1951フィリピン上陸戦2
米軍の重爆撃機B-35が開戦前に公開された際に日本軍航空関係者に与えた衝撃は大きかった。どちらかというと保守的な機体が多かった米軍の従来機からすると、同機は胴体の存在しない主翼のみが飛行するような特異な全翼機であったからだ。
それ以前から全翼機の概念自体は日本軍でも知られていた。これまで日本軍の実用機における採用実績は無かったが、第二次欧州大戦以後に独軍から接収した資料の中に全翼機を採用した機体のものがあったのだ。
ただし、日英は接収した全翼機の実機を独空軍関係者自身に修復させて英本土で何度か飛行試験を実施したものの、短期間の内に試験を終了させてその後は興味を失っていた。
実質的に飛行試験が中止されたのは、全翼機の操縦が極めて困難であったためだった。操縦翼面自体の応答性や稼働状態は良好だったようだが、既存機と操縦特性があまりに違っていたらしい。
それに、通常形式の航空機では揚力を生む主翼から長大な胴体によって切り離された尾翼によって安定性が確保されていたのだが、全翼機の安定性は劣悪で、実験機程度ならばともかく実用機として採用するには二の足を踏むようなものであるという結論だったようだ。
しかも、開発関係者の証言から売り込み文句などを剥ぎ取って明らかとなったのは、独空軍で全翼機が開発されていたのは必ずしも画期的な構想によるものとは言い難い一面があるという点だった。
胴体や尾翼のない全翼機は、余計な空気抵抗を極限まで削減出来ると考えられていたのだが、独空軍の全翼機は積極的に高速化を図るというよりも、当時の技術力で得られるエンジンの出力が乏しかった為に結果的に全翼機形態を採用していた。
直接開発を担当していた技術者達はともかく、既存機からの機種転換を行わなければならない独空軍関係者からすれば、大出力のエンジンさえ得られれば全翼機を採用する必要性は感じられなかったのだ。
ところが、米軍は全翼機形態のB-35を制式に採用していた。しかも、硫黄島への爆撃や撤退中の日本艦隊を襲撃した際に確認された機体はジェットエンジンを搭載してのも明らかだったから、米軍では既に全翼機を実用化していたといって良いのではないか。
不鮮明な写真を手にしながら、矢坂少佐は出席者の顔を見回しながら言った。
「このように米軍の全翼機は公開されていたB-35そのものではなく、これをジェットエンジン化した改造機であると考えられます。仮にB-35改とでも呼びますが、この機体が使用した兵装そのものは常識の範囲から逸脱はしていませんでした。
硫黄島に投下されたのは、不発弾や残骸などから従来型の汎用爆弾であると思われます。我が陸軍で開発し、空軍で現在使用中の航空撃滅戦用の特殊爆弾……集束焼夷弾や収束成形炸薬子弾等が使用された形跡はありませんでした。
また、現地の飛行場設定隊からの報告によれば不発弾を除いて復旧工事中に起爆した爆弾も確認されていないことから、復旧作業阻害用の大遅延信管も使用されていなかったようです。
我が本土を爆撃するB-36が使用している鎌倉市街地を焼いた特殊な焼夷爆弾……おそらくは着火性の高い日本家屋を研究したものと思われますが、そうした目的に特化した兵装は確認されておりません。
もしかすると米軍は戦略爆撃に関しては研究が進んでいるものの、戦術爆弾はそうした研究が進んでいなかったのかも知れません。米軍が本格的に爆撃するとすれば、大抵は長距離の渡洋爆撃となりますからね……」
「では硫黄島基地の損害は航空本部では小さなものだったと考えているのか。それに対艦攻撃に関してはどう考えているのか」
荘口中将が首を傾げてそう言うと、矢坂少佐は淡々とした口調で続けた。
「爆撃機編隊の規模からすると硫黄島基地の損害は実際に小さいかと思われます。すでに滑走路は残骸を撤去して機械化された設定隊の手によって最低限の機能は回復しております。
