1951グアム島沖陽動戦7
今日のマリアナ諸島周辺海域は風向きが安定していなかった。連続発艦の為に不規則に変化する風上に艦首を向け続けていたハイキャッスルは、艦隊主力に合流するべく大角度の変針を行っていた。
急な傾斜に身を取られそうになりながらも、ハイキャッスルの主計士官であるウイリー中尉は、艦橋構造物中階層に設けられている航空管制室をのぞき込んでいた。
ウイリー中尉が探していた飛行長は、予想通り航空管制室から戦闘機隊の出撃を見送っていたところだった。真剣そうなケネディ中佐の後ろ姿にウイリー中尉は声をかけられなかったのだが、すぐに本人の方が背中を向けたまま声を上げていた。
「主計士官、弾薬庫の在庫はどうだった」
この人は背中に目でもついているのか、それともパイロットという人種は皆そうなのだろうか。ウイリー中尉はそんな益体もないことを考えながらも手元の書類を読み上げていた。
「やはり海兵隊からの支援要請を受けて対地攻撃を連続して行っていたのが仇になりました。弾薬庫内の500ポンド爆弾は、ほとんど在庫がありません」
「どの部隊も500ポンドが一番使われるからな……しかし、汎用爆弾はともかく、貫通爆弾も残っていないのか」
ウイリー中尉から手渡された書類を確認しながら、ケネディ中佐は眉をしかめていた。まるで書類を隅から隅まで確認すればどこかから爆弾が湧いて出てくれるのではないかとでも思っていたかのようだったが、もちろんこれまでカウントされていた数字と違いはなかった。
「元々今回は海兵隊の上陸作戦支援が目的でしたから、航空機弾薬庫に詰め込まれていたのは大半が対地攻撃用の汎用爆弾でした。ですから対艦攻撃用の貫通爆弾は……」
ケネディ中佐は、ウイリー中尉に一々頷きながらもしかめた眉は元に戻らなかった。ハイキャッスルの航空隊が戦闘開始以前から元々乏しい対艦攻撃能力を失っていたからだ。
手頃な寸法、重量から艦上機、陸上機どころか重爆撃機に至るまで多用されている500ポンド爆弾だったが、海軍で制式採用されている500ポンド爆弾は、弾殻が薄く炸薬量が大きい汎用爆弾と、分厚い装甲を貫くために頑丈な弾殻を持つ貫通爆弾に分かれていた。
本来は対艦攻撃用の貫通爆弾が海軍の艦載機用に開発された搭載兵装としては主流であるはずなのだが、実際には米海軍では対艦航空攻撃はさほど重要視されておらず、重量の大半が弾殻であるため製造歩留まりが悪い貫通爆弾の生産数は少なかった。
だが、ハイキャッスルに搭載されていた爆弾が払底していたのにはもっと根本的な理由があった。ウイリー中尉は口ごもっただけだったが、ケネディ中佐はあっさりとした口調でいった。
「5番艦以降は多少は改良されているという話だったが、やはりアーカム級の継戦能力は低いとしか言いようがないな」
思わずウイリー中尉も苦々しい顔になりながら頷いていた。アーカム級航空巡洋艦が建造されたのは、元々軍縮条約の巡洋艦規定の中で全通甲板を持たない航空巡洋艦の建造を認める文言があったからだ。
言ってみればアーカム級は数の少ない空母を補完する目的で軍縮条約の制限下に収めるために建造されたようなものであり、その性能に大きな期待がかけられたようなものでは無かったのだ。
ただし使いようによっては、他のどんな艦艇でも不可能な任務をこなすことも可能なはずだった。
船体後半に飛行甲板、そして前方にクリーブランド級軽巡洋艦などと同型の強力な6インチ3連装砲塔を備えたアーカム級航空巡洋艦は、平時においては自衛力を持つ航空母艦という使い勝手の良い哨戒艦として重宝されていたのだ。
そしてアーカム級航空巡洋艦が有事の際に投入されることを考慮されていた任務は、戦艦群を中核とした主力艦隊の前衛となる偵察部隊の中核を担うことだった。
偵察能力であれば、水上機と比べて柔軟な運用が可能な艦上機を少数でも搭載すれば広範囲の索敵が可能だったし、偵察艦隊は自衛防空火力を持つ高速の巡洋艦を中核に編成されるから、防空用の戦闘機隊も最小限で済むはずだった。
だが、意外な事に航空技術の発展が万能艦を目指したアーカム級航空巡洋艦の航空機運用能力に制限を加えるようになってしまっていた。
従来、アーカム級は防空用の艦上戦闘機に加えて、偵察機として艦上爆撃機を搭載していた。
