1951グアム島沖陽動戦16
ハイキャッスルを襲った一撃は、今日の日本軍機による空襲で多用されていたロケット弾ではなかった。流石に在庫が尽きたのか、雲間から唐突に出現した日本軍機がハイキャッスルに投弾していたのは通常の爆弾だったのだ。
翼下に満載した爆弾を急降下しながら一斉に投弾していた日本軍の四四式攻撃機は、艦隊から放たれた対空砲の弾幕に絡み取られて空の藻屑となっていたのだが、その時には爆弾は既に着弾していた。
その時のウイリー中尉には航空管制室で戦闘の様子を固唾をのんで見守ることしか出来なかったから、被弾時の艦橋内部がどのような様子であったのかは分からなかった。
ただ、戦死したアベンゼン大佐の操艦は巧みなものであったらしい。それまでの戦闘でハイキャッスルは大きな損害を避け続けていたからだ。
本来は、敵艦に自由な回避行動を取らせないために、対処時間の短縮を狙って日本軍機は高速のロケット弾を多用していたのかもしれないが、幸運な事にハイキャッスルを狙ったロケット弾攻撃はすべて外れていたのだ。
最後の急降下爆撃も、ハイキャッスルは敵機が投弾を開始した頃には既に転舵を開始していた。司令塔を持たないアーカム級航空巡洋艦の艦橋は、巡洋艦級の戦闘艦としては比較的視界が良かったから、巧みに敵機の機動を読んだアベンゼン大佐が素早く操艦していたのだろう。
それに本来であれば、急降下爆撃でも目標に対して小隊から中隊の単位で一斉に攻撃を加えるのが常識だったが、僚機を失っていたのかその日本軍機は単機で爆撃を行っていたのだ。
結局、急速に回頭しつつあったハイキャッスルに命中したのは一発だけだった。しかも、炸裂の様子からすると命中したのはそれ程大きな爆弾では無かった。
命中したのは五百ポンド爆弾程度だったのではないか。あるいは、日本軍は巡洋艦と空母の機能を兼ね備えているハイキャッスルを空母と捉えて、あくまで飛行甲板を無力化することをだけを狙ってその程度の爆弾を使用したのかも知れない。
だが、ある意味でその一撃はハイキャッスルに致命傷を与えていた。
命中箇所は第二主砲塔だった。アーカム級と同時期に建造されていたブルックリン級軽巡洋艦と設計を同一とする15.2cm主砲の三連装砲塔は、爆弾の直撃に一見すると耐えきった様子を見せていた。
おそらくは、分厚い巡洋艦の装甲を貫通することが出来ずに、投下された爆弾は着弾した砲塔の直上で起爆してしまったのだろう。
ところが艦首で発生した爆弾の炸裂がハイキャッスルに与えた影響は見た目よりも遥かに大きかった。
第二砲塔は、装甲が全体的に起爆によって発生した高温高圧で黒ずみながらも、外観は僅かに天蓋がへこんだ程度に見えたのだが、砲塔内部は剥離した装甲破片が飛び散って砲員や機材に大きな被害を与えていた。
その前後の第一主砲塔と両用砲にも損害が出ていた。背負式の第二砲塔天蓋で起爆した破片が浅い角度で衝突していたためか、第一砲塔の損害は軽微だったのだが、両用砲の損害は大きかった。
第二砲塔直後にある両用砲の装甲は極薄いものながら弾片防護の機能を果たしてよく耐えていたが、露出していた観測機材が破損して砲側で照準を行うのは不可能になっていたのだ。
だが、最大の被害は両用砲塔を飛び越えた艦橋で発生していた。起爆した爆弾の破片か、剥離した本艦の装甲板だったかは分からないが、艦橋内部に飛び込んできた鉄片が乗員や機材を破壊して回っていたのだ。
爆弾の起爆は一瞬だったが、艦橋はその直後に発生した大小様々な破片の直撃によって破壊され、炎上していた。
アベンゼン大佐や他の艦橋要員を殺傷した破片の様に高速で艦橋内部に飛び込んだものもあれば、比較的小さな破片の場合は艦橋構造物外板を貫けずに構造材に食い込んだり、飛散して塗装を剥がしていっただけのものもあったようだ。
結果的にハイキャッスル艦橋前面は塗装が剥げた斑のような痕跡を残していたのだが、そこには破片によって生じた傷跡や焼け焦げだけではなく、赤い血も混じっているようだった。
