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1950グアム島沖遭遇戦10

 針路前方を塞がれる形で先手を取られた前衛艦隊だったが、針路が整定した後に最初に発砲を開始したのは、おそらく彼我の艦艇の中でも最古艦であると思われる戦艦陸奥だった。

 艦橋最上部の主砲射撃指揮所に配置された古参の乗組員が引き金を引いたのだろう主砲射撃は、陸奥の艦上を轟音と閃光で満たしていた。


 陸奥が装備する16インチ砲は続航する尾張の主砲と比べると一回りは小さいというが、閃光とほぼ同時に艦橋の開口部から凄まじい勢いで飛び込んでくる衝撃波は、ポトチニク中尉にとって未知のものだった。

 ポトチニク中尉は、大戦が終わって正規の将校となってから何度かユーゴスラビア連邦王国陸軍で重砲部隊の訓練に立ち会ったこともあったのだが、王国陸軍では最大級の15センチ級カノン砲が間近で発砲したときよりも、いまの陸奥の射撃の方が遥かに衝撃が大きく、暴力的なものと感じていた。


 まるでポトチニク中尉の周りに存在する大気そのものが襲い掛かってくるような衝撃だったが、それでも陸奥の主砲は全力で射撃を行っていたわけではなかった。

 艦橋から見える主砲塔から突き出された16インチ砲の砲口からは発射直後の砲煙が勢いよく立ち上っていたのだが、よく見ると角度をとって空中に突き出された主砲の砲身は砲塔1基につき1門だけで、もう1門の砲身は装填中なのか寝かされたままだった。

 つまり初弾は各砲塔1門のみの発射だったのだ。



 ポトチニク中尉が前甲板に配置された2基の主砲塔を呆けたような目で見ていると、まだ陸奥の前進速度に合わせて後方に向けて僅かに煙を吐いている砲身が下げられようとしていた。早くも砲塔内部では次弾の装填作業を開始しているのではないか。

 同時に陸奥の背後でも閃光が発せられていた。僅かに遅れて砲声も聞こえていたから、陸奥に続航する尾張も主砲を発砲していたのだろう。

 更に後方の重巡洋艦は動きが見えないが、重巡洋艦の主砲は戦艦に比べれば遥かに口径が小さいから、まだ敵艦が実用射程外なのか照準作業に手間取っているのかもしれない。


 前衛艦隊の反撃に、ポトチニク中尉は顔を明るくしかけたが、再び敵艦隊が存在するはずの彼方で閃光が走っていた。中尉が表情を凍りつかせながら敵艦隊の方を見ると、アイオワ級戦艦らしい敵1番艦ばかりではなく、その背後の敵2番艦までが発砲を開始していた。

 この距離から発砲してくるということは、敵艦隊の2番艦も戦艦、しかもアイオワ級戦艦に追随出来る新鋭戦艦なのではないか。尾張に続航する重巡洋艦とは格が違う相手のようだった。



 それから彼我の着弾が発生するまでの1分間は、ポトチニク中尉にとってこれまでの人生で1番長く感じた1分間だった。

 本格的な主砲射撃を開始した彼我の艦隊は、射撃開始後も針路を維持したまま微動だにしなかった。しかも着弾を観測して修正する為にどちらも着弾まで発砲を控えていたから、海上は束の間奇妙な静寂に包まれていた。

 緊張に包まれた艦橋で最初に入ってきたのは、陸奥の主砲から放たれた砲弾が着弾したとの報告だった。


 彼方のアイオワ級戦艦を包み込む様に水柱が発生した様に見えていた。一撃で敵艦を沈めてしまったのかとさえ思った程の凄まじい光景だったが、命中弾による火災が発生した痕跡などは見えなかった。

 実際には着弾点は敵艦を取り囲んで発生する程には近くはなかったのだろう。見張員ではなくレーダー室とやり取りしていたのであろう電話伝令が全弾が近弾となったと伝えていた。

 敵艦の姿が水柱で隠されたということは、測角は正しかったが測距値に誤りがあったのではないか。おそらく主砲射撃指揮所では今頃は水柱と敵艦の相対的な位置関係を確認して射撃値の修正が慌ただしく行われているのだろう。


 次に陸奥に僅かに遅れて尾張から放たれた砲弾の着弾が発生していた。敵2番艦を狙って行われた射撃による水柱は、まだ距離があって詳細はわからなかったが、ポトチニク中尉の目から見ても陸奥のものよりも巨大に見えていた。

