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1950本土防空戦23

 陸地が見える。久方ぶりに弾んでいる調子のそんな声が上甲板の方から聞こえてきたとき、ロリフォード中尉は哨戒艦ハレクラニの事務室で機関士と共に在庫表と格闘していた。



 航海中にもう何度も在庫を確認していた。戦闘行為が無くとも航海中に消耗する物資は多かった。燃料や食料に加えて、機関が連続して稼働していれば潤滑油などの消費も少なくなかったからだ。

 基準排水量で一千トンにも満たないハレクラニにとって無理のある航海だった。元々ハワイ王国海軍の整備力はさほど高くないから、鵜来型海防艦を原型とするハレクラニの状態は、普段から日本海軍で運用されていた時期よりも悪かったのではないか。


 だが、哨戒艦の稼働率が多少悪かったとしても平時においては大きな問題とはならなかった。ハワイ王国海軍艦艇がハワイ諸島周辺の狭い海域から出ることはほとんど無かったからだ。

 艦隊旗艦であるカイミロアなどは、何度かハワイ王国付近のフランス領などを親善訪問していたが、英国海軍のダイドー級軽巡洋艦スキュラを前身とするカイミロアの航洋力は高いから大きな問題とはならなかったようだ。

 ところが今回の航海はハレクラニにとっては困難なものだった。原型艦の航続距離からしてもほぼ限界に近かったのだが、それ以上に単艦での長距離航海が難しかった為だ。



 ハレクラニの原型となった鵜来型海防艦は、元々は日本海軍では短距離護衛艦として建造されていた。本来の海防艦の任務は、平時における国境警備などであったらしい。

 戦時中に大量建造された鵜来型海防艦の多くは、英国本土や南アフリカなど船団寄港地周辺などの重点的な対潜制圧や距離の短いカナダ航路などに使用されていたようだ。

 英国本土と日本などアジアを結ぶ長距離護送船団の護衛部隊は、鵜来型海防艦よりも一回り大きい松型駆逐艦などが主力だった。開戦初期の護衛艦艇が揃わなかった時期には鵜来型海防艦が長距離護送船団に随伴していた例もあったが、その場合は護衛対象の船団自体が海防艦の航洋力を補っていた。

 船団全体の航行計画には負荷がかかることになるのだが、航法や洋上補給には船団に随伴する補給船による支援が期待出来たからだ。それでも船型が小さいから乗員は苦労していたのではないか。


 ロリフォード中尉は当時の乗員ではないから詳細は知らないが、ハレクラニが僚艦カマアイナと共にハワイ王国に回航されて来た際も、大型貨客船が支援船として同行したと聞いていた。

 ハワイ王国海軍には長距離の航海に精通した士官が少なかった。これまでは沿岸防備用の航続距離は短くとも戦闘能力の高い小型艇の整備が優先されていたからだ。

 しかも日本本土からハワイ王国までの間は、最短距離の航路をとると寄港できそうな中継点が存在しなかった。ミッドウェー島などの米国領は寄港を認めなかったからだ。



 今回の航海は、ハレクラニ単艦でその航路を逆に辿って日本本土まで辿り着くという過酷なものだった。しかも、周辺海域には僚艦どころか敵対勢力の艦艇がいつ出没するか分からなかったから、乗員に掛かる精神的な負荷は大きかった。

 ―――だが、それでもハレクラニの状況は幸運だった。あるいは、この航海の開始時点から綱渡りの連続だったのかもしれない……

 殆ど底をついている艦内倉庫の書類を横目で見ながら、ロリフォード中尉はそう考えていた。


 ハレクラニとカマアイナからなる哨戒艦隊は、米軍がハワイ王国に侵攻してきた時点ではハワイ王国の本土とも言うべきオアフ島周辺海域を遠く離れたニホア島に在泊していた。

 ハレクラニなどが根拠地としているカウアイ島からも300キロ程の距離があったから、鈍足の輸送船を護衛する航海はほぼ丸一日もかかるものだった。


 ニホア島は、かつて古ハワイ人が居住していた形跡があったことなどから、以前からハワイ王国が領土宣言を行っていた。

 国際連盟側諸国の大半はこの宣言を認めていた。貪欲に太平洋の島々を領土として求めていた英仏なども、ハワイ王国に半端に近い割にはろくな資源もないニホア島に大した魅力を感じていなかったのだろう。

