1951グアム島沖陽動戦21
本来アジア艦隊司令部が立案していた作戦計画では、巡洋艦4隻を前衛として配置することで主隊接敵前にレーダー索敵により敵艦隊の陣形を把握し、有力な日本軍の水雷部隊に対しては高い火力を持つアラスカ級大型巡洋艦を含む巡洋艦群を誘導して殲滅するというものだった。
そのような方針に従って、ゴッサムのウェイン大佐は後続するアラスカを旗艦とする部隊に自分たちが引き付けた水雷部隊の情報を送り続けていたはずだった。
だが、そのような思惑は、アラスカから全艦隊に向けて送られた通信によって粉々に打ち砕かれていた。アラスカ級2隻とボルチモア級重巡洋艦6隻からなる巡洋艦群は、日本海軍の重巡洋艦と思われる有力な部隊と交戦を開始してしまっていたのだ。
アラスカが交戦を開始した相手は、状況からして既知の艦隊だった。敵艦隊の進路を塞ぐように展開していた前衛の巡洋艦4隻には、転舵した軽快艦艇で構成された部隊が同航戦を挑んできていたのだが、既知のもう一つの艦隊は前進を継続していた。
ゴッサムを始めとする前衛の索敵艦を軽快艦艇部隊に任せて、日本艦隊の指揮官は艦隊主力を前進させていると考えられていたのだが、実際には艦隊主力と思われた敵部隊はアラスカ率いる米巡洋艦群と同程度の規模の巡洋艦群であったらしい。
日本軍の主隊と遭遇戦に巻き込まれるのを避けて、一旦既知の艦隊をやり過ごしてゴッサム以下の前衛が引きつけていた日本軍水雷部隊を後方から仕留めようと機動していたアラスカ率いる部隊は、予想に反して急接近する日本軍巡洋艦との乱打戦に巻き込まれていたのだ。
ケネディ中佐の懸念は正しかった。ハイキャッスルと同航する目前の軽快艦艇部隊が軽巡洋艦と駆逐艦からなる水雷部隊であったのに対して、日本軍も米海軍同様に少数の大型巡洋艦のみを抽出して部隊を編成していたのだろう。
ただし、部隊に編入された艦種は同様であっても、その任務は異なっていたはずだ。アラスカ率いる部隊が日本軍水雷襲撃部隊の殲滅を目指していたのに対して、日本軍の巡洋艦群は米戦艦に対する雷撃を試みようとしているのではないか。
分遣隊の指揮官となっているアラスカの艦長もそのことには気がついているはずだった。彼らは彼らで雷撃を阻止するために有力な日本軍巡洋艦群を殲滅しなければならないのだから、ゴッサムやハイキャッスルの援護に向かう余裕はないはずだった。
そしてアラスカからの通信が行われてしばらくしてから、最後に無線封止を破ってアジア艦隊旗艦の戦艦イリノイから全艦隊に向けて主隊も日本軍の戦艦と交戦を開始したと通信が送られていた。
状況は明らかだった。分割されたアジア艦隊と日本艦隊は、結果的にそれぞれが同格の相手と正面から交戦を開始してしまったのだ。
しかしながら、交戦中の各部隊間に生じている戦力差は実際にはそれほど小さくないはずだった。戦艦群は米日で同数のようだが、米戦艦には護衛のクリーブランド級軽巡洋艦が随伴していた。
それに巡洋艦群同士の交戦域には、一回り火力も装甲も優越したアラスカ級2隻が配属されていた。敵部隊の正体を誤認して機動中に不利な体勢で交戦を強いられてはいたが、大型巡洋艦であるアラスカ級の火力なら条約型巡洋艦程度ならば圧倒出来る筈なのだ。
そう考えると最も不利な戦域は自分達なのかもしれない。ウイリー中尉はそう考えていた。アーカム級航空巡洋艦は前期建造艦のゴッサムでも純粋な巡洋艦よりも主砲の装備数が少ないし、ハイキャッスルに至っては元々少ない主砲塔が航空戦闘の損傷で僅か1基に減っていたからだ。
クリーブランド級軽巡洋艦は個艦性能では日本軍の軽巡洋艦や駆逐艦を圧倒している筈だが、部隊を構成する隻数なら日本艦隊は倍以上だったし、砲火力を補う強力な雷装も有していた。
魚雷には誘爆という危険性もあったが、夜間の遠距離砲撃戦という命中弾が得難い状況では偶然の一打を期待するのは難しいだろう。
前衛部隊の行動にはジレンマが生じていた。前衛部隊が揃って備えている威力が大きいが数が少ない15.2センチ主砲の射撃精度を上げるには接近する他ないのだが、そうなれば砲門数でまさる日本軍に手数で圧倒されるかもしれなかったのだ。
