1951フィリピン上陸戦1
兵部省の会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。誰もが眉をしかめながら無言のままで入室してから配られた資料をめくっていた。資料はさほど分厚い書類ではなかった。届けられた速報を時系列にまとめただけのものだったのだが、それだけに実戦経験したものには戦場の生々しさが感じられていた。
議長として上座に座っていた航空総軍参謀長の荘口中将は、書類を卓上に置くとため息を付きながらいった。
「分かっていたことではあるが、この損害は酷いな……僅か一日の戦闘で航空隊が壊滅したようなものじゃないか」
言い終わってから、荘口中将は海軍側の出席者である連合艦隊司令部の参謀が鋭い視線を向けているのに気が付いて、慌てたように続けた。
「無論今回の戦闘で海軍さんに不手際があったとは思っておらんよ。左近允中将の判断は正しかったのだろう。おそらく我が空軍の新鋭機が同規模で投入されても結果は似たようなものになったのではないかな」
「結局、海空軍共に兵装に使用されている技術は同じようなものですからね……」
荘口中将に続いて兵部省航空本部から出席している久慈中佐が言うと、連合艦隊参謀は海軍術研究所から出向している海軍の身内とも言える中佐に口をへの字に曲げたまま頷いていたのだが、出席者の何人かからは同じようなため息が聞こえていた。
配られた書類に記載されていたのは、先のサイパン島沖で発生した戦闘の速報だった。本来であればこの会議は次期航空兵装に関する技術開発、その方向性を検討する予備会議であったはずだったのだが、それにはこの戦闘の趨勢を見極める必要があったのだ。
サイパン島沖の海戦、特に夜戦を除いた航空戦闘は空母機動部隊同士が衝突した世界初の戦闘だと言えたからだ。
2度に渡る欧州大戦においてはいずれも大陸側勢力の「空母」は早期に戦力を喪失していた。その為に日英などの空母部隊は、敵空母どころか本格的な対艦攻撃を行う経験自体が少なかったのだ。
だからサイパン沖の戦闘は史上初の空母機動部隊同士の戦闘として貴重な戦訓をもたらすはずだったのだが、硫黄島から進出した日本艦隊の航空戦力は大きな損害を受けていたのだった。
「予めある程度は分かっていた事ですが、本気で防備を固めた艦隊の防空戦闘能力は彼我共に極めて強力になっていたと言えるでしょうな。
先の欧州大戦の戦訓を受けて、我が方も艦隊の対空火力を高めていました。これにより米海軍の攻撃隊は概ね阻止し得たのでしょうが、我が攻撃隊も出撃機の多くが敵艦隊のはるか前方で阻止されて大損害を受けていたようです。明らかにこれも電探による戦闘機隊の誘導が行われた結果でしょう。
電探がどのような形で展開していたかは明らかではありませんが、サイパン沖の敵艦隊主力から突出して展開していた巡洋艦数隻を攻撃隊が確認しております。おそらくはこの敵主力から我が方に突出していた部隊が索敵と敵戦闘機隊の誘導を担っていたのではないかと連合艦隊では推測しています」
「つまり……我が方の哨戒艦と同じようなもの、ということか」
資料をめくりながら状況をまとめた久慈中佐に荘口中将が上の空で返すと、連合艦隊参謀が鋭い口調で続けた。
「発想としては同様と思われますが、我が方の哨戒艦が純粋に艦隊の捜索範囲を拡大する意図で構想されていたのに対して、米海軍は明確に艦隊の盾となる前衛部隊として規模を拡大していたようです。
我が方の攻撃隊は、敵戦闘機による防衛網を突破した後に、多くが混戦で統制が取れない状態でこの巡洋艦部隊を攻撃してしまいました。おそらく米軍は予め初撃に耐久する事が可能な囮としてこの艦隊を編成していたと思われます。
この戦術は極めて有効であると言わざるを得ません。脆弱な空母部隊を守り切るには、やはり強力な前衛部隊の存在が不可欠ではないかと思われます。我が方の艦隊にそれがあれば、むざむざと翔鶴を撃沈されることもなかったのではないでしょうか」
