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1950グアム島沖遭遇戦12

 戦闘中に主砲射撃に関する計算能力を失った陸奥は、例えて言えば試合中に突然目隠しをされたボクサーの様なものだった。ポトチニク中尉には目を塞がれたまま勘で矢鱈と拳を振り回したところで、まともに相手に打撃を与えられるとは思えなかったのだ。



 状況はポトチニク中尉が考えていた以上に悪かった。本来重装甲が施された司令塔に入っているべきだった艦隊司令部は、陸奥艦長と共に見晴らしのいい戦闘艦橋にいて文字通り吹き飛ばされていた。

 しかも、陸奥の指揮系統中枢が失われてから艦の指揮権を生き残った最上級の将校である航海長の八方中佐が把握するまで、陸奥は主砲塔に射撃値が送られない状態だったから主砲の射撃が停止していた。

 健在だった副砲も、副砲射撃指揮所から主砲発令所に接続して観測値を送れるかどうかを試していたものだから、主砲に続いて一時的に射撃を停止していた。だからこの時の陸奥は全砲門が射撃を停止していたのだ。



 ポトチニク中尉は、痛む体を起こしながら半壊しかけている艦橋開口から外を見回して絶句していた。

 陸奥周囲の状況は混沌として戦況を把握するのが困難になっていた。ポトチニク中尉が気絶していた間に陸奥の周囲には僚艦がいなくなっていたが、まだ戦闘は続いていた。

 彼我の艦隊が接近した事でどの艦も挟叉が得られたためか、発砲炎が発生する間隔は短くなっており、月光に照らされた戦場は意外なほど眩く光っていたのだが、その一方で発砲炎が確認できる場所は整然と戦闘が開始された当初よりも分散しているようだった。


 混乱の中でも、陸奥に続行していた尾張が孤軍奮闘しているのは明瞭だった。旗艦である陸奥が一時的に戦闘から離脱してしまった事で、尾張1隻で敵1番艦と2番艦を同時に相手にしていたのだ。

 主に尾張がどちらを相手にしているかは明確だった。3隻の戦艦は次第に接近しつつあったが、敵1番艦と2番艦の周辺に生じている水柱の高さが著しく異なっていたのだ。


 月明かりに照らされて青白く光っている水柱は、戦艦の全長と比べても遜色ないほどに敵2番艦の周囲に生じているものの方が巨大だった。戦闘が開始されてからずっと尾張は敵2番艦に主砲を向け続けていたのだろう。

 敵1番艦の周囲にも水柱が立ち上っていたのだが、水柱の高さは遥かに低いのに着弾の間隔は短かった。尾張は接近していた巡洋艦から副砲の標的を敵1番艦に変更していたのだ。


 当初陸奥と撃ち合っていた敵1番艦は、おそらくアイオワ級戦艦だった。同級戦艦はレキシントン級巡洋戦艦のように速度の代わりに装甲が犠牲となっているとは思えないから、その装甲は主砲戦距離における16インチ砲弾の被弾にも対応した重厚なものであるはずだった。

 おそらくアイオワ級の装甲は、接近した状態で命中する確率の高い舷側配置の垂直装甲で300ミリは超えているはずだから、尾張の副砲のような8インチ級の砲では砲口が接するまで接近していたとしても到底貫通は望めないのではないのではないか。


 勿論、陸奥が一撃で艦橋を破壊されたように装甲防御区画外の機材や乗組員に危害を加えることは8インチ砲でも十分可能だろうが、重巡洋艦と比べると尾張の副砲装備数は少ないから、命中弾数もさほど多くが期待できるとも思えなかった。

 尾張の副砲射撃はあくまでもアイオワ級戦艦に対する牽制射撃と考えるべきなのだろう。



 副砲まで用いて尾張が2隻の敵戦艦に射撃を行う一方で、その敵艦群は尾張に射撃を集中していた。既に命中弾も出ているらしく、被弾した箇所では火災が発生している形跡があった。

 ただし、尾張の戦闘能力は全く低下していなかった。被弾によって指揮機能を喪失した陸奥とは異なり、被弾箇所だけではなく砲口からも盛んに煙を吐き出しながら血塗れで戦闘を続けていたのだ。


 ポトチニク中尉は尾張が単艦奮戦する姿を見ながら苛立ちを感じていた。戦艦2隻に続航していたはずの2隻の重巡洋艦は、陸奥が戦列を離れた後に尾張を放って何処へ行ったのか。