積極果敢を絵に描いたようなウェイン大佐もこの状況を扱いあぐねていたのか、アラスカからの連絡後は艦隊の機動は精彩を欠いていた。ゴッサムを先頭とする前衛部隊は、夜闇に隠れようとする相手の射程外を見極めて、その射程内に踏み込まないように綱渡りの様な機動を要求され続けていたのだ。
均衡が崩れたのは、見張員が彼方で巡洋艦群や戦艦群の交戦によるものと思われる発光を報告してからしばらくしてからのことだった。ハイキャッスル艦橋で射撃指揮所からの連絡を伝令が告げていた。
唯一生き残っている射撃指揮所を通じて第1主砲塔の砲台長が報告を上げてきていた。長時間の戦闘で徹甲弾の残弾が乏しくなっているというのだ。
アーカム級の15.2センチ砲は、原型となったブルックリン級同様に弾庫に1門辺り200発の主砲弾を搭載していたのだが、サイパン島への上陸支援と対空戦闘で既に弾庫内に割増して搭載されていた榴弾はほぼ使い切っているはずだった。
米海軍内で長く軽巡洋艦主砲として多用されている15.2センチ砲はバランスの取れた優秀な砲だったが、それだけに分間で最大10発という高い発射速度によって弾切れが近づいてしまっていたのだ。
後続するクリーブランド級は多少は弾庫も拡大されていたかもしれないが、消耗した弾数はさほど変わらないはずだから、どの艦も弾切れが近いのではないか。
ウイリー中尉は今更注水して無力化してしまった第2主砲塔の弾薬庫に収められていた砲弾のことを未練がましく思い出していたのだが、ケネディ中佐は僅かに眉を寄せただけですぐに伝令に返していた。
「第1主砲塔は最後の徹甲弾を発射した後は榴弾を装填せよ。相手が装甲を持たない駆逐艦なら効果はそう大して変わらんだろう」
「しかし……榴弾も今日の対空射撃で殆ど使い果たしてしまったはずですが……」
「榴弾も弾切れした時は、本艦は照明弾射撃に専念して僚艦を援護する。我が方の射撃を見る限りでは、この距離ではレーダー照準のみで砲撃戦を行うには難しいようだ。同時に接近して両用砲による近接射撃で敵駆逐艦を叩く」
ウイリー中尉の質問に、ケネディ中佐は間髪入れずに返していた。中佐が本気なのは明らかだった。予めゴッサムにハイキャッスルの行動を通信で送ろうとしていたからだ。
砲弾の口径だけ見れば15.2センチ砲と両用砲の12.7センチ砲には大差はないように思えるが、高仰角で連続発砲を行う高角砲として運用する際の使い勝手から両用砲は38口径と比較的短砲身で射程は主砲と比べれば短かった。
そのせいで両用砲は夜戦では発砲機会はなかったのだが、昼間の対空戦闘では連続して射撃を行っていた。両用砲の弾薬庫にも殆ど残弾は残されていないのではないか。もしかすると即応弾を使い果たしたら残弾が尽きる砲塔もあるかもしれなかった。
それに最初から両用砲の弾薬庫内に格納された砲弾は対空用の榴弾ばかりのはずだった。ケネディ中佐が言うとおりに標的が駆逐艦であれば当たりどころによっては致命傷となるかもしれないが、それは相手の駆逐艦主砲からの射撃も十分にハイキャッスルを狙えるということも意味していた。
乱打戦となればあくまで対空砲として両用砲を装備するハイキャッスルの不利は拭い去れないだろう。アーカム級の半分は自衛火力しか持たない空母だからだ。
だが、ケネディ中佐の決心は変わらなかった。ハイキャッスルや僚艦から発生する発砲炎で照らし出される度に不安そうな顔を見せている艦橋要員に向かって笑みすら浮かべながら中佐は言った。
「皆そんな不安そうな顔をするなよ、本艦はまだ大きな損害を被ったわけではないぞ。僚艦が敵艦を撃破する迄耐えきる余裕はあるはずだ。艦内で待機中の飛行科将兵も被弾に備えて全員応急に回せ。
諸君、戦いはこれからだ。艦内に放送を流せ。仮に艦橋からの連絡が尽きても、各科士官は持ち場で臨機応変にその任を果たせ、とな……ふむ、こういう戦闘ではやはり目立つ艦橋にも装甲が欲しいものだな」
