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1951グアム島沖陽動戦8

 日本艦隊が放った攻撃隊は、相当に大規模であるらしい。しかも彼らは柔軟性も持ち合わせていた。おそらくはレーダー波を逆探知されたのだろうが、ハイキャッスル以上に予想襲来方向に突出してレーダー哨戒を行っていた駆逐艦からの通信が日本機の探知連絡の直後に途絶えていたのだ。

 以後の戦闘を考慮すると邪魔になるレーダー哨戒艦を無力化する為に、日本側の攻撃隊が分派したのは間違いなかった。つまり日本軍攻撃隊はレーダーを探知する電子兵装を搭載した機体を随伴させている上に、攻撃隊の指揮官には柔軟な指揮権を与えているということではないか。



 これに対してキャラハン大将の号令一下一斉に発艦した米海軍戦闘機隊の指揮態勢は硬直していた。実質的に各隊は編隊ごとに最初に発見した敵機群に接敵するしか無いだろう。

 出撃したのはいずれも単座機だったから、戦闘機隊を統一運用する空中指揮官を専任で配置するのは難しいし、そもそも頭に血が上がりやすい単座の戦闘機乗りが空戦中に冷静に命令を受けること自体が困難だろう。下手をすれば激しい機動の連続で物理的に頭から血が下がっているかもしれないのだ。


 だが、戦闘機隊は編成上大規模な部隊であれば佐官級の指揮官が陣頭指揮を取ることは珍しくなかった。むしろ問題は艦隊側にあるといってよいのではないか。

 アジア艦隊の旗艦はアイオワ級戦艦イリノイが指定されていた。だが同艦は艦隊に配属された戦艦の中では大型で新鋭艦であったが、特に指揮能力が高いわけではなく、錯綜する航空戦闘を直卒する能力は無かった。


 元々戦闘機隊の統一した指揮は難しかった。結果的にアジア艦隊に配属された米海軍の戦闘機は、完全ジェットのF6U、混合機のF15C、そして特異なレシプロ双発のF5Uと性能も特性も大きく分かれる3機種で構成されているからだった。

 出撃した戦闘機隊は各戦隊の先任飛行長の指揮下にあるが、現実的には情勢を把握し難い艦上から出撃後の統制を行うのは難しいから、先頭を行く飛行隊長レベルが各編隊の指揮をとっていた。

 そのうえ、アーカム級航空巡洋艦は平時から単艦行動が多かったから、戦隊を組んでいるとはいえハイキャッスルと僚艦ゴッサムは編隊行動の訓練もまともに行ってはいなかった。



 状況を悪化させていたのは同型艦であるのに両艦も搭載している戦闘機の機種が違うためだった。ハイキャッスルが遅いというよりも、短距離離陸が可能なF5Uに機種転換したゴッサムの発艦速度が高すぎて発艦作業を早々に終えていたものだから、結果的にハイキャッスルのみが突出していたのだ。

 ハイキャッスルはF15C全機を発艦させると、急転舵を行って艦隊主力に合流しようとしていた。その前方ではゴッサムや他の空母が同じように艦隊主力と合流するべく南下しているはずだった。


 戦闘機隊の急速発艦を終えたアジア艦隊は、北マリアナ諸島を背にして防備を固めていた。艦隊には大型艦も数多く編入されていたから、対空火力は強力だった。キャラハン大将は、増載した戦闘機隊と艦隊の防空火力で日本軍の第一撃を耐えきるつもりだったのだ。

 そして、日本軍の攻撃隊を耐え抜いた後に送り狼の偵察機を放って位置が判明した日本艦隊をグアム島のB-36が対艦誘導爆弾で攻撃する、これがアジア艦隊と陸軍航空隊の第20爆撃集団が協議した末に立案された作戦だった。



 ウイリー中尉は、視線の先に存在する筈のサイパン島を睨みつけるようにしながら言った。

「今回の作戦ですが、我々は囮、ということですよね。艦隊そのものも日本艦隊を引きつける餌だし、本艦はその艦隊の更に前に出た囮になっています。

 しかし、陸軍に花を持たせてやるために我々はここで頑張るしかないということでしょうか」


 苛立たしげな声だったが、ウイリー中尉は間近に迫ってくる日本軍の空襲に対する不安を隠すことは出来なかった。不満を顕にしたウイリー中尉に、ケネディ中佐は首をすくめていた。

