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1950グアム島沖遭遇戦4

 日本海軍は、広大な海域で行われる彼らの大演習における一部の行程に友好国の大使館付武官を招いていた。特に自国から退役する艦艇の売却先として商談が行われている国はもれなく招待されていた。



 今回行われる演習は大規模なものだった。主な演習の舞台となるのは、彼らが整備した南太平洋における拠点であるトラック諸島の周辺海域だったが、補助的に日本本土から南方に連なる小笠原諸島や、マリアナ諸島の委任統治領にも艦隊が寄港するようだ。

 演習の前に今回仮想敵役を務める旧式艦を中心とした艦隊がトラック諸島に集結していた。開戦を想定した状況で、トラック諸島を根拠地とするこの仮想敵艦隊に向けて日本本土から出撃した艦隊が交戦するという想定らしい。

 これを監視する形の潜水艦なども参加しているらしいが、潜水艦隊の動向は大使館に公開された情報では不明な点も多かった。


 仮想敵艦隊に対して日本本土から出撃する艦隊は2個に分かれていた。前衛となる新鋭戦艦尾張、紀伊を中核とした純粋な水上打撃艦隊と、空母機動部隊に援護された残りの戦艦群に分けられていたのだが、主力となるのは規模の大きい後者の艦隊だった。

 前衛艦隊と主力艦隊の出撃には時間差が設けられていたが、これは開戦に伴い前衛艦隊は即応状態にあった艦艇のみ編成して出撃するという状況を想定していたらしい。



 概要を見てからずっとポトチニク中尉はこの演習の想定自体に恣意的なものを感じていた。

 大演習を日本海軍が行う最大の目的は、彼ら自身の練度向上の他に日本軍の新鋭艦の威容を周囲に知らしめることにあるのは間違いないだろう。そうでなければ外交関係が微妙な米国が拠点とするグアムの近海に主要な演習海域を設定するとは思えなかった。


 だが、仮想敵となる旧式艦の艦隊を新鋭艦で圧倒してしまえば別の問題が生じるはずだった。旧式艦の多くは友好国への売却対象となっているからだ。

 友好国といってもユーゴスラビア海軍のように列強の海軍と比べれば二線級の戦力しか無い弱小海軍ばかりだが、それだけに旧式艦といえども売却先では有力な主力艦として運用されるのではないか。それが列強新鋭艦の前では為す術もないと判断されれば購入にも二の足を踏むことになるだろう。

 そこで日本海軍は苦肉の策として本国から出撃する艦隊を想定状況を改変してまで2分した可能性が高かった。

 つまり、おそらくは取るもとりあえず出撃したという体の前衛艦隊は、総力を結集した旧式艦隊に敗退するという予定となるはずだった。それで旧式艦といえどもまだ戦える姿を大使館付武官達の前に見せるのだ。

 勿論、本来の目的として新鋭艦の戦力を誇示する必要があるのだから、演習のシナリオとしては戦力を立て直した主力によって旧式艦部隊は最終的には殲滅されることになるのだろう。

 日本海軍にとっては、政府から矛盾した目的を与えられたものだから、本来は彼ら内部のイベントであった演習がこのように歪なシナリオとなっていたのではないか。



 さらに、ポトチニク中尉の予想通りであるとすれば、最近になって日本海軍にとって判断に困るような事態が発生していた。トラック諸島に向けて日本本土から出航する直前に、戦艦の1隻が機関不調を起こしていたらしい。

 本来、日本海軍の戦艦に不調が起こったとしても、大使館付の駐在武官に詳細が知らされるはずは無かった。内々で演習参加艦が1隻減らされるだけだっただろう。あるいは機関部の修理を終えて密かに合流を図っていたのではないか。

 だが、この機関不調を起こした戦艦というのが本来の演習予定ではトラック諸島に展開する仮想敵艦隊の旗艦に予定されていた長門型戦艦陸奥であった事が問題を複雑化させていた。戦艦陸奥は同型艦とともに旧式艦隊の要とされていたから、その不在は目立つはずだったからだ。


 流石に仮想敵艦隊旗艦の交代は、事前に駐在武官達に説明しなければならないと日本海軍は考えていたようだ。

 その招待された駐在武官達は、前衛艦隊旗艦の戦艦紀伊に乗艦する予定だった。仮想敵艦隊に配属された売却対象の艦を間近で見せるためだろう。

 おそらくは、演習が進めば戦艦紀伊は敗退した前衛艦隊から主力艦隊に合流して演習の最後まで見学させるか、あるいは仮想敵艦隊の勇姿を見せたところで、旧式艦が敗れるところを見せずに一足早く本土に帰還させるつもりかもしれない。


