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1951グアム島沖陽動戦24

 サイパン島沖で遊弋しているアジア艦隊はひどい有様だった。自力航行可能な損傷艦の多くは既に後退していたのだが、中には浮かんでいるのが不思議で工作艦の到着を待っているものや、損傷はあっても火力支援のために沖合から離れられない艦艇も多かった。

 日本艦隊と戦闘が繰り広げられている間、艦そのものはずっと後方にいた空母やその直掩を務めていた僅かな護衛艦は一見無傷だったが、空母の内部に収められた艦載機には未帰還機や損傷機も多い筈だった。



 ―――妙なものだ。ハイキャッスルに詰め込まれた艦載機は、ゴッサムの搭載機を受け入れた事でむしろ戦闘開始前よりも増えている位なのに……

 艦長を探して艦橋に上がってきたウイリー中尉は、遠目に見ても損傷艦ばかりのアジア艦隊主力の姿を一瞥してぼんやりとそう考えながら、飛行作業を続けているハイキャッスルの甲板を見下ろしていた。

 飛行甲板の艦尾側には爆装したF15CとF5Uの混成部隊が待機していたのだが、ウイリー中尉の視線は自然と飛行甲板から前甲板に移っていった。


 ハイキャッスルの前甲板に配置された2基の主砲塔は、どちらも破損して発砲不能の状態だった。第2主砲塔は夜戦に突入する前の航空戦闘で破損していたのだが、第1主砲塔も夜戦の最後に近距離から豪雨のような勢いで放たれた日本軍の駆逐艦による砲撃で切り刻まれる様に破壊されていたのだ。

 他の兵装の状態も惨めなものだった。主砲塔直後の両用砲塔は主砲塔を狙ったのだろう砲撃の流れ弾で穴だらけにされていたし、艦橋前後の砲塔も焼け焦げた跡があった。

 それ以上に戦闘の終盤にはどちらの両用砲も操作員の負傷と弾薬の欠乏で半ば放棄されていたのだ。


 両用砲の弾薬庫を空にするまで撃ちまくっていた今のハイキャッスルは、まさに刀折れ矢尽きるといった様子だったが、ハイキャッスルの空母としての機能は未だに健在だった。

 どんな作用があったのかは分からないが、夜戦においても僚艦のゴッサムが続けざまに飛行甲板に被弾して完全に船体後半部を打ち砕かれていたのに対して、ハイキャッスルで破壊されていたのは、殆どは船体前半部の軽巡洋艦としての機能に限られていたのだ。

 ところが皮肉なことにそれがハイキャッスルをサイパン島沖合に縛り付ける結果に繋がっていた。



 あの夜戦の被害は大きかった。それ以前の防空戦闘から数えるとハイキャッスルの僚艦となった駆逐艦4隻、軽巡洋艦2隻が沈んでいた。生き残ったのは先任士官のウェイン大佐率いるゴッサムとハイキャッスルだけだった。

 しかもゴッサムはハイキャッスルとは違って主砲は無事だったものの、空母部分は完全に機能不全で前線での応急修理も不可能だった。それでも沈まなかっただけ運が良かったのだろう。


 日本海軍の水雷部隊は、結局戦闘中にしつこく食い下がってくる4隻の巡洋艦によって戦艦群の襲撃が不可能となったことを察したのか、お互いに機動する間に追尾する形になっていたゴッサム率いる艦隊に雷撃を行っていたからだ。

 悪運が強かったのか、ゴッサムとハイキャッスルは雷撃を避けていた。というよりも魚雷のほうが離れていったのだが、彼らが雷撃に気がついた時には相次いで被雷したクリーブランド級軽巡洋艦2隻は巨大な水柱を何本を立てていたのだ。

 そして船体側面を食い破られたクリーブランド級は2隻とも短時間の内に沈んでしまっていた。



 撃沈された僚艦から戦闘終了後に救助した生存者を乗せたまま、ゴッサムは他の何隻かの損傷艦と共にサイパン沖を離れて米本土に後退していった。おそらく損傷艦は西海岸のドックに入って損害状況を確認することになるのだろう。

