1951グアム島沖陽動戦14
硫黄島上空での損害で数を減らした第21爆撃群に所属するB-49の再出撃は、グアム島内における爆弾の在庫不足という意外な、だが根本的な理由で難しそうだった。
第20爆撃集団の指揮統率能力は、新参の第21爆撃群に対してはそれほど強くない、というよりもほとんど無視されているようなものだから、先任将校となってしまったヘイル大尉でも出撃計画を潜り込ませること自体は難しくなかったのだが、爆弾倉を空にして出撃しても意味はなかった。
整備下士官からの報告に眉をしかめていたヘイル大尉に、下士官と一緒に島内の偵察に出していたスレーター少尉が慰めるように言った。
「しかし、さっき聞いた話ではハワイ諸島の基地化は順調に進められているそうですから、これからは補充機も、燃料弾薬の移送も、安定して送られてくることになっているようですよ。
何とかB-49でも離着陸出来る程の滑走路までもう出来ているそうですから、すぐに滑走路もさらに延長されるんじゃないですか。ハワイには大きな島もあるそうですから、駐機所の面積もミッドウェーの猫の額のようなものじゃなくて、グアム島みたいに立派なものが作られているとかなんだとか。
そうなればB-36も苦労してあの狭苦しいミッドウェー島経由で1機2機で乗り込んでくるんじゃなくて、編隊毎で一斉に飛来して来るんじゃないですかね。編隊を全機受け入れて整備まで出来る駐機所さえあれば、もっと安定して太平洋を越えてこられるはずですよ」
「いくら何でも、その頃には俺達は戦闘機隊と一緒にサイパン行きだろうさ……」
戦前から整備されていたグアム島とは違って、日本人がどれだけ手を加えていたかは知らないが、サイパン島の滑走路はこれからほとんど現地の米軍の手で建設しなければならなかった。
急増の野戦飛行場となれば規格も貧弱、というよりも舗装など期待出来ないのだから事故率も上がるだろうし、支援設備が整っていないから整備にも苦労することになるだろう。
だが、気が滅入って来ていたヘイル大尉は、それ以上に気になることがあったから、鋭い視線をスレーター少尉に向けていた。
「前線を放ったらかしにしてまで、ハワイの基地化を進めてるんだからそれ位やって貰わんと割に合わんが、原住民をこき使えば手の空いた工兵隊をもっとサイパンにも送り込めるんだろうじゃないのか。
それにいくら中間結節点となるハワイが整備されて、既存のミッドウェーと一緒になって次々飛行機を送ってきたとしてもだ。それを動かす燃料も弾薬も……それに喰い物だって空輸するわけにはいかんだろう。
前線にそれだけ大喰らいのB-36を大量に置いておくということは、補給船だって今よりもっと頻繁に送り込まなきゃならんという事だぞ」
自分達のB-49のことは棚に上げてヘイル大尉はそう言った。
「その辺も手は当てていると通信隊の同期は言ってましたが……西海岸中の造船所じゃ大慌てで貨物船と護衛艦を造ってるって話です」
「どうせなら開戦前から建造を始めて欲しかったがな。大体そんな簡単に船って造れるのか……それに貨物船なら合衆国船籍のが前々からもっとあるだろう。東海岸から貨物船をパナマ運河を使って回航させれば良いじゃないか」
「どうですかね……合衆国船籍の貨物船で東海岸にある分は、南米との交易に加えてカリブ海の占領地維持にも使われているから船員には休みもないらしいですよ。
前の戦争でひどい目にあって余裕が無いからかもしれませんが、ライミーやフロッギーはカリブ海にろくな戦力をおいて置かなかったみたいです。それでレザーネックもサイパンと違ってあっという間に島々を奪取できたらしいですが……
占領したらしたで補給はいりますからね。どうせカリブ海の小島には碌な食料も無いから、海兵隊の補給は大変なんじゃないですか、島一つ一つに駐留している海兵隊の頭数は少なくとも、占領した島自体の数が多いですからね」