このうち艦上戦闘機は、F2AバッファローからF14Cキティホーク、F15Cフェニックスホークと大型化の為に搭載機数が削減される一方で、順当に性能向上が図られていったのだが、艦上爆撃機はBT2Cの後継となるBTMが単座化したことで機体の性格自体に変化が現れていた。
これは、各種電子兵装の充実や爆撃照準器の高性能化によって後部席の航法士が必ずしも必要ではなくなっていた事と、急降下爆撃を行う機敏な艦上爆撃機であれば高速化によって後部銃座が不要と考えられていたからだ。
しかし、各種攻撃任務はともかく偵察機として運用するには単座機では制限が大きかった。
航空機運用能力に余裕のある空母の場合は、大型の攻撃機で航続距離の長いTB2Dデヴァステイター2を偵察機として運用すればいいのだろうが、高性能である一方で大柄なTB2Dをまともに運用出来るのは大型正規空母のヨークタウン級、ボノム・リシャール級に限られていた。
巡洋艦を原型にしながらも全通甲板を持つアンティータム級であればなんとか発着艦も可能だったが、飛行甲板長の短いアーカム級では射出機を用いた発艦は可能でも着艦は難しかった。
結局アーカム級で運用が可能だった多座機は、元々ヨークタウン級での運用を前提に開発されていた一世代前のTBDで限界だったのだ。
それに仮に搭載能力の大きい新鋭艦上攻撃機を搭載したところで、アーカム級ではその能力を十全に発揮させるには難しかった。
本艦の兵装などに容積を取られた結果、アーカム級の航空機用弾薬庫の容積は船体寸法からすると少なかったからだ。昨今の新鋭機は高性能化によって搭載量が多いから、反復攻撃を行おうにもあっという間に本艦に積み込んだ弾薬を使い果たしてしまうことになるだろう。
ハイキャッスルは、軍縮条約が無力化した後に建造されたアーカム級の最後期建造艦であったために航空機運用能力の向上が図られていたのだが、その程度では焼け石に水でケネディ中佐を満足させる程ではなかったようだった。
今回の作戦では、当初ハイキャッスルもサイパン島に上陸した海兵隊を支援する為にF15Cや少数のBTMで対地攻撃を行わせていたのだが、戦果は少なく、それどころか一度ならず誤爆を起こしかけていた。
尤もウイリー中尉にはハイキャッスルに乗り込んでいる艦載機部隊の技量が低いとは思えなかった。確かにハイキャッスルはアーカム級では最後尾の就役となったが、それでも開戦までに就役から十分な期間を経ていたから航空要員を含む乗組員の練度は高かったからだ。
もちろん、ハイキャッスル固有の航空隊に所属する搭乗員達も高練度を維持していた。というよりも、初期建造艦から多少伸ばされた程度でしかないハイキャッスルの短い飛行甲板から連日発着艦をこなしている時点で、搭乗員達は一定以上の技量を有していると判断しても良いのではないか。
むしろ、対地攻撃が不調だったのは支援される方の海兵隊の方に理由がありそうだった。
海兵隊の前線部隊には、アジア艦隊に配属されている艦艇から選抜された砲術科員などが調整役として同行していた。その誘導員からの観測で艦砲射撃や支援爆撃が行われていたのだが、前線からの連絡は錯綜していた。
各誘導員から出された情報を整理する海兵師団上部の組織が貧弱であった為、処理能力と権限が低く支援要請があった際に適切である攻撃手段を選択して振り分けがうまく行かなかったのだ。
この為に折角出撃した攻撃機が無為に空中待機を強いられた挙げ句に爆弾を捨てて帰投する羽目になったり、僅かな抵抗を破砕する為に威力が過大な戦艦の艦砲射撃を行って危うく味方ごと吹き飛ばしそうになっていた。
それに米軍は、サイパン島の防衛体制は相当強固なものであるとの予想から、事前準備不足で強行された海兵隊の上陸作戦支援に相当の戦力を振り分けていたのだが、実際にはサイパン島の日本軍守備隊はもぬけの殻だった。
それにもかかわらず海兵隊の動きは鈍くサイパン島の完全制圧には至っていなかった。そもそもサイパン島は日本帝国の統治下で現地民の人口もそれなりに増えていたようだから、1個師団に満たない海兵隊で占領すること自体が難しかったのではないか。
ウイリー中尉には、この軍上層部の甘い見積もりが日本軍の空襲が迫っているこの時期にサイパン島を背にして艦隊を展開することを余儀なくされるという結果を招いていたような気がしていた。
