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1951グアム島沖陽動戦9

 ―――こんな話を聞かなければ良かった。

 緊迫した情勢の航空巡洋艦ハイキャッスルの航空管制室で、主計士官のウイリー中尉は合衆国の中枢たる東海岸の内情を聞かされて困惑していた。

 癇に障ることに、眉間に皺を寄せながら思い悩んだ様子で話をしていたケネディ中佐は、愚痴を吐き出す事が出来たのかどこか気楽そうな顔にすらなっていた。



 日本軍の空襲が迫っているはずなのに、ウイリー中尉は白けた顔になっていた。元々ケネディ中佐は、ハイキャッスルの士官室の中でもどこか浮いた雰囲気があった。

 大不況の中で海軍兵学校に入学した士官は、どちらかというとウイリー中尉のように学費の高い大学に入学する余裕のない裕福ではない家庭のものが多かったのだが、ケネディ中佐は全米でも指折りである実業家一族の出身だったからだ。


 ケネディ中佐の一族は元々は貧しいアイルランド系の遅れてきた移民であったらしいが、結束の強いアイルランド系移民のまとめ役として次第に東海岸でも無視できない政治力を有していた。

 ただし、一族の資本を莫大なものに拡大してみせたケネディ中佐の父親は、その手腕は誰もが評価するものの非合法と紙一重の強引な手法を何食わぬ顔で行う悪辣さも持ち合わせていた。


 手段を問わずに大不況の中でも莫大な財産を築いたケネディ中佐の父親が次に目指したのは、政界への進出だった。以前からの知り合いだったルーズベルト大統領の選挙を支援し、その伝手で外交官として活躍を始めたのだ。

 もしも第二次欧州大戦時のソ連大使時代にドイツのナチス党を持ち上げるという不用意な談話を暴露されなければ、ケネディ中佐の父親はいずれは大統領選にも出馬していたのではないか。


 元々反共的だったというケネディ中佐の父親は、醜聞を暴露された後は容共だったルーズベルト政権から睨まれて元の企業家に戻っていったのだが、一族から政治家を出すという野望は失せていなかった。

 それ故にケネディ中佐やその弟達には、後ろ暗いビジネスを経験とした自分とは違う、東海岸の生まれながらのエリートとしての政界入りを期待していた、らしい。


 ところが長男であるケネディ中佐は、父親の期待を大きく裏切って海軍士官の道を選んでいた。

 父親がソ連大使に任命された際には既に子供とは言えなかったケネディ中佐は米国内に留まっていたのだが、有名な進学校からアイビーリーグと呼ばれる名門私立大学へ入学という東海岸エリート層のお決まりのコースに進むはずだったものが、勝手に海軍兵学校に志願していた、と本人は語っていた。

 そのことに父親は激怒したらしいが、遥かソ連に赴任していたためにそれ以上の干渉は出来ずに、ケネディ中佐は結局は無事兵学校に入校することが出来たようだ。



 ただし、赴任後に士官室で面白おかしく本人が吹聴した話が全て真実とは思えなかった。ケネディ中佐の父親が当時のルーズベルト大統領の有力な支援者だったのは有名な話だったからだ。

 本当に父親が海軍兵学校への入学を阻止するつもりならば、政治的にいくらでもやり方はあったのだ。ところが実際にはケネディ中佐は父親の知人である有力な議員の推薦を受けて楽々と兵学校に入学していたのだ。

 それにケネディ中佐が兵学校に入学する時は、まだ父親はソ連大使として失言する前だったから、海軍に深い関わりを持つルーズベルト大統領が一言言えば海軍入隊自体が不可能だっただろう。


 どこかの時点で父親と和解したか、それとも父親が激怒したという話自体からしてケネディ中佐が「盛っていた」可能性が高かった。

 ケネディ中佐の弟は、彼が進まなかったお定まりのエリートコースを辿って法曹関係から若くして政界入りを果たしていたというから、父親もケネディ中佐自身には軍関係のコネを作らせるつもりでもあったのではないか。



