表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
567/815

1949ハワイ、開戦前夜3

 大戦終結に前後して見直されたハワイ王国海軍の艦隊整備計画は、アイカウ大佐が艦隊本部に勤務していた頃とは大きく様変わりしていた。計画が変更されていた理由は一つだった。

 再開された計画は新造艦の取得ではなく、再度の大戦終結を受けて各国で余剰となって放出されるはずの中古艦艇を購入するものだったからだ。



 ハワイ王国海軍の大して長くもない歴史が20年の歳月を経て繰り返されようとしていた。第一次欧州大戦終結時と同様に、列強各国で余剰となった中古艦を買い漁ろうとしていたのだ。

 以前と違うのはその規模だった。就役から5年も経っていない松型駆逐艦が一挙に3隻も導入されていたからだ。

 鵜来型海防艦と違って、当初から松型駆逐艦には数は少ないが強力な雷装が施されていた。つまりハワイ王国海軍が求めていた抑止力としての対艦攻撃力があっさりと手に入ったのだ。


 ただし、日本海軍も以前は虎の子扱いであった酸素魚雷の実物は流石に渡さなかったから、艦内の関連機材のいくつかは無用の長物となっており魚雷発射管に装填されているのは通常燃料の空気魚雷だった。

 技術力の大して高くはないハワイ王国海軍で運用するには繊細な酸素魚雷は無理があった。それに従来型の空気魚雷だと雷速は劣るが、単純に大口径魚雷の威力は無視できなかった。


 それに加えて松型駆逐艦購入のおまけのように、開戦前にあれだけ待望していた鵜来型海防艦まで日本海軍から供与されていた。アイカウ大佐が率いるハレクラニ、カマアイナの哨戒艦2隻はこの時ハワイ王国に渡ってきたものだったのだ。

 艦齢の残っている旧式艦も未だ完全には退役していなかったから、ハワイ王国海軍の規模は一気に増強されて乗員が不足するほどだったのだが、アイカウ大佐は手放しで喜ぶ気にはなれなかった。

 松型駆逐艦も鵜来型海防艦も余剰となって本国仕様のまま安価に放出された中古艦だったから、渡ってきたハワイ王国の実情に適合しているとは言えなかったからだ。


 艦隊規模が大きくなり旧式艦が主力艦隊から一掃されたにも関わらず、かつてのアイカウ大佐達新進気鋭の少壮将校が思い描いていた整然と再編成されたハワイ王国海軍の姿はどこにも無かった。そこには以前のように雑多な艦艇が並んでいるだけだったからだ。

 ハワイ王国は俄に沸き起こった民族主義に押されて軍拡に走っていた。しかも、予想以上に大量に導入された日本艦に対抗したのか、英国は数は少ないがこれまでハワイ王国海軍が保有したことのない大型艦である近代的な巡洋艦の売却を申し出ていた。

 英国としてみれば、余剰の防空巡洋艦1隻でハワイ王国への影響力を保てるなら安いものとでも考えていたのかもしれない。


 ―――だが、お仕着せの装備をありがたがっているだけでは、我々が退役する頃になって問題は蘇るだろう……

 本来自分が戦うべき戦場は、このちっぽけな哨戒艦ではなく、艦隊本部や政府、宮殿の中にあったのではないか、海図から視線を上げて追尾対象が潜んでいるはずの海面に顔を向けながらアイカウ大佐はそう考えていた。



 巡洋艦と駆逐艦からなる純然たる高速戦闘艦を手に入れたハワイ王国海軍は、それらと比べれば鈍足の鵜来型海防艦を初期の艦隊整備計画とは異なり艦隊主力とは扱わなかった。

 ハワイ王国海軍の中でも主力部隊と位置づけられた第1艦隊ではなく領海警備用の哨戒艦として第2艦隊に編入していたからだ。


 アイカウ大佐には皮肉に感じられたが、第2艦隊に編入されたハレクラニ、カマアイナの2隻は鵜来型海防艦の原型に近い長距離船団護衛用の仕様となっていた。2隻の仕様には細かな違いはあったが、用途ごと変更になる松型駆逐艦程には鵜来型海防艦は建造期間に渡って変化は少なかった。

 その後期建造艦は兵装の強化に伴って乗員定数も増大し、甲板室の拡大も行われていたが、艦型の大きな変動はなかった。

 勿論だが以前ハワイ王国海軍が要望していた改造などはハワイ側関係者からさえも全く考慮されなかった。ハワイ王国海軍にとって現在のハレクラニ、カマアイナの2隻は汎用戦闘艦ではなく主力艦隊の前衛となる哨戒艦にすぎないからだ。