 ミッドウェー島には浮きドックがあったし、ハワイにもドックがあると聞いていたが、東進していく損傷艦は航行機能以外大きな損害を受けたものばかりだったから、本土で本格的な修理工事を行うはずだった。


 だが、同じような損傷を負っていたにも関わらず、アーカム級航空巡洋艦のハイキャッスルだけは、巡洋艦ではなく空母としての機能を買われてサイパン島沖に残されていた。

 北上した日本艦隊は硫黄島沖までは撤退していったのが確認されていたものの、その脅威が完全に払拭されたわけではなかったから、暫くの間はアジア艦隊には航空戦力が必要不可欠だったのだ。


 未だに集計中らしいが、あの夜戦では双方に大きな損害が生じていた。アジア艦隊と同じように、損傷艦を彼らの本土に帰還させる一方で日本艦隊も再編成を行って再びサイパン島沖に迫ってくるかもしれなかった。

 それにサイパン島に上陸した海兵隊は未だに戦闘を続けていた。戦闘の相手が誰なのかは分からないが、飛行場適地の南部から上陸した海兵隊は北岸にまで達してはいなかった。

 そのような状況の中で、艦隊に随伴していたタンカーや貨物船から航空燃料や弾薬の補充を受けたハイキャッスルは戦列にとどまらざるを得なかったのだ。



 戦闘直後のアジア艦隊には空母が不足していた。太平洋艦隊から配属された空母も戦闘が一段落したのを見届けた後に損傷艦の護衛を務めるようにして後退してしまったのだ。

 空母部隊の動きは薄情なように見えるが、実際にはアンティータム級空母3隻の戦闘能力は枯渇していた。母艦自体は無事でも肝心の艦載機が損耗していたからだ。

 太平洋艦隊から急遽配属されたアンティータム級は、いずれも出動前に急遽平時編成よりも戦闘機の比率を高めていた。それでも激しい迎撃戦闘と、陸軍と共に行われる筈だった敵艦隊への攻撃隊に連続して参加してい戦闘機隊の消耗は激しかったのだ。

 やはり数を揃えたといっても、母艦が過小で搭載機数が少なかったのが実戦では不利に働いていたのかもしれなかった。出撃の度に米戦闘機隊は大型空母から発艦したのであろう有力な日本軍機との格闘戦に巻き込まれて数を減らしていったからだ。


 それにアンティータム級の後退は元々計画されていたことでもあった。確かに搭載機の消耗は激しかったのだが、ワスプ級の流れをくむ艦隊型防空空母であるエセックス級では運用が難しいF6Uを除いて、アンティータム級は残存機の多くをサイパン沖に残される空母に譲り渡していたのだ。

 サイパン島の滑走路は工兵隊がようやく戦闘機ならば運用できる程度に仮復旧していたから、ミッドウェー島守備隊から移籍してきた海兵隊航空隊の生き残りなどは母艦では無く地上に移動していた。


 この頃には硫黄島周辺から日本艦隊が撤退していたのが確認されていたから、機動力の高い空母から艦載機を出撃させる必要性は薄れていた。格納庫を空にしたアンティータム級の後退は再編成の一環と言ってもよかったのではないか。

 おそらく後方で艦載機を補充したアンティータム級か、別の空母群が再度サイパン島に展開してアジア艦隊に配属されるか、一足先にサイパン島の基地を開設してそこに配属させる補充機を空母を用いて輸送されてくることになるのだろう。


 だが、ウイリー中尉は艦隊再編成の影には、現在の太平洋艦隊にとって無視できない問題が潜んでいるような気がしていた。補給艦に指定された貨物船から送られてきた書類などを読み解くうちにそう考え始めていたのだ。



 甲板を眺めてそんなことを考え込んでいたウイリー中尉に、飛行科の先任士官と打ち合わせしていたケネディ中佐が短く声をかけていた。

「弾庫は空になったな」

 ウイリー中尉も頷きながら返していた。

「報告通り、補充した汎用爆弾はこの出撃機で終いです。本艦に指定されていた航空機材を搭載する補給艦も、在庫分はサイパン島に荷揚げするそうです」


 ハイキャッスルは、一度補充された航空機用の消耗品もほぼ使い切っていた。航空機自体も本来のハイキャッスルの搭載機であるF15Cだけでは足りずに夜戦の直前に着陸してきたゴッサムのF5Uまで動員する始末だった。