 陸奥よりも主砲塔が少ない分だけ、交互射撃でも尾張から放たれて着弾した砲弾の数は少ない筈なのだが、1弾あたりの威力は大きいのかもしれない。

 ただし、尾張の射撃は陸奥のものよりも水柱が示す着弾点と敵艦の位置がずれていた。こちらは測距値は概ね正しかったものの測角が甘く、敵艦の後方に虚しく水柱が湧き上がっていたからだ。

 むしろ敵2番艦よりも後方の巡洋艦らしき艦影の方が着弾位置は近かったのかもしれなかった。



 尤も、ポトチニク中尉にはのんびりと尾張の射撃が行われている敵艦の様子を確認している程の余裕はなかった。陸奥に向かって放たれた敵弾が着弾していたからだ。

 着弾は一瞬で発生していた。しかもポトチニク中尉は、着弾によって生じた水柱を発生から目撃していたのだ。


 ポトチニク中尉には陸奥艦橋の前方で一瞬海面が爆発したような気がしていた。

 実際に戦艦主砲弾で多用される徹甲榴弾の時限信管は、着弾から装甲を破砕して砲弾本体を敵艦艦内に飛び込ませるほんの僅かな時間の後に作動するように調整されている筈だから、特に訓練もされていないポトチニク中尉が着弾から起爆までの一瞬を認識できたとは思えない。

 だが、ポトチニク中尉にはその刹那が永遠であるかのように思えていた。沸き起こった巨大な水柱が、陸奥を暗闇に引き釣りこもうとしているかのように進路上に発生していたからだ。


 ―――米海軍は回頭直後で低下した陸奥の速力を見誤っていたのか……

 ポトチニク中尉は陸奥の前方で発生した巨大な水柱の位置をそう解釈していた。中尉の予想が正しいとすれば、敵アイオワ級戦艦に乗り込んでいる砲術科員の腕は、当初の印象よりも相当高いのではないか。

 砲弾の起爆で巻き上げられた海水が重力に従って海面に落ちきる前に、陸奥はどす黒い硝煙の入り混じった海水を甲板に浴びながら水柱に突入していた。もしも変針によって陸奥の速度が低下していなければ、今頃敵砲弾は海面ではなく陸奥の前甲板に突き刺さっていたかもしれなかった。



 その後、両艦隊は急速に接近しながら幾度かの斉射を行って着弾の修正を行っていた。ポトチニク中尉が以前聞いていた通り、陸上戦闘では限界に近い大遠距離で陸軍が運用する重砲よりも遥かに大口径の巨砲を撃ち合う戦艦同士の戦闘は、中々に命中弾は発生しなかったのだ。

 主砲発射時の閃光に僅かに照らし出されるだけで、艦橋の隅にある暗がりに引っ込んだポトチニク中尉の強張った顔は、幸いなことに誰にも見られていなかったが、中尉の視線は力強く反撃する陸奥の主砲塔から外せなかった。


 何度も繰り返される彼我の射撃の中で、ポトチニク中尉はその主砲の閃光だけが自分達を戦場の暗闇の中で生き延びさせているほんの僅かな灯火だと考えるようになっていた。

 実際には辺り構わず巻き散らかされている敵味方のレーダー波が、暗闇に逃れようとする敵艦の姿を容赦なく暴き出していたのだが、陸奥の正規の乗員ではないために情報から遮断されてたポトチニク中尉にはそれは分からなかった。


 陸奥の周囲には敵艦が何度も主砲弾を発射している証拠である巨大な水柱が発生していたのだが、即席観戦武官扱いとなったポトチニク中尉は陸奥艦内で唯一人何も仕事がなかった。話し相手になっていた八方中佐も陸奥の操艦に専念していた。

 だが、艦橋要員の真剣な目の裏には、ポトチニク中尉が震えているものと同じ恐怖も隠されていた。誰もが目の前にある自分の仕事に打ち込む事で恐怖を追い払っているだけなのだろう。

 巨艦同士の死力を尽くす戦いの最中では一人の人間など戦艦という戦闘単位を構成する一つの部品にすぎないのだが、その部品にもなれないポトチニク中尉だけが世界のすべてが自分に牙を向いているような疎外感を抱いている、と考えてしまっていた。



