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1950本土防空戦24

 ミッドウェー基地に設けられた太平洋艦隊司令部の会議室はひどく蒸し暑かった。

 残存性を最優先して建設されていた艦隊司令部の施設は、一部の居住施設を除いて大半が狭い島内の地下に無理やり建設されていたから、司令部スタッフが集合する会議室といえども最低限の面積しか無かったし、湿度も高かった。

 室内の機能性は確保されていたが作業環境は悪く、サンディエゴの設備の整った司令部施設とは雲泥の差があった。


 ―――そもそも、陸軍航空隊がこの戦争の主役であるならば、司令部機能を太平洋の真ん中まで前進させたところで大した意味はなかったのかもしれない……

 情報参謀の報告を聞きながらも、太平洋艦隊参謀長のバーク少将は脳裏の片隅でそう考えていた。



 米軍による奇襲攻撃となった第一段作戦は、多少の齟齬はあったものの概ね成功を収めていた。米陸軍航空隊によって行われたトラック諸島への核攻撃は強大な日本艦隊を殲滅していた。

 また、同時に太平洋艦隊の支援の元で行われたハワイ進攻作戦は、短時間で首都ホノルルの市街地と現地民国王の身柄を確保しており、引き続きハワイに投入された陸軍第25歩兵師団は残敵掃討にあたっていた。

 既にオアフ島やハワイ島などの要地は抑えていたから、ハワイ占領はほぼ完了していたと言ってよいだろう。雲散霧消した現地民を主力とするハワイ王国陸軍は、まともな戦力とはならないだろうからだ。

 開戦前の大統領府の思惑では、うまく行けばこの段階で対日、対ハワイ戦争は終結すると考えていたようだった。


 開戦に先立って米軍は陸軍、海兵隊合わせて3個師団を太平洋方面に送り込んでいた。このうち第1海兵師団は核攻撃によって無力化されたトラック諸島を電撃的に占領していた。

 トラック諸島占領時に海兵師団が受けた抵抗は極わずかというから、上陸直前に陸軍航空隊の手で行われていた核攻撃の威力は凄まじいものがあったようだ。

 第1海兵師団は、海兵隊にとって念願の戦略単位としての師団編制だった。これまで歩兵部隊に随時支援部隊を補強して最大でも連隊単位で部隊を編成していた海兵隊は、主に中南米諸国への政治介入の手段としてばかり使われていたからだ。


 対して陸軍は3個州兵歩兵連隊を中核として最近になって編制されたばかりの第25歩兵師団がハワイ占領作戦に投入されていたが、残りの第24歩兵師団はフィリピンの防衛に回されていた。

 フィリピンには従来から駐留するフィリピン人と米国人の混成米・フィリピン師団に加えて、現地人を徴用した10個フィリピン歩兵師団が編成されていたから、フィリピン歩兵師団の少なくない数が主要部のマニラ島以外で独立派の鎮圧に抽出されていることを除いても防備体制は相当なものであるはずた。

 日本陸軍は第二次欧州大戦以後軍縮を進めていたというし、その中でも欧州やシベリアにも部隊を派遣しているというから、戦前に想定されていた悲観的な対日戦計画通りにフィリピンを黄色人種に蹂躙される可能性は低そうだった。


 しかも、米陸軍航空隊はトラック諸島攻撃の返す刀で日本本土の爆撃を敢行していた。日本人の家屋は密集している上に木製の脆弱なものばかりというから、彼らの本土をいつでも焼き払うことができる米軍の能力を前にすれば、彼らから講和を乞うしかないのではないか。

 日本本土はこれまで大規模な外敵の攻撃を受けたことが無い、らしい。彼らの歴史はバーク少将もよく知らないが、海に囲まれた環境がこれまでは日本本土を守っていたのだろう。

 そんな安穏とした環境にいた日本人が、近代的な米軍の空襲に耐えられる筈はない。それが陸軍航空隊の主力をなす爆撃集団の予想だったようだ。

 実際、王制下の日本人達に自由を重んじる米国市民の様に世論を形成する程の力があるかは分からないが、陸軍航空隊の初空襲においては市民に講和を呼びかけるビラもばら撒く予定になっていた。