海兵隊は既にサイパン島に深入りしていたから、日本軍が迫っていても撤退させることは出来なかった。つまりアジア艦隊は、サイパン島で戦闘中の海兵隊を背中で守りつつ、南下する日本艦隊を迎撃する2正面作戦を強いられているとも言えた。
ただし、アジア艦隊を率いるキャラハン大将は、サイパン島に貼り付ける戦力は最小限にとどめていた。未だに沖合近くに展開しているのは軽巡洋艦、駆逐艦数隻程度でしかなかった。
残りの艦隊主力はサイパン島というよりも、北マリアナ諸島自体からやや距離を取りつつ集結させて防備を固めていた。キャラハン大将は日本艦隊を積極的に迎撃するつもりだったのだ。
その一方で、矛盾するようだがキャラハン大将は序盤に行われるであろう航空戦においては防御に徹するつもりのようだった。北方の日本軍機の予想襲来方向に突出していた駆逐艦からの報告を受けて、アジア艦隊は指揮下の艦上戦闘機を一斉に発艦させていたのだ。
今回の作戦でアジア艦隊に配属されていた空母は、戦闘機の搭載比率を高められていた。元々防空用の空母が多い米海軍は、艦上戦闘機を重要視していたのだが、多座の攻撃機を降ろしてまで平時以上に戦闘機を増載していたのだ。
レーダー哨戒艦からの報告直前にかろうじて艦隊主力に合流できたアンティータム級などは、ミッドウェー島で艦載機部隊を入れ替えてまで戦闘機隊を増強していたらしい。
ウイリー中尉は、先程上空を飛び去っていった友軍機のことを思い出しながら言った。
「本艦搭載機もジェット機とまでは言いませんが、ゴッサムと同じあの円盤に機種転換していればもっと早く発艦作業を終えられたかもしれませんね……」
ウイリー中尉は初めて見たが、ハイキャッスル上空を通過していったのはアンティータム級に載せられていた筈の完全ジェット機、F6Uパイレートだった筈だ。
それに戦隊を組む同型艦のゴッサムは新鋭の奇妙な形をした双発艦上戦闘機のF5Uに戦闘機隊を機種転換していた。
バゲットのような胴体にジェットエンジンを詰め込んで無造作に主翼と尾翼をはめ込んだようなF6Uは、英日に対してジェット化に遅れていた米海軍航空隊念願の完全ジェット機だった。
失速速度が高く、発着艦が難しい為にこれまでは陸上での運用で練度向上に努めていたらしいが、日本艦隊が確認された事で急遽ミッドウェー島守備隊付からアンティータム級3隻に分散して配属されていたのだ。
同じチャンスボート社の艦上戦闘機であってもF5UはF6Uとはまた別の奇妙な形状をしていた。その外観はまさに円盤だったのだ。
主翼と胴体が一体化した円盤から尾翼と2対のプロペラが突き出された形状は、ハイキャッスルに搭載されている従来型の戦闘機らしい形状のF15Cとは同じカテゴリーの兵器とは思えない程だった。
F5Uの特徴的な機体形状は、F6Uと違って揚力を最大限に発揮させる為のものらしい。
ゴッサムとハイキャッスルが今発艦させた戦闘機の機数は、機体形状が特異で飛行甲板に配列できる数からゴッサムの方が多いくらいだったのだが、短距離離陸能力の高いF5Uは軽々と空に舞っていったのに対して、ハイキャッスル搭載のF15Cは時間をかけて重々しく飛び立っていった。
それと風向きに合わせた小刻みな転舵によって、ハイキャッスルは少数の護衛艦のみを随伴して危険な程敵艦隊方向に突出してしまっていたのだった。
だが、ケネディ中佐はウイリー中尉に向き直ると眉をしかめていた。
「いや、元々F5Uは巡洋艦……本艦の様な航空巡洋艦ではなく、通常の巡洋艦から射出運用すべき短距離離陸機だった筈だ。それよりも、汎用性のあるF15Cこそが本艦の様な船にはふさわしいのではないか……」
そういうとケネディ中佐は視界外に去っていく最後のF15Cの姿を見つめていた。
アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html
カーチスF14Cキティーホークの設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f14c.html
カーチスF15Cフェニックスホークの設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f15c.html