1951グアム島沖陽動戦6
軍縮条約の規定で戦艦の保有枠が制限された列強各国は、建造中だった戦艦を廃棄する代わりに航空母艦に改造する権利を有していた。
日本海軍では天城型巡洋戦艦の2隻を本格的な空母に改装していたのだが、米海軍はコロラド級戦艦として建造中だったコロラド、メリーランドの2隻を空母に改造していた。
この改造時において、当初は日本海軍と同じく巡洋戦艦を改造する案もあった。海軍航空の関係者はコロラド級よりもずっと高速のレキシントン級巡洋戦艦を原型とする案を支持していたらしいが、黎明期の航空関係者の発言力は低く、最終的に海軍は戦艦であったコロラド級を原型に選択していた。
コロラド級が戦艦として不要とされたわけではない。むしろ日本海軍の金剛型巡洋戦艦に対抗するために、当時の米海軍にはレキシントン級巡洋戦艦が特に必要だったということだったのだろう。
第一次欧州大戦中に日本海軍が欧州に派遣した金剛型巡洋戦艦は、報道によれば幾多の戦場で存在感を示していた、らしい。装甲は比較的薄いが、巡洋艦並みの速力を持つ巡洋戦艦の戦略的な機動性は極めて高かったからだ。
例えば、今のアラスカ級大型巡洋艦の様に軽快艦艇同士の前哨戦に巡洋戦艦が投入された場合、アラスカ級よりも更に一回り大きな火力で一方的に巡洋艦群が殲滅されかねないのだ。
その為に数は少ないが米海軍はレキシントン級巡洋戦艦の建造を空母改造よりも優先していたし、実質的にその後継となる高速のアイオワ級戦艦を建造していたのだ。
だが、この高速戦艦の存在が鈍足で旧式戦艦にしか随伴出来ないコロラド級空母の価値を相対的に低下させる原因ともなっていた。
コロラド級空母の外観上の特徴は、英海軍の改造空母に倣って2段式の飛行甲板を設けたことだった。上下の飛行甲板を効率よく使って発着艦の並行作業や発艦速度の上昇を狙っていたのだ。
下側の飛行甲板は短いものだったから艦載機の中でも軽快な戦闘機しか使用できず、しかも艦載機の高速化によって発艦に必要な速度が上昇していたものだから英海軍では多段空母は飛行甲板としての使用を諦めて下側の飛行甲板は対空砲置き場と化していたようだ。
だが、米海軍は賢明にも早々に下部飛行甲板に射出機を増設していた。これにより下側飛行甲板の有効化を計っていたのだが、コロラド級の改造後に建造されたワスプ級では、この設計思想を更に推し進めていた。
どうせ下部飛行甲板からの発艦機は射出機に固定されるのだから、射出中に機体が上昇することがない為に下部飛行甲板の天井部分も飛行甲板で覆ってしまうことで、上部飛行甲板の寸法を水線長まで延長していたのだ。
エセックス級空母もワスプ級に倣った構造をとっていた。ワスプ級は言ってみれば新鋭戦艦に随伴する高速のコロラド級として計画されたのだが、エセックス級の場合はさらに速力が上がったアイオワ級に随伴可能なワスプ級として設計案が纏められた準同型艦と言って良いものだったのだ。
だがこうした戦艦部隊随伴用の防空型空母とは別に、航空運用能力を純粋に高めた大型空母を求める声も海軍内には存在していた。
黎明期に比べれば多少は上がっていた航空関係者の発言力を反映して、仮想敵である英日海軍の大型空母群を横目にして建造されたのが、巡洋艦に随伴可能な大型空母であるヨークタウン級空母だった。
ワスプ級建造がごたついている間に軍縮条約無効化のどさくさに紛れて3隻が建造されたヨークタウン級は、戦闘機ばかりではなくこれまで米海軍が重要視していなかった艦上雷撃機などの大型機も運用可能な大型空母だった。
ヨークタウン級は米海軍最良の空母であると航空関係者は評価していたのだが、砲術科を主流とする肝心の艦隊側からは発艦用の甲板が一つしかなく発艦速度が遅いとの身も蓋もない意見もあった。
それに、艦隊の主流から外れた航空関係者も必ずしも一枚岩では無かった。艦隊航空内部の論争は、果たして少数の大型空母の保有は効率が良いのかというものだった。
