1951グアム島沖陽動戦10
危ういところだった。ハイキャッスルが僚艦ゴッサムと合流する前に、早くもレーダーが接近する敵機の姿を捕らえていたからだ。勢い込んで出撃していた戦闘機隊は北方に展開しているはずだが、既に戦闘機で作られた阻止線を突破してきた敵機があるらしい。
アジア艦隊が一斉に出撃させた戦闘機隊は百機以上にはなるはずだったが、確認された日本艦隊の空母保有数からして飛来する攻撃隊の機数も同程度はあるのではないか。当然日本軍も有力な戦闘機隊を攻撃隊に随伴させているはずだから、ある程度の攻撃機に突破される可能性は予想出来たことだった。
慌ただしく陣形を構築されたのはささやかな艦隊だった。僅かな数のBTMを追加で出撃させたゴッサムは、よほど自信があるのか単艦でハイキャッスルに合流していたからだ。
だが、たった1隻で接近する僚艦の姿が見えた時はどんな援軍よりも頼もしく見えたのか、ハイキャッスル艦内からは見張所などから大きな歓声が上がっていた。ハイキャッスルに随伴する護衛艦艇は駆逐艦2隻のみだったからだ。
再度反転したゴッサムを先頭にした2隻のアーカム級航空巡洋艦は、左右にハイキャッスルの護衛としてつけられていたクレムソン級駆逐艦1隻ずつを並進させていた。この部隊は必死でアジア艦隊主力の中に潜り込もうと南下を続けていた。
ウイリー中尉は、僅かに同情の念を抱きつつ、4本煙突から轟音が聞こえてきそうなほど勢いよく白煙を立てながら激しく揺れるクレムソン級駆逐艦の側面を見つめていた。
隊列を組み直す時も2隻の駆逐艦には余裕が無さそうだった。アーカム級航空巡洋艦の中でも後期建造艦のハイキャッスルと初期に建造されたゴッサムの建造年次には隔たりがあったが、クレムソン級駆逐艦はそれ以上の古強者だったからだ。
古臭い艦影を持つクレムソン級駆逐艦は、30年ほど前に第一次欧州大戦への参戦をにらみつつ米海軍が大量建造していたコールドウェル級を嚆矢とする俗に平甲板型と括られる駆逐艦に属していた。
国内政治情勢などから、結局最後まで大戦に参戦せずに中立を保っていたにも関わらず3桁を越える数の新鋭駆逐艦を一挙に建造した米国の経済力と技術力は、参戦諸国を驚かせていたのだ。
だが、皮肉な事にこの平甲板型駆逐艦の大量建造がその後の米海軍駆逐艦の刷新に大きな悪影響を及ぼしていた。
海軍の建造予算が、大不況下の公共工事という意味合いを持たせて各民間造船所に割り振られた結果、第一次から第二次欧州大戦の間に米海軍に就役した艦艇は効率の良い巡洋艦に集中していたからだ。
その中で取りあえずは旧式化していても艦隊の所要数が確保されていた駆逐艦の新規建造数は著しく抑えられており、僅かに建造されていた新鋭駆逐艦は実質的に大量建造される際には原型となる試験艦のようなものだった。
一見数が揃っていても、第二次欧州大戦に投入された列強の新鋭大型駆逐艦と比べると平甲板型駆逐艦の性能が著しく陳腐化しているのは否めなかった。それに短期間で同級駆逐艦が大量建造された結果、代替艦を建造しなければならない時期も集中してしまっていたのだ。
第二次欧州大戦後はバランスの良い艦隊編成を目指して米海軍でも新鋭駆逐艦の建造も行われていたのだが、未だに米海軍駆逐艦の数上の主力は平甲板型駆逐艦が占めていた。
巡洋艦建造に集中していたルーズベルト政権から、中継ぎでしかなかったエレノア政権、航空行政に集中したカーチス政権と目まぐるしくホワイトハウスの主が入れ替わる中では長期的な建造計画が定まらずに新鋭駆逐艦の数はなかなか増えなかったのだ。
数不足の新鋭駆逐艦を補う為に、軍縮条約の制限による余剰艦の廃棄や老朽化による廃艦措置をくぐり抜けて建造時の半数程に減ってはいたものの、残存するクレムソン級は修理を続けながら艦隊での運用を継続していた
残存艦も予算不足で大規模な近代化改装も進められていない艦が多かったから、対空戦闘能力にはさほど期待は出来なかった。建造当時から搭載されている短砲身の3インチ砲など単なる景気づけの役割しか無いのではないか。増設された機銃の方がまだましだった。