ちなみに最低限とは海軍の対潜哨戒機を含む偵察機の離着陸に最低限必要な分の滑走路長まで転圧が終了していることを指します。硫黄島基地付きの海軍設営隊は、先日陸軍から増派された装甲作業車を有する機械化工兵部隊と空軍飛行場設定隊によって増強されていますから、復旧工事は短時間で完了します。
また、排土板を装備する作業車を集中投入してこれまでおざなりであった掩体の構築も並行して進められています。掩体は工数や作業性を考慮して土盛りを行っただけの簡易なものですが、通常爆弾に関しては直撃でない限り損害を局限できるものと思われます。
ですが、航空本部が注目しているのはこのB-35改が使用した兵装ではありません。硫黄島基地への対地爆撃だけではなく、対艦攻撃においてもB-35改は使用した兵装そのものではなく、その運用法が極めて特殊であったからです。
対艦攻撃……我が重巡大雪を撃沈せしめた件はまだ情報が錯綜しておりますが、僚艦鞍馬からの報告では低空を高速で進入した敵編隊は、最初に反跳爆撃によって夜戦で損傷していた大雪に残された対空火力を更に減衰させた上で、後続機が複数本の航空魚雷を投下しています」
荘口中将は資料に記載された内容を見返しながら眉をひそめていた。
「反跳爆撃は本当に撹乱だけが目的だったのだろうか……それに重爆撃機で航空雷撃を行うにはジェット機の速度は高すぎるのではないか。鹵獲されたドイツ機の試験飛行などから全翼機は安定性に欠けるという実験結果が得られていた筈だが、一体米軍はどうやって実用化したのだ……」
自身も以前は重爆撃機の乗員だった荘口中将は、公開されていたB-35の諸元を思い出しながら首を傾げていた。ジェット化によってB-35改は原型機よりも更に速度を増しているはずだった。
「反跳爆撃が本命の航空雷撃を成功させるために行った準備攻撃であったのは間違いないかと思います。やはり鞍馬からの報告ですが、複数の命中弾に加えて周辺海面が至近弾や不発弾で一斉に沸き立ったという話です。
少数機の編隊からそれほど多くの爆弾が投下されたこと、更に複数弾が命中した後も大雪が航行自体は続けていたという事実から推測すれば、投下されたのは50キロから100キロ程度の軽量級爆弾が使用されたのではないでしょうか。
海軍規格ならば5番、10番といったところですが、反跳爆撃に使用されるくらいですからあるいは弾殻強度を高めた徹甲爆弾に近い特別製のものなのかもしれません。
それと航空魚雷に関しては、投弾直後に落下傘を後方に展開して急減速していたという目撃情報が出ています」
呆れたような顔で荘口中将は首を振っていた。高速、低空で投弾した場合、大威力の兵器であると共に精密機器でもある航空魚雷はあっさりと海面落着の衝撃で自壊してしまうだろう。
これを避ける為に、米軍は投弾時に母機から与えられた運動量を呆れるほど強引な手段で航空魚雷から低下させていた。しかも落下傘による減速が長時間続けば今度は海面への落角が深くなって下向きに着水してしまうのではないか。
B-35改による航空雷撃は緻密に計算された投下速度、高度を保たなければならない精密作業のはずだった。
しばらくその光景を思い描いて考え込んでいた荘口中将はその問題点に気がついていた。
「だが、落下傘で強引に速度を低下させたとしても、弾道の不安定化は避けられないだろう。それとも投下されたのは自律式の……音響誘導魚雷だったのだろうか」
「それはないと思われます。米軍に音響誘導魚雷が存在するかどうかは不明ですが、確認された投弾地点と大雪との距離を考えると音響誘導が開始される前に通り過ぎてしまうのではないかと思われます。
魚雷投下から水柱が発生して着弾が確認されるまでの時間からすると弾道は単純なものだったはずです。それに投下直後は我が方の魚雷も自身が落着した際に生じる海面騒擾を考慮して誘導が開始されませんから……
むしろ、低空高速進入による弾道の不安定さを補う為にあれ程の重爆撃機で至近距離での投弾を余儀なくされたのではないかと思われます。同時に、何故硫黄島への爆撃でも、大雪への雷撃でも奇襲に成功したのか、そこにこそ注目すべきではないかと考えています」
