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1950グアム島沖遭遇戦23

 発生した事故は破局的なものだった。しかも、並行して付近の施設でも同時に作業が行われていた為に、事故が発生した事実を管理部門が確認するまで時間が経ってしまっており、初期対応に必要だった時間が失われていた。


 事故が発生した際に行われていた作業は、当初は重要度が低く見積もられていた。最先端の原子核技術開発を行うような実験ではなく、核分裂反応に関する実験に用いる燃料を製作するという作業だったからだ。

 説明では詳細はぼかされていたが、単純な作業であるにも関わらず高度な教育を受けた研究者が投入されていたのは、単に原子核技術の開発は秘密都市の中で行われる研究の中でも機密度が高く、高度な情報に触れる資格のある単純労働者という矛盾した要員を確保できなかったからだ。


 だが、結果的に言えば、そもそもこのような認識自体が誤っていたと言わざるを得なかった。原子核技術の開発においては単純な作業など存在しなかったのだ。

 やはり詳細は明かされなかったが、事故によって強烈な放射線が発生したらしい。発生した放射線は付近に居た作業者を襲ってその体を構造から変質させていた。

 事故発生を把握した後の管理部門が可能だったのは、事故の影響を最小限に抑えることと、患者となった作業者を救助することだけだったが、その過程においても放射線による影響を受けたものが続出していたらしい。

 直接的な死亡者は事故を起こした作業者に留まっていたが、彼らの救助や現場の復旧にあたった要員からも後から身体の不調を訴えていたものが多かったから、特別な医療措置と長期的な経過観察の対象となっている関係者の数は多かった。


 そして、事故の結果、原子核技術開発において厳重な安全規則が設けられるとともに、作業環境を観測する機材が新たに開発されて投入されていた。結局救えなかった患者の医療過程で得られた知見も、その後の医療技術向上に寄与する所もあったようだ。

 だが最大の変化は事故をまとめた資料、つまり統合参謀部で行われている会議の出席者が閲覧した書類が作成されたことにあった。

 書類の中身が整えられているのも当然だった。この書類は会議に提出するために作成されたものではなく、元々原子核技術開発に携わる研究者に最初に閲覧させるためのものだった。自分達が行う研究がどのようなものなのか、その最悪の形を提示して戒めとしていたのだ。



 書類内容に関する博士による説明を聞き終えた会議の出席者達は、まだ困惑した表情を浮かべていた。この患者とトラック諸島の現状がうまく結びつかないのだろうが、博士は更に続けた。

「過去の事故は核燃料の精製過程で発生したものですが、急性放射線被曝を引き起こす放射性物質自体は、原子核分裂反応を用いた兵器、核爆弾とでも言いましょうか、その急速な核分裂反応においても生成されるものと思われます。

 フランス通信社が行った報道の内容から推測すれば、周辺地域は水中爆発で生じた放射性物質を含む霧と、空中爆発で巻き上げられた降下物によって広い範囲で大規模に汚染されていると思われます。

 直接爆風や熱線を浴びた死傷者以外も、核分裂反応が発生した直後にトラック諸島にいたものはよほど条件が良くない限り急性放射線障害が生じていると考えた方が良いでしょうな」


 博士はどことなく他人事の様に言ったが、統合参謀部2部の水野少佐が首を傾げながら言った。

「しかし、そうなるとこの状況には違和感がありますね」

 水野少佐は卓上にあった仏語の新聞を掲げながら続けた。

「報道からも、周辺の部隊からの報告からでも、米軍は師団級と思われる大規模な部隊を核爆弾による爆発の直後にトラック諸島に投入している事が確認されています。

 博士の説明通りであれば、爆発直後にトラック諸島に上陸した米兵もその障害を受けているのではないですか。自軍の将兵にそのような危険を冒させるものでしょうか」



 水野少佐の質問が意外だったのか、博士はこれまでになく困惑した表情を浮かべていた。二人の顔を眺めながら、小野田大佐は口を挟んでいた。

「それは米軍の戦術的な判断にも繋がるのだから、博士に聞くのは筋違いではないか」

 だが、小野田大佐が言い終わる前に、博士は考え込んだ顔になりながらも水野少佐に答えていた。

「企画院から回ってきた情報によれば、原子核技術の開発は、米国もおそらく日英露と独とほぼ同時期に始められていたものと思われます。その規模も特殊な機材や資源の価格上昇、行方が分からなくなった先端研究者の数などマクロに見れば我が方とも遜色ないのではないかとも思われます。