 この段階で米日間の講和が成立すれば、有利な条件を押し出す事ができる筈だった。日本軍の主力部隊は彼らの本土で残存しているだろうから多少の譲歩は余儀なくされるだろうが、フィリピン独立派への不当な干渉の禁止、ハワイの平和的な併合といった目的は達成できるのではないか。

 それだけではなかった。今世紀初頭から勝利を重ねてきた日本帝国の敗北は、日本人の意識を停滞させるのではないかと政府筋に近い政治学者などは推測しているようだった。増長した彼らがその反動で国内に閉じこもるようになれば、米国と違って国内に資源を持たない日本は衰退を始めるだろうというのだ。

 そして核攻撃を警戒した日本人たちが米国への復讐を思いつくまでの間に、米国は日本人達がいなくなった中国市場に確固たる橋頭堡を築く、というのが東海岸の資本家辺りの思惑らしい。



 東海岸の政治家、資本家達の考えはよく分からなかったが、少なくとも彼らの思惑とは異なり、米陸軍航空隊の日本初空襲は予想外の結果を迎えていた。出撃した機体の3割近くが未帰還となっていたのだ。

 大きな損傷を受けて帰還後に廃棄された機体もあるというから、再度出撃できるのは半数程度にしかならないのではないか。


 日本本土に空襲を敢行したのは新鋭のB-36重爆撃機だった。核爆弾こそ搭載していないが、同機の爆弾搭載量は大きく、本来であれば日本人の首都の半分を焼き尽くす筈だった。

 陸軍航空隊、というよりもその主力である爆撃航空団では、木製家屋が立ち並ぶ日本の町並みに合わせて態々焼夷弾まで用意したらしいが、実際には日本の首都に辿り着く前に爆撃が行われていた。


 爆撃目標がその場で変更となった理由は今でもよく分かっていなかった。帰還した機体の乗員からは、先導機が投弾を開始したためにそれに従ったという証言ばかりが得られていたが、最初に投弾した先導機が誰の機体なのかは当の乗員たちの意見も別れているらしい。

 真っ先に爆撃地点に乗り込む先導機は、常識的に考えて編隊指揮官機か手練の爆撃手が乗り込んだ特別機となるから日本軍も集中的に狙っていたようだった。

 まだ詳細な報告は上がっていないようだが、B-36編隊は先導機が被弾してその任に耐えきれなくなって何度か入れ替わっていた。指揮官機が離脱しても進撃を続けた乗員達の練度と士気の高さは誇るべきものだったが、日本本土に上陸した時点で最初に見えた市街地に投弾を開始してしまったようだ。


 あるいは、島国の日本本土は都市部の多くが海岸線に隣接していたから、最初に投弾したB-36の爆撃手は実際に爆撃目標の東京と誤認していたのかもしれない。

 その時点で先導機を務めた機体も未帰還機のリストに連なっていたようだから、当時の機内の様子を伺う事は彼らが運良く不時着して捕虜にでもなっていない限り今後も不可能だった。



 報告を聞き終えた司令部要員からは、爆撃が中途半端なものに終わった事に不満そうな声が上がっていた。困惑したような声も上座から聞こえていた。太平洋艦隊長官のラドフォード大将だった。

「実際に陸軍が爆撃したこの鎌倉というのはどの程度の都市なんだ。まさかインディアンの集落に毛の生えたようなものじゃないだろうな」


 こちらも困惑した様子で資料をあさっていた情報参謀は、一枚の紙片を取り上げながら言った。

「鎌倉は日本の古都です。歴史上彼らの政治形態は、宗教的な天皇と軍事的な将軍に別れた二重構造となっていました。欧州におけるローマ法王と世俗的な王室に近いもの、らしいです。

 東京が首都になるまでは天皇は京都にいたようですが、将軍が居た街は何度か変わっています。鎌倉に将軍がいた時代もあったようです。将軍が世俗的な王であると解釈するのであれば、鎌倉は日本の首都であった時期もあると考えても良いのではないでしょうか」

「日本人の統治体制というのはよく分からんな……将軍というのが今の政府か首相にあたるというわけか……それで、その鎌倉が首都だったというのはいつ頃の話なんだ」

「資料によれば、大体……800年程前のようですね……これ以上のことは歴史書でも無いと分かりませんが、アジアの歴史書なんてこの司令部にはありませんでした」

「なる程な、つまり陸軍航空隊は確かに日本人の首都を吹き飛ばしたということか、時間は8世紀程間違っていたようだが」


 ラドフォード大将の冗談に付き合って会議室内に笑い声が起こったが、どことなく白けた雰囲気もあった。8世紀前には米国どころか白人自体が今の北米大陸に到達していない時期だったからだ。


