1951謀略、呉―マラッカ―キール4
半分は技術将校とはいえ、佐官ばかりを四人も乗せた内火艇を操る下士官は緊張した様子だった。鎮守府が亀ヶ首までの往復に用意した通船は、固有の船室を持たない小型の内火艇だったから、普段は下士官兵ばかりを乗せているのかもしれなかった。
呉鎮守府周辺には、隣接する工廠の他に休山を隔てた広地区や対岸の江田島にも海軍関係の施設が点在していた。陸上移動だと往復に手間取る場所も少なくないから、人員輸送用の各種内火艇に加えて物資や車両を輸送するために陸軍の大発動艇と同規格の特型運貨船なども鎮守府付に多数配備されていた。
中には重量級の戦車でさえ複数両を輸送できる特型大発動艇規格の運貨船もあったから、鎮守府施設に隣接して設けられていた船だまりはかなり容量を大きく取られていた。
内火艇の航行速度は低いのだが、海面がすぐ近くに見えるせいか体感上の速度は高く、艇内には容赦なく飛沫が飛び込んできていた。そんな状況にもかかわらず案内役の山岡少佐は顔色一つ変えずに揺れる内火艇の中で立ち上がって説明を始めていた。
山岡少佐の背後には、目的地である倉橋島の先端にある亀ヶ首試射場が既に見え始めていた。稜線を巧みに取り入れた施設は直接往来する船舶から視認されないように工夫されていたが、それを台無しにする長大な施設があったのだ。
音戸の瀬戸を越えてからまだ距離がある間は、八方中佐は磐城型戦艦が稜線の背後に停泊しているのかと考えていたのだが、実際には新鋭戦艦の艦橋構造物のみが無造作に陸地に据えられていたのだ。
八方中佐は異様な光景に気を取られていたのだが、よく見るとその施設は磐城型や大和型で見慣れた艦橋上部とほぼ同じ構造ながらも、上部には異様なものが備わっていた。
これまで、戦艦の前部艦橋頂部には基線長の長い測距儀を備えた方位盤や射撃指揮所が配置されているのだが、亀ヶ首の施設には戦艦級の重厚な艦橋には似つかわしくない高射装置級の方位盤が直列2基置かれているだけだったのだ。
「亀ヶ首試射所の改修工事に使用されたあの機材は、大本をたどれば十五年前の軍縮条約改定に繋がります。
ご存知の通り条約改定で戦艦保有枠の拡大と他国同様の旧式艦……具体的には金剛型戦艦代艦建造の権利を得た我が海軍は、これを同時に満たすべく磐城型戦艦の建造を開始しました。
計画当初の磐城型戦艦は新規枠分3隻と金剛型代艦枠の3隻、計6隻を仕様を変更した上で建造する予定となっていましたが、先の第二次欧州大戦開戦に伴う軍縮条約の無効化によって後期建造艦の計画が変更されたのもご存知でしょう」
「磐城型3隻の代わりに常陸型2隻を建造した話だな。確か常陸型は就役を急ぐために、磐城型用に事前に用意されていた資材を転用したという話だったが……」
八方中佐がそう返すと僅かに山岡少佐は笑みを見せていた。
「その通りです。我が海軍は連装砲塔3基の戦艦3隻分の資材を使って、より強力な砲塔4基の戦艦2隻を建造したというわけです。砲塔や装甲板が磐城型から転用したのは内部でも広く伝わっていたと思いますが、同時に艦橋などの一部も製造が始まっていたのです。
あの当時からブロック建造が取り入れられ始めていましたが、艦橋構造物は別の箇所で集中して組み立てられており、その工程上船体工事よりも進んでしまっていたからです。
その後は我が海軍の戦艦はより大型の大和型戦艦に移行しました。艦橋構造物の設計は磐城型戦艦から踏襲されていたのですが、製造済みの磐城型6番艦用の資材はそのまま残置されていました。
そこで我々が射撃指揮装置の研究開発を行う際に実艦同様の環境を構築する為の機材として転用したというわけです。先行して建造されていたのはほとんど外装部分だけで内装や司令塔は未施工でしたが、射撃試験の指揮にはそれらは不要でしたので内部はほぼ建造時のままです。