戦死者の遺体が運び出された艦橋内部では、航行、戦闘指揮に必要な最低限の機材に関する機能復旧が優先されていた。飛行甲板に散らばっていた破片も次々と海に放り込まれていたから、一応はハイキャッスルは短時間で発着艦機能を回復させていたのだ。
だが、最後に射撃した方角を向いたままで動かせなくなった第二主砲塔のように復旧することが不可能なものも多かった。艦橋要員のうち、伝令や操舵員は予備配置のものを回せたのだが、艦長や航海長といった上級士官に替えはなかったのだ。
生存者の兵科士官のうち、最上級者となっていたのは飛行長のケネディ中佐だった。管制室でそれを知らされたケネディ中佐は、僅かに眉をしかめたものの、直ちに艦橋に移動して指示を出していった。
ケネディ中佐の指示は損害の復旧に集中していた。同時に残存する僚艦に現状を報告する通信を送っていた。僚艦もどこかしら損傷を負っていたが、艦長や幹部が軒並み戦死していたのはハイキャッスルだけのようだった。
ハイキャッスルは、直ちに損害を復旧させねばならなかった。今日最後の戦闘で敵機を食い止めていた戦闘機隊がぐずぐずしていると帰還してしまうからだ。
だから操艦に必要な艦橋の機能復旧と飛行甲板の清掃が何よりも優先されていた。幸いなことに飛行甲板に損傷はなかったから、飛来した破片さえ取り除けば着艦作業自体は難しくないはずだった。
艦隊の指揮は、4隻の巡洋艦のうち最専任の艦長となったゴッサムのウェイン大佐がとっていた。
尤もウェイン大佐も損傷したゴッサムの処置に追われていたから、4隻の巡洋艦は緩やかな陣形を構築しつつ艦隊主力が待機しているサイパン島沖に向かって航行するばかりだった。
すでに夕刻になっていた。発艦はこの時間でも可能かもしれないが、着艦する頃にはどちらの艦隊も完全に闇に覆われているだろう。おそらくは日本艦隊でも、ハイキャッスルのように出撃機の収容が相次いでいるのではないか。
―――今日の戦闘はこれで終わりか……結局今日の戦闘ではどちらが勝ったのだろう。
ぼんやりとそんな事を考えていたウイリー中尉は、ふと目前の光景に違和感を抱いたが、その正体に気がつく前にケネディ中佐の声が聞こえていた。
「第二主砲塔は本当に使用不能なのだな……」
僅かな望みにかけたようなケネディ中佐の声だったが、ウイリー中尉は鎮痛な面持ちで首を降っていた。
「砲台長は戦死したので、現在第二砲塔の指揮は射手の先任下士官がとっています。彼と話しましたが、天蓋から飛び込んだ破片で1門の砲架が損傷して後座不能、他の2門も作動は怪しいそうです。
それに……」
ウイリー中尉は夕闇に沈みこもうとしている第二主砲塔を艦橋から指差していた。正面に向けられた第一砲塔と違って、第二砲塔は不自然な向きで停止していた。
「御覧の通り、第二砲塔の旋回機構は完全に破損しています。先任下士官曰く、修理は不可能ではないが、艦内工作では時間がかかるとのことでした」
「時間がかかるとは、どの程度を言うんだ……1時間なのか、1日なのか……」
即座にケネディ中佐はそういうと眉間に皺を寄せていた。むしろウイリー中尉は中佐にしては珍しいその勢いに驚いていたのだが、ケネディ中佐はすぐに独り言のように続けた。
「結局砲塔内部が傷付いているようでは発砲は出来ない、か……分かった。それなら第二砲塔は誘爆を避けるために弾薬庫に注水させよう。動ける砲員は応急班に編入させるように……航海、ちょい右」
ウイリー中尉の報告を聞きながらサンドイッチを流し込んでいたケネディ中佐は、報告を聞きながらも途中から慌ただしく操艦まで行っていた。本来操艦を任せていた航海士の経験が足りなくて不安だったのだろう。
ケネディ中佐の操艦指揮は、元々水上機乗りの飛行長という割には巧みだった。あるいは自分にも経験のある着艦作業であったからかもしれない。
