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1951フィリピン上陸戦17

 八雲の射出機から放たれた誘導噴進魚雷弾は、元をたどると機動爆雷の技術体系から派生したものだった。というよりも水上艦が従来搭載していた大型の魚雷に機動爆雷の開発で得られた技術を導入した音響誘導魚雷が元となっていたのだ。



 第二次欧州大戦の終盤近くになってから戦線に投入された機動爆雷の呼称は、本来は密かに開発されていた機動爆雷の実態を欺瞞させるための名称だった。従来型爆雷の発展型であると誤解させる効果を狙っていたのだろう。

 ただし、実際に第二次欧州大戦中には爆雷の進化も急速に進んでいた。戦間期には技術開発が停滞していた爆雷は、周囲の環境に合わせて僅かな間に一挙に進歩していた。

 大戦中は英国から導入された画期的な前方投射対潜兵器である散布爆雷なども広く使われていたが、構造が単純で信頼性が高い従来型の爆雷も継続して使用され続けていたのだ。


 第二次欧州大戦が勃発するまでの戦間期に日本海軍で制式化されていた爆雷は、第一次欧州大戦時に使用されていたものと大差がないものだった。実際には量産性の向上や信管の変換といった小改良型に過ぎなかったのだ。

 開戦時期の爆雷は、容積確保や量産性を考慮してどこの国でもドラム缶の様に単純な円柱形を採用していた。そして爆雷投下軌条に収容された際に調整しやすいように、ドラム缶の上面に当たる面には爆雷を指定の水深で起爆させる為に水圧や時限式で作動する信管が埋め込まれていた。



 この従来型の爆雷で最初におこったのは大型化、というよりも大容量化だった。目標となる敵潜水艦の潜水可能深度が深くなっていた為に、これを確実に撃破出来るように加害半径を増大させるのが目的だった。

 ところが、従来型形状の大容量化は中途半端な対応に過ぎなかった。実際には大深度への攻撃には従来形状ままの爆雷では難しいことが戦訓や実験結果などから分かっていたからだ。


 信管に調整された起爆予定深度まで爆雷は重力に引かれて沈降していくのだが、このとき単純な円柱形では水中での抵抗が大き過ぎて投下から大深度までの沈降に時間がかかり過ぎていた。

 だから標的となった独潜水艦が大深度で航行している場合は、爆雷攻撃時に理想的な状況で正確に位置を把握していたとしても、爆雷投下から起爆までに経過する長い時間の間に攻撃範囲から遠ざかってしまっていたのだ。


 第二次欧州大戦では独海軍の潜水艦は逐次潜水深度を深く取るようになっていた。国際連盟軍の対潜航空哨戒網が整備されてからは、特に洋上での行動を控えて潜航し続けることが増えていたから、爆雷もこれまでにない形状に進化する必要があったのだ。

 単純な円柱形は放棄されていた。爆雷投下軌条への搭載を考慮して外寸は守られていたが、海底に向けられた側は鋭角となって銃弾のような形状になっていた。

 次に海底側だけではなく、全体的な形状が爆弾に倣った流線形に整形されていた。爆雷投下軌条に載せて転がす為に海中での視線を安定させるために追加された尾翼の外周には補強を兼ねた輪が取り付けられていたが、もはや外寸を合わせる為の辻褄合わせとしか思えなかった。



 そのような沈下速度向上をめぐる形状の進化があったものだから、機動爆雷もその一貫として一部では誤認していたのではないか。

 機動爆雷の後部には推進源となるプロペラが設けられていたが、これも航空爆雷として投下した際に空中で回転して起爆装置を活性化させる安全装置か、水中で起動して重力に引かれるよりも早く自らを海底深く押し込むためのものと部内でも誤解されていたほどだった。

 だが、現在でも秘匿名称である機動爆雷の名前が広く使われているのだが、実際には機動爆雷は単なる爆雷ではなく自立誘導式の魚雷だったし、外寸が大きく違うから爆雷投下軌条を使用することも出来なかった。


 機動爆雷の誘導原理は、ある意味で単純なものだった。機動爆雷の弾体には複数の集音機が装備されていた。集音機に入力された音は電気信号に置き換えられるのだが、例えば弾体の左右に装備された集音機に入力された信号に差異があった場合は、電気信号が同一となるように舵が切られていくのだ。