大和型や紀伊型の主砲の射表もこの試験場で作成しましたが、それ以後は四七式射撃指揮装置の実験を主に行っていました。大神で建造中の新型戦艦と同様の配置での試験は既に終了しています。
四七式射撃指揮装置には複数の同型機の観測値を用いて高精度観測を行う機能がありますが、最近ではその実験を行っていました。」
そう言うと、コンクリート製の桟橋につけられた内火艇から飛び降りて山岡少佐は稜線の一部を指差していた。よく見ると、木々に隠されるようにして何かの施設が設けられていた。艦橋上部と同型の機材らしい。贅沢だったが、艦橋構造物と合わせて3基の射撃指揮装置で試験を行っていたのだろう。
四七式射撃指揮装置の存在は、八方中佐は噂でしか知らなかった。なんでも目標の観測を行う方位盤と観測値から射撃値を算出する射撃盤の機能を一体化させたものらしい。
それだけなら高射装置の中には一体化したものもあったが、従来のそれは計算を簡素化した結果であったり、装置自体が大きくなって対空射撃に必要な迅速な対応が難しくなったりと言う問題も抱えていたようだ。
予備役の航海科将校であった八方中佐は断片的な事情しか知らないが、四七式高射装置は計算機能の高度化によって大口径砲の射撃にも対応しうる高精度な射撃値の算出が可能となった画期的な装置らしいが、その搭載艦は実験艦かここ一、二年の間に就役したばかりの新鋭艦に限られていた。
日本海軍としては最新鋭の戦艦である紀伊型も従来の方位盤を備えていたはずだった。
だが、日暮大佐から内火艇の前で紹介された陸奥と尾張の改装計画の主任である板倉中佐は、太り肉の体を苦労して揺らしながら最後に内火艇から降りると、あっさりといった。
「山岡さん、これ外せるんだよね」
そう言いながら丸々とした指で艦橋構造物を指している板倉中佐に山岡少佐は頷いていた。
八方中佐も短躯だったが、長年の航海で鍛えた八方中佐が筋肉を張り巡らせた古猪なら、板倉中佐は狸といった印象だった。下手をすると周囲のものを化かす様な、何処か胡散臭い雰囲気を纏っていたのだ。
尤も、兵部省が仕掛けた報道合戦を利用して、自分達に都合の良いように2戦艦の改装計画を立案するような技術将校がまともとも思えなかった。
この板倉中佐と長身の日暮大佐が並ぶと、まるで狐と狸が組になっている様だった。狐と狸どちらが騙しているのか、あるいは一緒に周囲を騙そうとしているのか、思わず馬鹿馬鹿しい考えに憑かれて八方中佐は首を振っていた。
妙な気配の八方中佐に気が付かない様に、山岡少佐は艦橋構造物を示しながら言った。
「元々試射場に運び込んだ時の図面や工事写真は保存されているはずですから、それらが参照して事前に計画を立てておけば大型の起重機船を用いて短時間で搬出は可能です。内装も電路は射撃指揮装置に必要な分しか配線されていませんから、撤去は容易でしょう」
予め他の人間は話を聞かされていたのか、一人だけ話の流れが分からずに八方中佐は今度は首を傾げていた。
「この試験用機材を撤去してどこに持っていくんだ……」
山岡少佐に聞いたつもりだったのだが、少佐は気まずそうに残る二人に目を向けていた。狐と狸は顔を見合わせてから、狐の日暮大佐のほうが口を開いていた。
「そういえばまだはっきりとは言っていなかったかな。この常陸型で使われなかった艦橋構造物を陸奥の修理にそのまま流用するんだよ。陸奥は艦橋下部が残っているから、そこを整形すれば艤装岸壁か船渠内で搭載は可能だろう」
まるで子供向けの積み木細工かなにかのように安々といった様子で日暮大佐は単純そうに言ったが、八方中佐は呆気にとられた顔になっていた。