夕陽に追いかけられるようにしてハイキャッスルでは未だに着艦作業が連続していた。着艦してくるのは自艦の分だけではなかった。僚艦ゴッサムから発艦した機体もハイキャッスルに着艦していたのだ。
その理由は、ウイリー中尉の視線の先にあった。
ハイキャッスルと同じくアーカム級航空巡洋艦であるゴッサムの艦尾には、水線長の半分以上にも達する長さの飛行甲板が配置されていたのだが、本来遮るものがなく平らに整形されているはずのゴッサムの飛行甲板が、大きく捲れて醜い傷跡を残していたのだ。
ゴッサムに直撃したのは例のロケット弾だった。艦橋より後ろの飛行甲板に浅い角度で命中したロケット弾は、着弾と同時に起爆して破片を撒き散らしていたようだった。
アーカム級の飛行甲板は、巡洋艦用の主砲塔と違って分厚い装甲など施されていないのだが、対空砲火を恐れてロケット弾が大遠距離で発射された為に、落着時の角度は低かった。
これが船体側面の格納庫壁面に相当する箇所に命中していれば、ロケット弾でも易々と貫いて可燃物が残されていた格納庫内で起爆されていたかもしれ無かった。
だが、命中時の角度が浅くともロケット弾の信管は作動していたようだった。その一撃でゴッサムの飛行甲板は機能を失っていたからだ。
ハイキャッスルの第二主砲塔と同様に、飛行甲板の中央付近を破壊されたゴッサムの発着艦機能回復は難しいようだった。爆圧によって飛行甲板を支える構造材が破断してめくれ上がっていたからだ。
しかも、命中した箇所は着艦制動索が設置された箇所の近くだった。破片で破断した制動索を取り替えるのは容易だったが、飛行甲板の中でもそこを狙って着艦機が降りてくるということは、着艦時に最も荷重がかかる箇所であるということを意味していた。
結局は、ゴッサムから発艦した機体もハイキャッスルに降ろすしか無かった。残燃料に余裕のある機体は、ハイキャッスルでは無く後方の艦隊主力かサイパン島に向かえと通信を行っていたが、激しい機動が連続する戦闘中の燃料消費増大を考えれば現実的な指示ではなかった。
それどころか、後方に向かうどころか艦隊主力に随伴しているエセックス級やまだ距離のある増援空母部隊から無理に出撃してきた戦闘機の中にも燃料が乏しく緊急着艦を要請してくる機体も少なくなかった。
ハイキャッスルは狭い飛行甲板を最大限使用して着艦作業を続けていた。幸いな事に夕方からは風向きが変わったらしく、艦首は概ねサイパン沖の艦隊主力を向いている筈だった。
だが、着艦は可能でも艦内への収容は難しかった。飛行甲板と格納庫を繋ぐエレベーターは飛行甲板に埋め込まれてその一部をなしていたから、着艦作業中はそう簡単に作動させて飛行甲板に文字通りの穴を開ける事が出来なかったからだ。
それに戦闘で失われた機体を除いたとしても、ゴッサムとハイキャッスル固有の搭載機に加えて緊急着艦機まで収容できるほどアーカム級の格納庫容積に余裕は無かった。
結果的に着艦機の多くは、損害を見つけた端から言い訳が出来たとばかりに次々と海中に投棄されていった。
主計士官であるウイリー中尉は、飛行甲板から次々と捨てられていく合衆国資産を目にしてどことなくやりきれないものを感じていた。時間さえあれば損傷した機体もゴッサムの飛行甲板も修理することが可能だったからだ。
ハイキャッスルの第二主砲塔弾薬庫もそうだった。わざわざ注水してむざむざと砲弾や装薬を無駄にしなくとも、砲塔を修理する際に弾薬庫から運び出せば済む話ではないか。
何なら第一主砲塔に運び込んでもいいのだ。ウイリー中尉にはこの状況では弾薬庫に危険が及ぶとは思えなかった。
ウイリー中尉の認識が甘かった事を知ったのは、それからすぐの事だった。中尉が知らない間に艦隊には危機が迫っていたのだった。
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