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1951グアム島沖陽動戦5

 カレンダー上の日付はまだ春は遠かったが、ミッドウェー島の地下に設けられた会議室内の室温は今日も高かった。

 元々太平洋の中央に浮かぶミッドウェー島は1月でも温かいのだが、それ以上に大して広いわけでもない島内に強引な拡張工事が行われていたものだから地下施設は通風性が悪く熱気が籠もっていたのだ。

 しかもミッドウェー島の面積を最大に活かして建設された滑走路では太平洋を横断する輸送機や増援の重爆撃機などが頻繁に離着陸を繰り返していたから、騒音で会議の進行を妨害されるために地上施設を使用するわけにも行かなかった。


 開戦に前後してミッドウェー島に移駐してきた太平洋艦隊司令部の要員の多くは早くもこの環境に慣れてきてしまったのか、あからさまに文句を口に出すものは少なかった。

 上座のラドフォード大将も汗一つかくことなく泰然とした様子だったが、参謀長のバーク少将はコロラドでは今頃まだ雪が積もっているだろうと考えて、生まれ故郷との距離感を感じていた。

 開戦前に太平洋艦隊司令部が置かれていたサンディエゴは、雨もなく暖かでコロラドとは随分と環境が違うものだと思っていたのだが、ミッドウェー島の環境は気温に関わらず殺伐としており、以前バーク少将が第二次欧州大戦中に観戦武官として派遣されていた極北のソ連よりも寒々しい感覚を覚えていた。



 会議が始まってからずっと視線を落としていたラドフォード大将は、手元の資料を卓上に戻すと情報参謀に向かっていった。

「アジア艦隊の……キャラハン大将が要求した分の兵力移動は間に合いそうなんだな」

 情報参謀は曖昧に頷いていた。

「艦載機部隊の都合で出発が遅れておりました空母部隊は、グアム島を経由せずにミッドウェー島から直接サイパン沖に展開する艦隊と合流する航路を取ります。

 ミッドウェー近海で訓練中だった空母部隊は、サイパン沖に到着した時点で燃料が乏しくなっているはずですが、現地で艦隊に随伴する補給艦から燃料補給を受ける予定です。

 交戦が開始される迄に到着するかどうかは微妙なところですが……我々の手は離れました。これ以上の艦隊集結スケジュールの繰り上げは不可能です」

 どことなく投げやりな調子だったが、情報参謀や兵站参謀はここ暫くアジア艦隊に増援として送る兵力移動に関する業務にかかりきりだった。それがようやく一段落したところだったのだ。



 硫黄島への爆撃を行っていた陸軍機が大規模な日本艦隊を発見したことによって生じた衝撃は、太平洋艦隊司令部内では実のところ大きなものではなかった。

 太平洋艦隊内はともかく、日本本土から出撃して所在が明らかとなった日本海軍の残存戦力を叩く絶好の機会であると楽観的に考えているものも海軍省などでは多いらしい。

 この戦争では緒戦で陸軍航空隊が鮮やかな奇襲攻撃で日本海軍の戦艦群を叩いてしまったものだから、海軍省では今度は米海軍の威信を示すべしとする声が大きくなっているらしいのだ。

 そうした後方の勝手な思惑はともかく、この時期に日本艦隊が大規模な作戦を行うとの予想は以前から行われていたのだ。


 開戦奇襲攻撃を受けた日本軍の大規模な反撃は、日本本土への空襲直後に行われていた。大型空母を集中した空母機動部隊がフィリピン全域を散々に叩いていたのだ。

 日本艦隊の空襲は予想外に大規模なものだったが、損害はアジア艦隊に前進配置されていた潜水艦隊とフィリピンに僅かに配備されていた海陸軍の大型機に集中していた。


 この時の日本軍の目的が何であったのかは判然としなかったが、長距離索敵能力を失った在フィリピン部隊は積極的な反撃を控えて防御に専念していた。その結果として損害は最小限で抑えられたものと判定されていたのだが、日本軍の損害も小さかったはずだ。

 損耗した僅かな艦載機の補充を受ければ日本艦隊の再編成は短時間で完結するものと考えられていたから、日本軍の反撃が短時間で再度行われるだろうことは予想済みだったのだ。