 あとはこれを繰り返して音が大きい向きへと舵を切り続けていけば、最後には弾頭の向きは正確に音源、つまり目標となる敵潜水艦に正対する筈だった。



 実戦に投入された機動爆雷の効果は大きかった。誘導装置を組み込んだ弾頭は高価なものとなっていたが、従来型の爆雷で攻撃を行った場合と比べて、敵潜水艦を撃沈し得たと判定された比率は倍以上に達していたからだ。

 そしてこの作動原理を対水上艦向けの大口径魚雷に搭載した音響誘導魚雷の発想が出てくるのも時間の問題だった。


 実際には機動爆雷の誘導装置をそのまま対艦用の魚雷に搭載するのは難しかった。

 集音器の作動限界などから、機動爆雷の速力は極めて遅かった。それでいながら敵潜水艦を音源として確実に捉えるには目標が派手に起動したほうが望ましいというのだから、使用条件自体が矛盾していたと言ってよいだろう。

 水上艦から発射される対艦用魚雷の場合は更に条件が厳しかった。目標となる敵艦は、潜航中の潜水艦などとは比べ物にならないほど高速で航行するから、魚雷自体も自らの航走騒音が激しくなり聴音が難しくなる高速航行を余儀なくされるからだ。


 それにも関わらず日本海軍は音響誘導魚雷の開発に注力していた。一度は電探の普遍化と実用砲戦距離の延長によって自ら否定していた雷撃という攻撃手段が再度有効なものとなるかもしれないからだ。

 そして第二次欧州大戦が終結して5年が経過した対米戦開戦前には、既に長射程高速の水上艦用の魚雷である61センチ魚雷の規格で開発された音響誘導魚雷に一応の実用化が見られていた。



 しかし、音響誘導方式には機動爆雷開発時の時点で周知されていた無視出来ない制限があった。しかも原理上の問題故に、そう簡単には解決出来そうもなかった。

 簡単な事だった。仮に水上艦艇が音響誘導方式の魚雷を放った場合、どう考えても発射直後に魚雷の集音機に入力される最も盛大な音源は発射艦によるものということだった。

 まさか航走雑音を抑える為に音響誘導魚雷を発射する際は海上で無防備に停止させるという方針を採用するわけには行かないし、そもそも水上艦の放つ音響は航走音だけというわけでもなかった。

 つまり音響誘導魚雷を無制限に使用した場合は友軍への誤射どころか発射艦自体を攻撃してしまうかもしれない上に、それを制止する手段もなかったのだ。


 根拠の無い想定というわけでも無かった。誘導方式ではない従来の魚雷であっても、針路を整定させる為のジャイロが故障して自艦に向かってきたという事例もあったからだ。

 それに機動爆雷には敵味方を識別する機能はなかった。将来的には集音機で捉えた音を電気信号に変換する過程で、特定の音響信号のみに反応するか、その逆も可能だという議論もあったらしい。

 だが、現場で機動爆雷を実際に運用する将兵達には関わり合いのない遠い未来の話としか思えなかった。彼らは、そのような複雑な処理を行う高価な電子機材を、ただでさえ高価な推進機関を内蔵する魚雷の内部に収容して使い捨て出来るようになるとは思えなかったのだ。



 機動爆雷の実用化当初はこのような致命的な欠陥は無視されていた。大戦中盤には音響誘導方式自体は独海軍でも既に試作運用されているのが確認されていたからだ。

 敵味方双方が同時に開発している技術体系であれば、じっくりと時間をかけて完全な物を実用化出来たとしても、急速に技術開発が進められる大戦期間中では前線に投入される頃には陳腐化してしまう可能性もあった。

 多少の問題は無視して、前線に未完成の機材を投入することも珍しくないのだから、実用上の問題は運用上の制限で回避するしかなかったのだ。


 大戦中盤に使用された機動爆雷の大半は、水上艦からではなく航空機から投下されたものだった。

 海中に投下された機動爆雷の集音機は、はるか上空を飛び去る友軍機の音源を察知する能力は無かったし、仮にあっても機動爆雷の低速航行では海上に飛び上がって起爆することは出来なかったから発射母機の安全性は確保されていた。


 それだけではなかった。機動爆雷を使用する際には、当初はその射程内には友軍艦艇が存在しない事も求められていた。友軍艦艇への誤射を避けるためだったが、この制限は前線では大きな不満を持たれていた。