 やはりこれも歴史上の皮肉だったのかもしれないが、大戦中盤以降の鵜来型海防艦は開戦前の予想と違って日本海軍における船団護衛の主力を担っていたとは言えなかった。

 欧州とアジアを結ぶ長距離護衛船団の護衛部隊は、船団を構成する貨物船に戦時標準規格船が揃ってくる時期になると、簡易空母である海防空母と汎用戦闘艦である松型駆逐艦で編成されるようになっていたからだ。


 船団護衛艦の主力が鵜来型海防艦よりも一回り大きい松型駆逐艦となった理由はいくつかあったらしい。

 日本海軍では船団を襲撃してくる相手を潜水艦とばかり考えていた。実際に大戦の全期間を通して船団に損害を与えていたのはドイツ海軍潜水艦隊だったのだが、場合によっては戦艦級の大型水上艦までドイツ海軍は船団襲撃に投入していた。

 実際の損害を統計的に見れば水上艦によるものは極僅かで大型艦が活躍したのは単なる印象にすぎないとも言われていたが、逆に民衆に与える印象で言えば水上艦による襲撃は無視できないものであったようだ。


 だが、格上の艦艇に対しては雷装がなく火砲も貧弱な鵜来型海防艦は無力だった。相手が正規の戦闘艦などではなく仮装巡洋艦の類であっても火力では対抗出来なかったのではないか。

 それに対して松型駆逐艦は船団護衛任務だけではなく、通常の駆逐艦同様に軽快艦艇部隊を構成して正規の艦隊に編入される最低限の能力も持たされていたから、数は少ないが強力な雷装も備えていた。

 場合によっては通商破壊戦に投入された大型艦に対抗しうる保険としての松型駆逐艦の存在は、護送船団にとって安心感を与えていたようだ。



 勿論だが、日本海軍は実際に遭遇する可能性の低いドイツ海軍水上艦を恐れていただけではなかった。当初の想定よりも船団が大規模化していたのも鵜来型よりも松型駆逐艦が求められた一因だった。

 本格的な量産が始まった戦時標準規格船はその数を増やしていたが、英日で行われた研究によって損害を抑える為には更なる船団の大規模化が効果的であるとの結論が出たこともあり、同船ばかりの大規模船団が何度も欧州航路を往復していた。


 だが、図体が大きく対潜警戒のために変則的に幾度も行われる針路変更の変更さえも難しくなってくるほどの船団の大規模化は、護衛艦艇側に負担もかけていた。

 本来であれば、大規模船団はドイツ海軍潜水艦の襲撃機会を極限することで、単位時間あたりの護衛艦艇の削減効果をもたらすはずだったが、船団が占める面積が増大したことや聴音機がまともに稼働できる速力の制限などから、予想以上に護衛艦艇は船団の周囲を牧羊犬の様に走り回る羽目になっていた。

 それに結局は大半が講和後に接収されていたもののドイツ海軍潜水艦は大戦終盤頃には水中行動時の高速化を進めていたらしく、将来的には対潜艦艇といえども速力の増強は必須という状況であったようだ。


 しかも船団の大規模化は、途中寄港地の削減という事態をも招いていた。場合によっては構成船が100隻にも達する船団を入港させられる程の大規模港は少ないから、戦時標準規格船の航続距離一杯まで船団を止めずに航行する船団が増えていた。

 この船団の長距離化によって護衛艦艇の航続距離も延長が求められていた。船団に高速油槽船が随伴していたとしても、危険な洋上補給の手間を減らすためには、随伴する護衛艦艇自体に大容量の燃料タンクが必要だったのだ。


 結局は、鵜来型海防艦は船団護衛の主力ではなく、大戦中盤以降は局地的に使用されるにとどまっていた。

 大西洋横断航路に投入されることも少なくなかったようだが、少なくとも日本海軍に所属する艦は英国本土周辺などのドイツ海軍潜水艦隊の襲撃が多発していた海域に重点的に配備されて、船団護衛の補強や海防空母と共に行う積極的な潜水艦狩りといった任務に投入されていたようだ。