 紀伊型戦艦は日本海軍でも最新鋭の戦艦だったが、戦時中に就役した大和型戦艦までと違って水上機の陳腐化によって搭載機を廃止していたから、艦内スペースに余裕があるらしい。

 だが、最新鋭艦に駐在武官達を乗艦させることは日本海軍の戦力を見せつけることには繋がるかもしれないが、このタイミングで発生した戦艦陸奥の故障は駐在武官たちの母国が購入予定の他の旧式艦の性能、というよりもは整備状態に疑問を生じさせる結果に繋がりかねなかった。


 日本が友好国に売却する予定の艦は、旧式艦ではあっても再整備を行えばまだ艦齢を残している筈だった。それが頻繁に機関不調を起こされては困るのだ。

 日本海軍のように戦力に余裕のある列強であれば1隻や2隻が故障して戦列から離れてもやりくりが効くのかもしれないが、ユーゴスラビア海軍のような弱小海軍では他に変えようがない一枚看板となるからだ。



 実は長門型戦艦2隻は、旧式艦として大演習の想定では仮想敵側に回されていたものの、同型戦艦が近日中に日本海軍から退役する予定は無かった。

 第一次欧州大戦後に海軍軍縮条約が締結された直前に建造された長門型戦艦は、日本海軍が保有する旧式戦艦の中では比較的近年に就役したことに加えて、それ以前の旧式戦艦が14インチ主砲艦であるのに対して、長門型戦艦はそれよりも一回り大きい16インチ砲を装備していたからだろう。

 長門型戦艦が装備する主砲塔は、大戦中に地中海戦線などで活躍した新鋭戦艦である磐城型や常陸型に搭載されているものと同型だというから、大戦中に前線に供給されるために消耗品が生産されていた砲弾や補修部品は今でも容易に入手できるのではないか。


 常陸型以後に建造された大和型戦艦や今も欧州に派遣されている信濃型戦艦が装備する主砲は、新型の長砲身16インチ砲らしいから互換性が失われている可能性もあった。それに最新鋭の紀伊型戦艦に至っては主砲である連装砲は18インチに達する大口径だという噂だった。

 そうした大和型以降は大戦中に就役したために未だに日本海軍は詳細を公表していないために不明な点も少なくなかったが、それでも16インチ砲を搭載した長門型戦艦がそれまでの14インチ砲搭載艦よりも格段に有力な戦艦であることは間違いなかった。


 しかも日本海軍は長門型戦艦に対して何度かの改装工事を施していた。改装は軍縮条約の規制下で行われたものだったから、流石に戦間期のイタリア海軍のように主砲口径の拡張といった要目表を大きく書き換えるようなものではなかったらしいが、機関の換装や間接的な防御力の向上が行われたらしい。

 この点から見ても日本海軍が当分の間は長門型戦艦を艦隊に留めておく方針なのは明らかだった



 尤も皮肉なことに長門型戦艦が旧式艦の中では有力な艦艇であるという事実が、それよりも就役期間の長い旧式艦を購入予定の各国大使館の中ではむしろ不安材料となっていた。

 日本海軍自体が運用するつもりの長門型戦艦ですらこのような晴れ舞台を前にして故障するようならば、更に旧式の自分達が購入する艦艇ではどうなるのかという認識になるのだろう。


 有力な艦艇を安価に購入したところで、ユーゴスラビア海軍のような予算不足の海軍では、維持費を捻出出来ずに故障しなくともどのみちまともに運用されないだろう。

 ポトチニク中尉などはそんな事を考えてしまうのだが、外務省辺りに横槍でも入れられたのか、日本海軍は駐在武官達の懸念を取り除くために最大限の配慮を行っていた。

 当初の予定と異なり、仮想敵艦隊の旗艦に駐在武官を乗せたままで最新鋭艦の戦艦紀伊を指定していたのだ。


 紀伊が仮想敵艦隊の旗艦となったのは、駐在武官達に間近で稼働する旧式艦群の姿を見せて安心させるためなのだろう。

 しかも機関故障を起こした陸奥に関しても、戦時中を思わせる昼夜を問わない突貫工事で修理を行って、恐ろしいことに大演習の開始に工期を終わらせていた。



 最近のそうした日本海軍の慌ただしい状況をポトチニク中尉は当初傍観していた。というよりも自分には全く関係のない事だと考えていたのだ。

 むしろ、上司である正規の駐在武官が戦艦紀伊と共に予定よりも長く南の島に行ってしまうことになったから、小煩い老人がいない間に羽を伸ばせると、普段からぐうたらとしているくせに中尉は考えていたのだ。


