1951フィリピン上陸戦4
急降下爆撃の威力増加用としてロケット推進爆弾が開発されていた当初に試作品の原型となっていたのは、当時の日本海軍で急降下爆撃の主流だった25番通常爆弾、つまり250キログラムの対艦用貫通爆弾だった。
特殊鋼の鍛造品で作られた弾殻を持つ通常爆弾は、分厚い装甲板に命中しても衝撃で自壊しない為の頑丈な構造を持つ代わりに、内部に装填された炸薬量は少なかった。
自然と炸裂時に生成される破片は大きくなるし、炸裂後の破片が持つ速度や密度面でも不利だった。つまり、炸薬量の多い陸用爆弾のように細かな破片を広い範囲にばらまいて人員を殺傷するのではなく、通常爆弾は装甲を貫いた先の艦内で炸裂して重要な機材を破壊するためのものだったのだ。
だが、急降下爆撃の威力増加用ではなく、汎用的な航空兵装として運用すると開発方針が転換した後は、原型は25番ではなくより大威力の50番通常爆弾に変更されていた。
比較的薄い水平装甲や飛行甲板を狙う急降下爆撃ではなく、汎用的に対艦攻撃に使用する場合を考慮して威力増大を狙った開発方針の転換だったのだが、実際にはこの頃には搭載量の大きい四四式艦攻の就役によって急降下爆撃においても50番爆弾を使用する事が珍しくなくなっていたのも事実だった。
むしろこの頃には通常、陸用を問わずに25番爆弾自体の使い勝手の悪さが指摘されるようになっていた。航空技術の発展に伴ってより大威力の爆弾が効率の面から多用されるようになっていた為だが、理由はそれだけではなかった。
名称の通り250キロ程度の重量を持つ25番爆弾は、航空機に搭載する場合は重量が大きいから人力で懸吊するのは不可能だった。そして専用の架台を使用しなければならないのであれば、数少ない懸架装置を有効に活用する為に大重量の爆弾搭載が望まれていたのだ。
大重量の爆弾などを安定して搭載させる上に、増槽兼用の場合は繊細な燃料配管まで引き回さなければならないから、懸架装置を搭載出来る箇所を設けるには艦上機に多い単発機では難しかった。自然と重量のある兵装を吊るせるのは胴体直下や内翼部に限られていたのだ。
その一方で設備が不十分な最前線の野戦飛行場であれば、人力での搭載作業が可能な6番爆弾程度が好まれていた。この事情は陸軍航空隊でも変わりはなく、元々陸軍では人力で懸吊出来る限界とみなされていた100キロ爆弾が多用されていたのだ。
第二次欧州大戦では海軍の基地航空隊が最前線に進出することも珍しく無かったから、限られた艦上運用では見えてこなかった点が顕在化したといっても良かったのかもしれなかった。
結果的に25番爆弾は海軍でも中途半端な重量の兵装となっていたのだが、実際には対艦噴進弾として採用されたロケット推進式の50番爆弾でも実戦に投入した結果、威力の不足があらわになっていた。
連合艦隊参謀は嫌そうな顔になりながら説明を始めていた。
「対艦噴進弾の弾道特性から、攻撃時には敵艦の上部構造物を狙うのが常道となりますが、駆逐艦程度はそれで無力化出来たとしても、やはり巡洋艦以上の装甲が施された大型艦を沈める程の能力はないと言わざるを得ません。
サイパン沖の戦闘では、前衛部隊に対する攻撃では敵巡洋艦に命中弾が得られたものの、その後も戦闘を続ける様子が確認されています。それに加えて先程申し上げた通り、機銃の射程外に射点を持っていったとしても高角砲の射程内に入るのでは対空火力を減衰させる効果は低いでしょう……」
「付け加えれば、艦載の高射砲はどこで採用されているものも射程や射高は似たようなものですが、対空機関砲は採用されている口径に差異が大きいですからね」
連合艦隊参謀は、頼まれてもいないのに補足するように言った矢坂少佐に白けたような顔を向けたが、久慈中佐まで頷きながら続けた。
「我が海軍では、対空兵装は従来の長10センチ砲と並立して搭載されていた25ミリ機銃が8センチ砲に切り替えられつつあります。