「だが、米海軍は先の大戦中に大量に建造した巡洋艦がある分だけ大型艦の保有数に余裕があるのではないか。前衛部隊の分離は、劣勢にある我が方の巡洋艦を前方に孤立させて早期に喪失してしまう可能性もあると思う……この点は連合艦隊や軍令部内で議論する余地があるとおもえるがね。
それよりも統制だった攻撃を行うには海軍さんの攻撃隊にもレーダーを搭載した空中指揮官機の随伴が不可欠ではないかと思うのだが……」
「しかし、空中指揮官や電探妨害機の随伴は攻撃力の低下を招きます。現状の空母部隊は、ただでさえ対艦攻撃の決定打を欠いた状況なのですから。それに搭載機種の増大は整備性の悪化を招きます」
荘口中将の指摘に、連合艦隊参謀は渋い顔になって卓上の書類を指先で叩いていた。艦載機の機種増大はここ最近の海軍航空隊にとって懸念材料で有り続けていたからだった。
日本海軍の空母搭載機は、先の第二次欧州大戦開戦時には零式艦上戦闘機、九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機の3機種という従来構想されていた通りの単純な構成だった。
この内、艦攻、艦爆の2機種に関しては大戦終盤には両機種を統合した四四式艦上攻撃機流星が紆余曲折の末に制式化されていた。頑丈な機体構造と大きな搭載量を併せ持った四四式艦攻であればどの様な兵装でも使いこなすことが出来たからだ。もはや急降下爆撃の専用機は必要なくなっていたとも言える。
ただし、当初は大戦中に進化を続けた零式艦戦の後継となる四四式艦上戦闘機烈風と四四式艦攻の2機種のみで再編成されるはずだった空母搭載機は、主力こそこの2機種に絞られていたものの、実際には整理が不可能な混沌とした状況になってしまっていた。
元々複座の四四式艦攻では索敵能力に限界がある為に、少数ながら3座の偵察機である四三式艦上偵察機彩雲が採用されていたのだが、高速性能を重視した四三式艦偵には搭載量に乏しいという無視できない欠点があった。
それよりしばらく前から、日本海軍では航空魚雷から空中線を生やしたような外装式の対空捜索レーダーを艦攻に装備させてレーダー哨戒機として運用していた。
四四式艦攻もこの外装式レーダー自体は楽々と搭載できるのだが、機内容積の限られる複座機では情報の管理や空中指揮が難しく、空中作業を分担できる3座の二式艦上攻撃機天山が残されていたのだ。
本来であれば四三式艦偵にレーダー哨戒や空中指揮官機までの幅広い任務を担当させるべきだったのだが、偵察専用機として設計された同機にはこの外装式レーダーを搭載する余裕もなかったし、巡航速度に差があるものだから他機に合わせる実質的な航続距離が著しく低下するという問題も発生していた。
しかも、この頃には船団護衛用の海防空母だけではなく、正規空母にも従来想定されていなかった対潜哨戒機として三座双発の二式艦上哨戒機東海まで搭載されるようになっていた。
そして、戦後になってこの混沌にとどめを刺すように艦上戦闘機の機種までもが分化されていた。
四四式艦戦に加えてジェットエンジンを搭載した四六式艦上戦闘機震風が大戦後に空母搭載機に加えられていたのだが、最近になって四九式艦上戦闘機と、ターボプロップエンジンに換装した四四式艦上戦闘機二型まで搭載されるようになっていたのだ。
四四式改と俗称されている戦闘機は流石に旧式化した四四式艦戦の後継という扱いで実質的は小型空母用の戦闘爆撃機だったのだが、四九式艦戦は高速化は果たしたものの四六式艦戦を純粋に置き換えることは出来なかった。
四九式艦戦はフロントファンを廃して前面投影面積を絞った純ジェットエンジンを搭載していたのだが、その結果高速性能と引き換えに燃費が悪化して攻撃隊に随伴する航続距離が無く、艦上迎撃機なる不名誉な渾名までつけられていた為だった。