 そうやって安直に考えていたポトチニク中尉の命運が一変したのは、やはり予想以上に積極的だった日本海軍の方針変換によるものだった。

 当初は仮想敵艦隊の旗艦であった戦艦陸奥は、演習開始直前に機関修理を終えて艦隊に復帰していたのだが、同艦にポトチニク中尉が乗艦する事になったのだ。


 戦艦陸奥に将旗を掲げていた仮想敵艦隊を担当する司令部は既に紀伊に移動していたが、陸奥は紀伊の同型で最新鋭艦である尾張を差し置いて前衛艦隊の旗艦に指定されていた。

 しかも、一部大使館に向けてポトチニク中尉のような駐在武官補クラスにまで日本本土から出動する前衛艦隊司令部同行への招待状を送るという方針に変わっていたのだ。


 日本海軍としては、戦艦陸奥が完動状態にある事を証明することで高い修理能力を示そうというのではないか。同時に当初の予定通り旧式艦に撃たれる側の視点を提供しようというのだろう。

 ポトチニク中尉にはありがた迷惑な話だった。出張直前だった上司の駐在武官は乗り気になって中尉に陸奥への乗艦と詳細な報告書の作成を命じていたが、実戦経験といえば山岳地帯を彷徨い歩いた遊撃戦しかない中尉が門外漢の戦艦に乗り込んだところで、海軍の何かが分かるとも思えなかった。



 だが、大使館のあった東京から慌てて揃えた旅支度を抱えて移動したポトチニク中尉が実際に横須賀に寄港していた陸奥に乗り込んでしばらくしてみると、少しばかりの違和感を覚えていた。


 ポトチニク中尉が初めて乗り込む軍艦である戦艦陸奥艦内の生活は意外と快適だった。戦闘艦であるのだから当然のことながら居住性を二の次とした艦内は狭苦しいものの、中尉風情とはいえ大使館から派遣されたポトチニク中尉は下にも置かないお客さん扱いされていたからだ。

 それに幾度化の改修を受けているとはいえ長門型戦艦の艦齢は長く、日本海軍が旧式艦の売却や廃艦を行って艦隊所属艦の若返りを行えば最古参の戦艦となる筈だった。

 そのせいで機密に関する規制も緩いのか、居住区画に限れば友好国から派遣されたポトチニク中尉に艦内移動の制限はほとんど無かったし、若手士官の案内で機密度が高いはずの砲塔や艦橋の見学も行われていた。


 案内の士官は階級は同じ中尉であったものの、日本海軍の士官学校を出た生え抜きの将校なのか歳はポトチニク中尉よりもだいぶ若いようだった。先の第二次欧州大戦中は、精々か士官学校の課程中だったのではないか。

 それに陸奥は最古参の戦艦だというが、要所要所には就役した頃から配属されているような古手の下士官がいるものの、意外なことに案内の士官よりも若く見える新兵の姿が多かった。

 顔付きから欧州の人間が見ると日本人の若者は幼くみえるというが、それを抜いても入隊して初年兵としての教育を終えたばかりの新兵が数多く乗艦しているようだ。

 ポトチニク中尉は機関修理の間に古参兵が引き抜かれていたのかと思ったが、熟練下士官の不足は今に始まったことでは無いという話だった。


 実は、先の大戦において欧州に派遣されずに日本本土に留まっていた戦艦群からは熟練した下士官兵が引き抜かれていた。当時は船団護衛部隊に配属される護衛艦艇の乗員が払底していたし、戦時中に就役した常陸型戦艦の戦力化も急がれていたからだ。

 それで日本本土に残された戦艦群は、実際には殆ど稼働状態ではなく新兵の教育がもっぱらの任務となる練習艦状態であったというのだが、その傾向は今でも変わらないようだった。


 ―――もしかすると乗員の練度が不足しているのも先の機関故障の原因だったのではないか。

 ポトチニク中尉は案内の士官に愛想笑いを返しながらそう考えていた。

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

紀伊型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbkii.html

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[一言] 戦艦紀伊に各国の駐在武官が乗艦していた… えらいこっちゃ… のちのち米国の政治家や官僚はこの情報を聞いて顔面真っ青になるんじゃ…
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