何気ないスレーター少尉の言葉に、ふとヘイル大尉は考え込んでいた。
「そうか……逆に考えれば、海兵隊がカリブ海と違って今も占領しきれていないということは、サイパン島には本当に日本人がまだ潜んでいるのかもしれんな……
前に新聞か何かで見たが、日本人にはニンジャとかいう首を切り取りに来る部隊だか集団がいるらしいぞ。第二次欧州大戦じゃ、イタリアにいたドイツ人の将軍が生首を掲げられたとかいう話だ」
スレーター少尉は怯えた様子で首をすくめていた。
「日本人はあんな大艦隊を造るほど近代的なのに、やっぱり黄色人種は根本的に野蛮人なのかな……本当に俺達B-36に駐機所を譲ってサイパン島に行かなきゃならないんですかね。何だか行きたく無くなってきたな」
「俺だって出来る事ならいっそまるごと更地にしてからサイパン島に乗り込みたい所だがな。まぁ原住民だって手懐けられれば労働源にはなるだろう。マッカーサー大統領自慢のマニラ要塞だって、現地のフィリピン人を大分雇用して建設したと聞いているぞ。
しかし、カリブ海ですら補給が追いついていないということは、合衆国は戦線を広げ過ぎたということかな。この戦争は東西どちらの戦線も島を巡っての争いになる。船が無ければどうしようもないぞ……」
「いや、それで西海岸の造船所では次から次と貨物船と護衛艦が進水しているらしいって話なんじゃないですか」
「造船所って……あのルーズベルトの置土産ってやつか」
ヘイル大尉はしばらく前まで驚異的な勢いで建造されていた海軍の巡洋艦群のことを思い出していた。ルーズベルト政権時に始まった大量建造は、大恐慌で商船建造の需要が著しく低下した結果として経営の危機に陥っていた大手の造船所を援助するという政策であったらしい。
その大手造船所で今度は貨物船を建造しているのだろうが、おそらくは時間をかけてじっくりと建造していた巡洋艦とは違って、急増の戦時仕様に簡略化された貨物船なのではないか。
ヘイル大尉の想像を肯定するようにスレーター少尉はうなずいていた。どうやら意外なほど詳細を通信隊の同期生から聞き出していたらしい。
「何でも貨物船は巡洋艦サイズの一万トン級となる大型貨物船なのだそうですが、短時間で建造を行うために既存貨物船の設計を原型としつつ極限まで簡略化した、らしいです。
建造期間は船台に並べてから完成まで一ヶ月位まで短縮するとか言う話です。でもこんな話が出ているということはもう早くから建造していた分は完成しているんじゃないですか。
護衛艦の方も、駆逐艦よりもずっと小さい護衛駆逐艦だったか哨戒艦だとかで……一時期海軍がご執着だった魚雷艇と駆逐艦の間の子ぐらいだとかいう話です。
なんでもこっちは、巡洋艦を作ってた所よりもっと小規模な、大型の漁船の設計をもとにしてるらしいです。海軍の方じゃもっと本格的な駆逐艦寄りの船を作ろうとしていたらしいんですが、それなら最初から立派な艦隊型駆逐艦を作れば良いじゃないかという声があったそうで……
最後は、大統領が一喝して早期に建造できる簡易な船になったとかなんだとか、噂ですが」
「漁船が原型だと……そんな船で戦争ができるのか」
不満そうなヘイル大尉を宥めるようにスレーター少尉は続けた。
「いや、漁船といっても外洋のトロール船が原型だという話です。それに、前の戦争ではライミーが同じやり方でトロール船を護衛艦に仕立て上げ直して大西洋でドイツ人の潜水艦相手に戦っていたらしいですから、それを真似たんでしょう。
それに、護衛艦はミッドウェーかハワイまでの護衛で、そこからは太平洋艦隊の駆逐艦や巡洋艦が護衛につくという話もあるそうですが……」
「そういうことか。いくらなんでもミッドウェーより東に易々と日本人が乗り込めるとは思えん。よくもまぁこの短期間で建造出来たものだと思ったが、つまり護衛艦は数合わせということなのか」