アーカム級航空巡洋艦は、被弾を前提として戦闘時に発生する損害を極限するよりも航空機運用を優先した空母型の艦橋構造物であったから、砲戦時の耐久性には問題があったのだ。
だが、それでもケネディ中佐は敵駆逐艦との近接戦闘を躊躇う素振りは見せなかった。
「さて、柄にもなくジョーンズ艦長の真似事などをしてみたがね、まさかジョン・ポール・ジョーンズはフランスかぶれだからこの名言もフレンチフライのように使えないとは言わないだろうね」
茶目っ気のある表情でケネディ中佐が言うと、やけになったような笑い声が艦橋内に広がっていたが、それも最後の徹甲弾が放たれるまでのことだった。
第1主砲塔からの報告を受け取ったケネディ中佐はすかさずゴッサムに単縦陣から離脱して敵艦隊に接近する許可を取ろうとしたが、それよりも早くゴッサムから全艦に向けて通信が入っていた。
「これより右舷に回頭して敵艦隊に接近するか……舵、面舵、ゴッサムに続け。ウェイン大佐もいつもの調子に戻ったな。アラスカの来援が無い以上は無傷での勝利はあり得ない。
ここからは駆逐艦相手の乱打戦になる。最後までリングの上に立っていたものが勝利者だぞ」
ウイリー中尉は何も言えなかった、再びハイキャッスルが大きく傾斜していたからだ。
今度は飛行甲板に遮られていつもは見えない左舷側近くの海面が見えていた。逆に大きく持ち上げられていた右舷から差し込んだ月明かりがハイキャッスルの艦橋内を奥深くまでを束の間照らし出していた。
―――おそらく、この光景を自分は一生忘れられないだろうな。
恐怖を押し殺しながら目前の作業に集中する艦橋要員の姿を見ている間にウイリー中尉は埒もなくそう考えていたのだが、ふと敵艦隊の動きが気にかかっていた。まるで右舷側に見える敵艦隊が停止しているかのように見えたのだ。
普段は薄暗い主計事務室で勘定ばかりをしているせいか、ウイリー中尉は自分の視力には自信がなかった。それに自分達が回頭中なものだから、見かけ上敵艦隊がどう動くのかを咄嗟に把握するのは難しかったのだ。
だが、ウイリー中尉が首を傾げている間に、通信室からの戸惑ったような報告が上がっていた。やはりレーダー観測でも敵艦の反応が停止しているように見えるらしい。ただし、個々の反応はレーダー上の見え方が変化を続けているとも報告されていた。
ウイリー中尉は意味が分からずに首を傾げていたが、これまでレーダー観測に押され気味だった見張り員が興奮した様子で報告していた。
―――敵艦が、その場で一斉回頭中、だと……
ウイリー中尉は唖然として敵艦隊の方を見つめていた。次々とゴッサムやハイキャッスルから回頭前に放たれた砲弾が水柱を上げていたが、いずれも狙っていた敵艦の前方に着弾していた。
ただし、前方というのは先程までの話だった。敵艦隊はその場で一斉に180度の回頭を行っていた。小回りの効く駆逐艦だったから、分解能の大きいレーダー観測では自艦が回頭中であった事もあって、その場で停止しているように見えたのではないか。
敵艦隊は既にこれまでの殿艦を先頭艦として東方、つまり戦艦群が交戦する海域に向かおうとしていたのだが、その狙いは明らかだった。
「足止めされていたのはこちらの方だったということか……舵は戻すな、面舵を続けろ。ゴッサムに続いて本艦隊は単縦陣を組んだまま東方に艦首を向けるぞ。
操舵員、多少ずれても構わない。とにかく敵艦に追いつくんだ」
ケネディ中佐はそう言って回頭を続けているゴッサムに従ってハイキャッスルを回頭させていた。再び傾斜するハイキャッスルの艦橋内で、ウイリー中尉はただ敵艦の艦尾を見つめていた。
こちらが転舵する隙を狙って一斉回頭を行っていた敵艦隊の方が一歩東方に先んじていたが、逐次回頭を続けるゴッサムも追尾戦を諦めてはいなかった。
戦闘はまだ続いていた。
アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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