 既に何度目か分からなくなっていた主砲の斉射が艦橋の隅まで照らし出していたが、その余韻が消え去る前に再び閃光が発生していた。ただし、主砲の暴力的なそれと比べるとひどく弱々しく、しかも艦橋前面からではなく後部の開口から飛び込んでいる様に見えていた。

 流石に不審に感じたポトチニク中尉は振り返っていた。続航する尾張やしばらく前から主砲射撃を開始したらしい重巡洋艦によるものとも違っていた。わずか数斉射しか行われなかった空襲時の対空砲火に近いが、それとも違っていた。


 ポトチニク中尉が側面から見下ろす前に、後方の尾張が発砲していたがそれも奇妙だった。間隔から主砲の発砲タイミングにしては早すぎたのだ。

 敵艦隊は斜行を続けていたから、両艦隊は発砲を開始した直後からすると随分と接近していた。当初1分近く掛かっていた砲弾の飛翔時間は、今では30秒程と戦艦主砲弾の装填時間と同等になっていた。

 数斉射前に砲弾を着弾点が敵艦を取り囲む挟叉を得られていたにも関わらず、陸奥は未だに各砲塔1門ずつの交互射撃を繰り返していた。それに対して尾張は全砲門を用いた一斉射撃に移行していたが、砲弾の装填速度は陸奥と遜色ないのか発射タイミングは殆ど変わり無かった。


 ポトチニク中尉が陸奥の煙突や後部艦橋越しに尾張の方を見ていると、艦橋よりも下部から主砲と比べるとひどく貧弱に聞こえる砲声が鳴り響いているのに気がついていた。

 これまでは主砲の轟音にかき消されていて気が付かなかったのだが、陸奥と尾張は副砲まで撃ちだしていたようだった。副砲の方が主砲に比べれば装填速度は早いから閃光の間隔が縮まって見えたのだろう。


 それで理由は分かったが、では陸奥は何を副砲で撃っているのか。ポトチニク中尉の首は傾げられたままだった。というよりもこれまで恐ろしく旧式化した副砲に十分な人員が配置されている事も知らなかったのだ。

 尾張の副砲が発砲しているのはまだ理解できた。紀伊型戦艦の副砲は数は少ないが重巡洋艦主砲に準ずる大口径砲と聞いていたから、隊列後方の重巡洋艦が主砲を放っているのであれば、当然尾張の副砲も射程に入っているだろう。


 だが、長門型戦艦の副砲は、口径も小さい上に砲郭式の古臭い配置自体が射界の制限を大きくしていた。だからポトチニク中尉は相手が戦艦であれば陸奥副砲に出番はないと考えていた。

 陸奥の副砲は15センチ級砲だと聞いていたから陸軍装備であればであれば野戦で用いる最大口径のカノン砲に匹敵するが、最低でも16インチ砲で撃ち合う戦艦同士の戦闘では敵艦の分厚い装甲を貫けずに、むしろ着弾修正作業等で邪魔になるのではないか。



 だが、ポトチニク中尉は勘違いしていた。陸奥も尾張も敵戦艦に向かって副砲の射撃を行っているわけではなかった。敵戦艦と陸奥の間には、いつの間にか敵艦が入り込んでいた。敵戦艦2隻に続航していたはずの巡洋艦らしき艦影が、隊列を離れて前衛艦隊に接近していたのだ。

 敵巡洋艦は4隻が存在していた。これに対して前衛艦隊の石鎚型重巡洋艦2隻は尾張の後方に留まったまま主砲を放っていたが、2対4の戦闘は不利と見て艦隊司令部は戦艦副砲も敵重巡洋艦の接近阻止に火力を振り分けていたようだった。


 ―――では、敵軽快艦艇を阻止するはずのこちらの駆逐隊は何をしているのだ……

 ポトチニク中尉は不思議に思って周囲の海面を探っていたが、敵巡洋艦らしきものの近くで、やはり敵駆逐艦と戦闘を行っている様子は伺えたものの、薄暗がりで発生している砲火の数からすると戦闘に投入されている前衛艦隊の駆逐隊は1個隊のみであるようだった。

 ポトチニク中尉は残り半数の駆逐隊の行方を考えていたのだが、艦橋から静かな歓声が上がったことで思考は中断していた。

紀伊型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbkii.html

石鎚型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caisiduti.html

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