呆れたような顔になったヘイル大尉に対して、スレーター少尉は周囲を見渡してから声を小さくしながら言った。
「それよりも1つ気になる噂を聞いたんですが……」
周囲のB-36辺りを気にしている様子のスレーター少尉に怪訝そうな目を向けながら、ヘイル大尉は無言で先を促していた。
「どうも最近傍受された日本本土で発振された日本軍の通信で、不審なものがあるそうなんです」
「あいつらは存在そのものが不審だよ」
いい加減に混ぜっ返したヘイル大尉を気にする様子もなく、スレーター少尉は緊張した顔で続けた。
「無線の内容自体は暗号化されていたので爆撃集団通信隊では傍受しても中身は分からなかったそうです。それで、通信の中身は本国の暗号解読部隊送りになったそうなんですが、呼出符号だけは明確でした。
ただ、それがヒエイ、ヤマシロ、イセとかなんだったとかで……薄気味悪い話です」
ヘイル大尉は首を傾げていた。
「なんだそれは、何かの日本人の呪文か」
スレーター少尉はともかく、先に話を聞いていたのだろう整備下士官もヘイル大尉に呆れた顔を向けていた。整備下士官は誰かがその辺りに置いてあった識別帳を手にとって日本軍の艦艇が載っているページを素早くめくると、ヘイル大尉に示していた。
「金剛型、山城型、伊勢型……なんだ、今のは日本人の戦艦じゃないか。別に日本人が国内で無線連絡を行うなら艦名をそのまま使ったというだけでは無いか。別に気にする話でもないだろう」
ヘイル大尉はつまらなそうな顔だったのだが、識別帳に記載が追加されているのに気がつくと眉をしかめていた。大尉の様子に気がついた二人は続けて言った。
「大尉殿、名前が上がった日本人の戦艦は多分核攻撃で沈んだやつですぜ」
「それで、通信隊の中では日本本土で幽霊艦隊が編成されているって噂になっているそうです……」
だが、ヘイル大尉が眉をしかめていたのは僅かな間だった。
「その……電波源はこの戦闘中に奴らの本土から動いているのか。いや、それ以前にまだ発振は続いているのか」
「奴らの本土近くで戦闘中も発振が続いていたそうです。打鍵の癖からしておそらくは相手の通信士は変わっていないという話ですから、多分間違いないでしょう。
ですから、この作戦が日本軍の主力かどうか通信隊では疑い始めているようで……」
スレーター少尉は通信隊の様子を告げたが、ヘイル大尉は一蹴していた。
「それは単なる偽電だろう。撃沈された艦艇を装って何処かの地上局から電信を行っているだけだろう。
あるいは、我が軍に積極的に誤認させる為に新造艦に沈んだ艦の艦名を使いまわしたのかもしれん。それなら我が海軍の……その哨戒艦の様に、開戦以後に慌てて建造した船だろうから、精々駆逐艦か哨戒艇といったところだろう」
「しかし、日本人は前の戦争で大量に作った駆逐艦が余っているはずです。新造艦を今さら作るとは考え難いですが……」
スレーター少尉はまだ納得していない感だったが、ヘイル大尉は続けた。
「通信隊も少尉も考え過ぎだよ。俺たちは日本人の戦艦や空母を何隻も見てるんだぞ。あの艦隊は日本人の全てではないかもしれないが、残存戦力の推定からはかなりの部分だとされてるんだろう。
あの艦隊を俺とお前が見ただけなら幻かもしれんがな、その後はちゃんと偵察機も出ているし、何よりサイパン島沖合の艦隊はひどい目にちゃんとなってるじゃないか。
いくら何でも、囮の艦隊に沈められるほどアジア艦隊だって馬鹿じゃない。俺達は、今はとにかく目前の敵艦を沈めていけばいいんだ」
自分に言い聞かせるようにそう言ったヘイル大尉に、整備下士官は思案顔で言った。
「敵艦を沈める、ですか。それなら何とかなるかもしれませんが……」
考え込んだ様子の整備下士官に、ヘイル大尉は期待を込めた視線を送ったが、大尉の表情が凍りついたのはそれからすぐのことだった。