 こうした背景もあって、ケネディ中佐自身は飄々としていたものの、ハイキャッスル士官室で浮いているのも当然といえば当然だった。

 何故兵学校出身で数少ないパイロットを志願したのか、そう聞かれたときも親父に黙って自家用機に乗ったときの興奮が忘れられないから、と子供のようなことを言っていたのだが、同僚たちからは冷ややかな目で見られていた。

 ウイリー中尉は、陰でケネディ中佐と兵学校の年次が近い航海長が、あんな金持ちのお坊ちゃんが国の金で遊覧飛行をするために親父のコネを使って入学したために、本来なら入学できるはずだった兵学校生がひとり減ったんだ、と吐き捨てるように言っているのを聞いていたのだ。

 高価な航空機を自家用機として購入できる時点で普通の海軍士官とは意識がかけ離れていたのだが、そのことにケネディ中佐が気がついているかは分からなかった。


 ハイキャッスル士官団の反応は、貧乏人が金持ちのエリート層に向ける単なる僻みとも言えるが、ケネディ中佐がホワイトハウス近くの米国中枢に有力な情報源を有していることは事実だった。

 それに仕事柄飛行長と接触することが多い主計士官のウイリー中尉は、朗らかな態度の裏にケネディ中佐が自分の出身である東部エリート層に冷ややかな感情を向けていることに気がついていた。


「多分ハワイに工兵隊が集中しているのも、蓋を開けてみれば議員連中の差金じゃないかな」

 ケネディ中佐は航空管制室の窓から周囲を確認しながら独り言のように呟いていた。



「半世紀前のクーデター騒ぎと、フィリピンを巡る米西戦争のごたごたで有耶無耶にされていたが、本来ハワイは西海岸の先にある新たなフロンティアであったと捉えている国民は少なくない。

 この戦争で日本と共にハワイに宣戦布告したのは、軍事的にミッドウェー近海に存在するハワイ諸島が無視できないという事情があるにせよ、領土的な野心があるといって良いんじゃないか。

 実際、本国じゃハワイの遅れているインフラ整備工事入札に関して早々にきな臭い話が持ち上がっているらしい。親父が態々電報まで打って俺にハワイの状況を知らせろと言ってきた位だから、投資家連中は併合後のハワイに興味津々のようだ」

「しかし、北米大陸をフロンティアが西進していた時の様な活気をもたらす力がハワイにあるんですか。大体、ハワイがなくとも合衆国にはミッドウェーがあるでしょう」

「ミッドウェー島は軍隊の移動程度ならばともかく、本格的な貿易拠点として設定するには狭すぎる。所詮原住民は渡り鳥だけの無人島だからな。まぁ多分先住の渡り鳥はとっくの昔に基地隊の腹の中に収まっているだろうが……

 それに比べればハワイには大した開発を行っていない状態でも何十万もの原住民が暮らせるほどの面積があるから、土地だけでも相当の価値があるだろう。生産量は少ないが、ある程度の自給能力も期待できる。

 そもそもフィリピンの開発や、その先のアジア市場に合衆国資本が本格的に参入しようとすれば、フィリピン諸島だけではなく中間結節点となるハワイは必要不可欠だった、と言うのが東海岸の政治学者だか誰かが議員連中に吹き込んだ内容だそうだ」

「それも飛行長の親父さんからの情報ですか……」


 ケネディ中佐は首をすくめていた。

「ま、そんなところだな。都合が良すぎる考えに聞こえるが、この戦争も本国はこの辺で手打ちにしたいんじゃないか。有利な状態で終戦を迎えてハワイを併合してフィリピンやアジア市場開拓の拠点とする事で、合衆国の経済をうまく回したいのさ。

 主計士官にも黄色人種や旧大陸の王族達に偉い顔をされた世界には住みたくない、といえば分かるかい。占領下のカリブ海やこのマリアナ諸島を交換条件にしてハワイを入手できれば合衆国の勝ち、というのがホワイトハウスの判断なのだろう」

 ケネディ中佐は何処か諧謔味を覚える顔をしていたが、ウイリー中尉が何かを言う前に艦内電話が鳴っていた。



 伝令が取り上げた受話器はすぐにケネディ中佐に渡されていた。反応からして相手は艦長か副長あたりらしい。しばらくはケネディ中佐も平然としてやり取りが続いていたのが、すぐに不機嫌そうな顔と声になっていた。