 詳細な歴史は不明だったが、そもそも古ハワイ人達がニホア島から去ったのは、絶海の孤島では多くの人口を安定して維持できなかったからだろうという学説もあったほどだ。


 だが、近隣のミッドウェー島を領土とする米国だけは例外だった。そもそも米国の中枢は、現地人国家としてのハワイ王国自体を認めていなかったのではないか。

 そのせいかどうかは分からないが、昨今ニホア島方面からハワイ王国に対して挑発の様に領海への侵入を続ける不審潜水艦が相次いで確認されていた。

 ニホア島には、領土宣言を確実にするために若干の守備隊や学術的な調査や観測を行う研究者達の一団が居住していた。このために定期的に補給船がハワイ王国本島から送り込まれていたのだが、昨今の国際情勢を加味してハレクラニは僚艦カマアイナと共に護衛についていたのだ。



 開戦初期、ニホア島の存在は米軍に完全に無視されていた。事前に警告を送られたく無かったのか、対日宣戦布告と共に行われたハワイ王国への侵攻においてミッドウェー島からハワイ王国に向かう艦隊は、ニホア島の哨戒範囲を慎重に避けて行動していたようだ。

 あるいは、相次いでいた潜水艦の侵入は、ハワイ王国海軍の能力を総合的に見極める為のものだったのかもしれない。ニホア島の警戒態勢は早々に見極められていたのだろう。


 いずれにせよニホア島にいたものは本国が崩壊しつつある中で難しい対応を迫られていた。手元には居住者用の補給物資の他には2隻の戦闘艦があったが、続々とニホア島に送られてくる情報は悲観的なものばかりだったし、ニホア島には軍人だけではなく民間の研究者も在住していたからだ。

 既にハワイ王国軍は瓦解していた。王国海軍艦隊は強大な米艦隊によって侵攻初期に一蹴されていた。王国陸軍も圧倒的な戦力差から無謀な正面対決で消耗するのを避けて、山岳地帯に潜んでの遊撃戦に移行しているらしい。

 上陸した米軍は一個師団程度の大兵力というから、短期的な襲撃などではなく長期的な占領を視野に入れている可能性が高かった。そのような大軍が展開するオアフ島に、僅か2隻の哨戒艦で乗り込んでいっても、短時間のうちに上陸船団を護衛している米艦隊に撃破されてしまうのは間違いなかった。

 だが、今は無視されているとしてもいずれはニホア島在住部隊の存在に気が付かれるのではないか。ハワイ本国に帰還するのが難しいのであれば、いっそ先に投降してしまうか。そんな意見も少なくなかった。



 混乱していた状況を一変させたのは、王宮から発せられた一通の通信だった。カイ・アイカウを皇太子に任命する。その内容だけを聞けば、とても陥落間近の王宮から発信されたとは思えなかった。

 だが、ニホア島にいた軍人達だけは国王の意向を理解していた。皇太子に新たに任命された哨戒艦ハレクラニ艦長であるアイカウ海軍大佐は、亡命政権の代表たる資格があったからだ。つまり暗に国王は亡命してハワイ王国の正統性を主張し続けよと言っていたのだ。


 アイカウ大佐は、ハワイ先住民系の名家の出身で、王族の資格を有していた。これまでは日本皇室の血が混じった国王の影に隠れてさほど王室内では目立つ存在ではなかったのだが、開戦時にただ一人ハワイ本土から離れていたことが国王の目を引いていたのではないか。

 肝心のアイカウ大佐は突然の、しかも広域無線通信による皇太子指名という前代未聞の事態に困惑した様子だったが、幸いなことにハレクラニの副長であるウラサワ少佐には強い指導力があった。



 ウラサワ少佐は、直ちにロリフォード中尉たち主計科や機関科士官に命じて使用できる物資の量を確認させていた。ハレクラニの倉庫に収まっている分だけではなかった。僚艦カマアイナどころか、補給船やニホア島に貯蔵されていた物資まで確認させていたのだ。