「不安かね主計士官、俺も同じさ。艦載機を見送ってしまった飛行長なんて、対空戦闘中の役割はないからな……だが、今回の作戦で艦隊が囮になるのはしょうがないよ。

 アジア艦隊……少なくともハイキャッスルには日本艦隊をまともに叩けるだけの打撃力が無くなってしまったのは確かだからね。その点、陸軍航空隊の重爆撃機が高高度から投下する誘導爆弾は大した威力だ。あれは特注の誘導装置がついた4000ポンド爆弾だからな。条件が良ければ戦艦だって喰えるんだ。

 ただし、連中の誘導爆弾は高価だし、1機から何度も投下できるようなものでもないから投弾数は少ないはずだ。日本艦隊が弱ったところに砲撃戦でとどめを刺すのは艦隊主力ということになるのではないかな。

 出来れば、それまでに本艦も航空攻撃に加わりたかったものだが……この空襲が終わったら、すぐに艦隊旗艦に連絡を入れなきゃならんな……ハイキャッスルは攻撃隊に随伴する援護の戦闘機隊を出すことしか出来ません、とな。

 まぁ状況はゴッサムの航空隊も同じようなものだろう。あっちはハイキャッスルより古手の初期建造艦だから、弾薬庫の状況はこちらよりも悪いかもしれないな」



 まずはこの空襲を乗り越えなければならないのか、そう考えながらこれが初陣となるウイリー中尉は思わず唾を飲み込んでいたが、ケネディ中佐は平然とした表情で書類を取り上げていた。

「どうせなら弾薬庫には嵩張る500ポンド爆弾じゃなくてロケット弾を詰め込んでおけば良かったな。一発辺りの威力は低いが、一斉発射すれば駆逐艦の上構程度ならスクラップに出来るし、何よりもF5Uでは使えないから少なくともゴッサムに分捕られる心配はないからな」


 ケネディ中佐が冗談を言っているのか本気なのか、ウイリー中尉には分からなかった。単純な爆弾と違って、自ら飛んでいくための燃料が必要なロケット弾は自重に対する装薬比率が低くなるし、意外にロケットの速度が遅いから評価はさほど高くは無かったからだ。

「ロケット弾は一発当たりの威力が低いですから、地上の海兵隊が文句を行ってくるかもしれませんよ。しかし、何故F5Uはロケット弾を使えないんですか」


 苦笑しながらケネディ中佐は手を動かして何かの真似をしていたが、ウイリー中尉には何を示したのかが分からなかった。

「単純な事だよ。F15Cの場合は、重量のある爆弾は胴体下に吊り上げるが、軽いロケット弾はプロペラの旋回半径外にある主翼の左右に割り振るだろう。だが、F5Uの場合はあの短い機体の前方が全て2基の大口径プロペラで隠されてしまうから、前に撃つロケット弾を積む場所が無いんだ。

 爆弾は何とか機首を上げれば胴体下に詰め込めるんだが……爆弾だって普通投下した時しばらくは慣性で母機と同じ速度で飛んでしまうし、風向きで投下した機体に当たってしまうことがあるからな。

 本来はF5Uは水上機の代わりにカタパルト甲板から発進させる補助戦闘機だ。計画どおりに巡洋艦や戦艦に搭載することが出来ていれば迎撃隊の機数も増やせたのだが……」


 以前ウイリー中尉が聞いた話では、ケネディ中佐は元々水上機のパイロットだったらしい。もしかするとF5Uの開発にも何らかの形で関与していたのだろうか。中尉はそう考えながら言った。

「しかし、そうなるとF5Uは攻撃力には欠けるのでは……やはりこの局面では本艦に搭載するにはF15Cの方が向いていたのでしょうか……」

 ウイリー中尉はそう言ってサイパン島の方を見たが、ケネディ中佐は首を振っていた。


「そもそも今回の作戦で海兵隊に航空援護は本当に必要だったのかな。結果論に過ぎないかもしれないが、サイパン島には現地民しか残っていないと言うじゃないか……

 そういえば中尉も聞いたかね、サイパン島に降りた陸軍の重爆撃機だが、空港跡に着陸しようとしたのはいいものの、結局海兵隊が要請した戦艦主砲の射撃で出来たクレーターで足を取られて大半破損してしまったらしいぞ」

「海兵隊の占領作業がうまく行っていないということでしょうか。しかし、海兵隊は有力な工兵隊を伴っていなかったのですかね。上陸後に陸軍航空隊が進出する予定なら工兵隊も投入されるものだと思っていましたが……」


 ケネディ中佐は皮肉げな笑みを見せていた。

「本土で余っているフォードソントラクターを抱えた海陸軍に所属する工兵部隊や軍属は、開戦前は急遽進められていたミッドウェー島の基地化やマニラ要塞の建設工事に引っ張りだこだったが、今では総出でハワイに輸送されて今度は兵站基地化の土木工事に投入されているようだ。