 話が終わると、ケネディ中佐は乱暴に受話器を伝令に返していた。そして心配そうな顔のウイリー中尉に向けてケネディ中佐が言った。

「どうも艦隊司令部は不安になっているようだ。戦闘機隊に続いて艦上爆撃機も出撃させろと言ってきているらしい」


 ウイリー中尉は唖然として思わず飛行甲板に視線を向けていた。空襲が間近に迫っている今、ハイキャッスルの飛行甲板で作業中の乗員はまばらにしか見えなかった。

 風向きを確認するための吹き流しを見る限り、ハイキャッスル周囲の風は概ね艦首から艦尾に向かっているようだが、それはあくまでハイキャッスルが前進する力を受けた合成風力だからだ。

 頼りない吹き流しの勢いからすると、やはり風は艦尾から吹いていた。むしろハイキャッスルは自然風に押されて艦隊と合流すべく前進していたから、発艦速度には到底足りないのではないか。


 当然だが、艦橋前後に配置された両用砲の射界を確保するためにもハイキャッスルの飛行甲板はクリアにされていた。待機していたF15Cも全機発艦していたから、艦内格納庫に残されていたのは分解状態の予備機とこれまでの戦闘で破損した修理中の機体だけだった。

 それにハイキャッスルの狭い格納庫内は、対空戦闘後に日本軍の編隊と交戦した帰還機を迎え入れる為に既にスペースを空けていた。こんな状態から発艦作業を行うとすれば、格納庫の奥からBTMを引っ張り出して配列するまでの間に敵機に追いつかれてしまうのではないか。



「それで……艦長はなんと言っていたのですか」

 恐る恐るウイリー中尉は言ったが、ケネディ中佐は自嘲気味な笑みを浮かべた。

「いや、艦長はこのままの速度で発艦できるのかと聞いてきただけだったよ。アベンゼン大佐もハイキャッスルからBTMが発艦できるとは考えていなかった。

 連続発艦するには180度回頭して風上に艦首を立てないと空荷のBTMでも発艦は難しいし、大体BTMのパイロットはまともに空戦の訓練を受けていないのだから、それほど戦闘には寄与しないと……」


 ケネディ中佐が言い終わる前に再び艦内電話についていた伝令が受話器を差し出していた。

 また誰かが余計な事を言ってきたと思ったのか、ケネディ中佐は不機嫌そうな顔で受話器を受け取ったのだが、その顔はすぐに呆けたような表情を浮かべていた。


「ゴッサムが……BTMを発艦させる為に反転しているようだ……」

 受話器を戻すとケネディ中佐はそうつぶやきながら腕組みしていた。ウイリー中尉も怪訝そうな顔で首を傾げていた。

「ゴッサムの方は予め艦上爆撃機隊の出撃命令を予期して発艦作業を進めていたのでしょうか……」

「水上機上がりの俺よりも、戦闘機乗りだったゴッサムの飛行長の方が空母の運用には手慣れているし、乗員の練度も就役期間が長い分ゴッサムに分があるだろうが、BTMを出撃できるとしてもアーカム級からでは精々1個小隊分にしかならんだろう……いや、これは違うな」


 一旦目を瞑ると、ケネディ中佐は笑みと怒りが同居する複雑な顔になって自嘲的な声でいった。

「発艦が遅れた本艦の……いや、俺の責任だが、ゴッサムは敵方向に突出してしまったハイキャッスルと合流するためにBTMの発艦にかこつけて反転してくれたんだ。

 ゴッサムは艦内が荒れていると聞いていたが、ウェイン大佐は荒くれ共を良く手懐けているようだな」


 それを聞いたウイリー中尉は喜色を隠す事ができなかった。危機的な状況が大きく変わるわけではないのだが、ゴッサム1隻の存在で自分が生き延びる可能性がずっと高くなった気がしていた。

 そして空襲が開始されていた。

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

カーチスF15Cフェニックスホークの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f15c.html

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