 ただし、日本軍の反撃が予想されていたとしても、これに太平洋艦隊が積極的に対処する作戦計画はなかった。

 いきなり日本艦隊が開戦以後強化された哨戒網をくぐり抜けてミッドウェー島にでも襲来しない限り、太平洋艦隊司令部が直接日本軍との戦闘を指揮する可能性は低かったからだ。


 厄介なことに、日本軍の反撃目標や時期は、これに主導的に対処すべきであるアジア艦隊でも絞りきれていなかった。

 米軍にとって兵站線の先端に当たるために戦力の補充が進んでいないフィリピンに反復空襲を掛けてくるかもしれないが、可能性が最も高かったのは日本本土を目標とする戦略爆撃の出撃拠点となっているグアム島か、海兵隊が上陸作戦を行っているサイパン島、テニアン島となるだろう。

 グアム島を直接攻撃できれば今のところ日本本土に最も損害を与えているだろう戦略爆撃を中止に追い込めるし、グアム島から200キロも離れていないサイパン島を奪還して戦闘機隊を展開できればグアム島の重爆撃機は無力化できるのではないか。


 キャラハン大将が直卒するアジア艦隊主力は、大規模な太平洋艦隊からの増援を受けつつ既にグアム島周辺海域に展開していた。海兵隊による上陸作戦を支援するためだった。

 太平洋艦隊でここ最近行われていた作業は、確認された日本艦隊に対抗できるだけの増援をグアム周辺に展開するアジア艦隊主力に送り込むことだったのだ。


 増援を受け取ったアジア艦隊主力は、巡洋艦を主力とした開戦前の編成とは比べ物にならないほど強化されていた。

 元々サイパン島、テニアン島への上陸作戦を支援するために、砲火力に優れた戦艦群が送り込まれていたのだが、増援として空母部隊とその護衛部隊が追加された形だった。

 この増援部隊を含めれば、キャラハン大将が直率する部隊は確認された日本艦隊と数的には釣り合うほどの大規模部隊となっていた。むしろ規模の拡大が急すぎてアジア艦隊司令部の限られた要員で指揮統率を行うのが難しいのではないかとさえ思われていた程だった。

 ただし、艦艇の数では釣り合ったとしてもその内実となると些か怪しいものがある。口には出せなかったが、バーク少将はそう懸念していた。



 硫黄島沖の日本艦隊は、偶然付近を飛行中だった陸軍爆撃隊によって発見されたものだった。その経緯故に報告された戦力はあやふやなものだったのだが、その後は海陸軍による偵察で正確な陣容が確認されていた。

 発見された日本艦隊の戦力は大きかった。写真偵察によって判定された数は、空母と戦艦がそれぞれ6隻に加えて、巡洋艦が10隻程度と20隻近い駆逐艦というものだった。

 おそらくこの艦隊は硫黄島に展開する航空部隊からの援護圏内で集結していたか、あるいは補給を受けていたのだろう。


 日本海軍は、第二次欧州大戦で大きな損害を受けた英国本国艦隊に戦艦2隻を主力とする艦隊を派遣していた。

 欧州派遣艦隊が帰国したという情報は入っていないから、緒戦における核攻撃やグアム島沖での戦闘による損害を考慮すると、これが日本海軍に残存する有力な水上戦闘艦のほぼ全てではないか、そう判断している参謀は多かった。



 だが、アジア艦隊は太平洋艦隊からの増援を受け取ったことで、サイパン島沖に展開するキャラハン大将直卒の主隊だけでこの日本艦隊に匹敵する規模になっていた。

 主力となる戦艦は、アイオワ級戦艦とコネチカット級戦艦が3隻ずつだったから、艦隊全体で16インチ砲を50門近く装備していることになる。しかも、戦艦群にはアラスカ級大型巡洋艦2隻も随伴していた。

 主隊を護衛する駆逐艦の数は日本軍のものより大分少なかったが、開戦以後アジア艦隊にはここ数年で建造されたばかりの新鋭艦が優先して配属されていたし、巡洋艦の数では圧倒しているから、アラスカ級の援護を加えると軽快艦艇は米海軍が圧倒的に有利なのではないか。


