として開発が進められていたからだ。



 だが、いくつかの理由から空対空噴進弾の開発は当初の計画通りには進まなかった。

 理由の一つは、高速性能を狙ったとしても、発射度に軌道を変更できない噴進弾は、高速で機動する軽快な機体を相手にするには向いていなかったことにあった。

 第二次欧州大戦中の空対空噴進弾の開発当時に国際連盟軍機が相手にしていたドイツ空軍は大型機を生産する余裕をなくしていたから、専ら戦場で見かけるドイツ軍機は戦闘機や戦闘爆撃機などだった。つまり迎撃戦闘に投入する空対空噴進弾の出番はなかったのだ。


 尤も最大の理由は他にあった。日本軍の空対空兵器、特に大型で高価な重爆撃機向けの兵装は、単純に直進する噴進弾ではなく誘導弾に開発の中心が移行していたのだ。そして行く宛の無くなった空対空噴進弾は、対地兵器へと転用するように開発方針が変更されていったらしい。

 原設計から弾頭重量が大重量化されたのはこの時だった。運動量で敵機を破壊するのではなく、大重量の弾頭に充填された炸薬で敵戦車やトーチカなどを破壊するように設計方針が変更されていったからだ。


 ただし、開発方針が変更されたとしてもこの改修計画に投入可能な予算は少なかった。言ってみれば不要機材の転用品なのだから、安価に取得することが求められていたのだ。

 開発担当者が選択したのは、既存砲弾の転用だった。つまり原設計で組み込まれていた小さな弾頭を、野戦で使用される榴弾の弾頭にすげ替えるのだ。榴弾を発射するのに、装薬の燃焼ではなく、噴進弾を使用するとも言える。

 安価という開発方針が徹底していたのは、転用された榴弾そのものも不要機材と化していたことだった。



 この噴進弾に転用されていたのは、海軍の12.7センチ砲弾だった。この砲弾は日本海軍の主力対空火器として多くの艦艇に搭載されていた高角砲で使用されていたものだった。

 日本海軍の四十口径砲は、大型艦の高角砲としてのみならず、第二次欧州大戦中に建造された鵜来型海防艦や松型駆逐艦では主砲代わりに搭載されることもあった汎用性の高い砲だった。

 ところが、この様に重宝されていた四十口径12.7センチ高角砲は、対空戦闘に用いる純粋な高角砲としては大戦前から旧式化が進んでいた。高速化する敵機だけではなく、計算速度の高い高射装置に砲自体の進化が追いついていなかったのだ。


 開戦以前から日本海軍の有力艦艇には四十口径砲の後継となるより長砲身の10センチ高角砲が搭載されていた。

 そもそも高角砲は、予想される敵機の進路上に榴弾を起爆させることで、弾片で作成された空域を作り出すものだった。敵機と弾片間の相対速度で生じる運動量は敵機が高速であれば大きくなるから、榴弾の僅かな破片でも無視できない損害を与えることが出来るのだ。


 このような高角砲の原理において高初速砲が有利であるのは、高速の敵機に対する照準が無力化する前に素早く砲弾を送り込める事にあった。

 12.7センチ砲弾は当然10センチ砲弾よりも砲弾重量が大きいから一発辺りの危害半径は大きいものの、発射された砲弾が照準点に到着して炸裂するまでの時間が長くなってしまうことから、高速化する敵機への対応という点では長10センチ砲に劣ってしまうのだ。


 大戦期間を通じて日本海軍艦艇が装備する対空火器の主力は長10センチ砲に切り替わりつつあった。

 鵜来型海防艦は大戦中最後まで12.7センチ砲を搭載し続けていたが、松型駆逐艦の中でも船団護衛部隊ではなく主に遣欧艦隊主力に配属されていた橘型などでは長10センチ砲を搭載していたからだ。

 実質的に艦隊型駆逐艦として建造された橘型などが第二次欧州大戦後も連合艦隊に留まっていたのに対して、同じ松型駆逐艦でも12.7センチ砲を搭載した艦や、鵜来型海防艦などは予備艦編入や海外に売却される事が多かった。

 12.7センチ砲を就役時に搭載していた大型艦も近代化改修や修理工事などの際に長10センチ砲に換装する事が多くなっていたから、日本海軍で使用される12.7センチ砲は急速に減少していたのだ。


 だが、砲自体が旧式化していたとしても、既に生産済みだった砲弾の在庫は多かった。敵機を絡めとる弾片を如何に空中に構築するかが問われる対空戦闘は、短時間のうちに多くの砲弾を消耗するものだからだ。噴進弾の開発者はこの在庫の榴弾に目をつけていたのだ。