 だが視野を広げてみると、ポトチニク中尉は他にも砲火が上がっている箇所を見つけていた。重巡洋艦や駆逐隊はそれぞれ戦闘を繰り広げているらしいが、どちらが優勢なのかはさっぱり分からなかった。

 それどころか目まぐるしく機動する軽快艦艇同士の戦闘に関しては、ポトチニク中尉の目では彼我の識別すら困難になっていたのだ。



 月夜の下で踊っているようにも見える軽快艦艇同士の戦闘を目を凝らして確認していたポトチニク中尉は、視界の隅で炎が上がった気がして咄嗟に視線を尾張に戻していた。

 尾張に新たな被害が生じたのかと思ったが、それは誤認だった。確かに尾張の舷側が瞬いていたのだが、それは艦橋構造物側面に集中配置されている対空砲が連続発射されている形跡だったのだ。

 元々高速の敵機に向けて次々と砲弾を送り込まなければならなかったから、大重量の主砲は勿論だが8インチ級の副砲と比べても、対空砲の発射速度は圧倒的に高かった。

 むしろ尾張の対空砲群はまともに照準がされているのか怪しまれる程に速射を重ねていた。それどころかポトチニク中尉には連続した発砲に装填手の体力が持つのかどうかが分からなくなる程だった。


 だが発射速度は高くとも4,5インチ程度の口径でしかない対空砲の威力は戦艦相手ではたかが知れていた。接近する無装甲の駆逐艦を追い払う程度ならばともかく、駆逐艦に装備された主砲程度でしかない対空砲では、8インチ砲以上に戦艦相手に有効打を与えるのは難しいだろう。

 おそらく距離が狭まる夜戦でなければ戦艦同士の戦闘で対空砲を発砲することもなかったはずだった。

 それに最大射程近くで発砲しているのか高初速砲から放たれているにしてはアイオワ級戦艦の周囲に数秒毎に発生する小さな水柱の位置は広がっていた。あれでは副砲射撃の着弾修正も難しくなっているのではないか。



 だが、ポトチニク中尉の見たところでは意外な程に対空砲の弾幕はアイオワ級戦艦に打撃を与えているような気がしていた。

 直接的な損害が出ているとは思えないが、副砲と共にのべつ幕無しに撃ち込まれる砲弾に辟易しているのか、アイオワ級戦艦の機動が精細を欠き始めていたのだ。


 よく考えるとアイオワ級戦艦の行動には戦闘が開始された当初から余裕が無かったと思われる節があった。いくら主砲射撃が停止していたとはいえ、戦闘開始から照準を定めていた陸奥を標的から外すのがポトチニク中尉の目で見ても早すぎる気がしていたのだ。

 陸奥が主砲射撃を停止していたのは、単に発令所回路の故障によるものだった。何事もなければ今頃は予備の観測手段で射撃を再開していた可能性は高かったはずだ。


 戦艦という存在は本来打たれ強く高い継戦能力を有していた。実際、今でも陸奥は全主砲が物理的には発射可能であったし、艦橋以外の重要区画に目立った損害も無かった。

 アイオワ級戦艦からも陸奥の艦橋が吹き飛ばされていた事は容易に確認出来ていただろうが、常識的にはその程度で戦艦を無力化しえたとは考えにくいだろう。


 おそらくはあのアイオワ級戦艦は陸奥が主砲射撃を停止していた事を確認して直ちに射撃目標を切り替えていたのだろうが、その裏には敵2番艦の1隻だけには尾張を任せられないという焦りがあったのではないか。

 アイオワ級戦艦が陸奥に止めを刺さなかった事でポトチニク中尉達も生き延びられたのだろうが、そこに陸奥がつけ込むべきすきがあるような気がしていた。



 ポトチニク中尉が艦橋の縁から身を乗り出す様に周囲を確認していると、周囲の光景が回り始めていた。振り返ってみると、八方中佐の操艦で陸奥は慎重に回頭していた。

 その時になって、ようやくポトチニク中尉は陸奥が未だに射撃を再開していないことに気がついていた。活火山の様に激しく2隻の敵艦に向けて火を吹いている尾張の影に隠れるようにして、陸奥はひっそりと敵艦に接近していた。

 陸奥が狙っているのはアイオワ級戦艦だったが、そのアイオワ級は尾張の副砲と対空砲に次々と砲弾を撃ち込まれていたから、周囲にひっきりなしに水柱が立っていた。

 逆に陸奥がアイオワ級に忍び寄っている間も尾張は米戦艦から放たれる主砲弾を浴び続けていた。盛んに射撃をしていた対空砲塔もいくつかやられたのか、次第に側面に見えていた砲口炎の発生箇所もまばらになっていたのだ。