 もし我々と米国の原子核技術開発に違いがあるとすれば……奇妙な言い方になりますが、彼らは失敗を経験していないのかも知れません……」

 独白の様な博士の声を聞いたものの多くが、配られた患者の無残な姿が載せられた書類に視線を向けていた。

「勿論これは推測に過ぎませんが、完全な実験の成功経験は必ずしも教訓を生みません。むしろ失敗した事例こそ詳細な分析、評価の対象とすべき、なのかもしれません」


 博士は一言一言考え込みながらもそう言ったが、水野少佐は博士の言葉が聞こえなかったかのように瞑目して考え込んでいた。

「もし米軍……いや、米国が核爆弾の負の側面を軽視しているのであれば、そこに我々が付け込む隙があるかもしれません。核爆弾による凄惨な被害を表に出すことで、国際的な世論を味方につけることは容易になると思われます。

 開戦初日の奇襲攻撃を受けたとだけ報道されれば帝国の威信は地に落ちてしまいますが、これが予期し得なかった……本来毒ガス等と同様に条約などによって使用を禁止されるべき兵器が用いられたものであったとすれば話は変わってきます」

 水野少佐はそう言うと大賀大将と永田大臣に視線を向けたが、二人とも苦々しい表情になっていた。



 しばらく考え込んでいた永田大臣は大賀大将に耳打ちしながら促していた。大将もうなずきながら意を決した様子で言った。

「部員の意見は結構だが、放射線被曝の惨状を周知するということは、我が方が秘匿していたこの情報を開示するということにも繋がるのではないかな。情報の開示には英露との外交上の根回しも必要だし、短時間で実施することは出来ないだろう」


 室内に困惑した様子が広がる中で、永田大臣も苦々しい顔でいった。

「いずれ情報は開示するとしても、即座に国民に発表できるものでもあるまい。今後その方向の情報戦は2部内で研究してもらえんかね。

 まずは奇襲を受けながらも、我が方も果敢に反撃しているという方向で無難に報道をまとめるべきではないか……そういえば、例のグアム近くで戦艦と空母を沈めて帰ってきた部隊があったな。最初はその艦隊を殊勲部隊として報道対象とする方向で兵部省内でまとめさせよう」


 水野少佐は頷きながらも言った。

「大臣の意向は承知しました。しかし、大臣の仰るとおりにいずれは核爆弾について触れる場合は前提条件が存在すると思われます。

 毒ガスの使用を各国が躊躇するのは、条約による禁止効果に加えて、自分達が使用した際に大々的な報復をされるのではないか、その恐怖があるからです。そこでこの場でお伺いしたいのですが、我が方の核分裂反応を用いた兵器開発はどの程度進んでいるのか、それを確認したいのです。

 我が国の側にも核爆弾があると認識させられれば、そしてこれを使用した際の惨劇を正しく理解しているのであれば、さらなる核爆弾の使用を米国に躊躇させる抑止力として機能させられます。

 念の為に申し上げておきますが、小官は米国に対しても核爆弾で報復攻撃を行うべきとは現状では考えておりませんし、極端に言えば核爆弾を運用する能力が我が軍に実際に備わっている必要も有るとは思えません。