 第三山城丸に積み込まれた噴進弾の形状につり合いが取れていないのも当然だった。悪く言ってしまえば、この兵器は、そのままでは廃品となる機材同士をかけ合わせたものだったからだ。


 結局、この再利用品の噴進弾が空対地火器の主力となることもなかった。高速の航空機から撃ち出す噴進弾としては推力が中途半端であったために、空中の弾道が不安定だったからだ。

 そして、再利用品の転用先として再度考えられたのが、コンテナに詰め込んで簡易な艦載火器として使用するという案だったらしい。



 羽田中尉の説明を最後まで聞いた時は、うんざりとしながら伊東予備大尉は特設砲艦群を眺めるしか無かった。この数の特設砲艦に詰め込まれた噴進弾の数は確かに多かったが、これが流用設計品の全生産数だとすれば納得出来る数ではあった。

 ごく短時間の内に感情が幾度も揺れ動いていたせいか、驚くほど短絡的な思想が芽生えていた。おそらくは自分達に大きな戦果など期待されていないのだろう。

 当初から内航貨物船のコンテナ化工事の先にこうした特設砲艦としての運用が想定されていたかどうかは分からない。だが、このような胡乱げな兵器を正規艦艇に使わせるまでもないと考えた時にこの船に白羽の矢が立ったのは、短時間で改装、と言うよりも単なる搭載工事が可能だったからなのだろう。

 民間の海運会社からすれば、海軍から支払われる傭船料は破格の報酬だったが、正規の艦艇を取得するのに必要な金額からすれば遥かに安価だった。大して戦果の期待できない転用兵器の運用にはそうした特設砲艦で十分ということではないか。


 問題があるとすれば、ろくな照準も不可能な特設砲艦の構造そのものだったが、海軍は攻撃対象の選定と指揮艦の配属でこの問題を無理やり解決しようとしていた。

 あるいは、複雑な照準作業を行う射撃指揮装置を追加することで構造が複雑化するのを避けただけかもしれない。傭船契約が解除されて民間船舶に戻される際には復元工事が必要だったが、誘導弾を搭載したコンテナを下ろすだけなら工事費用は無いも同然だったからだ。

 しかも、台湾沖で最後に行われた訓練は、噴進弾発射迄の手順に限られていた。噴進弾が勿体ないだけなのか、あるいは開発途上で行われた試験で十分ということか、噴進弾の実射撃は行われなかったのだ。



 だが、射撃手順は異様な光景だった。小隊5隻が横一列に並んだ特設砲艦は射撃目標と仮定されている海岸線に向けて航行するのだが、その特設砲艦と射撃対象を同時に観測している指揮艦の号令で各艦の砲術長が噴進弾を一斉発射するのだ。

 実際には、指揮艦は特設砲艦の一隻に対して敵艦に対するように照準を行っていた。特設砲艦の速度と方位を正確に測定したうえで、噴進弾の理論上の散布界に別の射撃指揮装置で照準を行っている地点が重なった瞬間に射撃を命じるのだ。

 その間、各艦の艦長は隊列を保ちつつ微速前進する以外の行動は取れなかった。指揮艦が照準している小隊先任艦の動きに合わせることで噴進弾の散布界を海岸線に並行にそった地点に集中させるためだった。


 それに小隊毎の射撃が終われば、特設砲艦に他に出来る仕事は無かった。操作盤の機能は伊東予備大尉が考えていたよりも単純だった。発射釦を一度押せば、全ての噴進弾が一斉に発射されるだけだったし、構造上どころか人員の面でも特設砲艦が噴進弾を再装填する事は不可能だったのだ。

 つまり、特設砲艦には照準を行う機能など最初から無かった。指揮艦が何を狙っているのかも分からないままで、砲術長といっても発射釦を押すだけなのだから、電気的な回路で無人化しても成り立ちそうなものだった。



 もちろん、こんな方法では射撃精度などたかが知れていた。元々初速の低い噴進弾の散布界は、恐ろしく広がってしまうだろう。

 これが許されたのは、射撃対象が陸上である程度の広がりをもった陣地帯に限られていたからだ。目標の陣地は、特設砲艦から放たれた噴進弾の散布界よりも更に広い範囲が想定されているようだった。


 特設砲艦は、射撃を終えた後も自由に退避行動を取ることは許されていなかった。当初は不満を抱いていた艦長達も、実際に台湾から移動してきたリンガエン湾でその理由に気がついていた。