 倉庫を洗いざらい確認させていたのは亡命のための長距離航海計画を策定するためだった。そして物資の概算が出てきた時点で、使用するのは哨戒艦ハレクラニ1隻と決まっていた。

 鵜来型海防艦は燃費に優れたディーゼルエンジンを主機としていたから民間の輸送船である補給船の燃料も融通出来たのだが、3隻分の燃料をかき集めてもハレクラニ1隻を航続距離限界まで航行させるので一杯だったのだ。


 慌ただしくハレクラニへの給油が行われる中で残りの物資と航海に同行する人員の選抜が進められていた。長期間の航海となるから、食料や消耗品の搭載量は多かった。

 食料庫に収まるだけの生鮮食品だけでは全く足らないから、居住区画まで缶詰や消耗品が詰め込まれていった。ロリフォード中尉もその監督に大わらわになっていた。油断すると物資の行方が分からなくなるからだ。

 食料の員数が合わない程度ならともかく、機関科の予備部品まで居住区に搭載するものだから、乱雑に保管すると洋上で部品の行方が分からずに立ち往生するかもしれなかった。



 だが、この時ロリフォード中尉は自分はニホア島に残留するものと考えていた。積み込み作業にはカマアイナの主計長も参加していたが、確かカマアイナ主計長の方がロリフォード中尉よりも先任で経験があったし、先住民系の出身だったからだ。

 航海計画を策定していたウラサワ少佐は、同時にハレクラニに乗艦して亡命する要員を選抜していた。ハレクラニ乗員に限らず、カマアイナの乗員やニホア島守備隊からも特殊な技能者などを中心に選抜していたようだ。

 漠然と今のハワイでは少ない米国系市民である自分は、侵略者である米軍に寝返りかねない半敵性市民と考えられているのではないか、作業中に何度か感じた鋭い視線からそう自嘲していたのだ。


 ところがハレクラニの乾舷が危険なほど沈み込むような積み込み作業が進む中で、ロリフォード中尉に向けられた視線の数が減っていった。

 付き合いの薄いカマアイナや補給船の乗員が次々と降りていったのだが、それを奇妙に思うことなく慌ただしく作業していたロリフォード中尉は、唐突に周辺の作業員がいなくなっていたことに気がついていた。

 すでに積み込み作業は終わっていた。残っているのは書類を確認していたロリフォード中尉と直属の部下だけだったのだ。しかもハレクラニの倉庫には奇妙な振動が走っていた。

 怪訝に思ったロリフォード中尉は、すぐにハレクラニが出港していることに気がついていた。ハレクラニ乗員に選抜されていたのは、より優秀なカマアイナ主計長ではなくロリフォード中尉だったのだ。



 未だにウラサワ少佐の乗員選抜基準は分からなかった。もしかするとニホア島に残された場合、ロリフォード中尉が祖父の元財務部長が対米協力させられる際に人質にされるかもしれないと考えたのかもしれない。

 乗員の声に誘われるようにして上甲板に出たロリフォード中尉は、眩しさに目を細めていた。久方ぶりに見えた陸地に歓声を上げていた乗組員達は、次に海上の一点を指差していた。

 一隻の艦艇がハレクラニに急接近していた。先程上空を通過していった奇妙な形状の日本機から連絡があったのだろう。間違いなく前方の島嶼は日本領だった。

 接近してくるのはハレクラニよりも一回り小さい駆潜艇の様だった。おそらく前線基地に配備された警備部隊なのだろう。


 歓声を上げる乗組員の背後から、こちらを照会する為か回頭して同航しつつある駆潜艇の姿を見つめていたロリフォード中尉は、ふと駆潜艇のマストにたなびく日本軍旗に視線を向けていた。

 どうやら皇太子に任じられたアイカウ大佐の亡命という目的は達せられそうだったが、これから自分たちはどうなるのか、不安を胸にいだきつつもロリフォード中尉は再び自分の仕事である事務作業に戻っていった。

鵜来型海防艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/esukuru.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

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