確かにヨークタウン級の搭載数は多かったのが、裏を返せば一撃で空母が沈められれば多くの艦載機が無力化してしまうということにもなるのではないか。貴重な卵を1つの籠に詰め込むべきなのか、それとも多数の籠を小分けにすべきなのか、そういう意味の論争だったのだ。
米海軍の懸念は、予算の都合上防御が控えられていたヨークタウン級よりも強力に防御されていたはずの日本海軍の天城型空母赤城が地中海での戦闘であっさりとドイツ軍の急降下爆撃機によって撃沈されたことで現実のものとなっていた。
日英の空母整備を脅威と考えていた米政権、特に航空関連兵器体系の整備に熱心だったカーチス大統領時代には戦艦と並行して空母の整備も進められていた。
密かに軍内部で語られているモンタナ級戦艦の失敗から続く砲術科の混乱に付け込む形ではあったが、ここ何年かで一挙に米海軍には空母も続々と就役していたのだ。
しかし、就役した空母の性能は大きく別れていた。卵を入れる籠の大きさは、結局最後まで決まらなかったのだ。本来であれば統一した設計の空母を量産すべきだったのだろうし、これまでの実績を反映して新設計ともすべきだった。
現実にはカーチス政権時の米海軍は設計工数不足から空母に限らずに既存艦の設計を流用したものが多かった。空母の場合は、ヨークタウン級を原型として若干の防御面での強化を図った大型空母のボノム・リシャール級が3隻就役していた。
これとほぼ同時に、ボルチモア級重巡洋艦を原型としたアンティータム級とクリーブランド級軽巡洋艦を原型としたプリンストン級それぞれ3隻ずつも並行して建造されていたのだ。
ミッドウェー島から出航してアジア艦隊に合流すべく西進していたのはアンティータム級で編制された部隊だった。
米海軍は、平時編制においては整備性の向上や航行時の特性を揃えるために同型艦で戦隊を構成していたから、増援の艦隊はアンティータム3隻と若干の護衛艦艇で構成されていた。
アンティータム級の原型となったボルチモア級重巡洋艦は、クリーブランド級軽巡洋艦と共にルーズベルト政権末期に大量建造された巡洋艦だった。
ルーズベルト大統領の後を継いだエレノア政権、カーチス政権によって軍備計画が見直されるまでの間にクリーブランド級軽巡洋艦は50隻を越える数が一挙に建造されていた。
建造計画が見直された時点でもクリーブランド級、ボルチモア級共に先行して建造されていた未完成の船体があり、設計と建造の期間を短縮する為に建造途中で暫く浮いていた両級の船体部分が空母建造に流用されていたのだ。
巡洋艦の船体に格納庫と艦橋を被せたような形状のアンティータム級は、巡洋艦を原型とするだけあって速力などでは大型空母よりも勝っている部分もあったが、当初の航空関係者の間で繰り広げられていた籠のサイズの論争の通り、本来は数を揃えて大型空母に対抗するためのものだった。
改ヨークタウン級とも呼ばれるボノム・リシャール級の搭載機数が90機ほどであるのに対して、巡洋艦を原型としたアンティータム級、プリンストン級はおおよそその半数程度しか無かった。
言ってみれば、本来はアンティータム級とプリンストン級で構成された2個戦隊を揃えてボノム・リシャール級3隻に相当する筈だったのだ。
書類を険しい表情で見つめていたバーク少将に気がついたのか、ラドフォード大将が視線を向けていた。
「参謀長はなにか意見はあるか。太平洋艦隊の中で日本人と戦った経験があるのは君だけだからな」
5年以上も前のソ連海軍への派遣経験を持ち出されたバーク少将は、困ったような顔になると言った。
「やはりアジア艦隊の戦力は増強部隊を送っても些か心もとないと思います。ミッドウェー島守備艦隊はともかく、サンディエゴから日本艦隊を圧倒出来る兵力を動かすべきではないかと……
戦艦群は今からサンディエゴを発っても間に合わないでしょうが、レキシントン、サラトガ、それにエセックスを中核に護衛の巡洋艦をつけた高速艦隊であれば戦闘に間に合うかもしれません。
それに、日本艦隊の動きが思ったよりも鈍いのも気になります。果敢な、というよりも猪突猛進な英国海軍の薫陶を受けた日本海軍にしては慎重すぎるのではないかとも思われますが……」