連合艦隊参謀が嫌そうな顔で矢坂少佐に言った。
「それは我が艦隊の将兵が油断して見張りが疎かになっていたと言いたいのか。サイパン沖夜戦の被害は、有力な巡洋艦群と交戦した重巡洋艦に特に激しかった。第12戦隊も損傷状態だったが、見張りは怠ってはいなかったはずだ」
不機嫌そうな連合艦隊参謀に頷きながらも矢坂少佐は続けた。
「そうした意図はありませんが、そうであれば奇襲に成功したのは、我が方ではなく敵機に理由があるのではないかと考えれれませんか。硫黄島基地も、撤退中の艦隊も当然のことながら目視以外に常時レーダーを用いて哨戒を行っていました。
だが、何故近距離……奇襲を許すほどの距離まで接敵されてしまったのか……不思議だと思われませんか」
矢坂少佐の視線に荘口中将はふと脳裏をよぎるものがあったが、それが明確になる前に連合艦隊参謀がつまらなそうな声でいった。
「それは電探の覆域を避けるために敵機が海面近くまで降下して飛行していたからではないか。
鞍馬からの報告によれば、B-35編隊の飛行高度はまるで海面に吸い付くようにして飛んでいたというから、重爆撃機とは思えないほど低かったのだろう。敵ながら重爆撃機操縦士の練度はかなり高いものだと言わざるを得ないな」
「確かにレーダー波は直進しますから、機体を水平線の下に押し込めば覆域から逃れることは可能です。だから低空での敵地進入は我が軍でも基本的な戦法として取り入れられています。
しかし、低空進入を行ったにしても最終的には機体構造や兵装から定まる投弾高度まで上昇しなければなりませんし、各レーダーはいずれもマストや高地などに設けられますから見かけ上の水平線は遠くなります。
これにより定まる理論上のレーダー探知圏内よりも、実際に探知された距離がB-35改の場合短い傾向があります……ですが、我々は先の大戦に置いて同様の現象を観測しております。尤も当時のそれは友軍機によるものでしたが」
淡々とした口調の矢坂少佐に、第二次欧州大戦時に話題になった奇妙な現象を思い出しながら荘口中将はゆっくりと言った。
「それは……英空軍のモスキートのことを部員は言っているのか。あれは確かシベリアの調査では……」
矢坂少佐も我が意を得たりとばかりに頷いて続けた。
「その後の調査では、モスキートが木製であるために電磁波の反射率が低く、レーダー探知距離が短くなる傾向があるという結論に達しました。シベリアに送られた調査用の機体自体は極度の低温に耐えきれずに最後は破損してしまったそうですが……
ただし、同機の機体構造自体は木製でも、エンジンや各種艤装品は木材よりも電磁波の反射率が高い金属が使用されていますから、最終的にはレーダーから逃れる事は出来ませんし、レーダーで使用される波長によっても左右されるようです」
「だが、硫黄島基地への爆撃では、B-35改も何機か撃墜されていたのではないか、その際の報告ではこの機体が木製だという内容はなかったと思うが……」
「損害復旧を優先したために敵機の調査はさほど進められていませんが、確かに同機は木製ではなく通常の全金属製であることは明らかです。そもそも機体構造が木製では高温のジェット排気に長時間耐えるのは難しいでしょう……
ですが、電磁波の反射強度を左右するのは本当に素材の違いだけなのでしょうか。元々相手が戦艦か駆逐艦か、大型の重爆撃機か単座の軽戦闘機かでレーダー反応は大きく異なります。あるいは機体形状によっても反射率は変わってくるのかもしれません」
矢坂少佐は自信ありげに言ったが、出席者の多くは顔を見合わせていた。少佐の言葉があまりにも突拍子もないことだったからだ。そのせいで先程少佐自身が言ったように会議の本題から内容が離れていっていることに気がついているものは少なかった。
「これともう一点、B-35改に関連して推測があります」
いつの間にか主導権を握っていた矢坂少佐は更に続けていた。
石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html