連合艦隊参謀が嘆くのも無理はなかった。日本海軍の空母が大型化を指向していたとはいえ、搭載機数ではなく機種を絞り込まない事には効率的な運用や艦上での整備など出来なかったのだが、それには本来四四式艦攻に求められていたような高度な汎用性を持つ機体が必要だったのだ。
だが、考え込んでいる彼らに冷水を浴びせかけるように航空本部付の矢坂少佐がいった。
「失礼ですが、艦隊の戦術や搭載機自体の開発方針に関しては本会議の趣旨を逸脱していると思われますが、まずは今回の戦闘で明らかとなった彼我の航空兵装に関する実績を確認すべきではありませんか」
ばつの悪そうな顔になった出席者の何人かはわざとらしく卓上の書類に視線を落としていた。口火を切ったのは荘口中将だった。
「矢坂少佐の言うとおり一旦仕切り直そう。とは言え米軍の航空兵装にはまだ不明な点も多いが……これに関する所感はあるか」
荘口中将に対して、連合艦隊参謀も戸惑ったような声で返していた。
「米海軍の艦載機に関しては不明な点も多いですね。大半が我が戦闘機隊に阻止されていましたから……今のところ魚雷や爆弾らしきものを目撃したという報告がある程度です」
「最近は戦闘機でも機関砲に連動した写真機を内蔵していたのではないですか」
「一部の戦闘機には確かに機銃連動の写真機を搭載しているが……数が数だけに現像には時間がかかるだろう。ただ所感というのであれば、艦載機に関しては従来想定されていたものを越えるものではないと言えそうですが」
唐突に質問した矢坂少佐から視線を戻した連合艦隊参謀がそういうのを聞きながら、荘口中将は瞑目しながら言った。
「やはり艦隊の脅威となるのは、艦上機よりも例の誘導爆弾か……」
「誘導爆弾は厄介です。翔鶴沈没時の様子からして戦艦すら沈める力があるでしょう。運用できるのは大型の重爆撃機に限られるようですが……」
「前後の状況からして、おそらく米軍が使用している誘導爆弾は独空軍が先の大戦に投入したものと同一の技術体系でしょう。これを阻止するには投弾機自体を撃破するか、視界を遮るほかありませんね。
尤も今回の戦闘では視界が良好で我が方に不利な状況でもあったようですが……」
それが簡単に出来れば苦労はしない。久慈中佐に向けられた連合艦隊参謀の視線はそう物語っていたが、荘口中将が彼に尋ねていた。
「例の改装防空艦……対空誘導弾を装備した石狩型はどうだったのだ。誘導弾自体の性能はシベリアの実射撃試験では良好な成績だったと聞いていたが……」
連合艦隊参謀は眉をひそめていた。
「確かに誘導弾単体の性能には大きな問題は生じていなかったようです。実際に何機かの米超重爆の撃墜や回避の強要による誘導の妨害が報告されています。信頼性を考慮すればおそらくは誘導の失敗や不発弾もあったとは思いますが……
ただ……あの改造は石狩型の規模に対してあまりに誘導弾搭載数に特化していました。実戦では連装3基で都合6発の誘導弾を発射できるのに対して電波照準器の能力や数が不足しており、僅か2隻では敵超重爆の編隊を阻止するにはいたらなかったとのことです」
「そうなると、誘導弾特化の艦を作るのではなく、誘導弾を搭載した艦を増やすべき、ということになるのか……ああ、B-36の他に米軍はもう一機種の重爆撃機を投入していたな、そちらの兵装はどうなっていたのだ。B-35らしきもの、だったか」
荘口中将の発言に、連合艦隊参謀に代わって矢坂少佐が言った。
「硫黄島基地に投下された爆弾などから、こちらも従来型の爆弾が使用されたものと考えられております。ただ……」
そこで矢坂少佐は困惑したような顔になっていた。
「先程会議の趣旨について指摘した身で心苦しいのですが、この米重爆に関しては硫黄島基地から機体自体の報告が上がっております」
そう言いながらも矢坂少佐の目は好奇心に輝いていた。
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