それに残存している平甲板型駆逐艦は程度の良い艦ばかりの筈だが、経年劣化で建造時の最高速力を発揮できない艦もあるようだった。
ハイキャッスルの左右に展開するクレムソン級もカタログ上はアーカム級よりも数ノット優速であるはずだが、陣形を転換するために増速にあえぐ姿には余裕は見えなかった。
クレムソン級駆逐艦は、僅かな数の高角砲のみならず限定的な対空能力しか持たない平射砲の4インチ砲まで上空に向けていたのだが、最初に火を吹いたのはゴッサムの主砲だった。
アーカム級航空巡洋艦は、艦首にブルックリン級軽巡洋艦と同型の6インチ砲を備えていたのだが、後期建造艦のハイキャッスルは軍縮条約が無効化された後に建造されたこともあって、復元性の向上を計る巨大なバルジを備えると共に、飛行甲板の延長と高角砲の増設を行っていた。
その代わりに後期建造艦では主砲の砲塔を3基から2基に削減していたのだが、今日ばかりはウイリー中尉もそれが誤りであったのかもしれないと考えてしまった。
発砲の閃光からわずかに遅れて洋上に轟いていた砲音は大きかった。そしてゴッサムから放たれた主砲弾は、彼方に見え始めていた日本軍機の前方で数十秒後に時限信管を作動させて勢いよく炸裂していた。
ウイリー中尉はその光景に目を奪われていたのだが、ケネディ中佐は淡々とした調子でいった。
「なるほど、ウェイン大佐は一番派手なやり方で日本人達に宣戦布告したわけだな」
こちらに背を向けていたケネディ中佐に首を傾げたウイリー中尉の様子が見えていたわけではないだろうが、ようやく姿が見え始めた敵機が機動する様子を双眼鏡で確認していた中佐は続けた。
「我々の戦闘機隊に妨害されて日本軍の編隊は整然と進撃することが出来ていない。三々五々と接近するなら、本隊に接近させずに我々のささやかな艦隊に引きつけて各個撃破出来るかもしれない。ウェイン大佐はそう考えたのではないかな」
ケネディ中佐の冷静な声にウイリー中尉は先程ゴッサムが合流した時の興奮が霧散していくのを感じていた。まるで敵機の全てが囮となった自分一人に襲い掛かってくるのではないかと考えてしまったのだ。
ところが、ケネディ中佐は先程東海岸の現状を話していた時よりもよほど余裕がありそうな顔になっていた。まるで戦場では自分には弾が当たらないと考えているようだった。
「やはり日本軍は、大部分が我が方の戦闘機隊との戦闘に巻き込まれているようだ。思ったよりも数が少ないし、編隊毎の機数も少ない。それに戦闘機の姿も見えない。おそらく阻止線をこじ開けたのは良いが、日本軍の戦闘機隊は優勢な我が方の戦闘機隊を食い止めるのに必死なのだろう。
進撃中に要撃を受けたものだから、いま見えている敵機も戦闘機隊の援護が間に合わずに本隊からはぐれて分散してしまったのかもしれん。あいつらの装備が雷撃か爆撃かは分からんが、ゴッサムを知り尽くしたウェイン大佐なら攻撃を避けられると踏んだんじゃないか……
そういえば俺はあんまり詳しくないんだが、アベンゼン大佐は操艦は上手いのか」
双眼鏡から目を離したケネディ中佐は平然としてそう言ったが、引きつった顔でウイリー中尉は首を傾げていただけだった。これまで艦長の操艦に注意していた、というよりも注意出来る程の余裕を持ったことが航海経験の少ないウイリー中尉には無かったからだ。
そもそもあまりウイリー中尉の答えを期待していなかったのか、ケネディ中佐はすぐに視線を敵機に戻していた。ウェイン大佐の命令でゴッサムが上げた主砲による派手な号砲に引き寄せられたのか、僅か4隻の艦隊に日本軍の攻撃機が次々と接近していたのだ。
「そろそろ両用砲の射程に入る、かな」
「両用砲の射程に入る前に、本艦は主砲を使わないのでしょうか……」
ケネディ中佐は僅かに考えている様子だったが、すぐに首をすくめていた。