 言ってみれば、日本軍も核爆弾を保有しており、その運用能力も有していると米国に確信させられれば、それで十分と考えております」


 水野少佐の質問に、博士は永田大臣と大賀大将を確認するように見つめていた。永田大臣はため息を付きながら言った。

「少佐の言うとおりかもしれん……大賀君、栗田君、統合参謀部預かりにしていた例の潜水艦も、この様な事態になっては連合艦隊……第6艦隊に移籍させた方が良いのではないか。運用法は艦隊内で実戦に即した形で研究してもらおう」

 永田大臣に頷きながらも大賀大将は博士に言った。

「博士、核兵器の現状について説明してもらいたい。本件に関する機密も解除されたと解釈する」



 一度博士は瞑目すると、重々しい口調で言った。

「先程も申し上げたとおり、事故後は安全規則が強化されましたが、同時に原子核技術は核分裂反応の安定化と持続化に重点を置くように研究方針が転換されていました。

 核分裂反応はこれを急速に反応させることでそのエネルギーを瞬時に放出させて爆弾として用いるのではなく、核分裂反応の連鎖を維持することで安定した熱源として使用することも可能なのです。

 現在、我が方で建造されている核兵器は2種類あります。1つは実験用に建造されている核爆弾……今回米国が使用したものは同じ原理で作動するものと考えられますが、これが起爆実験直前の段階にあります。

 もう1つは原子核分裂反応を継続的に発生させる核分裂炉、あるいは原子炉とでもいうべきものですが、こちらは既に動作実験を行っていた実験炉が安定して稼働を行って各種試験を行っており、実用化試験として原子炉を搭載した海軍の潜水艦によって各種試験をオホーツク海で行っておりました」

 そこで一旦博士は口を閉じて永田大臣の顔を見て確認してから続けた。


「こちらの原子炉を搭載した潜水艦に関しては、当初の実験段階から実用試験段階に入ったものとお考えください。また、この実験艦の実績を反映した新型潜水艦も逐次設計、建造開始の予定となっております」

 どことなく誇らしげな様子の博士に希望が見えてきたのか、出席者の多くからはこれまでの陰鬱な様子が消えようとしていた。


 だが、そんな浮ついた雰囲気を戒めるように会議室の扉が慌ただしく開けられていた。扉前にいた衛兵を押しのけるように、統合参謀部付の士官が会議室に入ってきていたのだ。

 今回の会議は機密度が高いものだった為に誰かが叱責しようとしていたが、それよりも早く当直の士官が叫ぶように言った。

「航空総軍司令部より緊急連絡です。宇津帆島監視哨より報告、米軍超重爆撃と思われる大型機編隊の北上を確認。総軍司令部は各航空隊に緊急出撃の準備を出すとともに、硫黄島から空中指揮官機の出撃を命じました」

 おそらく通信室から駆け出してきたのだろう当直士官は息を切らしていたが、すでに誰もが彼の様子を気にしてはいなかった。



 状況が一変して途端に周囲の者たちと慌ただしく話し始めた出席者達を尻目に、一人博士は手元の種類などを片付けていた。これで急な東京出張も終わりそうだった。

 ―――しかし、軍というところは複雑怪奇なところだ……

 博士はそう考えながらもシベリアの実験都市に関する機密保持などの関係で以前から知り合いだった水野少佐の顔を盗み見ていた。


 会議前からの水野少佐の依頼で博士の先程の説明には偏向がかけられていた。勿論永田大臣や大賀大将も承知の事なのだろうが、博士の説明には嘘はないものの誇張があったのだ。

 シベリアで行われていた原子核技術の研究開発では、原子炉の開発が優先されていた為に、米国が使用したような核爆弾は概念研究段階で停滞していた時期が長かった。

 原理的には制御の関係から原子炉よりも容易ではないかと考えられていたのだが、実験装置の詳細設計が行われたのは最近のことだから、起爆実験がいつになるかは見通しがまだ立たなかったのだ。


 ―――早くシベリアに帰って実験に戻りたい。

 内心ため息をつきながら、博士はそう考えていた。

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