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1951謀略、呉―マラッカ―キール12

 シュナイダー少尉が率いる小隊は、シュレスヴィヒ方面に展開する旅団司令部に所属する対戦車隊である装甲猟兵中隊の一部だった。


 特定の大隊ではなく上級司令部が直率する対戦車隊は、状況によっては旅団隷下の装甲擲弾兵大隊や戦車大隊に小隊単位で配属される可能性があるから、各級指揮官には高い指揮能力が求められていた。

 だが、士官学校を出て間もない自分が指揮官を勤めるには荷が重い、普段からシュナイダー少尉は密かにそう考えていた。



 装甲猟兵中隊の主力装備は、大戦中に制式化されていた日英製の無反動砲だった。装甲擲弾兵大隊の一般的な分隊装備である簡易な無反動砲と比べると威力は大きく、予備弾薬を使用すれば継戦能力も高かったが、大戦中にドイツ国防軍が使用していたものと性能面では大差ないものだった。

 この無反動砲と弾薬を半装軌式の装甲兵車に詰め込んだのが装甲猟兵中隊の装備だったのだ。


 尤も古参下士官達は相変わらず自分達の装備を大戦中と同じくパンツァーシュレックと呼んでいたし、簡易無反動砲はパンツァーファウストだった。彼らにとっては戦時中と今とで特にやることに変わることがなかったのだろう。

 日本製は野暮ったい。英国製は狙いが付けづらいと供与された装備に文句を言う事も多かったが、相手が鈍重なソ連戦車ならやってやれないことはない。古参下士官達はそう嘯いて笑みを見せる余裕すらあったのだ。



 だが、徴兵された新兵達からすれば装甲猟兵中隊が置かれた環境は過酷だった。

 いくら装甲兵車に装備一式と共に乗り込むとは言え、装甲の薄い半装軌装甲兵車は戦場の只中に突入できるようなものではないし、それ以前に対戦車隊の任務は大抵待ち伏せ攻撃だった。

 だから、最後は待ち伏せに適した身を隠せる地形を探して、装甲兵車を後方に停車させて重い無反動砲本体と嵩張る予備弾を自分達の背に担いでいかなくてはいかなかった。

 かつての歩兵砲並みの威力を持つ砲を携行出来るという点では無反動砲の価値は極めて高いが、小銃の倍程度の重量はあるから負担は大きかった。しかも砲弾の重量自体は従来砲と大して変わらないから携行弾数はさほど多くは出来なかった。


 それ以上に、古参下士官達は感覚が麻痺しているか、戦車が見た目ほど万能ではないことを知っているのかもしれないが、何十トンもある鉄の塊が時速数十キロで迫る迫力は極めて大きかった。

 無反動砲は砲弾自体が届くカタログ上の最大射程はともかく、原理上初速が上げられないから実用的な射程は短く見積もられていた。百メートルもない至近距離から自在に動く戦車を狙い続けるのは、相当の恐怖を感じるはずだった。



 行方不明となったハンス二等兵は、無反動砲の砲手ではなく予備弾薬を携行する弾薬手を務めていた。別にシュナイダー少尉が小隊全員の配置を覚えていた訳では無い。単に下士官達が徴兵された新兵達を度胸と技量が求められる砲手にするはずがなかったからだ。

 報告を受けたシュナイダー少尉は先程まで目にしていた地図に視線をやっていた。キール運河北岸で演習を行っていた装甲猟兵中隊は、仮想敵との遭遇戦を想定して小隊単位で展開していた。


 今回の演習で想定している状況は、敵軍の渡河遅滞だった。シュノーケルや給排気口のシーリングなどの渡河装備は戦車の水中走行を可能とさせていたが、これを装備したままでは陸上では動きが鈍るから、渡河装備を取り外す為に乗員が車外に出てくる渡河直後を狙おうとしていたのだ。

 ただし、仮想敵であるソ連軍がその程度のことを理解していないはずはないから、前衛部隊の渡河時には相当の火力支援があるはずだった。のこのこと渡河直後を狙い続けようとしても狙い撃ちされるだけだろう。

 だから、実戦を想定した今回の演習では、最初に小隊単位で運河近くで短時間の集中射撃を行った後は、直ちに撤退して中隊司令部に合流することになっていた。その後は装甲猟兵中隊ごと後退して運河北方に展開している擲弾兵大隊の警戒陣地に収容されるところで演習は次の段階に移るはずだった。



 中隊に配属されてから間もないシュナイダー少尉のかすかな記憶では、ハンス二等兵はあまり要領が良い兵隊ではなかった。脱走ではなく、単に射撃陣地から後退する途中で行動を共にする砲手からはぐれただけという可能性もあった。

 運河の南方では、こちらの演習を監視、警戒するソ連軍がいるはずだったから、彼らを無駄に刺激しないように実弾の射撃、特に無反動砲の射撃などは演習に含まれていなかった。

 つまり弾薬手は、射撃地点まで抱えていった予備弾薬を消費することなく背中に担いで全弾持ち帰る必要があった。それで動きが鈍くなってハンス二等兵は砲手達射撃分隊の仲間から脱落したのではないか。


 地図を仕舞ったシュナイダー少尉は、傍らにいた小隊付軍曹に顔を向けていった。

「兵隊一人が迷子になったくらいのことをあまり大事にはしたくないな。まずはハンス二等兵の分隊だけ装備を車輌に置いて身軽にして捜索させようと思うが……それとも先任分隊長にこの場を任せて俺達も探しに行くか」

 シュナイダー少尉は、これから先も軍にいる限りはついてまわるハンス二等兵の軍隊手帳に余計な項目を増やさせたくなかった。ただでさえ不平不満を抱える徴兵に、これ以上軍に対する悪感情を持ったまま一般社会に戻ってもらいたくなかったのだ。