 ハワイ王国海軍に回されてきたのはこうした任務に使用されるには最適とは言い難い鵜来型海防艦の原型に近いものだったから、ハレクラニとカマアイナとなった2隻が実際に建造されたのも大戦序盤のことだったのだろう。



 ―――世の中は皮肉だらけだ……

 アイカウ大佐は相変わらず波に揺られて見え隠れするカマアイナを見つめながら眉をしかめていた。

 本来長距離護衛用だった初期型の鵜来型海防艦は、今では狭いハワイ王国でその航続距離を持て余しながら哨戒艦として運用されているし、日本人は高速化する敵潜水艦を鈍足の鵜来型海防艦で追尾するのは難しいと言っていたが、実際にはハレクラニは敵潜水艦らしき反応に食らいついていた。


 この海域で潜水艦らしき不審船が目撃されるようになったのは最近のことだった。ニイハウ島、カイアウ島方面から首都オアフ島に接近しようとしていたのではないかと考えられていたが、詳細は不明だった。

 今日になって実際に発見に至ったのも半ば偶然だった。ハワイ王国海軍がニホア島に配置した哨戒隊への補給物資を輸送するために不定期に運航されていた貨物船が、航行中に不審船の発見を通告してきたのだ。

 これまでカウアイ島とニイハウ島を結ぶ線より以遠で不審船が発見された例はなかったから、この遠距離で察知出来たのはハワイ王国海軍にとって僥倖であったと言えた。

 通報から直ちに出動出来た艦は哨戒艦2隻だけだったが、遠距離からのレーダー観測によって発見された不審船は、当初はオアフ島に帰還する貨物船を追尾するような針路をとっていたものの短時間でレーダー画面から反応が消失していた。

 哨戒艦の接近を何らかの手段で探知した潜水艦が潜航して追尾をかわそうと試みているのは間違いなかった。


 そこからハレクラニに装備されたアスディックと聴音機を用いた追跡が開始されたのだが、今のところは鈍足で水中航行する相手を2隻の哨戒艦で抑え込んでいると言えるはずだった。

 だが、アイカウ大佐にはこれから先の行動に関してまだ迷いがあった。出動時に艦隊本部から与えられた命令は、不審船舶の存在を確認し国籍を把握することとなっていた。

 ところが、潜水艦の国籍を確認しようとすれば、当該艦を浮上させなければならなかった。問題はその過程においてどの程度の武器使用が認められるかということだった。



 ハワイ王国海軍における交戦規定は未整備だった。というよりも、平時における潜在敵国による挑発行為などを想定した規定を設けている海軍は先進国でもないだろう。

 第一、長駆進出して敵国沿岸で活動出来る程の航続距離を持つ潜水艦を整備出来る海軍など限られているのだから、そうした特殊な艦艇の存在を前提とした交戦規定など存在するはずも無かった。


 これが純粋な敵対勢力の潜水艦であれば、アスディックで正確な位置を算出して本気で爆雷攻撃を行えばいいだけだった。ハレクラニもカマアイナも鵜来型海防艦の原型通りの強力な対潜攻撃能力を有していたからだ。

 この2隻には第二次欧州大戦で大きな戦果を上げた艦前方に投射する散布爆雷こそ存在しないが、艦尾には爆雷投下軌条と爆雷投射器が集中配置されていたから、艦尾と両舷の3方向に向けて広い範囲に爆雷を投下できた。

 1隻をアスディックによる観測に専念させて攻撃艦の支援を分担させれば相当高い精度で海中の敵潜水艦に打撃を加えられるのではないか。


 だが、平時のこの段階で国籍不明艦をいきなり撃沈してしまうのは政治的な不安要素があった。大体、領海を巡る国際的な法体系も各国の見解に相違がありすぎて国際連盟内部でさえ未整備であったから、潜水行動中の領海侵入をもってハワイ王国が撃沈の正当性を訴えること自体が難しいかもしれなかった。

 そうなると適当に威嚇して浮上させるしかないが、相手がどの程度の威嚇で行動を諦めるか、その判断基準となるものがつかめない以上は迂闊に手を出す事はできなかった。


 ―――強大な米国を相手に軽々に戦端を開くわけには行かない……

 他の乗員に内心を打ち明けることなくそう考え込んでいたアイカウ大佐に声がかけられたのはそんな時だった。

「あれは米海軍のカシャロット級かもしれませんな」

 唖然として、アイカウ大佐は操艦を任せていた副長のウラサワ少佐に顔を向けていた。

鵜来型海防艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/esukuru.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