 第二次欧州大戦で活躍した対潜航空部隊だったが、独潜水艦を威圧して不経済な長期間の潜水行動を強いる効果は認められたものの、意外に航空機単独では敵潜水艦を撃沈したと判定しうる事例は少なかったからだ。



 大戦終盤近くには、艦上哨戒機を主に搭載する海防空母と、その護衛の海防艦や駆逐艦のみで編成された対潜部隊が、独潜水艦狩り自体を任務として英本土近くで活動を行っていた。

 日本海軍が建造していた海防空母の中でも最終進化系とも言える浦賀型は、航空艤装が充実していたから、当初の建造目的だった船団護衛の任に留まらずに正規空母を補佐する汎用性を有していたのだ。


 その際の戦闘では、独空軍機に備えて搭載されていた戦闘機によって護衛された対潜哨戒機が敵潜水艦を追尾するのに専念する一方で、友軍対潜艦艇と共同で事にあたっていた。

 実際に潜水艦を撃沈していたのも、高い対潜打撃力を持ち、同時に特定された海域に長時間留まって対潜哨戒機の指示する地点を攻撃する水上艦の方が多かったのだ。

 だから前線部隊からは機動爆雷を水上艦から発射する事が可能となるように強い要求が出されていたのだ。


 そのような要求もあってか、機動爆雷に関しては後に苦肉の策とも言えるやり方で水上艦からの発射や、友軍艦艇のいる海域への投下が可能となっていた。

 敵潜水艦を追い求めて海中深く沈み込む機動爆雷の音響誘導装置自体を、友軍水上艦に命中しかねない深度では作動しない様に水圧で調整する機能が追加されていたのだ。

 逆に浅い深度まで浮上してきた敵潜水艦には機動爆雷では攻撃不可能となるのだが、そのような浅深度を無防備に航行する潜水艦を相手にする場合には高価な機動爆雷を使用するまでも無いと考えられていたのだろう。

 その頃には小型の爆雷を広い範囲にばら撒く散布爆雷や浅い角度で衝突した水面でも跳弾しない様に平頭の弾頭形状を有する対潜弾も対潜艦艇に配備されるようになっていたからだ。



 勿論、敵味方ともに海中に潜り込むわけには行かない対水上艦魚雷にはその様な深度設定は出来なかった。

 音響追尾に要求される技術自体は、対潜水艦兵器である機動爆雷よりもある意味では容易だった。潜水艦は水平面に加えて垂直の動きが加わる事で三次元的な機動を行うから、集音器も理論的に3箇所以上で聴音しなければいけなくなるわけだが、水上艦の場合は海面上の二次元的な機動で済むからだ。

 集音器に問題が生じるとすれば、海面近くを航行しなければならない為に、荒天の影響を考慮しなければならないということではないか。下手をすると海上で発生した雑音を拾いかねなかったのだ。


 結局、一部の艦に搭載が始まった対水上艦用の音響誘導魚雷は、深度ではなく時限式の信管が追加されていた。

 弾頭に詰め込まれた炸薬を起爆させるのは、最近になって開発された磁気信管や従来通りの着発信管だったが、発射から時間が経ってから誘導装置に通電する為の時限信管が設けられて、ある程度発射艦から離れてから誘導が開始される仕組みとなっていたのだ。



 これにより照準に従ってしばらくは従来魚雷通りに誘導魚雷も直進することになるが、発射艦の安全が図られる代わりに誘導魚雷には最低射程が設定されてしまっていた。

 しかも、この時限信管が作動した後は、自己航走音を低減するために雷速を低下させる機能も追加されていたから、時限信管の調整は敵艦位置を正確に把握しないと難しくなるから、誘導方式を採用したにも関わらず発射時の行程はむしろ複雑化していた。


 それでも従来と比べると高い精度を求めて音響誘導魚雷が切り札として一部の艦に搭載されていったのだが、どのみち敵艦近くでしか作動しないのであれば音響誘導魚雷を敵艦近くで発射すればよいのではないかという意見が出ていたらしい。

 そのような矛盾した構想を実現化したのが、八雲に搭載された誘導噴進魚雷弾だったのだ。

八雲型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cayakumo.html

浦賀型海防空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvuraga.html

二式艦上哨戒機東海の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/q1w.html

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