 この小隊内だけで問題を解決できればそれに越したことはなかった。



 大戦後に除隊したものの、仕事が無くて再志願したという年嵩の小隊付軍曹は、シュナイダー少尉の心中を察したのか、僅かに顔をほころばせながら頷いていた。

「とりあえず自分達だけで事をおさめてみますか……ですが、兵隊の捜索は自分達下士官の仕事です。あんまり定時連絡が遅れると中隊長が何を言ってくるか分からんですから、少尉殿はこちらにいてください」

 兵達から親父さんと慕われている東部戦線帰りの割には温厚な小隊付軍曹はそう言ったが、周りの下士官の中には不満そうな顔をしたものが何人か含まれていた。


 だが、彼らが何か不平を言う前に銃声が聞こえていた。シュナイダー少尉を含めて唖然とした若者達を尻目に、古参下士官達は反射的に車輌や地形の陰に伏せていた。

 慌てて歳の割に動きの素早い小隊付軍曹に倣って小隊長車の陰に伏せながら、シュナイダー少尉は呆けているような顔の新兵たちに向かって叫ぶように言った。

「全員伏せろ。今のは射撃か……何処からだ、いや誰が撃ったんだ。まさかハンス二等兵か」



 泡を食った顔で伏せ始めた新兵たちの様子を見守りながら、思案顔だった小隊付軍曹は周囲の下士官に声をかけてから慎重に答えていた。

「いえ、ハンスは弾薬手だから小銃を抱えて降車していた筈ですが、今日の演習では新兵の銃からは念の為弾薬を抜いておきました」


 おそらく新米小隊長には黙ったまま下士官連中だけでそうしていたのだろう。初耳の話にシュナイダー少尉はじろりと小隊付軍曹の顔を見たが、少尉の視線に気が付かなかったのか、悪びれる事もなく小隊付軍曹は続けた。

「それに今のはうちのエンフィールド小銃のブリティッシュ弾を撃った銃声じゃありませんぜ。拳銃の音とも明らかに違うようだったが……例のソ連の短小銃弾かもしれませんな」


 二人が話している間に何人かの下士官が銃声が聞こえてきた方向を南だと言っていた。2発目の銃声が聞こえてこないことを確認してゆっくりと立ち上がりながら、シュナイダー少尉は双眼鏡を下士官たちが指さしていた方に向けようとしたが、疎林に阻まれて視界は悪かった。

「こっちの訓練に対岸にいるソ連の連中が刺激されたかな……よし、今のところ2発目はないな。1発だけなら誤射かもしれない。相手に乗ってこちらは撃つなよ……」


 シュナイダー少尉の判断に頷いて同意しながら小隊付軍曹は集合している小隊員達を掌握しようとしていたが、ハンス二等兵が所属する分隊長が不満そうに言った。

「共産主義者共は情報を取ろうとしてるんじゃないですか。ハンスの奴は連中に連れ去られたのかもしれませんよ。意味もなく部下を危険に晒すのは御免です。無反動砲はともかく、新兵共も小銃に装弾させてください」



 唖然としてシュナイダー少尉は一気に論理を飛躍させた分隊長の顔を見つめたが、周りの下士官達も少尉に冷ややかな視線を向けていた。

 その視線に圧倒されるようにシュナイダー少尉は何かを言いかけたが、その前に小隊付軍曹が彼らを一喝していた。

「お前たちだけで戦争を始めるつもりか。少尉殿が仰ったように、1発だけということは偶発的な射撃ということだ。いいからとっとと探しにいけ」

 小隊付軍曹の予想外の剣幕に、分隊長達は呆気に取られながら兵達の所にかけ戻っていった。


 だが、険しい表情になった小隊付軍曹は、シュナイダー少尉に向き直って言った。

「しかし、奴らの不満も分かります。新兵共はともかく、古参の連中は装弾させて出しましょう」

 シュナイダー少尉は、一瞬迷ってから頷いていた。

「そうだな……徴兵は装弾せずに着剣だけさせよう。丸腰だと萎縮するだけかもしれないから……」


 小隊付軍曹は近くにいた伝令にシュナイダー少尉の命令を伝えてから各分隊長の元にかけ出させていた。慌ただしくなってきた雰囲気を背負いながら、小隊付軍曹は眉をしかめて続けた。

「こうなると中隊長殿にも一報入れなくてはいけませんね……」

 シュナイダー少尉は頷きながらも、ふと不安を怯えていた。装甲猟兵中隊の中隊長であるギュンター大尉は、古手の士官連中の間でも強硬派だったからだ。本来であれば戦犯扱いされてもおかしくな筋金入りのナチス党員だったのが、国防軍時代は下級士官だった為に戦犯指定は免れていたという噂もあった。


 通信機に向かいながら、シュナイダー少尉はふと本当にハンス二等兵の行方不明と銃声は偶発的なものだったのだろうかと考え始めていた。実際に偶発的な事態であったとしても、ドイツ連邦軍内の開戦派にかかれば、これも謀略の一部とされてしまうかもしれない。ふとそう考えてしまったのだ。



 シュナイダー少尉の予想はあたっていた。ハンス二等兵を捜索している間に、事態は装甲猟兵中隊から擲弾兵大隊、旅団とエスカレートしていき、それに対応するようにソ連軍も警戒を強めていた。

 戦闘の開始は時間の問題だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >1発だけなら誤射かもしれない つい吹き出してしまったのは私だけでは無いはず(笑)
[一言] (;´・ω・)ろ、盧◯橋事件…。
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