 特設砲艦が投入された戦場は、ルソン島リンガエン湾奥深くで行われる上陸作戦だった。というよりも、上陸作戦の支援にしかこの構造の特設砲艦をまともに運用できる戦場は存在しないと言うべきだったのではないか。

 上陸支援に特設砲艦が投入されたのは、無数の噴進弾を短時間の間に叩き込むことで上陸予定地点に広がっている陣地群を制圧するためだった。そしてこの任務に投入されていたのは特設砲艦群だけではなかった。



 招集からリンガエン湾までの短くも慌ただしかった航海のことを思い起こしていた伊東予備大尉は、砲声が大きくなってきた事で視線を近付いてくる海岸線に向けていた。

 特設砲艦群の指揮艦である重巡洋艦八雲は、既に自らの主砲を放っていた。ドイツ製だという重巡洋艦八雲は、台湾沖での訓練の後一時的に姿を消していたのだが、特設砲艦群をルソン島沖で迎えてくれていたのだ。


 艦中央部には焼け焦げたような跡があったから、既に八雲は一戦終えていたのかもしれないが、リンガエン湾内に入り込んだ特設砲艦の前後からも砲声が聞こえていた。

 後方から放たれているのは八雲以外の巡洋艦や戦艦なのだろう。噴進弾を点検中に、1列になって周囲を砲撃している戦艦の脇を特設砲艦群はすり抜けていたからだ。

 大口径砲を備えるそれらの艦艇に対して、更に海岸線に接近する小艦艇もあった。最後まで上陸部隊を支援する陸軍の装甲艇や、海軍の駆逐艦などだ。

 だが、それらの小艦艇が装備する備砲は敵陣地を狙い撃ちして直撃しない限り、厳重に防護された陣地は破壊出来なかった。一発で重量が1トン前後もある戦艦主砲のように地面ごと吹き飛ばす威力は駆逐艦の主砲には無いのだ。


 特設砲艦が装備する噴進弾は、実質的には駆逐艦主砲と同程度のものでしかなかった。駆逐艦は大型艦でも主砲の装備数は10門に届かないから、特設砲艦群から噴進弾を斉射すれば、小隊単位でも二百隻分もの駆逐艦が一斉に主砲を放ったのと同じ効果を発揮する筈だった。

 ただし、各砲弾に陣地帯を破壊する力はないのだから、特設砲艦の斉射で敵陣地を制圧している僅かな時間で上陸部隊を投入しなければならないという事でもあった。



 数少ない第三山城丸の見張り員が声を上げたのはその時だった。戦艦群を追い抜かしていた特設砲艦群を更に追い抜かすように、と言うよりも海岸線に最接近する駆逐艦を追いかけるようにして揚陸艇や輸送艦が第三山城丸の両舷に姿を表していたのだ。

 中には戦時標準規格船一型の設計を一部流用した二等輸送艦も含まれていた。おそらくは、海岸線の米兵からは特設砲艦も輸送艦に見えているのだろう。

 噴進弾射撃後も特設砲艦が自由に機動できない筈だった。下手に舵を切れば付近を航行する揚陸艇などと接触してしまうだろう。だから既に特設砲艦や八雲は、揚陸艇を出撃させた大型輸送艦などと同行して後方から上陸作戦の指揮をとっている特務艦鳴門の管制下に置かれていた。



 そして唐突に時間が来ていた。艦橋内の誰かが声を上げていた。伊東予備大尉が前を見ると、船首越しに第三山城丸の前方に並んでいた小隊の特設砲艦から白煙が上がっている所だった。

 白煙が噴進弾から放たれている噴流なのか、熱せられた下部コンテナの冷却水が気化したものかは分からないが、白煙を突き抜けるようにして噴進弾が火炎を引きながら上昇していくのは伊東予備大尉の目にも見えていた。


 ―――思ったよりも噴進弾の速度は早いのだな。

 伊東予備大尉はその時点でも自分の船からそんな物騒なものが放たれるという実感が得られていなかった。

戦時標準規格船一型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji.html

戦時標準規格船二型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji2.html

戦時標準規格船三型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji3.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

鵜来型海防艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/esukuru.html

橘型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddtachibana.html

駆逐艇の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/abkaro.html

八雲型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cayakumo.html

大隅型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsdoosumi.html

大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html

特設巡洋艦興国丸の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/hskkoukokumaru.html

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[気になる点] 10cm砲を主力にしたことにより12.7cmが余るのですが10cmでは艦砲射撃時 の威力不足問題になるような気がします。。もっと気になるのが10cm(4in)と8cm(3in)という砲…
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