「だが、この艦橋は実際には外装だけなのだろう。第一、艦橋や司令塔の配置が磐城型と長門型では違い過ぎるのだから、単純な流用は難しいのではないか」
「艦橋から限られた視野しか持たない司令塔はもはや不要でしょう。艦橋は、最低限射撃指揮装置の架台と航海時の指揮さえ可能であれば機能的に十分ではないですかねぇ。
まだ検討の余地はありますが、改装後の艦長以下の要員は、防護区画内の中央指揮所を戦闘時の配置とすれば艦橋の艤装工事は限定することが出来ますよ」
板倉中佐は笑みを見せながら言ったが、八方中佐は胡散臭そうに返していた。
「そうは言うが、中央指揮所は容積がいるのだろう。陸奥の艦内……防護区画内にはそんな余剰の空間は存在しないぞ」
断定的に言ったのだが、日暮大佐と板倉中佐は気にした様子は無かった。
「その点を解決するためにもこの艦橋を流用する必要があるのですよ。ご存知かと思いますが、四七式の筐体は高射装置のそれを流用した設計となっていますが、電子化によって可能になった方位盤と射撃盤機能の統合こそが四七式の肝なのです。
当然艦内に配置された機械式計算機の射撃盤は不要になりますから、従来の高射装置まで四七式で統一する事が出来れば、発令所や各指揮所が担っていた機能は大部分が四七式や中央指揮所に集約できます。
既に戦闘艦における中央指揮所の機能集約は、実験艦となった八雲で改装手法が確率されていますから、機材の選定や配置は参考資料があります。
主砲用の発令所は、元々大型の計算機や操作員を収容する空間が確保されていますし、射撃指揮所からの電路を収める敷設空間もありますから中央指揮所への改装は可能と見ています。
山岡さん、陸奥分の四七式はまだ確保出来るよね」
そう言って板倉中佐は笑みを浮かべた顔を山岡少佐に向けたが、帰ってきたのはため息混じりの声だった。
「艦橋上部の2基と後部艦橋用の1基はここから転用出来ます。高射装置代用分も開戦後に筑波型重巡洋艦の建造が差し止められていますから、そちらから持ってきます。
尾張に用意するほうが数が多い分余程難しいですが、シベリアと電算機の製造会社に無理を聞かせて増産してもらうしかないですね。そちらの優先度は艦政本部からも口を聞いてください。間違っても電気屋を陸軍さんに引っ張られないようにしてくださいよ」
板倉中佐は膨らんだ顎と胴に埋めるようにして首をすくめて見せていた。
「その点は大丈夫でしょう。選抜招集は先の大戦で陸軍さんも手慣れているし、そもそも海陸空軍どこも動員は志願兵と予備役だけでとりあえずは間に合ってますよ」
二人の話の後半を半ば聞き流していた八方中佐は、眉をしかめたまま視線を日暮大佐に向けていた。
「この計画はどこまで図面が出来ているんだ……発令所の電気系統の修理を中断させた時点で青図は出来ていたのではないか」
日暮大佐は苦笑いを浮かべていた。
「そこまで詳細な計画は出来ていなかったが、発令所の修理は二度手間になると思って差し止めさせたのは事実だ。本当ならもっと早く中佐には説明しておきたかったのだが、色々と外部には出せない機密もあってな……
その前に確認しておきたいのだが、グアム島沖の戦闘で陸奥に必要だった能力は何だと考えているか、改装工事の詳細を詰める前に、そこから認識を統一しておきたいのだが」
浜辺の試射場建屋に入りながら日暮大佐が言った言葉に八方中佐は首を傾げていた。建屋は工員や試験に立ち会う技術将校の待機所なのか、片隅には黒板が立てかけられていた。
率先して意外と手際よく黒板を掃除する板倉中佐の様子に、思わず八方中佐はため息をついていた。
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