 眉をしかめたバーク少将は、笑い声が消えると情報参謀に続けて言った。

「君は今回の爆撃作戦に関してどの程度の成功を収めたと判断しているんだ。日本人がこの程度で音を上げる可能性は低いと私は思うのだが……」

 情報参謀は首をすくめていた。

「それは、結局最後は日本人の政治家がどう判断するかによりますね。ただ、この陸軍爆撃隊の損害を奴らが正確に把握できたならば、陸軍の思惑とは逆に我が方の損害を声高に宣伝する可能性もあるでしょう。

 欧州での戦闘の記録を見たのですが……結局戦略爆撃には反復攻撃が必須なようです。陸軍航空隊も戦力の回復に加えて出撃機数の増大や戦闘機部隊の随伴などの手段を取る気ではないかと……」


 バーク少将はそれを聞くと、会議卓に置かれた地図に視線を向けていた。

「では、やはりハワイの後方拠点化を今以上に推進しなければならないということか……」

 そう言いながらもバーク少将は、あの巨大なB-36が出撃の度に消費する燃料、弾薬などの膨大な消耗品の量を考えてうんざりしていた。

「それと、陸軍航空隊では、やはりグアム島だけでは狭すぎて出撃拠点として不十分と考えているようです。マリアナ諸島の占領と基地化が叶えば、日本人の前進根拠地を叩く余裕もあるのではないかと言う事です。

 可能であればこの日本人の……イオですか。陸軍としてはこの島までをとってしまいたいという意向だそうです。マリアナ諸島から日本に向けて北上する中間点にある島嶼部を占領できれば、爆撃隊を援護するのに必要な戦闘機の出撃拠点や不時着地などにも使用できますから」

「そうなるとトラック諸島を占領した海兵師団の再編成次第だな。大統領府の作戦計画では、核で無力化されたトラック諸島を占領するのは容易だから、海兵師団は若干の警備部隊を残して早々に次の作戦に転用される予定ではなかったかな」


 視線が会議室内で唯一の海兵隊員であるミッドウェー基地守備隊の指揮官に飛んだが、彼は困惑して首を振っていた。

「私に聞かれても困りますよ。海兵師団の指揮系統は建前上ワシントンに直結しているんですから、太平洋艦隊の我々とは直接の関係は無いんです。

 ただ、噂なのですが、どうもトラック諸島を占領した将兵の中で体調不良を訴えるものが多いようなのですが……いや、我が海兵隊は勿論常時戦場です。おそらく再編成はすぐに済むでしょう。最初の目標はグアム島を挟んでトラック諸島とは反対側のテニアンかサイパンということになりますか」


 守備隊長の発言が終わるのを契機に、ラドフォード大将は会議卓をこつこつと叩いて注目を促していた。

「諸君、前線の状況がどうであれ、二度目の核攻撃さえ実施出来れば状況は一変するはずだ。海兵師団の強襲上陸にも、ハワイ経由補給線の強化も、我が太平洋艦隊の支援機能が重要な役割を担っている。

 マリアナ諸島の上陸作戦となれば、指揮系統はアジア艦隊でも、主力部隊は我が艦隊から出さざるを得ないだろう。全員そのつもりで……」


 ラドフォード大将が言い終わる前に、通信将校が慌ただしく入室して大将に通信用紙を差し出していた。大将は手早く用紙を読み終えると、困惑した表情を浮かべていた。

「日本艦隊……空母部隊と思われる艦隊がフィリピン西海岸を襲っているらしい……」


 バーク少将は思わず海図に目を向けていた。フィリピン西部の南シナ海には、欧州から日本本土に向かう通商路が存在していた。

 ―――もしかして日本は長期戦を覚悟しているのか……

 咄嗟の考えにバーク少将は眉をしかめていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >第1海兵師団は核攻撃によって無力化されたトラック諸島を電撃的に占領していた >トラック諸島を占領した将兵の中で体調不良を訴えるものが多いようなのですが…… あっ…… [一言] 初弾…
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