米軍の場合も5インチ砲の内側は従来多用されていたのは20ミリ機銃でしたが……どうも確認されている装備数からするとこの20ミリ機銃は近接戦闘と割り切っていたようです。
軍縮条約が無効化された後は米軍も近接対空火力の増強を図っているらしく、対空機銃の主力は一挙に大口径で長射程の40ミリ機銃に移行しているようですな。
対艦噴進弾の使用想定は、当初は機銃の射程外から撃ち込むこととなっていましたが、米海軍はそもそも想定されていた程度の機銃に重きを置いておらず、高角砲に対空兵装が集中していました。
そして昨今はさらに大口径機銃によって対空火器の射程に生じていた隙間が埋められていますから、我が方の想定は実際の運用とは食い違ってきてしまっているという事になるでしょう」
まるで他人事のように久慈中佐は淡々と現状をまとめたが、連合艦隊参謀は苦虫をかみ潰したような声で言った。
「それでは今以上の射程延長……具体的には高角砲の射程外まで射点を伸ばすことは可能ですか。少なくとも大口径の機銃やその代替となる中口径高角砲の射程外から発射できない限り搭乗員は納得しないでしょう。
一撃で敵艦を沈められるならば命も掛けられるが、威力も射程も中途半端な現状では対艦噴進弾を使用する意義はありません」
問われた久慈中佐は、困惑したような顔になってぼやくような調子で言った。
「それは……物理的には可能でしょう。言う程簡単ではありませんが、端的に言ってしまえば噴進機関の燃料を現在のものより大容量にすれば射程は延長されますから」
「あるいは、現状の対艦噴進弾は弾道を安定させるための小翼しか取り付けられていませんが、この翼面積を拡大して揚力を稼ぐ形状としても滑空が可能となって射程は伸ばせるでしょうね」
久慈中佐に続いて矢坂少佐が言ったが、中佐は釘を指すように更に続けた。
「しかし、対艦噴進弾の射程、つまり飛翔距離を伸ばしたところで別の問題が発生します。今以上に長距離を飛翔した爆弾は、おそらくは級数的に弾道が不安定となって散布界は許容範囲を超えて拡大します。現在の対艦噴進弾には弾道を補正する機能はないからです。
それに基本的には直進するしかない対艦噴進弾の射程を伸ばした場合、落角が浅くなって照準時の敵艦は見かけ上小さくなりますから照準作業自体も難しいのではないでしょうか。照準を僅かでも誤れば迷走して海面で自爆する個体が続出するかもしれません。
航空本部部員の立場としてはあえてとして言わせてもらえれば、元々ロケット推進爆弾の開発に当たっては、取得価格と散布界から飛翔距離を逆算して用兵者側の判断で現状の射程と弾頭重量とすると妥協した筈ですが……」
連合艦隊参謀は苦々しい表情を浮かべてそっぽをむいたが、荘口中将は達観した表情で言った。
「つまり部員が言いたいのは、これ以上の長射程化を行うとすれば何らかの形で誘導を行うのが前提となるということかな。逆に長射程、誘導化された噴進弾は自然と大重量で高価なものとなるから、携行弾数が少なくなったとしてもより大威力化しないと費用対効果がつり合わないだろうな。
やはり今のところは自動吸着爆弾で研究されていた熱源誘導が最有力かな。尤も熱源誘導の場合は誘導装置を駆動させるのに必要な放射量差から側面からの投射難しいという話だったかな……
そういえば、誘導弾といえば夜戦に投入された大淀型も今回の夜戦では対艦噴進誘導弾を使用しているのではないか。発射母体が水上艦とはいえ、誘導弾の戦訓として分析する価値はあると思うが」
荘口中将が上げた疑問の声に、連合艦隊参謀は困惑した顔になっていた。
「大淀、仁淀の2隻で構成された第25戦隊は、第12、16戦隊の重巡洋艦群と共に本来は敵戦艦に向けて大遠距離から隠密雷撃を行う音響誘導魚雷と対艦誘導噴進弾を同時に着弾させて混乱を誘うという作戦計画となっていたのですが……実際には交戦を開始した部隊は、大型巡洋艦であったようです。