 初弾の着弾を待ち受けていた時とは別の意味で、陸奥乗員たちにはひどく長く感じる時間だった。アイオワ級が忍び寄る陸奥の接近に早々に気がついてしまうかもしれないし、集中射撃を浴びている尾張が致命的な損傷を被ってしまうかもしれないのだ。

 陸奥の指揮を掌握した八方中佐の狙いは、どうやら射撃精度に劣る各主砲塔からの照準でも命中を期せる距離まで密かに接近してしまうことらしいが、うめき声をあげる負傷者を艦内に移送した後の艦橋内は、呼吸すら憚れるような雰囲気に包まれていた。



 状況が一変したのは、アイオワ級戦艦の砲撃が停止した時だった。尾張に向けられていた主砲射撃が唐突に停止した後に、ゆっくりと砲塔の向きが陸奥に向けられようとしていたのだ。ようやくアイオワ級戦艦の指揮官も陸奥の存在に気がついていたのだろう。

 だが、剣呑な事態であるにも関わらず、不思議とポトチニク中尉はアイオワ級戦艦から未だに戸惑っているような気配を感じ取っていた。彼らからすれば陸奥は既に死に体であると考えていたはずだった。ところが、彼らの予想に反して陸奥は健在だったのだ。


 八方中佐は、アイオワ級戦艦の主砲が陸奥に向けられたと聞いても顔色一つ変えなかった。

「どうせ奴らも照準はやり直しだ。初弾なんぞ当たりはせんぞ。各砲塔しっかり狙えよ。初弾から当てるんだ」

 八方中佐の言う事は矛盾していたが、航海艦橋の中でそれを気にしていたものはいなかった。事態が更に急変していたからだ。



 最初に、これまで巨弾を虚しく海面に叩きつけているだけだった尾張の主砲弾が距離が狭まったせいか続けざまに命中していた。

 尾張が狙っていた敵2番艦には一度の斉射で複数発が命中していた。しかも、どちらも主砲塔前面と船体部垂直装甲という戦艦でもっとも分厚く装甲が施されている筈の箇所を安々と貫通していたのだ。


 敵2番艦の装甲を貫いた砲弾は、弾頭形状を保ったまま艦内で起爆していた。船体中央部を貫いた一発は、機関部に踊りこんでボイラー本体に食い込んだ後に起爆していた。

 その砲弾が撒き散らした破片はボイラーを破壊すると共に、ボイラー内部に閉じ込められていた膨大な熱量を機関室内に開放して数多くの米兵を殺傷していた。

 そして艦橋直前の第2砲塔前面装甲を貫いた一発は、装填作業中の砲塔内部で起爆して高速の破片と熱量を開放されていた装填機構を通じて弾薬庫に叩き込んでいた。


 敵艦内で砲弾と機関部の誘爆が一瞬で生じていた。まさに爆沈だった。

 これまでに一発も被弾していなかった敵2番艦は、雷鳴の様な凄まじい爆音を残して船体を分割されながらも爆圧で一瞬宙に浮いていた。これでは生存者はごく僅かな数にしかならないのではないか。

 その様子を横目でみてしまったのか、焦ったようにアイオワ級戦艦の陸奥への射撃が再開していた。



 ただし八方中佐の考えは外れていた。アイオワ級の射撃は初弾から何発かが命中していた。艦橋にも衝撃が走っていたが、ポトチニク中尉も他の陸奥乗員も目の前の光景に気を取られていた。

 アイオワ級戦艦が放った主砲弾が着弾する少し前に、陸奥も主砲を放っていた。観測機材の精度は低いかもしれないが、照準には時間がかけられていた。しかもこの戦闘で初めて全ての主砲が一斉に発砲していた。

 個々で照準を行っていたにも関わらず、陸奥の8門の主砲は同時に発砲していた。間近で発生した砲口炎で昼間の様に輝く様子を見ながらポトチニク中尉は確信していた。

 ―――この射撃は必ず命中する……


 相打ちで着弾したアイオワ級戦艦の砲弾で生じた衝撃で再びポトチニク中尉が気を失うのはそれからすぐの事だった。

紀伊型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbkii.html

石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html

レキシントン級巡洋戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ccrexington.html

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― 新着の感想 ―
[一言] 気を失ったってことはポトチニク中尉は今回も死ななかったんでしょうね。いったい運がいいのか悪いのかわからんなあw。カタヤイネン中尉を彷彿とさせてくれますね。
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