「6インチ砲は装薬量は大きいが、装填や砲塔旋回の速度が遅いから対空戦闘には向かないからな。第一、6インチ砲の射程と初速では、照準から着弾までに高速の敵機に回避されてしまうよ。方位盤も対空射撃向けじゃないから敵機の機動に照準を追随させるのは難しいだろう。
平射砲と対空砲を兼用するという6インチ砲も以前部内で研究されていたらしいが、予算不足で開発は難航していると随分前に聞いているぞ。さっきのゴッサムの射撃だって、敵機を引き付けるのが目的でウェイン大佐はまともに戦果を狙った訳じゃあるまい。
……妙だな」
それまで流暢に喋っていたケネディ中佐は、唐突に双眼鏡の視野に注目して押し黙っていた。
不安に思ったウイリー中尉も航空管制室の視界の良い窓から敵機が接近する方向を確認しようとしたが、敵機は肉眼ではまだ豆粒のような大きさにしか見えなかった。その時になってようやく日本軍機が艦隊側面から揃って襲撃してくることに気がついていた。
「敵機はおそらく日本軍の44式攻撃機、我が方のBTMに匹敵する筈だが……胴体下に大寸法の何かを吊っている、主翼には何も見えない……だが雷撃にしては高度が高過ぎる……この隊列に魚雷を投下するつもりならもう高度を落としている筈だし、逆に急降下爆撃には低すぎる」
「日本軍の練度が低いということは無いですかね……」
独り言のようなケネディ中佐のつぶやきにウイリー中尉が希望的な観測を言いかけたが、それよりも早くハイキャッスルとゴッサムの両用砲が発砲を開始していた。
僅かに遅れて側面を航行中の駆逐艦の甲板上でも砲口炎が見えていた。アーカム級が装備する38口径5インチ両用砲よりもクレムソン級に残されていた短砲身の3インチ高角砲の方が射程が短いものだから、より敵機に近いはずの駆逐艦の方が敵機を射程に入れるのが遅かったのだ。
射程外なのか反対舷の駆逐艦は発砲していないようだが、僅か4隻の艦隊とはいえ必死になって行われる対空砲火の勢いは激しかった。次々と空中で炸裂する対空砲弾は、致命的な密度で弾片を撒き散らして空域に障壁を作り出しているはずだった。
だから敵機の方向で火炎らしき光が見えた時、ウイリー中尉は敵機が撃墜されたと考えてしまっていた。ウイリー中尉だけではなく、飛行甲板や対空機銃に取り付いている兵の中にも歓声を上げているものも多かった。
しかし、次の瞬間彼らは揃って凍りついていた。それは敵機が爆散した光ではあり得なかった。長大な白煙を後方にたなびかせながら光源が凄まじい勢いで接近していたからだ。
光源は1つではなかった。小隊規模の攻撃機から何かが一斉に放たれていたのだ。
「糞、日本軍が装備していたのは大型のロケット弾だったのか。機銃も射撃を……始めたな」
ケネディ中佐の言うとおり、側面のクレムソン級に続いてハイキャッスルとゴッサムも両用砲だけではなく機銃も射撃を開始していたが、ウイリー中尉にはそれが管制されたものなのか、それとも急接近するロケット弾に対する恐怖が引き金を引かせたものなのかは分からなかった。
最初に日本軍機が狙ったのは、敵機と2隻のアーカム級の間に入り込んでいたクレムソン級だった。初弾は外れた。ロケット弾はクレムソン級の後方に虚しく水柱を上げただけだった。
2発目は撃墜されていた。米海軍のロケット弾同様に思ったよりも日本軍のロケット弾も飛行速度が遅いのかもしれない。目標を切り替えた高角砲弾と機銃弾の障壁に絡め取られたロケット弾は、唐突に迷走を始めると勢いよくクレムソン級の手前の海面に落着して爆発していた。
束の間歓声が上がったが、すぐにそれは悲鳴に変わっていた。クレムソン級に吸い込まれるように3発目が命中していたのだ。その一撃でクレムソン級の艦橋は倒壊していた。少なくともロケット弾は500ポンド爆弾程度の威力はあるのではないか。
そしてクレムソン級が無力化した後は、無防備に側面を晒したハイキャッスルとゴッサムが狙われるのは疑いようも無かった。
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