ただ、敵部隊には実質的巡洋戦艦と言っても過言ではない超大型巡洋艦であるアラスカ級が含まれていたらしく、我が方が不利な状況であったと推測されます。その為に各戦隊は目前の敵艦に向かって雷撃と誘導弾による同時攻撃を行っています。
夜戦とはいえお互いに電探照準を行っていましたから射程距離は昼戦並みであったとの報告ですが、そのような距離であれば音響誘導魚雷も誘導装置の安全装置が解除されて使用できた筈です。あれはある程度直進しないと友軍艦を追尾しないように安全装置が働きますから……
音響誘導魚雷に関しては実績は概ね良好であり、敵巡洋艦の脱落、撃沈の報告が上がっています。ただ肝心の誘導噴進弾の方ですが……」
口を濁らせた連合艦隊参謀に出席者の視線が集中していたが、次に口を開いたのは久慈中佐だった。
「速報を見る限りでは大淀型に積み込まれた誘導噴進弾の電波誘導方式には少々問題がありますね。あれは発射から着弾まで艦上で継続して操作しなければならない為に専用の誘導機が必要となりますから。
投入された噴進弾は大重量で炸薬量も大きいはずですが、それだけに飛行速度が遅くなる傾向になります。報告によれば、故障して迷走したと思われるものの他に、飛行中に撃墜されたと思われる個体もあったようです。
命中弾もあったようですが、その効果の方は現状では判定するのは難しいですね。航空機から投下される対艦噴進弾同様に、対艦誘導噴進弾も弾道からすれば上部構造物に命中する筈です。航空兵装の噴進弾に比べれば弾頭重量が大きい分だけ威力も大きい筈ですが……」
苦々しい顔のまま連合艦隊参謀は久慈中佐に続けて言った。
「状況からすると、対艦誘導弾は敵部隊先導艦のアラスカ級に集中射撃が行われたようです。第12、16の2個戦隊は石鎚型で構成されていますから、アラスカ級の30センチ砲が相手では一方的に打ち負かされかねません。戦隊司令官はそこでアラスカ級に射撃を集中させたようです。
その後は日の出を待たずに戦力を消耗した両軍共に撤退を開始したため戦果の確認は出来ませんでしたが、アラスカ級2隻が撤退する敵艦隊内に確認され続けていた事と、被弾して火災が発生した後に発砲炎の減少が見られたようです。
おそらくは大淀、仁淀から連続して発射された対艦誘導噴進弾はアラスカ級に対して何らかの打撃を与えることには成功したものの、撃沈は叶わなかったということではないかと思われます。
ただ……大淀も仁淀も格納庫内の全弾を打ち尽くす事は出来なかった模様です。仁淀の場合は戦闘前の点検で発射不可能な弾体が発見されたというだけの話ですが、大淀の場合は発射行動中に格納庫に被弾して未発射の誘導弾が失われていたためです。
幸いなことに早々に投棄が可能だったことから誘爆は免れていたようですが、我々が本来は重雷装艦の代替艦として考えていたような誘導弾の集中搭載はあるいは誤りだったのかもしれません。
特定の艦に集中搭載させるよりも、どのみち戦艦のような大型艦を沈める能力がないのだとすれば、艦隊の各艦に分配して一斉発射するのが艦対艦誘導弾の正しい使い方なのかもしれません……ただ、現状の大型対艦誘導噴進弾は射出機がなければ運用も出来ませんが」
自信をなくしたような連合艦隊参謀に向かって荘口中将は慰めるように言った。
「兵器の正しい使い方など、誰にも判定することなど出来ないだろう。神様の視点でもない限り全てを見通すのは不可能だからな。それよりも重雷装艦代替と言ったが、艦載の誘導噴進弾を積み込んだのは大淀型だけではなかったはずだな」
「はぁ……フィリピン上陸支援を担当する第12分艦隊には、第17戦隊の利根型と八雲が配属されています。どれも実験運用のようなものですから、こちらの誘導方式は大淀とは違っていますが」
荘口中将は大きく頷いていた。
「結構だ。誘導弾の真価を判定するには、その3隻の実績を確認してからでも遅くはないだろう……」
そう言いながらも荘口中将は南に視線を向けていた。
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