 アラスカ級大型巡洋艦は、開戦直後のグアム島沖海戦で既に1隻を喪失してしまっていたが、それは日本海軍の純然たる戦艦を相手にしてしまったからだ。

 実質的に軽量級の巡洋戦艦とも言えるアラスカ級大型巡洋艦だったが、その主砲は12インチと今世紀初頭の戦艦主砲程度の口径でしかないし、装甲も自艦の主砲に対応した厚みがあるとも言い切れなかったから、その点でも旧時代の巡洋戦艦的な性質を持つ艦だと言えた。


 本来アラスカ級は日本海軍が建造すると噂されていた同級の大型巡洋艦や、ドイツ海軍のシャルンホルスト級戦艦などの小型戦艦に対抗するためのものだった。

 実際にはこの噂は主砲の搭載数を6門に抑えながらも16インチ砲を備えた磐城型戦艦に尾ひれがついた、というよりも尾ひれをもぎ取ったようなものだったようだ。

 アラスカ級同様の大型巡洋艦として建造されたソ連海軍のクロンシュタット級重巡洋艦は、バルト海開戦において磐城型戦艦相手と交戦して撃沈されていた。

 このバルト海海戦の戦訓などから、こうした中途半端なサイズの大型巡洋艦における実用性には疑いの目が向けられていた。


 ただし、戦艦相手には効果が低いと判断されている12インチ主砲も、最大でも8インチ砲主砲しか持たない重巡洋艦以下の軽快艦艇に向けるには過剰な程の火力だった。

 12インチ砲には安全距離がほとんど存在しないアラスカ級の装甲も、8インチ砲であれば大部分の距離で徹甲弾の貫通を許さないだろう。

 グアム島沖海戦では戦艦の数が足りずに一方的な不利な戦闘を強いられてプエルトリコが撃沈されていたが、彼我の戦艦投入数が対等以上であれならばアラスカ級も対戦艦戦闘から解き放たれて、巡洋艦以下の軽快艦艇を相手に一方的に有利な状況に持ち込めるのではないか。



 水上戦闘艦ではこのように米軍側がやや有利といった状況だったが、その一方で空母部隊はこちらが不利ではないかとバーク少将は考えていた。


 投入された空母の数で言えば、確認された日本海軍の空母が6隻に対して、アジア艦隊は移動中の空母部隊を含めても5隻とやや不利だった。

 ただし、アジア艦隊には船体後部に飛行甲板と格納庫を備えたアーカム級航空巡洋艦2隻が配備されていたから、空母の数では実質的に同等であるとアジア艦隊司令部では捉えていたようだった。

 キャラハン大将は、太平洋艦隊に配備された艦艇の中から食堂のメニューを決める様にアジア艦隊に必要な部隊のリストを出してきていたのだが、その中では空母部隊に対する要求は大きなものではなかったのだ。


 だが、偵察情報によれば日本艦隊とアジア艦隊では空母、あるいは飛行甲板の数には大差ないものの、個艦の能力には大きな差があった。

 日本艦隊の空母が何れも戦艦並みの巨体を誇る大型空母であったのに対して、アジア艦隊に前進配置された空母は高速の艦隊型空母であっても小型のものばかりだったからだ。



 当初からサイパン沖に展開していたアジア艦隊に配属されていた空母はエセックス級2隻だったが、ワスプ級空母の発展形として設計されたエセックス級は、本来戦艦部隊直衛用の空母だった。

 原型となったワスプ級は複雑な経緯で建造された空母だった。航空関係者と砲術科のせめぎ合いの中で妥協的に成立した設計案だったからだ。


 そもそも半ば実験艦として改造されたラングレーを除けば、米海軍の航空母艦は廃棄予定の戦艦を改造したコロラド級を嚆矢とするものだった。

 軍縮条約の保有枠によって大型正規空母を手にした米海軍だったが、第一次欧州大戦を対岸の火事として過ごしていた米海軍は、航空母艦という艦種そのものに対してこれといった定見は持ち合わせていなかった。

 結局のところはコロラド級建造時の総花的な設計案が今も尾を引いているのではないか、バーク少将はそう考えてしまっていた。

コネチカット級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbconnecticut.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

クロンシュタット級重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cakronstadt.html

アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cfarkham.html

ワスプ級空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvwasp.html

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