 ハワイ諸島は、合衆国の太平洋戦略に必要不可欠、かつ十分な能力を発揮しうる位置と面積を有しているのだが、現地のハワイ人達は産業の発展を怠っていた。

 俺も行ったことはないから詳しくは知らないが、あそこにあるのは英日の堕落した金持ち向けに建設された観光地ぐらいのものだ、そうだ。だから工兵隊は貧弱な港を合衆国規格で作り変えて、大型機の離発着に耐えうる滑走路の適地を造成する所から始めているようだ」


 ウイリー中尉は初めて聞く話の内容に唖然としていた。確かにハワイの基地化は重要だろうが、それでも最前線に必要な機械化工兵部隊を後方に優先して投入しているとは思わなかったのだ。

「ハワイの前に、サイパン島の基地化を進める方が損害を抑えて勝利する事ができるのではないかと自分には思えるのですが……」



 ケネディ中佐はしばらく押し黙っていた。ウイリー中尉は自分の言葉が軍批判に聞こえたのかと思ってばつの悪い顔になっていたのだが、ケネディ中佐は真剣そうな顔になって言った。

「少し気になる話を聞いた。親父の伝手で上の妹が海軍省に勤めているんだが……どうも、本土ではトラック諸島を占領した後にその、なんだ、人事不詳、が増加した海兵師団の穴埋めをする為に海兵隊を再編成する準備が早いうちに行われていたらしい」


 発艦作業後に出された戦闘配置後も航空管制室内に残っていた下士官兵の乗員には聞かせたくなかったのか、ケネディ中佐は本来の気性である東海岸のエリートらしい端正な顔立ちを歪ませながら、ウイリー中尉に小声で続けた。

「おそらくは海軍省や海兵隊総司令官は、海兵師団からまだ戦える将兵を抽出しつつ全国に散っている海兵隊を集成して第2海兵師団を編制しようとしていたのだろう。少数でも実戦を経験した歴戦の将兵を各部隊に再配置すれば短時間で戦力化出来るからな。そして消耗した海兵第1師団は後方で戦力を回復させる、海兵隊の上層部は当初はそんな腹積もりだったようだ。

 ところが実際には集められた海兵は、太平洋に送り込まれる前に別方面に転用されてしまった。大西洋艦隊司令部の指揮下で行われているカリブ海の英仏領攻略に最大でも旅団程度の小規模部隊に分かれて投入されているようだ。

 どうもホワイトハウスの意向で、陸軍……航空隊を除いた地上軍は、既存の部隊編成を大きく動かしたくないらしい。それで再編成中だった海兵隊が代わってカリブ海に投入された気配がある。

 最初は俺も陸軍の方針は開戦時期を秘匿する為のものだと考えていたのだが、実際には議会がカナダやメキシコ国境に展開する部隊の移動も、大規模な動員による徴兵も望んでいないからだったようだ」


 思案顔のまま一旦口を閉じると、ケネディ中佐は独り言の様に続けた。案外、行く宛もなく溜め込んだ情報を自分の中に抑えきれなかっただけなのかもしれない。


「こうして太平洋の最前線にいると感じられないが、東海岸の政治屋には俺達とは違うものが見えているらしい。そもそもこの戦争は日本人がフィリピンの独立派を焚き付けて内政干渉していたことから始まったものだが、議員の中にはフィリピン問題など毛ほども重要性を感じていないものもいるんだ。

 確かにフィリピンの独立派テロリストは合衆国にとって国内問題といえるが、フィリピンを純粋な……合衆国固有の領土と考えている国民は少ないんじゃないか。

 特に南部や中部の農家を票田に持つ議員からすれば、農業以外にろくな産業のないフィリピンは安価な労働力で農作物を不正に生産する邪魔者でしかないんだ。

 だが、カリブ海に浮かぶ英仏領は違う。東海岸の議員連中にとってそこは潜在的な、だが遥か彼方のフィリピンよりも具体的な脅威なんだ。彼らはマイアミから百キロの位置にバハマが、ホワイトハウスから千キロの位置にバミューダが存在することが納得できないんだ。

 英仏の宣戦布告は、東海岸にとって戦争を身近なものにさせると共に絶好の機会にも見えていたはずだ。これを契機にカリブ海を大統領のバスタブに変えるつもりなんだよ彼らは……」

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

カーチスF15Cフェニックスホークの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f15c.html

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