 F15Cはともかく、臨時に搭載されたF5Uなどは整備用の機材も十分ではなかったから、既に調子が悪く予備機として格納庫の奥にしまい込まれた機体もあった。

 エセックス級の搭載機や、グアム島に退避していた機体はそれぞれの母艦に帰還していたのだが、それでもハイキャッスルの格納庫は次第に要修理機で埋まりつつあった。

 整備科も機体修理にかかりきりになっていたが、修理用の部品がない事には稼働状態に復旧できないと判定された機体も多かった。元々長期戦を想定していないアーカム級航空巡洋艦を正規空母のように運用するのは無理があるのだろう。



 ウイリー中尉が渡した書類を気のない様子でめくったケネディ中佐は、世間話のように中尉と飛行科士官に向かって言った。

「こうしてまた弾薬も尽きた。整備部品も底をついた。これで本艦の戦闘も終了だな。補給船団の空荷の船も遊ばせる訳にはいかないから西海岸に送り返さなきゃならんだろう。先程艦隊司令部が言ってきたが、我々も彼らを護衛して帰還するぞ。

 尤も、護衛をしようにも本艦に残されたのはあの機銃だけだがね」

 そう自嘲的に言いながら、ケネディ中佐は艦橋から突き出した銃身だけが見える機銃座を指差していた。


 ウイリー中尉は愛想笑いを返していたが、飛行科士官は不安そうな顔を浮かべていた。

「本艦の飛行隊はどうなりますか。やはりアンティータムの飛行隊のようにサイパン島に移動、ですか……」

「それはない。本艦からサイパン島への移駐は行わない。海兵隊でも使用しているF15Cの機体だけなら引き渡して構わんが、搭乗員や整備員は全員本艦に残す。彼らがいなければ航空巡洋艦としてのハイキャッスルの復旧は不可能だからな。

 それにゴッサムから収容したF5Uも全機を搭乗員ごと連れて帰る。彼らはウェイン大佐からの大事な預かりものなんだから、ちゃんと返さないとサンディエゴに帰還してもゴッサムの連中が殴り込みに来るぞ。

 何だか嫌な予感がするんだよ。ここで仮にでも彼らを降ろしてしまったら、もう2度と本艦に復帰できなくなる気がする……」

 ウイリー中尉と飛行科士官は一瞬顔を見合わせたが、ケネディ中佐の冗談だとでも思ったのか、飛行科士官は敬礼すると艦橋を降りていった。


 間が持たなくなったウイリー中尉は、前甲板を見つめながら言った。

「これから本艦も西海岸であの損害を復旧しなければならないのですよね。どのみちその間に本艦の航空隊も転属されそうなものですが……損傷はゴッサムの方が激しかったですからゴッサムの航空隊も西海岸まで連れ帰っても転属になってしまうのではないですか」

「どうかな。航空巡洋艦の狭い甲板から発艦できる搭乗員なら引っ張りだこになるかもしれんが、ゴッサムは一足先に整備員まで連れ帰ってしまったからどのみち航空隊も合流させないと使い物にはならんよ。

 それに飛行甲板の修理はさほど難しい工事ではないから、ゴッサムも短時間で戦列に復旧させられるかもしれない。本艦の主砲は確かに損害が大きかったようだが……もしかすると砲塔を抜き払って飛行甲板を前方に集中して完全に空母にしてしまうかもしれないな」


 ウイリー中尉は首を傾げていた。いくら何でもそんな即席修理など行われるのだろうか。そう考えたのだがケネディ中佐の答えは明快だった。

「この戦争はまだ続くぞ。前線では戦闘艦が不足することになるだろうから、場合によっては即席の修理も相次ぐかもしれん。本艦だってどうなるか分からんさ」

 やはりケネディ中佐が冗談を口にしているのか本気なのか、ウイリー中尉にはよく分からなかった。

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

ワスプ級空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvwasp.html

カーチスF15Cフェニックスホークの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f15c.html

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