「だが、この戦力を見る限り、日本軍の総力とまでは言わないが日本人に残された艦隊主力は硫黄島沖に集結しているのではないか。あるいは、一撃した後に我が方の空襲圏内から夜陰に隠れて離脱できる高速艦のみで艦隊を構成したのかもしれない。
いくら日本人でも我が陸軍の爆撃圏内にある硫黄島に意味もなくこの兵力を漫然と集結させるとは思えないが……」
首を傾げているラドフォード大将に続いて作戦参謀が言った。
「海兵隊によれば、サイパン島からは未だ複数箇所で不明電波の発振が続いているようです。日本艦隊は、サイパン島に残留した偵察隊からの報告を元にして動くつもりなのではないでしょうか」
「だが、海兵隊に上陸されてからのこのこと奪還に乗り出すくらいならば、最初からサイパン島で徹底抗戦を行っていればよかったのではないか。日本軍の行動は、今回何処か矛盾している……」
思案顔になったバーク少将に航空参謀が加勢するように言った。
「私も参謀長の意見に賛成です。日本艦隊がどの様に動いたとしても対処できるように戦力の集中が必要と思います。やはり、アジア艦隊にはボノム・リシャール級を送り込むべきです。日本軍の空母はいずれも大型ですが、ボノム・リシャール級3隻が加われば搭載機数でも日本軍を圧倒できます。
それにバンカー・ヒルやベニントンは勿論、アンティータム級でも運用できるのは単座のBTMに限られますが、飛行甲板の広いボノム・リシャールからであれば三座のTB2Dも発着艦が可能です。
この空母機動部隊であれば防空だけではなく高い対艦攻撃力も持ちますから、サイパン島奪回に襲いかかった敵空母部隊の横合いを突くと言った柔軟な戦術も可能です」
航空参謀は、以前から英日に倣った空母機動部隊の編成を訴えていた。現在、ヨークタウン級3隻は大西洋艦隊に、そして新鋭のボノム・リシャール級3隻は太平洋艦隊の指揮下にあったから、空母に随伴可能な高速艦艇を護衛につければ確かに機動部隊の編成は可能だった。
だが、意気込んでいる航空参謀に兵站を担当する後方参謀がうんざりとした表情で言った。
「今更無茶を言わんでくれ。あんたのいう空母機動部隊を編成する余裕はこのミッドウェー島には無いよ。そりゃ艦艇だけなら都合はつくさ。サンディエゴに蓄積された弾薬、燃料を積み込めば大食らいのフランス人……ボノム・リシャールだって自在に機動できるだろう。
だが、戦闘後の補給はどうする。アジア艦隊に徴用された貨物船の中には戦艦の弾以外は一般的な消耗品ばかりだぞ。今から空母機動部隊が消耗する航空魚雷や航空爆弾を追加で積む余裕は無いし……陸軍航空隊に問い合わせてみないと分からんが、爆弾はともかく多分グアム島にも魚雷は無いと思うぞ。
それに、サンディエゴとミッドウェーにいた艦上戦闘機隊は、大半引き抜いてアンティータムに積み込んだじゃないか。戦闘機無しで空母の格納庫を埋めるつもりか。
徴用された補給用貨物船の数が揃うまで、あるいはハワイの兵站基地化が進むまでは大規模な部隊の移動は避けてほしいと言うのが正直な兵站部の要望です。
太平洋艦隊の輸送力はただでさえグアム島にいる大飯ぐらいの陸軍鳥の化物重爆撃機に吸い込まれているのをお忘れなく……」
最後の方は後方参謀がラドフォード大将に向き直って言っていた。苦々しい顔でうなずいた大将は参謀達の顔を見回しながら言った。
「補給線の維持に君が尽力していることは私も承知しているよ。諸君、今は焦る事なく我々は補給線の維持、アジア艦隊の後方支援に全力を尽くそう。
航空参謀、今回の作戦ではキャラハン艦隊が守りに徹するのは規定の方針だ。その為にミッドウェーの戦闘機隊をアンティータムに集約させたのだ。
我々はまず守り、そして最後には勝利する……その最後の手が陸軍機なのは少し私も癪ではあるがね」
ラドフォード大将の声に苦笑が漏れていたが、バーク少将はその中に入りきれなかった。
―――本当に陸軍の重爆撃機は対艦攻撃の主力となり得るのだろうか……
バーク少将は暑い室内でそうずっと考えていた。
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